「そうですね。これは結構前に、それこそ『秘密公園』('15)の頃に書いた曲で。でも、まだ出すのは早いなと思っていたから、少女時代というものを描き切ってからにしようと。やっぱり段階を踏みたいなと思って」
「『残ってる』って自分でも“すごく上手に書けた”と言うとヘンですけど、そう思えた曲だったから、この曲が受け入れられてもらえないなら、自分の感覚は世間とズレ過ぎていることになると思って。まぁ今でもズレてるのはズレてるけど(笑)。去年リリースしたばかりの頃は、これまで以上に反応がいいなとは感じていたんですけど、でも…思ったよりも、ではあったから、ちょっと絶望してましたね」
「私にとっては大興奮な“日本語の妙”みたいな組み合わせ、そして言葉選び…自分で書いていても、もうたまらないなと思っていたので。でも、年が変わってテレビで取り上げられてからは、またじわじわと知ってくれる人が増えた感覚があって。私の顔を知らなくても曲は知ってる、みたいな人が増えた1年だった気がしますね」
「いきなりシーンが飛んでどうなるかなと思ってたんですけど、ライブで歌っていたのもあるけれど、結構自然に受け入れてくれて。この先のアルバムのテーマは“他者とのつながり”というか、恋人関係とか、あとは友情もそうですし、家族とかそういうものを描いていきたいなと思っていて。それは人が生まれて死ぬまでの普遍的で大きなテーマなので、その中でも“性”というのは、その根元にあるすごく重要なものなので書こうと思ったんですよね」
――『ミューズ』(M-5)は友達にこの曲をプレゼントをしたいという想いがあったということですけど、さっきのタイアップの話しかり、吉澤嘉代子は人のために曲を書くと、何だかすごくいい塩梅なポップソングになる気がして。
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「ホントですか!? 確かに、『ストッキング』('15)とか『23歳』('15)とか、自分を切り売りするような曲がこれまでに何曲かあって。そういう曲ってすごくコントロールが難しくなるというか、いつまでも完成しないようなつたなさが何か目につくんですよね」
――『ミューズ』に関してはプロデュース&アレンジで蔦谷好位置さんが関わってくれていますけど、蔦谷さんは例の『関ジャム』でも吉澤嘉代子を推してくれて。
「ちょうど『ミューズ』を作ろうとなった時期に、初めて一緒にやる人がいいなと思って探していて。『関ジャム』で紹介してくださってるから、いけるかも?って(笑)」
――そしたら見事に実現して(笑)。この曲はこの曲で、吉澤嘉代子が“魔法は永遠じゃない”と歌っているのが、『残ってる』とはまた違った衝撃がありました。
「そうですよね。それこそ“魔法”とか“魔女”って、自分にとってはすごく大切なモチーフで、ライブをしていても、みんなにお守りを渡すような気持ちで歌ってるんですけど、もし1日そういう気持ちに包まれたとしても、じゃあ10年後もそうかと言うと…無力感というか、それが永遠じゃないことにすごく苦しくなるんです。だけど、その魔法の効力が消えてその人を守る力がなくなっても、言葉はずっと残るからこそ、この仕事っていいなとも思っていて。そうすると、魔法は永遠じゃなかったとしても言葉は永遠だなっていうところに着地するというか。でも、それもすごく前からずっと自分で言っているから、最初からどこかで分かっていたのかもしれない」
――続く『洋梨』(M-6)はイラストレーターのたなかみさきさんとのデュエットですけど、たなかさんが思いのほか声がよくてビビりました(笑)。
「そうなんですよね(笑)。『月曜日戦争』のジャケットとかを手掛けてくださったイラストレーターさんなんですけど、いつも絵に添えられている一文もすごく素敵だなと思って、テーマから一緒に作りたいなって」
――普通は歌も歌詞も同業者の中から選びそうなところが、そこを見抜くところが他にはない目利きだなと。あと、こういうファンタジーというかクレイジーな部分が、やっぱり吉澤嘉代子にはまだあるんだなとも(笑)。子供の頃に夢見がちなのは当然として、大人になってもそれができるのはやっぱり面白い。
「そうですよね。普通は常識とか理性というものがもっとしっかりしてくるはずで…自由を手にして、もはや誰も止められない(笑)。やっぱり“子供”は不自由の象徴だと思うので」
――そうか。以前はそこにも執着もしていたけど、手放すことで。
「そこを手放すにしても、曲にして、アルバムとしてパッケージしていったから、何だか肩の荷が降りたというか。私が忘れても誰かが覚えてくれているだろうから、安心して忘れられます」
――その感覚はさっきの“言葉は永遠”にも似てますね。あと、『魔女図鑑』(‘13)からの再録の『恥ずかしい』(M-7)は、人生のテーマソングの1つだとアルバムのライナーノーツには書いていましたけど。
「何か常に恥ずかしい気持ちがすごく強い。今こうやってお話を聞いてもらうのも恥ずかしいです(笑)」
――アハハ!(笑) “何聞いてもらってんねん!”みたいなこと?
「そうそう!(笑) こんな私と話すなんて…みたいな。何かそういう感覚がずっとあります」
――恥ずかしいに関するレーダーが敏感過ぎる(笑)。
「そうなんですよ。お寿司とかも、何回も同じネタを頼みたいけど頼めない(笑)」
(一同爆笑)
――職人さんも“あいつまたハマチかよ…”って(笑)。だから、ちょっと間に違うネタも入れてみるけど、本当はハマチハマチでずっといきたいと(笑)。でも、そこが人間っぽいところだなぁ。『鏡』(M-1)なんかも若さゆえの女性ならではのコミュニティというか、ああいうモラトリアムな時代と関係性を見事に描いているなと。
「互いの境界線も曖昧になるほど、溶け合ってしまった友情なのか、何なのか、みたいな。“いつか忘れるだろう”なんて、真っ只中にいたら書けなかったかもしれませんね」
自分が子供の頃に救われた物語を音楽の中に落とし込んで
その主人公の人生をひとときの間、生きてもらう
――今作の制作中に何か印象的なエピソードはあったりしました?
「今までもアルバムに主人公はいたんですけど、すごく内省的なテーマだったから、結構揉み返しみたいなものも多くて。今回は他者としての女性を描いてるような感覚で作っていたので、自分のモードが外に向かってましたね。だからこそ人と曲を作ったり、アレンジも“こういう楽器がいい”とか直接相談できたし。アルバムがそういうテーマだから自分が外に向かってたのか、自分が外に向かいたかったからそういうアルバムを作ってたのかは分からないけど。なので“うぅ〜!”みたいな精神的なしんどさはすごく少なかったです。あと、今作は夏に作ってたんですけど、ちょうど休職中だった友達とファミレスに集まって私は歌詞を書いて、その子は本を読んで何時間もドリンクバーで時間を潰す、みたいな作業をしていて。今年の夏はすごく暑かったですけど、その暑さをあんまり味わえないぐらい本当にどこにも行かなくて。だけど、それが何だか学生に戻ったようで、楽しかったんですよね」
――お互い違うことをするのに一緒にいられるって、本当の友達ですもんね。会話しなきゃいけないとかじゃなく。
「そうですね。その子は私の曲を全曲把握してるし、ツアーも全部来てるのでよく知ってて。歌詞ができたと思って見せたりすると、“これは手癖だらけだから直した方がいい”とか(笑)」
――めっちゃ的確なアドバイス(笑)。
「そうなんですよ! かなり突かれる指摘なんですけど、確かにと思って。1回歌詞を決めちゃうとそれ以外はダメって思いがちだけど、手癖と思われるなら根性で直す、みたいな(笑)。結果、すごくいいものができたと思うし、今までにない新しい表現ができたような気もするし、その夏がすごく思い出に残ってます」
――でも、ますます独自の路線というか、誰とも交わらないと言ったらアレですけど。
「私もどういう自分がどこにいるのかも分かってないけど(笑)」
――やっぱりみんな自分のことを歌うし、こういう作家的側面をちゃんと持っているシンガーソングライターはなかなか珍しいと思いますね。“私を分かって!”みたいな欲求は、あんまりない?
「そうですね。私も書いていて、“この主人公はどうしてこんなことをしちゃうんだろう?”って思いますもん(笑)。私自身も共感はできないけれど、だからこそ、その主人公の切実さみたいなものが伝わるようにつなぎ合わせたい。なので、“共感します!”みたいな感想をいただいたときに、何だかすごく不思議で。でも、それがやっぱり物語の特性だなぁと思って。聴いてくれた人がその主人公に成り切るというか、物語の箱に入ってくれる。それがまさしく自分のやりたいことなので、その瞬間はすごく嬉しいです」
――吉澤嘉代子が物語を書く上で今、志していること、大事にしている部分はあります?
「私は16歳ぐらいのときに曲を作り始めたし、こうしたい、ああしたいが叶えられるワンマンライブの中で、お芝居を設けながら話が進んでいくみたいなことも最初からやっているので、結構いろんなことがずっと変わってなくて。“恋がしたい”って言ってたのにムダ毛について歌ったり(笑)、朝帰りの風景を歌ったかと思ったら、OLの気持ちを歌ったり、コロコロ変わると言われることもあるけれど、それも最初からやりたかったことで…言わば同じことを手を替え品を替えずっとやってきたんですよね。その中で何が言いたいかというと、やっぱり自分が子供の頃に救われた物語を音楽の中に落とし込んで、その主人公の人生をひとときの間、生きてもらう。それは楽しむ時間でもいいし逃避の時間でもいいし、シェルターみたいなものを用意したいっていう」
――今、何を大事にではなく、もうずっとそこを大事にしてきたと。ここまでいっぱい曲を書けて、さらに3枚分の構想が常にあって、何でネタが尽きないんでしょうね?
「言葉がハマらないとか、自分の実力がまだ全然足りてなくて苦しむことは本当に日常茶飯事なんですけど、ひらめきの部分で困ったことはないですね。やりたいことがたくさん出てくるんですよね。何でなんだろう?(笑)」
『女優姉妹』は自分との対峙だったり
生きていく術を自分なりに提示したいなと思って作ったアルバムなんです
――『女優姉妹』が完成したときは何か思いました?
「何だろうな、昨日、お風呂の中で浮かんだ言葉があったんですけど…忘れちゃった(笑)。軽いと言うとちょっと違うけど…あ! 風通しのいいアルバムになったと思います!(笑) 恥ずかしい…」
――アハハ!(笑)
「今までは自分の中に潜るように作ってたんですけど、今回は結構浮上して、人に会うことも多くなったし、外に向かいながら作ったので。そういう部分でも、風通しのいいアルバムになった気がしてるんですけど、どうですかね」
――確かに、今まではみんなが吉澤嘉代子が緻密に造り上げた世界観を観る感じだったのが、その世界にもっと出入りしやすくなったのかも。そんな『女優姉妹』というアルバムのタイトルはどこから?
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「『女優』(M-4)っていう曲がすごく大きいんですけど、1つ1つ演じていく自分の仕事にも…まぁ“女優”と言うとカッコよ過ぎるし、体現できてるのかは分からないですけど、何者かに成り切るというところでのそれと、去年ジャケットを考えていたときに、『若草物語』(‘94)とか『ヴァージン・スーサイズ』(‘99)みたいな映画の、物語の中に登場する“姉妹”のジャケットにしたいっていうところから引っ張られた感じですかね」
――最後に、ツアーに関しては、ストリングスとピアノが入った五重奏の『みつあみクインテットツアー』が年内に、バンドセットの『女優ツアー2019』が2月から始まりますけど、そこに向けては何かありますか?
「『みつあみクインテットツアー』はこれまで出した曲をリアレンジしてお届けするので、私も初めての試みにときめいています。『女優ツアー』は『女優姉妹』を体現するツアー。自分との対峙だったり、生きていく術を自分なりに提示したいなと思って作ったアルバムなので、女性はもちろん男性も、そういう主人公の世界をライブでも楽しんでもらえたら嬉しいです!」