言わば、関西における“アホやなぁ”は決してdisではなく、むしろ“愛”と“感心”の合言葉。吉澤嘉代子の2ndミニアルバム『幻倶楽部』に収録された“ムダ毛”をテーマとしたリード曲、『ケケケ』のMVを初めて観たときに思わずこの言葉が出た時点で、もう勝負はついていた。聴後の感覚は歌謡曲でアニソンでドリフでポンキッキで特撮でみんなのうた(笑)、痛快ポップに歌い上げる『幻倶楽部』は、メジャーデビュー作となった前作『変身少女』で提唱した“ラブリーポップス”を確信犯的に裏切り、彼女に潜むどこかレトロで昭和なフレーバーと独自のポップセンスに存分に翻弄される1枚だ。ルーツは井上陽水、きっかけはサンボマスター、まるで1人コンピレーションのような6曲を貫き通す見事なストーリーテラーぶりには、今後を期待せずにはいられない。そして、リリースツアーはその名も『妄想文化祭』(笑)。’90年生まれの劇場型ポップマエストロに迫る。
「去年、インディーズで1枚『魔女図鑑』を出したんですけど、そのときはホントにマネージャーさんとディレクターさんの3人で選曲して、MVもiPhoneで撮ってっていう感じで、何をするにも“こうしたい”、“じゃあそれやろう”みたいな感じで決まっていたんですけど、デビューしていろんな人がスタッフとして仲間入りして、もう右も左もホントに分かんなくて、自分の意見をどこまで言っていいのかすごく悩んだ時期もあったんです。けど、それには答えがないものだと思ったので、もう怒られても間違っててもいいから、自分の意見をまず言ってからにしようっていう風にはなりましたね。元々自分の意見をワァ~っと言えるタイプじゃないので、苦労したんですけど」
「確かに。メジャーデビュー盤を出す前から、まずは間口の広い私の十八番と言えるラブリーポップスで、ものすごくキャッチーなものを作ろうと。そこからまたガラリとイメージを変えて、おどろおどろしいものだったりサウンド的にも変えていこうと思っていたので。前作を出した時点で、見えている状態ではありましたね。前作では歌の内容と自分を結びつけられることが多くて、“すごくラブリーな人なのかな?”みたいに思われがちだったんですけど、まぁ次が出るから大丈夫、みたいな感じで」
――リード曲でもある『ケケケ』(M-1)は、MVも含めて遊び切ったというか。ポンキッキとかで流れそう(笑)。
「流れて欲しい(笑)。でも、この曲はホントに私の曲の中でも最北端というか、果てにある曲だったので(笑)。推し曲になるとはまさか思ってなかったんですけど」
――これを軸に作ろうというよりは、振り切り担当みたいな。
「私の中の変人担当みたいな感じで…それが表に出てきた(笑)。“美少女”からの“ムダ毛”なので、前作からガラリと変わった感が出るかなぁというのはあったんですけど。曲を作ってるときは等身大で書くことはなくて、物語の主人公を設けて書くんですけど、実は私の中で一番遠くにあるのが前作の『変身少女』で。今回も自分とかけ離れた主人公がいっぱい出てくるんですけど、どこかで繋がっていることが多いかな」
――前作が玄関だとしたら、一歩家の中に入ったと。でもまだ寝室には行ってないし、人形をめっちゃ並べてる隠し部屋にもまだ行ってないぞと(笑)。
「アハハハハ!(笑)」
みんなが当たり前だと思うことに対して
そこから一歩出て自分の物差しを持つことがすごく大事
――その『ケケケ』は、自転車に乗っていてふと思ったことがきっかけに生まれたと。
「自転車に乗っているときに、“あ、腕にムダ毛が生えてる。剃らなきゃ”って思ったんですけど、“そもそもどうして剃らなきゃいけないんだろう?”っていう考えに至って。そこからウワァ~っと出来た曲ですね」
――今、すごい普通に喋ってるけど、“そこからウワァ~っと出来た曲ですね”って、多分普通はそこから曲は出来へんからね(笑)。
(一同笑)
――僕も気になって“脇毛 剃る 理由”とかでググってたら、Yahoo!知恵袋とかにも、“何故女性の人は毛を剃るようになったんですか? 教えてください”とか、結構質問がきていて。みんな不思議に思ってるんやなって(笑)。調べてみたら、アメリカでは剃るけど、ヨーロッパ圏では剃らないらしいですね。
「ありがとうございます、調べていただいて(笑)。オーストラリアとかでも剃らなかったり」
――やっぱり日本はアメリカ文化の影響が大きいから?とか思ったり。でも、吉澤さんはそういった独自の視点をめちゃくちゃアッパーにキャッチーに歌い上げてますもんね。取材メモに思わず“アホやろ”って書きましたもん(笑)。
(一同爆笑)
「アハハハハ!(笑) ありがとうございます、嬉しい。これは“悲劇の戦士よ ケケケ”っていう歌詞があるので、戦隊モノにしたいってアレンジャーさんにお願いして。踊れる感じの、外国人女性のコーラスが入ってるようなソウルフルなイメージで、普通なら“フィーバー”って言うところが“シェーバー”にもなったので(笑)。あとはまぁ、毛は剃っても剃らなくてもどっちでもいいし、学校の先生が言ってることでも何でもそうなんですけど、みんな育ったまんまに価値観を植え付けられているのが自然だと思うんです。けど、みんなが当たり前だと思うことに対して、そこから一歩出て自分の物差しを持つことがすごく大事なのかなぁと思っていて。疑うこと=悪いことと言われることもあると思うんですけど、人を警戒するとかではなくて、自分の考え方を持つという意味での疑いなんです。それがムダ毛に結び付いちゃったから、こんなことになったんですけど(笑)」
――ちなみに歌詞の中に“あなたの胸毛たくましいのねん”とか出てきますけど、これは好みなんですか?
「いや、これはね、ホント声を大にして言いたいんですけど、違います(笑)」
(一同爆笑)
「女性にとってはムダ毛なのに、男性にとってはいいのか?っていうところでこの歌詞にしたんですけど、私は毛に関してのフェチは全くないですね(笑)」
大きい噓をついて、どうしてこんなに苦しいんだろうと思ったら
やっぱりそこには本当の気持ちがあったから
――『うそつき』(M-3)は、軽やか昭和ポップスみたいな世界感から終盤にすごいオチが入ってきますが、これもある意味女子らしいというか、思春期特有の女子に恋する女子みたいなストーリーで。僕は日々いろんな人と話していて思うんですけど、“よく妄想する”って言う人って、圧倒的に男性より女性の方が多いですよね。
「何なんでしょうね。でも、男性のミュージシャンに、“ほぼ100%自分の経験です。実体験からしか書けないんです”とか言われると、“え! じゃあこれもこれも全部実体験なの!? 嘘~!!”みたいな(笑)」
――女子の方が妄想を具現化することに長けてるのかな?
「“妄想”って言ってるだけかもしれないですけどね(笑)。『うそつき』も『シーラカンス通り』(M-2)に関しても自分とは違う主人公なんですけど、どこか重なる部分があって。『シーラカンス通り』の主人公が幻の街のストリッパー=裸という面では、お金をもらってステージを披露しているという点で裸にならなきゃいけない自分だったり、『うそつき』は自分がすごく大きな噓をついたときに、嘘というものについて考えて作った曲だったり」
――今でも心に引っ掛かるような嘘があったんですね。
「自分にとってすごく大きい嘘で。今でも言えないんですけど…」
(ここからオフレコ話が延々と続く)
「『うそつき』はそうやって出来たという。大きい噓をついて、どうしてこんなに苦しいんだろうと思ったら、やっぱりそこには本当の気持ちがあったからで、何かを守ろうとしているからこその嘘なんだなって。嘘というものが十字架のように飲み込まれたんですよね」
――自分の意思じゃなくても、噓をつかなきゃいけない状況に追い込まれたりすることが人生はあると。知ってしまったが故にね。
「この話、今初めて言いましたけどね(笑)」
(一同笑)
スタッフ「呑んでるときでもこんな話出てこーへん(笑)」
「そうですよね?(笑) 嘘をつかざるを得なかった。でも、もう言えない。それぐらいの嘘って何だろう?って思ったときに、まぁ同性同士の恋だったりするのかな?っていうところから書きましたね」
――吉澤嘉代子は、もうどんなことで心が動いても曲になりますね。
「もうすり替えすり替えで(笑)」
思春期なりかけのみんながギスギスし始めた頃の記憶がすごく鮮明に
それはもう地縛霊のように残ってる(笑)
――『うそつき』も『恋愛倶楽部』(M-4)もそうですけど、吉澤さんの楽曲の世界観は、学生時代のモチーフが多いですよね。僕はもう学生時代のことを正直あんまり思い出せないんですけど、吉澤さんはこうやって曲にしたためるぐらい、自分の中に風景のストックがあると。
「小学校時代の話とかを友達とか幼馴染みにしても、みんな結構覚えてないんですよね。何でだろう?って思ったんですけど、私は学校に行かない時間が何年かあったのでそこがすっぽり抜けてて、だからこそ浦島太郎状態になってるんだなって。小学校ぐらいの、思春期なりかけのみんながギスギスし始めた頃の記憶がすごく鮮明に、それはもう地縛霊のように残ってる(笑)。『恋愛倶楽部』は中学生をテーマに書いてますけど、グループ内のもつれとかもなく、恋に向かってみんなで応援し合うみたいな、そういう環境に憧れもあって書いたんだと思いますね」
――『ちょっとちょうだい』(M-5)のライナーノーツに、“なんでもかんでも「ちょっとちょうだい?」と一口貰いたがる人がいる”と。こういう人いますよね~。この曲には明確な対象がいる気がするんですけど。
「そうですね、幼稚園の頃の話なんですけど(笑)」
――アハハハハ!(笑) もう幼稚園の頃なんて全然覚えてないわ!(笑)
「強烈に覚えてるんですけど、私が新しいクーピーを持っていて、友達が貸してって言うから貸してあげたんですよ。そしたら、逆から削ったんですよ! だからこっちもこっちも…」
――尖ってると(笑)。
「フフフ(笑)。まぁ幼稚園児だから、分別がつかなかった。でも、私的にこれはちょっと非常識過ぎるでしょう!と思って(笑)。“ちょっと”って怖いことだなぁって…」
――24歳で幼稚園の頃をこんなに明確に書けるんだったら、もう書くことありまくるよ!(笑)
「確かに(笑)」
誰のものでもないから、みんなのものになれる
――最後はミドルバラードの『がらんどう』(M-6)で終わりますけど、この曲だけちょっと雰囲気が違う感じが。
「これは、ヘンな言い方ですけど私の中でも上手く書けたなぁと思っている曲で。小説を読んでいたら“がらんどう”っていう言葉が出てきて、それがすごくいいなぁと思ってそこから物語を考えていったんですけど。たまたまレコーディングが長引いて朝方に帰らなきゃいけないとき、とぼとぼ歩きながら“これがもし好きな人の家から帰っている状態だったら…”とか妄想したりして、“あぁ! 切ない!”…っていう(笑)」
――街で吉澤さんを見かけても、“今、多分何か考えてるから、声は掛けない方がいいな”って思うかもしれない。ただの帰り道のはずやけど、この人にはドラマが起きてるって(笑)。
「アハハ!(笑) 面倒くさい人がいる(笑)。考えたりしますね、確かに」
――スランプはあるんですか? 曲が書けない!みたいな。
「めちゃくちゃありますね。言葉に縛られ過ぎてがんじがらめになることがすごく多いです。自分の中での傑作を生み出せば生み出すほど、どんどんハードルが上がっちゃって」
――でも結局、全ての曲の着地点がポップなのには何かありますか?
「やっぱり私はお茶の間に行きたいっていう気持ちがすごく強いので。子供の頃から歌うのは好きでしたけど、音楽を受け取る環境がテレビだったり、インターネットでも大きなサイトだったり。それってこれから先の子供にとってもそんなに変わらないと思うんですよ。物事が細分化して各々が好きなものを手に取る時代って言われてますけど、子供ってそこから一番遠いところにいるというか。私は子供がすぐに受け取れる場所にいたい=それはやっぱりお茶の間だと思うんで。なのでポップじゃないとっていう気持ちがどうしてもあります。子供だった頃の自分にまで届くぐらい公になっていかないとって思ってます」
――吉澤さんは本を読むことが自分の糧になっている自覚があったり、言葉を大事にしていると公言してますけど、実際に小説家を目指してもいいわけですし、詩人でもいいわけで。何でアウトプットが音楽だったんでしょう?
「私も最近“どうして音楽だったんだろう?”ってすごく考えていて。それはたまたまなのか、それとも音楽じゃなければいけなかったのか。子供の頃からは何でも飽きっぽくって続いたことはないけど、歌だけはずっと歌っていて。お父さんが井上陽水のモノマネをしている姿を見てきたからなのか…(笑)、歌はいつも身近にありましたね。例えば詩人になったとしても、詩ってみんなが空で覚えて朗読するものではないと思うんですよ。歌はずーっと聴いていればいつの間にか歌えるっていう点で、自分で作っていても自分のものじゃなくなる感覚がすごくあって。誰かが歌った瞬間にもう、その人のものというか。誰のものでもないから、みんなのものになれるっていうのは思いますね」
ライブは1曲ごとに主人公を変えて演じていく感じ
――今作に伴うツアーもありますが、楽曲制作とはまた別に、それをライブで表現するという行為は自分にとってどんなものですか?
「ライブは、もうホントに1曲ごとに主人公を変えて演じていく感じですかね。このままの自分ではステージに出て行けないので、どこでスイッチを入れるかをずっと試行錯誤して、クルクル回って登場することでスイッチを入れたりして(笑)、自分で自分のモードを変えるようにはなりましたね」
――そのツアータイトルが『妄想文化祭』。いいタイトルですね(笑)。
「ありがとうございます(笑)。ライブの良し悪しが激しいと言われることもあって、プロだから毎回一定のクオリティ以上のものを見せなきゃいけないとは思うんですけど、私はいつも完璧な歌を歌っている人のライブを観たいかと言ったらそうじゃなくて、その人を感じる、その人の今を切り取ったライブを観たいなと思う。そういうライブにお金を払いたいなと思うから、私の中では納得してるんですけど」
――そうやって言うべきかどうか考えた意見を言って、戦っていくわけやね(笑)。
「そうなんですよね(笑)」
――そもそも、このアルバムが出来たときって、何か思いました?
「私の中でも新しい歌い方だったり、いろいろとチャレンジした曲もあったので、素直に嬉しかったですね。『変身少女』からはホントにガラッと変わって、カオスなミニアルバムになったと思うので」
――次はどうなるんでしょうね?
「次も次の次もいろいろと考えてるんですけど、それが通るかは別の話で(笑)」
(一同笑)
――吉澤家は部屋数が多いんですね。結構豪邸や(笑)。
「アハハ!(笑) すごいちっちゃい家に見えるんだけどみたいな(笑)」
――でも、“変わった”というよりかは“見せた”っていう感じもありますもんね。
「ホントにそうですね。もう2~3年前から自分の中にあるものなんで。変わったも何も、みたいなところはあるんですけど…“あなたがお好みの曲はまたこの後も出しますんで、ちょっと待っててください”みたいなところです(笑)」
――次にお会いするとき、またどんな話が聞けるのか。お茶の間への橋渡しに一矢報えればと思います(笑)。
「アハハ!(笑) ありがとうございました!(笑)」
Text by 奥“ボウイ”昌史