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「自分のことを愛してくれて、自分も愛せるところが居場所になる」
吉田山田である意味と、吉田山田だからこそできること
wacci、チャラン・ポ・ランタン、→Pia-no-jaC←らとたどり着いた
形のない宝物『愛された記憶』インタビュー&動画コメント

 wacci、チャラン・ポ・ランタン、→Pia-no-jaC←、ワタナベタカシ、木田健太郎(リアクション ザ ブッタ)…バンドにデュオにトラックメーカーにと個性的な面々が参加した、吉田山田の2年ぶり8枚目のアルバム『愛された記憶』は、デビュー10周年に向かう道程で自らの生きざまを突き詰めた3部作『変身』(’17)『欲望』(’18)『証命』(’19)を経て、盟友たちと今一度自由に音楽を楽しみ、自身のキャラクターを生かしたタイアップ曲も多数収録。だが今作の肝は、話題のコラボでもキャンペーンソングでもない。くしくも未曽有のコロナ禍と重なった2年の制作期間は、吉田山田がこの2人である意味と、吉田山田だからこそできることに向き合わせ、会いたいときに会いたい人に会えない時間は、記憶の中の風景に確かにあった愛に気付かせる。人は何一つあの世には持っていけないが、目を閉じ心臓が止まるその瞬間まで、記憶はあなたのそばにいる。そこに愛があると知ったとき、彼らの歌はより強くなる。吉田山田が『愛された記憶』に至る心の旅を語るインタビュー。この歌が、あなたの居場所になりますように――。

 
 
音楽を始めたばかりのワクワクとか原点に返れた
 
 
――リリース前に行われた『吉田山田とカルテット Tour 2021』では、その充実感がSNSからも伝わってきました。
 
吉田「なかなかライブに行けなかった期間も、ファンの人のことを結構な頻度で思い出していたんですよ。だから直接その顔を見たとき、“あのお客さん、寒い中見に来てくれたことがあったよなぁ…あれってもう何年前だろう?”みたいに、その場にいるからこそ生まれる感情があって、それを歌に乗せて歌える幸せを思い出せた。でも同時に、“やっぱり生のライブが一番だよね”とは言い切りたくない自分もどこかにいて。この2年間、それがなくても楽しめる方法を模索し続けてきたし、そういうときにどうエンタテインメントを提供していけるかが僕らの課題なので」
 
山田「音源を作って満たされる心はもちろんあるんですけど、人前でそれを歌うことによって完成する気持ちもあって、それで一つのゴールになっている。そこでまた新たな曲を作りたいなと思って…そう言えば、こうやってずっと繰り返してきたなと思い出しましたね」
 
――作品だけでは完結しない、その感覚は見る方にもあったと思う。そういうことを誰もが体験したコロナ禍のここ2年だけど、吉田山田はその中にあってもデビュー10周年にまつわるプロジェクトを何とか終えられて、区切りのタイミングと重なったのは不幸中の幸いだったのかも。
 
吉田「いや、本当に。10周年の中野サンプラザ(=『吉田山田10周年記念「大感謝祭」』)に向けて、2回目の47都道府県ツアーを回っていた時期(=’19年)にこの状況になっていたら、相当苦しかったと思うし」
 
山田「10周年に向けた3部作『変身』(’17)『欲望』(’18)『証命』(’19)では、自分たちを掘り下げたヒリヒリした時間が続いたんですけど、次のアルバムでは純粋に音楽を楽しみたい想いがあって。振り返ると、こんなにたっぷり制作期間を持てたことはなかったし、この時間があったからこそ5組とコラボレーションできた。音楽を始めたばかりのワクワクとか原点に返れた時間だったので、ここにきてそういうことを感じられたのは希望でもありますね」
 
――3部作ではあえて抑えていたコラボレーションや楽曲提供する/されるを、ようやく実現できる日が来た。
 
吉田「もうずっと言い続けてきた、“また一緒にライブをやりたいね”という願いはかなったりかなわなかったりしているけど、“もしかして今ならみんな時間があるかも”みたいな物理的なところも含めて、ライブを飛び越えて“じゃあ曲を作ろうよ!”というところまでいけたのはうれしかったな。会いたいときに会えないストレスって結構なもので。そんな中で僕らは人と関わるツールとして音楽を選んできたから、音楽で人とつながりたい、人の声が聴きたい、人の感性に触れたい、時にはぶつかってみたいという欲求は、自然な心理だと思いましたね」
 
 
気付いたらいつもと違う歌い方になっていた
 
 
――とは言え、『愛された記憶』の制作は楽しくはあっても、決してなれ合いではなく。
 
吉田「そうしてくれる人を選んだんですよね。それなのに、出会いはあんまり覚えてないんだけど(笑)。wacciの橋口(洋平・vo&g)くんに聞いて思い出したのが、代々木Bogaloo(現Barbara)っていう小さなライブハウスの対バンで、当時ソロだった彼と出会って。僕らは多分まだ“吉田結威・山田義孝”っていうグループ名だったときで(笑)、“今度メジャーデビューします!”ってそのステージで言ってたみたいで。後にwacciのベースになる小野(裕基)くんもそのライブを見ていたらしいですね。次に印象的だったのは、確か熊本のイベントに呼んでもらったとき、もうwacciは組んでいたけど1人で出演した橋口くんが楽屋で着替えてて。パンツ一丁の状態で、“あれ? 俺のズボンがないんだけど”って、他にもいろんな人がいたのに、僕のことをめっちゃ見てきたんですよ!(笑) 後から橋口くんに聞いたら、“そういうことをするのはお前しかいないだろうと思って、自然と視線を送ってしまった”って(笑)。ステージ上での山田とのいたずらっぽいやりとりを見てそう思ったんでしょうね。でも、それで仲良くなって」
 
――その勘違いがかえって距離を縮めて(笑)。
 
吉田「何か不思議な人なんですよ。やっぱり心のどこかでは、いい曲を出されたら悔しいし、あっちの方が集客が多くても悔しい(笑)。でも、wacciが日本武道館に立ったときはシンプルにうれしかった。これって僕にとっては珍しいんですよ。普通なら悔しさが勝っちゃうから」
 
――そこに掛けた時間と労力を知る仲だからこそ喜べたんだろうね。でも、吉田山田はそれぞれソングライターでもあるわけで、共作も曲をもらうのも簡単な作業じゃなかったと思うけど。
 


吉田「そういう意味でも、橋口くんと作った『それでも』(M-9)が一番大変でした。まずはいい歳の男3人が膝を突き合わせて作る恋愛の歌ということと(笑)、これって“正しさ”の歌だと思ったんですよ。自分の中にある正しさと感情の間でもがいている主人公なんだけど、それこそ正しさって三者三様で全員違うし、どれも尊重されるべきことだから。かなりの難題に挑戦していたことに後から気付きましたね」
 
――よっちゃん(=吉田)はこのセッションのために、候補曲を計10曲も用意したと。
 
吉田「『それでも』は“おかわりちょうだい”と言われて後から送った5曲の中の1曲で、それまでは応援歌のチョイスもあったけど、この曲を橋口くんが選んで1〜2週間で大枠の世界観を作ってくれたことで、たまたま恋愛の曲になったというか。あとは僕らがどう付け足したいか、どう引き算したいかという作り方だったからできたけど、最初から恋愛の曲を作ろうと集まっていたら、もしかしたら頓挫していたかもしれない」
 
――歌詞の2行目でいきなり切なさを誘発する、“君にとって 僕は二番目”というフレーズは誰が考えたの?
 
吉田「橋口くんです。でも僕は最初、その部分に反対していたんですよ。“2番目でいいけど”って口に出す男がキャラクターとして好きになれないって。やっぱり歌の主人公が好きになれるかどうかはすごく大事だから、そこは一番ぶつかったし、本当に大事な1行」
 
――いいね、そのやり合いも面白い。
 
山田「ただ、フックとしては強い言葉なんだけど、僕は1番か2番かはあんまり大事だとは思ってなくて。付き合うとか付き合わないじゃなくて、自分が大事に思っている人からどんな形であれ必要とされたり、何かの救いになるならアリじゃない? って思う部分もあるから」
 
――この1行を取っても、三者三様の恋愛観が出るね。でも、そのバシバシのせめぎ合いがあってこの形に落ち着いたなら、かなり刺激的な制作で。山ちゃん(=山田)は歌のディレクションがいつもと違って新鮮だったとも。
 
山田「この5組とのコラボで勉強になったのは、歌詞のやりとりみたいに一緒に紡いでいくものよりも、その人の土台に乗っかって歌うこと。僕はそっちの方が収穫が多くて、気付いたらいつもと違う歌い方になっていた。それは各々の色に引っ張られて出てきた歌だなと思いましたね」
 
――チャラン・ポ・ランタンとか、曲ごと乗っ取られるんじゃないかっていうぐらいアクが強いもんね(笑)。
 
山田「そうなんですよ(笑)。もも(唄/平成生まれの妹)ちゃんの色に負けない歌い方をしなきゃいけない。でも、それを楽しめたのはやっぱり好きな人たちだからで。チャランポとの出会いは多分一緒のイベントに出たのがきっかけなんですけど、それで僕が大ファンになっちゃって。そこからよくライブにも行くようになって、小春(アコーディオン/昭和生まれの姉)ちゃんが月に1回ママをするBARがあると聞いて、新宿ゴールデン街にもしょっちゅう通ってたんで(笑)。僕の大好きな哀愁を2人は持っているんですよね。『鳥人間になりたい』(M-7)は10年ぐらい前からあった曲で、鳥の衣装を着た僕が両腕をバタバタさせてスネアを叩きながら歌う珍曲だったんです(笑)。他にもチャランポに合いそうな曲を何曲か提案したんですけど、この曲を一緒にやりたいと言ってくれて」
 
吉田「もうこれしかなかったなというものになりました(笑)。あと1つ大きなテーマがあって、『鳥人間になりたい』はエンジニアさんも楽器隊も全部チャランポのチームでやったんですよ。そうすれば“こんな雰囲気でレコーディングしているんだ”とか、“ここのEQを上げるんだ”とか、僕らが普通と思っている価値観をいい意味で壊してくれる気がして。ただね、小春ちゃんとはやり方が違い過ぎて、レコーディング当日まで全然地図が見えない(笑)。小春ちゃんとメンバー間の、“これぐらい譜面に書いとけば後はフィーリングでできるでしょ”みたいなところと、“僕らだったらここまでは詰めとくかな”みたいなさじ加減が全く違うから。だからもう賭けだったのはありますね(笑)」
 
 
モノを作るスタンスが合うかどうかが何よりも重要
 
 
――『こんがらがって』(M-3)のアレンジをしてくれた→Pia-no-jaC←も、インディーズ時代からの仲という。
 
吉田「最初は、僕らのホームである下北沢のBIG MOUTHがブッキングしてくれた対バン相手だったんですよ。当時の→Pia-no-jaC←は関西から深夜バスで東京に来て、リハに臨んで本番をやって、また深夜バスで帰る、みたいな頃だったと思うんですけど、交流はそこまで深まらなくて。ある時期からヴィレッジヴァンガードで→Pia-no-jaC←がしょっちゅうかかるようになり、またイベントで一緒になったときにちゃんと話す機会があって、“今度一緒にライブをやろうよ”なんて話して。(’18年に)新宿ReNYでツーマンライブをやったぐらいから、一緒に何か作れたらなとは思っていたんですけど、今回実際にやってみて、モノを作るスタンスが合うかどうかが何よりも重要だと気付きました。そこが大丈夫だと思える人を直感で選んでいましたね」
 
――リアクション ザ ブッタは事務所の後輩という関係性は大いにあったのかなと。
 
吉田「リアクション ザ ブッタはちょうど30歳ぐらいの年代で、僕らもその頃は人生の岐路に立って大きな選択を迫られていたから、木田(健太郎・g)くんも悩んでいるんだろうなと感じて。これからの人生を考えたとき、すぐ隣に音楽を辞めるという選択もあるだろうし、でも音楽をやりたいという熱量を感じて…僕も当時、そんな気持ちで曲を作っていたなって、独特の苦しさがあったのを思い出して。だから今一度、そのエキスが欲しかったんですよね(笑)」
 
――たぎるもの、惑いを抱えた感情を(笑)。
 
吉田「そこで木田くんに、“もし先々アレンジの仕事があったらやりたい?”って聞いたら、“実はやりたいんです”って言われて。“じゃあ失敗してもいいから俺らとやろう”という話から、『才能開花前夜』(M-4)が生まれたんです」
 


――向こうからしたらチャンスで、こっちからしたら刺激で。この曲はまさにバンドマンらしいアレンジですね。
 
山田「ただ、他の人たちと違って出会ってからの時間が短いし、しかもこっちが先輩という立場もあって、僕らが言ったことに全部“いいですね”で返されちゃったら納得できないので、ちゃんと積み重ね合えるかが心配だったんですよ。でも、最初のデモの段階から、“サビ前にもうワンクッション、メロディがあったらもっと良くなると思います”って意見してくれて。もし自分が先輩と一緒に仕事をしていたら、果たしてそうやって言えたかなって。先輩後輩関係なくいいものを作ろうと切磋琢磨してくれたのはうれしかったですね」
 
――今や山ちゃんが先輩というシチュエーションが…何か意外(笑)。
 
山田「はい(笑)。だから“先輩!”って言われるのは超苦手なんですよ」
 
吉田「『才能開花前夜』の制作で印象的だったのは、木田くんが一回折れちゃったんですよ。彼はピュアで真面目だから背負い過ぎちゃって、あるとき深夜2〜3時ぐらいに電話がかかってきて、“吉田さん、もう無理です。このデモを超えられないです”って言われて。毎日根詰めて考えたとは思うんですけど、僕はそこで“人様の曲だし、完璧を求める気持ちは分かるけど、自分にはできないからってやめちゃったら、いずれ音楽自体もきっとやめちゃうことになる。だからここは絶対に投げちゃダメなんだ”って言ったんですよね。自分の全てを完璧に1曲に込めることなんか、なかなかできないんですよ。“今回は期限に追われちゃったな”とか、“もっと準備ができていたら”とか、そんなことも全部抱えながらやっていくのがプロだから。僕が思うに、それがこれから音楽を続けていくのに必要な気持ちだと思うんです。そこから木田くんが全機材を僕の家に持ってきて、山田と僕と必死にアレンジを進めていって…この一連の作業って、今の僕らは上手にできるからあまり起こらない化学反応なんですよ。だからそれが起こったこと自体に意味があるし、僕らは刺激をもらっているし、その熱がこの曲にはちゃんと入っている。そのタイトルが『才能開花前夜』って…“ドラマか!”っていう(笑)」
 
――あと1組、『世界が変わる』(M-1)のアレンジをしてくれたワタナベタカシさんは、今やmeiyo名義でアーティストとして世間に知られることになったけど、近年山ちゃんのデモ制作を手伝ってくれていたトラックメーカーで。
 
山田「打ち込みが得意な人とずっと一緒にやってみたくて、そこは自分の中で一枚扉を開けたいなと思っていた部分で。さっき木田くんが、“このデモを超えられないです”と言った音源を作ったのがまさにワタナベくんなんですよ。彼と一緒にやってきた3年ぐらいで僕も吸収することがたくさんあったので、すごくいいセッションになりました」
 
吉田「シンプルなコード進行の、洋楽っぽいループミュージックを作りたくて。そのきっかけは、47都道府県ツアーでルーパーという機材を初めて取り入れたとき、“吉田山田の楽曲ってルーパー映えしねぇな”と思ったからなんですよ(笑)。普段自分が聴く音楽って結構イージーリスニングというか、料理を作りながら聴けて少しだけ気分がアガるようなものが多いのに、吉田山田にはそれがなかったので、ワタナベくんと出会うことができて、その夢がかなうかもなと。あんまり展開しないでほしかったし、ボーカルがコロコロ変わると意味が出てきちゃうから、ほとんど山田が歌ってるイメージで作りましたね」
 
 
温かいだけじゃなくて、寂しくてちょっと切ない
 
 
――そして、表題曲である『愛された記憶』(M-10)は、なぜ今この曲を歌いたいと思ったのかが気になるところで。
 
吉田「自分の心に耳を傾けて、“こういう曲が世の中に求められているんじゃないか”じゃなくて、“自分の心の声に従いたい”と思ったのが素直な気持ちで。うちの母はよく、“あなたのことをあんまり構ってあげられなかった”って言うんですけど、最近はちょくちょくLINEで褒めてくれるんです。それまでは僕がもっと素敵になるために、“もうちょっとこうした方が良かったんじゃない?”って言われることが多かったんですけど、母も年を取って、分かりやすく愛を示してあげたかったと思っているのを最近はすごく感じるんですよね。例えば、子どもが小学生にもなると、プラスチックの棒が刺さった朝顔の鉢植えを学校から持って帰ってきて、オシャレにしたかったベランダに勝手に並べたりする(笑)。それって今の僕からしたらちょっと嫌だなと思うんだけど、小学生の僕はそれが当たり前だと思っていたし、親からしたら譲らなきゃいけない部分がどんどん増えていく。そう思ったとき、分かりやすく頭をなでてもらったとか、抱き締めてもらったとかじゃなくても、いろんな方法で母は母なりに愛してくれていたんだなと気付いたんですよね。この2年間、思った通りに活動できない、先が見えない気持ちの中でそのことをよく思い出して、それが自分の支えになった。それは僕にとってはすごく大事な気持ちだったから、歌にしようって」
 
山田「今回はこういう状況にも関わらず、ヒリヒリした曲よりも小さな幸せを歌った曲、生活に密着した曲が多くて。だからこそ『愛された記憶』というタイトルがふに落ちたというか、いろんなことがこの言葉で集約できるなって。作っていて思ったのは、その瞬間には気付かなくて、振り返ったときに気付いたことを形にしているから、温かいだけじゃなくて、寂しくてちょっと切ないんですよね。でも、そこが今回の一番グッとくるポイントで。2人が出会ってもう20年以上経ちますけど、あんまりしてこなかった小っちゃい頃の話も最近はよくして…今作には2人の風景が入っているんですけど、いろんな人が聴いてもどこか懐かしく感じたり、想いを重ねられるんじゃないかな」
 
――『てと手』(M-11)なんかも、いろんな家族の形に触れてきたからこそ、より愛情深く書けた曲なのかなとも。
 
山田「この曲は当時、『日々』(’13)をきっかけにたくさんの家族がライブを見に来てくれたとき、ステージから見た光景なんです。『日々』を聴いてお母さんが泣き出したとき、小っちゃい男の子が心配そうにお母さんの手をぎゅっと握った光景がずっと記憶に残っていて。手をつなぐという行為はパッと見、お母さんが子どもを守っているように見えるけど、お母さんも守られているのかなと思ったんですよね」
 
――その話、『街』(’17)のインタビューでもしていたね。それがついに曲になったのか…!
 
吉田「その親子の光景が頭に焼き付いていたんですけど、僕はお母さんと手をつないでああやってライブを見に来ている状況が、どこかうらやましくて。山田は最初、母親側の気持ちをつづっていたから、僕が子ども側の気持ちを描けたらこの曲は完成すると思ったので、2番は僕が作って」
 
――本当にいいコンビだね。2人は違う視野を持っているけど、重なる部分があるからこそ誰も置いてきぼりにしない曲が生まれる。今回の制作を通じて、改めて吉田山田である意味とか、だからこそできることを感じたのでは?
 
吉田「隣の芝生を見てうらやましいこともあるけど…うちの庭もいいなと思えたのは、それは山田にしてもそうだし、吉田山田を取り巻くスタッフさんたちの愛情があるからで。みんないいものを作る前提で一緒にやっているプロだからシビアな部分ももちろんあるけど、改めてスタッフからも、山田からも、ちゃんと愛されていることを自覚できたことが、今回はすごく収穫だった気がする」
 
山田「毎回、アルバムを作り終わったときは出し尽くしたというか、いいものができたなと思うんですけど…次はマジで何ができるかな? もっといいものができるのかな? って結構不安に思うぐらい、傑作ができたなと思っていますね。散々コラボの話もしましたけど、このアルバムが最高傑作だと言えるのは、その他の2人で作った曲も、それに負けないぐらいめちゃめちゃいい曲だと思うからで。その中で僕が特にいいな、好きだなと思える点は、どの曲にもどこか哀愁があるんです。これってただ表現しようと思うと作りものみたいになっちゃうと思うんですけど、にじみ出るものがちゃんとあると感じられたので、いい生き方ができているのかもしれないなって」
 
吉田「コロナ禍になって思ったのは、人には居場所が必要なんですよ。どういう場所がそうなるかと言うと、それが愛のある場所なんですよね。自分のことを愛してくれて、自分も愛せるところが居場所になる。僕らにとってそれは、やっぱりステージの上だったんですよ。本当に超高密度の愛が客席とステージで交わされていて、それを一時的にしろ失った=僕らは居場所を見失ったから、音楽って必要なんだろうかと自分に問い掛けた。だから僕は、記憶の中に居場所を探したんだと思うんです。記憶の中の自分はちゃんと愛されていたし、もう大丈夫だと思えたから、『愛された記憶』は自分にとって新しい居場所になった。それをちゃんと描かなきゃと思ったんですよね。これを作り終えて、自分が誰かのそういう居場所を作れたら、本当に素敵だなと思う。音楽でやりたいことってそれなんですよ。誰かにとっての居場所でありたい。“吉田山田がいるから大丈夫、吉田山田がいるから頑張れる”って、もうシンプルにそういうこと。そこに愛を感じることができたら、きっとその人の居場所になれると思うから。『愛された記憶』を経て、ちゃんと自分たちから愛を発信できるようになりたい。それが吉田山田のこれからの目標なんですよ」
 
 
Text by 奥“ボウイ”昌史
 




(2021年12月28日更新)


Check

Movie

どこに向かうのかお付き合いください
吉田山田からの動画コメント!(笑)

Release


Album
『愛された記憶』
発売中 2970円
ポニーキャニオン
PCCA-06086

<収録曲>
01. 世界が変わる
02. ひとつぶ
03. こんがらがって
04. 才能開花前夜
05. 好き好き大好き
06. グレープフルーツ
07. 鳥人間になりたい
08. おばけ
09. それでも
10. 愛された記憶
11. てと手
BONUS TRACK(通常盤のみ)
12. イ〜ハ〜

Profile

よしだ・やまだ…吉田結威(g&vo、写真左)、山田義孝(vo、同右)からなる男性2人組アーティスト。’09年10月にシングル『ガムシャランナー』でメジャーデビュー。’13年12月にリリースされた9thシングル『日々』が、『NHKみんなのうた』で同月より放送が開始されるや “泣ける歌”と話題になり、5度の再放送を経てロングセールスを記録。一躍その名を拡げ、YouTubeの再生回数は現在1,700万回を突破。’19年には、3年ぶり2度目となる全国47都道府県ツアー『吉田山田47都道府県ツアー~二人またまた旅2019』を開催。10月にはデビュー丸10周年を迎え、11月には7thアルバム『証命』をリリース、中野サンプラザホールにて『吉田山田10周年記念「大感謝祭」』を開催し、アニバーサリーイヤーを大団円で締めくくった。’20年4月には初のベストアルバム『吉田山田大百科』をリリース。5月より開催予定であった『吉田山田ホールツアー2020「大百科ツアー」』は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う影響を受け中止に。活動の制限を余儀なくされながらも、同年8月の『吉田山田祭り2020』より感染対策を講じた上で有観客公演を再開。その後も『吉田山田デビュー11周年記念配信ライブ』『Home〜高田馬場 四谷天窓〜』『Home〜下北沢 LIVE BAR BIG MOUTH〜』といった無観客配信ライブを重ねながら、’21年9月には恒例の『吉田山田祭り2021』を、11月にはカルテットとピアノの特別編成による東名阪ツアー『吉田山田とカルテット Tour 2021』を開催。12月1日には、豪華アーティストが参加した8thアルバム『愛された記憶』をリリースした。

吉田山田 オフィシャルサイト
http://yoshidayamada.com/

Live


Column1

「“2人なら大丈夫”って
 乗り越えてきたからこそ思える」
吉田山田が揺れて、もがいて、
たどり着いた確かな今。10周年を
締めくくる覚悟と決意の初ベスト
『吉田山田大百科』を語る!('20)

Column2

2人の生き様が歌になって届く
『欲望』インタビュー!('18)

Column3

「次の日に死んでも後悔しない
 ライブをしようと思ってる」
大いなる予感とまばゆき未完成の
人生を刻んだ『変身』携え激動の
1年を締めくくるインタビュー('17)

Column4

「吉田山田が生まれ変わる…その
変化の象徴じゃないかな『街』は」
10周年に向け時計の針が動き出した
新たなる決意と覚悟の出発点
『街』インタビュー('17)

Column3

「“吉田山田にとってライブとは?”
という質問に対して明確な答えを
1つ持てるようなツアーにしたい」
2つの個を刻む『47【ヨンナナ】』
携え初の全県ツアーへ!
変化と挑戦の季節を語る('16)

Column6

「『日々』を経て出来てくる曲が
 今の吉田山田が歌うべきことを
 歌えてる確信があった」
ヒット中の『キミに会いたいな』に
過去最大のツアー…歩みを止めない
吉田山田の今に迫る('15)

Column7

『NHKみんなのうた』で泣ける歌
と話題の名曲『日々』が世代を越え
感動を呼んでいるのはこの2人!
渾身の『吉田山田』をガチで語る
インタビュー&動画コメント('14)

Column8

もがき続ける吉田山田が
“告白”のドキドキ感を描いた
『ごめん、やっぱ好きなんだ。』
インタビュー&動画コメント('13)

Column9

劇的な変化と覚醒
恋愛観までぶっちゃける!(笑)
2ndアルバム『ココロノート』
インタビュー&動画コメント('12)

Recommend!!

ライター奥“ボウイ”昌史さんからの
オススメコメントはコチラ!

「前回の『吉田山田大百科』(’20)のインタビューの際、よっちゃんが最後にめちゃくちゃいいことを言っていて。“自分たちが死ぬときに“僕らは最高の音楽を作ってきたから”って言えるかどうか。それが一番大事なことだって、ようやく気付けたんですよ”と…。今回の『愛された記憶』ではまさにそれが実践されているし、参加アーティストも“オイシイから呼ぼう”じゃないのが分かる関係性で。関西で言うところの “行けたら行く”じゃなくて(笑)、有言実行できたのは喜ばしいことですね。3部作で苦しんだご褒美かも。個人的には『好き好き大好き』(M-5)に大共感で、例えば自分だったらお金をもらっても着たくない服を、お金を払って着る人もいる。価値観の差が如実に出る事象を端的に曲にできているなと。山ちゃんいわく、“僕の趣味だったりが他の人からしたら“え、何で?”っていうことが多いからこそ(笑)、“いいじゃん、好きなんだから”というのをあえて言葉にした”とのこと。『愛された記憶』はこれまでで一番印象的なタイトルですが、この夏、実は死にかけた僕は(笑)、人間が残すことができる形のないものの最大級が=記憶だと思ったんです。それをどれだけの人に残せるか、これからも吉田山田を見守っていきたいと思います。約1年半ぶりの取材、現場には愛しかなかった!」