――腐りかけのやつがうまい、みたいな(笑)。今作のリード曲である『ペインキラー』(M-4)も男っぽくて、派手なことはしてないのにイントロからグッとくる曲で。
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笠井 「これもシンプルよね」
神田 「うん。楽器を始めて1ヵ月ぐらいの人たちでも頑張ったら弾ける感じの」
――『ペインキラー』も含めて、このアルバムって日本語詞のロックの1つの雛形みたいな感じがしましたよ。
秋野 「嬉しいですね。新しいことはそんなにやってないんですけど、自分たちのスタンダードが自然とできたかなって。『ペインキラー』の元ネタ自体は結構前にあって、鶴のイメージってやっぱりポジティブに背中を押すものが多かったんですけど、僕の中にはネガティブな部分もあって生きてるので。後ろ向きでネガティブな気持ちって原動力にもなるし、そういう考えもあるんだよって表に出すことで救われる人もいる気がするし。『ペインキラー』=鎮痛剤、痛み止めなのに、"痛いんだって感じるようにさせて"って歌うこのチグハグ感(笑)」
――ある意味、現代社会を描いてるような。みんないろいろ麻痺っちゃってるというか。
秋野 「本当に不感症というか、日頃から自分なりに感じるところはありますよね。自分もそういうところがあったりはするんですけど、本来はそういう痛みを感じて何ぼなんで。それこそ『歩く this way』じゃないですけど、"生きている証拠だ"っていうところでもつながりますし」
――痛いってことは=生きている。
秋野 「また鶴なりの新しいパンチラインが出たかなと」
――『普通』=いい話だけじゃおかしいですもんね。生きてたらいいことも悪いこともあるので。この曲とか『歩く this way』もそうですけど、ちょっと歌い方を崩す感じは曲を書いていた時期のブームだったんですかね?
秋野 「『歩く this way』とかの時期は磯貝サイモンくんと一緒に制作してたので、言葉の乗せ方とか歌の持っていき方をちょうど勉強してる時期でもあって。サイモン流を自分なりに取り込もうとしてたのもあったと思いますね」
最高の『普通』だよ
――そして! ここからは『36.1℃』(M-5)『Stay With You』(M-6)と、日々のささやかな幸せを描いていて、どん(=笠井)作詞作曲の楽曲がその役割を大きく担っています。
笠井 「もう"THE 普通"ですよね(笑)。だから、『普通』っていうタイトルが後々付くことになって振り返ってみたら、俺が書く曲って全部日常なんだなと思って、逆に気付くことがありましたね」
――何でもない日々をきちんと描ける人って、案外いないかもしれない。忘れがちな心の機微をちゃんと曲にして。
笠井 「本当に何でもないんだよね。だから"何を書いたの?"って聞かれても、答えられないことが多くて」
秋野 「漫画で言うと『アフロ田中シリーズ』みたいな(笑)」
笠井 「『サザエさん』みたいな(笑)」
神田 「キャッチーな出来事がないのに感動的って、なかなかの技術だと思うけどね。事件が起きないんだもん」
笠井 「本当だね。ドラマだったら成立しない。"姉さん、事件がないです"って(笑)」
秋野 「最高の『普通』だよ」
――『きっとそう』(M-9)の、"おはよう おかえり ただいま いただきます"っていう歌詞も、確かにこの4つは大事だなと。=これが言える環境だってことですからね。
笠井 「本当だ、逆に気付きました。大袈裟なことじゃなくて、そういうところに愛情ってあるのかなって」
秋野 「元々大きく捉えるバンドでしたけど、『鶴フェス』を経てバンド自体がもっと大きな愛になったのかなと」
――ああいう大きな祭りをやって、鶴というバンドの説得力がより高まった気もします。ちゃんと人を巻き込まないと、頑張らないと成立しないことをやったのはデカいのかなと。
神田 「そうですね。過去を振り返ってみても、今の状況は鶴としてもいい感じで」
秋野 「ケツを拭く覚悟があるからこそ、自分たちも納得度の高い状態で前に進めるので。だからこそね、ケツを拭かないための努力は惜しまないという!(笑)」
神田 「何なんですかね? ウォシュレットですかね(笑)」
笠井 「キレのいいやつを(笑)」
――トイレットペーパーの枚数が少なめでいけるやつを(笑)。
神田 「今は大事ですからね、トイレットペーパー」
(一同爆笑)
秋野 「ケツを拭かないためには努力が要るし、そのやり方が=自分たちらしさになるのかなって」
――ただ、鶴のやり方は三者三様ですけど、神田曲はやっぱりアクでしかないっていう(笑)。
神田 「ですね〜(笑)」
笠井 「気を使ってほしいですよね(笑)」
――アハハハハ!(笑) "今回のアルバムは『普通』だって言ってんだろ!"って(笑)。
神田 「だって僕、家で鍋を作るときも、アクは取らないですもん(笑)」
(一同笑)
――神田家シリーズ第1弾が『Funky Father』('16)で、その第2弾となるのが今回の『Waiting Mother』で。この2曲を聴いたら、こんな濃い親がいる神田家ってどんな雰囲気なのかと(笑)。
神田 「実際はめっちゃ普通の家なんですけどね。サラリーマンの」
笠井 「普通ではない(笑)」
神田 「本当? かもしれないけど、一応、第3弾も考えてるんで。次はお姉ちゃんが2人いるんで、Sisterです(笑)」
笠井 「そのうちペットでも書くと思う(笑)」
神田 「ペットは犬猫いますね(笑)。今回は"せっかくだから神田くんも曲を作りなよ"みたいになって、『Funky Father』がすでにあったんで次はお母さんの歌となったとき(笑)、車に乗ってたら"Waiting Mother!×4"のところがちょっとソウルフルな感じで浮かんだんですよ。そこから日々スタジオに行くときとかライブの帰りとか、車に乗ってるときに思いついた言葉とかメロディを"Hey Siri"で録音して(笑)、それを1つにしました。でも、アカペラで歌ってるはずなのに、どれを聴いてもキーがE♭だったんですよね。ただ、それだと棹モノ的に面倒臭いんで、半音上げてEにしようと。くしくも『Funky Father』と同じキーですけど(笑)。あと、基本的にお母さんは好きなので」
――どんな告白だ(笑)。
神田 「マザコンというか、お母さんってやっぱりすごいじゃないですか?(笑) 地球が滅亡しそうになったら、シェルターにかくまった方がいいのは世のお母さんですよ」
――確かに"死ぬ前に何が食べたい?"って聞かれたら、やっぱりおかんの作った料理が食べたいと思いますもんね。
秋野 「そう言われると、確かに俺は家のカレーかな」
神田 「俺は宅配ピザ」
(一同爆笑)
――そこは違うんだ(笑)。これだけお母さんお母さんって言ってるのに。
神田 「あと、せっかくなら鶴であんまりやらない曲調とかアレンジの方が面白いなと思ったんで、ハードロックは好きですし、"こんなのどう? ここまでのサウンドは鶴じゃやらなくない?"っていう感じで作り切った感じですね」
ライブバンドの道を選んで生きてきた
――『ペインキラー』もシビれるなと思いましたけど、『アナログなセッション』(M-12)もすごくいいなと。
秋野 「僕らはずっと、直接会いに行って歌ってワイワイすれば一番伝わりやすいよねと信じて、ライブバンドの道を選んで生きてきたので。だから、これからもそれを僕らなりに大事にしていきたいなという意味で、たまたま思い付いた言葉が『アナログなセッション』だったんですよ。そういうタイトルだからなるべく人力で、中盤でディレイっぽく"チャーンチャーン♪"って音質が変わるところも、エフェクターを使わず全員自力でやってます(笑)」
神田 「手です(笑)。だから、一番最後のレコードが遅くなっていくみたいな終わり方も」
秋野 「音量が落ちていくのと同時にだんだん遅くして...」
――まさかの手段としてのアナログ(笑)。
秋野 「"そういうところがバンドの面白さだよね"っていうポイントが詰まってますね、この曲には」
――本当に3人の関係性が絶妙というか、大人になってもよくこの感じでいられますね。
笠井 「ちょっと離れる時期とかがあったら変わったのかもしれないですけど、中学のときから密閉状態なんで(笑)」
――だから青春時代から時間が止まったままというか。
笠井 「止まってますね。中では発酵してるんですけど(笑)」
(一同爆笑)
――アルバムの最後は『結局そういうことでした』(M-13)で、これもペインキラー方面というか、内容としてはシリアスな部分も感じます。"多様性って響きにさ 逃げ出してしまいそう"とかは、SNSでよく見るモヤモヤ感というか。
秋野 「まぁ見なきゃいいだけの話なんですけど、やっぱり目にしてしまうし、多様性っていう言葉は本当に難しいなと思うんですよね。認め合うべきなのは確かなんですけど、逆に全てを認めることってできるのかな? そんなの実現不可能じゃない? と思っちゃう自分もいるんですよね。それに対するモヤモヤをぶつけるというか」
――でも、それを自分たちの手で触れてちゃんと確かめる。それこそ人力で、というのが鶴の一貫したところだなと思いますね。あと、音的にはめちゃくちゃ遊んでますよね。
神田 「そうなんですよ。今回も松本ジュンくんが鍵盤で参加してくれてるんですけど、この曲は4人でせーので録ったんです。サウンドチェックみたいな感じでワンコーラスぐらいやったら、多分、全員が"あ! これはいいぞ、キテるぞ"ってなって(笑)。そもそもサウンドチェックだったので、尺とかもたいして決まってなかったんですけど」
秋野 「鍵盤なんて譜面に書き起こして初めてな感じで一緒にやって」
神田 「演奏してたらヒリつき感がたまらなくて、最後までやり切って終わった瞬間に、"もうできた!"って(笑)。だから1回しかやらなかったですね。ウワモノも重ねもなしで、本当に4人の音だけ。それが最後の曲でできたので、1つこのアルバムが締まった感じがしましたね」
――鶴の演奏力と歴史と関係性をすごく感じますね。
神田 「確かにそうですね。演奏中、全員の音を聴いてたじゃない? "ここでこうきたか! あれ? 何かちょっとテンション上がってるぞこいつ"、みたいなことを楽しみつつ」
笠井 「途中で"そのままいっちゃえ!"って言ってたもんね(笑)」
神田 「すごいよかったです。レコーディングマジックみたいな感じでしたね」
秋野 「うん。なかなかない経験だったね、これは」
――ところで、このジャケットはどこなんですか?(笑)
秋野 「鶴ヶ島の駅前の駐輪場です。まぁ『普通』っていうタイトルだから、日常のスナップっぽいのでいこうよと。デザイナーさんはここ何年かずっと一緒にやってくれてる人なんで鶴の空気感も分かってくれてるし、最新のアー写もその人にやってもらいました。花びらを散らしたいっていうので、本当にすごい苦労したんですけど(笑)」
笠井 「鶴ヶ島市役所の屋上で何枚も撮ってね(笑)」
神田 「狙いとしては、ジャケットとアー写で二面性を出したいっていう」
――むしろ、普通は駐輪場でジャケットを撮ってきたら怒られますからね。"他にもっと場所あるやろ!"って(笑)。
今の状況も含めて鶴なりに面白おかしくやれたら
――そして、近年は全県ツアーに気を取られ、『ソウルのゆくえ』('16)と『僕ナリ』のリリースツアーをやってなかったことに気付き、結局、『普通』も含めてアルバム3枚分の楽曲を披露する、またもイレギュラーのツアーになっちゃいましたと(笑)。ただね...。
秋野 「まさかこういう形で喰らうことになるとは...」
――何なら鶴は、"ライブさえやれたら何とかなる"ところもあるのに、それがなかなかできない。
笠井 「CDが売れない時代だとずーっと言われてきて、じゃあライブが生命線かと思ったらそれがなかなかできなくなっちゃって、もうどうなってんの〜って(笑)」
秋野 「ただ、ヘンな気負いみたいなものが今はあんまりないんですよ。その先にもまだ楽しいことをやろうよっていう気持ちがあるので。ライブの制限っていうのは本当にデカいけど(笑)」
神田 「音楽好きの溜まったこのフラストレーションが"バーン!"とハジけて...」
笠井 「"ずっとライブに行きたかった~!"ってみんながまた顔を見せてくれたらね」
秋野 「あと、この間15周年だと思ったら、気付けば僕たちもこの春で結成17年なので、いよいよ20周年が見えてきちゃうんですよね。そこに向けてちょっとずつ考えたいし、来年は全員40歳になる年なので、そういう節目の前に例えば、全曲ライブをやってみるとか。40代になったら多分体力が落ちるからさ、30代の間に1回やっておいた方がいいのかなって(笑)。だから今の状況も含めて、これからも鶴なりに面白おかしくやっていけたらなと思ってます!」
Text by 奥"ボウイ"昌史