時にラブリー、時にエキセントリックなさじ加減で観る者を魅了&困惑させる(笑)吉澤嘉代子が遂にリリースした1stフルアルバム『箒星図鑑』は、彼女の音楽を形成する“少女時代”の第一幕の終わりと、音楽家としての未来を確信させる素晴らしい1枚だ。メジャーデビューから1年、そのポップセンスをリスナーを翻弄する大きなふり幅で演じてきた彼女が、長年大切にしてきた名曲『ストッキング』や再録された『泣き虫ジュゴン』に代表されるリード曲で見せた“ド真ん中”は、J-POPシーンにおける彼女の時代の到来を、疑う余地のない才能を、これでもかと感じさせてくれる。とは言え、氣志團の綾小路翔とわたり合い、向井秀徳のエッセンス吸収即出しの(笑)『ブルーベリーシガレット』といい、“なんちゃってファンク”に乗せて女のダークを浮かび上がらせる『なかよしグルーヴ』といい、妄想系シンガーとしての手腕も怖いぐらい継続(笑)。只今リリースツアー中、笑っちゃうぐらいシアトリカルでキュート、独自のアクとスタンダード感を備え突き進む、愛すべきシンガーソングライターに話を訊いた。
「ね(笑)。箒って竹冠がない“帚”と、彗星と書いても“ほうき星”って呼ぶみたいで迷ったんですけど、一番“箒感”が出ていたのが竹冠だったので(笑)。デビュー前から、1st、2ndミニアルバム、そして今回のフルアルバムをどういうテーマで、どんな選曲にするか、ある程度目星をつけていて。モラトリアムな…少女から大人になる葛藤みたいなものを描きたいなとは何となく思ってたんですけど、CDを出すごとに“少女時代”にフォーカスを当てて形にしたい気持ちがすごく強くなってきて」
「左右に振って振ってのストレートみたいな。『ストッキング』(M-1)は私にとってすごく大切な曲だったんですけど、多分一聴したら普通のJ-POPにも聴こえるかもしれないと思ったとき、どうしたらこの曲をいいタイミングでみんなに聴いてもらえるだろうって
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――『ストッキング』を最高の状況で聴かせるための、“前振り”じゃないけど。
「そうですね。ラブリーなものもやって、ムダ毛の歌(=『ケケケ』(M-9))で踊ってっていうのは(笑)、私の中では全部『ストッキング』のためにやってきたつもりだったんで。でも、いろんな人の意見もあるので、『ストッキング』がリード曲になるかは分からなかった。だから、『ストッキング』の最後に“夜空に伝線した ほうき星かかって綺麗でしょう”っていうフレーズがあるんですけど、そこからタイトルを付けて“願かけ”みたいな(笑)」
――なるほどね。 前回のインタビュー の最後も、“いろいろと考えてるんですけど、それが通るかは別の話で”って言ってたもんね。
「アハハハハ!(笑) だからアピールしました(笑)」
――“タイトルの元のネタが入ってるのに、リード曲じゃないのはおかしくない?”みたいな策略(笑)。
「フフフ(笑)。例えリード曲にならなかったとしても、何か伝わるかなって。この曲が核になってるっていうのは」
――大人との水面下での戦いを繰り広げながら(笑)。でもこの曲、めっちゃいい曲やなぁと思いました。もう何かね、泣きそうになりました、聴いたとき。
「あぁ~嬉しい!」
――図らずしもさっき“普通のJ-POPと思われるかもしれない”という発言がありましたけど、それを凌駕する“スタンダード感”というか。言ってしまえば、『ケケケ』とか『未成年の主張』(M-3)みたいな曲ばっかりやったら、ホンマにイロモノに…(笑)。
「フフフ(笑)」
――っていう中で、『ストッキング』や『泣き虫ジュゴン』(M-11)みたいな大きなスケールの曲を書けるところに、これから吉澤嘉代子がもっともっと知られていくであろうポテンシャルを感じました。
「わぁ。嬉しいです。アレンジも今までは結構レトロなサウンドを含んできたんで、まだそれに沿った方がいいんじゃないかって1回変えてもらったりしたんですけど、やっぱりこの曲はサウンドで色付けするタイプの曲じゃないと、元通りにしてもらいました」
『ストッキング』は自分の存在理由というか
自己顕示欲丸出しソングっていう感じ(笑)
――『ストッキング』の曲自体が出来たのはいつ?
「20歳の頃に書いて、デビューのきっかけになったコンテストでこの曲を歌いたいなと思ってたぐらいだったんですけど、結局は『らりるれりん』(‘13)っていう曲で出場して。昔から大切にしていた曲ではあって、ワンマンライブでは必ず歌ってましたし」
――弾き語りで聴いてもいいもんね。あと、この“ことを知る~♪”の歌い回しが好き。
「(資料に)赤線引いてある(笑)。ありがとうございます(笑)」
――出来た当時から大事な曲になる予感はあった?
「もう、ボロボロ泣きながら書いて。主人公がいて駒を動かすようにストーリーを作るのは自分の十八番でもあるし楽しいし、そういう風に言葉の置きどころを楽しむ喜びも私の音楽にはあるけれど…これはまた別の種類の曲というか。『泣き虫ジュゴン』もそうですけど、自分の存在理由というか、自己顕示欲丸出しソングっていう感じ(笑)」
――吉澤嘉代子の楽曲の世界観は、基本的にはフィクションで己ではないということやけど、やっぱこの曲はちょっと趣が違って。ベタに言うと等身大というか。そう考えると、20歳の頃にもう夢から覚めていく感じがあったんや。
「さっき仰ったように、等身大であって、そうじゃないみたいな感覚というか、自分にすごく近い曲だけど、もう終わってしまった部分でもあるんですよね。それを、敢えてもう過去のものだけど形にして残しておきたくて。だからガチガチに今の自分自身ではないのかなって」
――とは言え吉澤嘉代子って、周りから見たら音楽とそれを作る人間が一致してるように見えるじゃないですか。でも違うと本人は言う。実際その辺はどうなんやろうね?
「うんうん。私も最近それよく考えてて。結局、自分が何なのか分からなくなってきてて(笑)」
(一同笑)
「すごくドライな部分もあるし、みんなが思っているような人ではないと思うんですけど、もしかしたらみんなが思ってる以上にヤバいヤツなんじゃないかと思うこともあって(笑)」
(一同爆笑)
――確かに『キルキルキルミ』(M-6)とかは、取材メモに“軽やかにコワい”って書いてる(笑)。
「アハハ!(笑)」
――『チョベリグ』(M-8)は、“改めてヤバい”(笑)。『未成年の主張』にしてもそうやけど、これはパフォーマンスなのか? 本当なのか?って、実際にどっか分からなくなるというか…。
「そうなんですよねぇ…(笑)」
“少女性”みたいなものは、自分の持っている要素の1つ
――今作には過去のアルバムからも2曲ずつセレクトされていますね。
「最初は“少女時代”をテーマにするなら全曲新曲で、すごい純度の高い、本当に“子供だけの世界”を真空パックしたいと思ってたんです。『ケケケ』とかが入ってきたらちょっと印象が変わってくるし(笑)。でも、自分からは遠いかもしれないけれどやっぱり自分のカケラでもあるから、それも含めた組み方が出来たら、初めて聴いてくれる人にオススメしやすい1枚にはなるのかなって。“図鑑”ということでもあるし、ライブで盛り上がる曲とか、気に入っている曲を入れたりはしましたね」
――ただ、“少女時代”は今回のアルバムに限らず、ヘンな話、吉澤嘉代子自体のテーマでもあると思うんやけど。
「そう思います。やっぱり曲を書くときに、自分の子供の頃に向けて書いているところはずっとあって。“少女性”みたいなものは、自分の持っている要素の1つなんだろうなって」
――前回のインタビュー で“お茶の間に行きたい”という発言があったし、子供が受け取るのに最も近い場所=お茶の間というところでは、筋道が通っていて。でも、少女性って真っ只中にいるから書けること、歳を重ねて客観出来るからこそ書けることみたいに、大人になっていくにつれて見方が変わってくるというか。だからこそ憧れられるし、失う切なさも感じるし。
「そうなんですよね。なので、“少女時代のコンプレックスに決着をつけたい”ってアルバム資料の見出しには書いてあるんですけど、決着をつけようとはあんまり思ってなくて(笑)」
(一同爆笑)
――まぁこれからもやっていきますよと(笑)。
「何か、私の売りでもあるので(笑)。それをなくしちゃったら、また全然別物になるのかなって。ただ今回は、まずパッケージとして、とにかく『ストッキング』を中心に形にしたかったんですよね」
――『ストッキング』の歌詞も、まさに大人になる過程の物語ですよね。やっぱり20代前半ぐらいって、“大人”というものをすごく意識するというか。そこを過ぎたら自分が大人かどうかとか、どうでもよくなってくるけどね(笑)。
「そうなんですか?(笑) まさに去年、23から24になる年に、“何か私、大人になっちゃったなぁ…”って強く思う瞬間がいっぱいあって。まだ全然子供だし、まだまだ考え方とかもつたないと思うんですけど、何かすごい、カラカラになっちゃった感じが(笑)」
(一同笑)
――それは何か具体的な出来事があって、ふと思うの?
「そうですね、ふと。あとは、人との距離感とかですかね。何か受け入れられるようになってくる」
――今までは“絶対無理!”と言ってきたものが、“まぁそういうこともあるか”とか、“ここは転がしておいて”とか。
「転がしておいて(笑)。元々かなり許容範囲が狭いから、ちょっと広がっただけでそう感じるのかもしれないですけど、今までは人を受け入れるのってすごい難しいことだったんで。でも、“この人もこういう風だったから仕方なかったのかな”とか、“じゃあ私はここをちょっと我慢しようかな”とか、思うようになったってことなのかなぁ? 良くも悪くも。今は多分、背伸びしてるピークの時期なのかもしれないですね」
即影響受けちゃって、即使ったっていう(笑)
――他の曲にも触れていくと、『ブルーベリーシガレット』(M-4)は名菓の名前ですが、セルフライナーノーツには“車の音を口でレコーディングした”という衝撃の告白がありましたけど(笑)。
「はい(笑)。ブルル~ン♪ってやりましたねぇ」
――この曲にあるような不良=憧れの世界って、古き良き少女漫画の王道のプロットで、逆に今はなかなか漫画の柱になりにくいよね。
「突っ張ってる方がダサいみたいな風潮が。みんな何か、クールな子供」
――そして、この曲にはその道のコテコテの人が参加してくれたという(笑)。その氣志團は、少女性ならぬ不良のプロとしてずっとやってきてるような人たちなんで、アウトプットは違ってもスピリットは通じるものがありそうですね。これはダメ元でお手紙を出したら、OKが出たとのことですが、一緒にレコーディングしてみてどうでした? この曲には両者の流石のやりとりが収録されてますけど(笑)。
「初めてお会いしたのがレコーディング当日だったんですけど、“こんなに背が高くてカッコいいんだ”って思いました。綾小路翔さんはカッコよさとダサさの際どいところを売りにされているような風にお見かけするんですけど、普段着はすごいオシャレで(笑)。レコーディングも大まかな筋書きだけ先に伝えて、当日相談させてくださいって感じだったんですけど、結構アドリブを入れてくださって(笑)」
――あと、めちゃおもしろかったのが、この曲の 前のめりな歌い方は、向井秀徳にインスパイアされたと(笑)。
「レコーディングの数日前にライブを拝見して、もう衝撃を受けて。即影響受けちゃって、即使ったっていう(笑)。事前に観なかったら、全然普通のメロディだったんですけど(笑)」
――元々NUMBER GIRLやZAZEN BOYSが好きでした、とかじゃなく?
「以前イベントで一緒になって、向井さんが“何とかカヨコを良いと言ってるらしい”という噂を聞いて(笑)。その真相を確かめるべくご挨拶しに行ったんですけど、“カッコいいですね”って言ってくれて、すごく嬉しかったです」
――だから『ブルーベリーシガレット』は、すごい男たちのエナジーが詰まってる(笑)。
「確かに(笑)。でも、こういう曲が一番書きやすくて、いくらでも書けるなぁって(笑)」
外に向かってますね。ずっと自分の中で、自分の世界を作ってたのが
――『なかよしグルーヴ』(M-5)は“絶対に私が書かねば”という使命感を持って書いた曲だということですけど、女ならではの、女だから書ける、女の世界という感じがありますね。女性特有のコミュニティで生まれる派閥や立ち回り、まさに吉澤嘉代子節。
「ほとんどの女の人だったら、少なからず見聞きしたり、当事者だったりとかするものなんだろうなと。なので、みんながやらないんだったら私が曲にしなきゃ!って。今回は“少女時代”がテーマだったので、この曲は絶対に間に合わせたいと思っていた1曲ですね」
――同じ“少女時代”を描いても、『ストッキング』とは全然違うベクトルの描き方ですよね。この曲は自称“なんちゃってファンク”と、音的にもアプローチそれぞれが違って。
「MCのときに無音だったりすると、バンドだったら“ダンダンダン!”とか“キュイーン!”とか、雰囲気を出してくれていいなぁ、1人って寂しいなぁって思うときもあるんですけど、私の性格だとやっぱり1人じゃないとやれなかったなと思うんですよね」
――1人だからこそ、誰のところにでも行けるのもありますもんね。
「自由ですよね。七変化出来る(笑)」
――再録の『泣き虫ジュゴン』は、17歳のときに曲を書いて、21歳のときに一度目のレコーディングをして、24歳でまた録り直したと。
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「ただ、最初はちょっと自信がなかったんです。その当時、本当にレコーディング当日のギリギリまで書き直していたので、思い入れもすごくあるテイクだったし。でも、リード曲として表に出るんだったら、今の自分とは歌もだいぶ変わったので、録り直してよかったのかなって、今は思いますね」
――この曲はお客さんの顔を思い浮かべて、“人のために歌う”という想いで出来た曲だと。
「自分がそういう歌を歌うようになるとは思ってなかったし、全然期待もしてなかったので、嬉しい成長だなって」
――『泣き虫ジュゴン』は誰かのために歌ったのが初だとして、『雪』(M-12)が誰かのことを書いたのが初だとして、『23歳』(M-13)が自分に歌ったのが初。同じ曲を書くという行為でも。
「初挑戦がいっぱいあった。本当にそう。まさにそうです」
――『23歳』も、今までのフィクションの物語の中から出て、初のワンマンライブに来てくれるお客さんへのおもてなしとして、ちゃんと人柄が出た曲があった方がいいんじゃないかというところから生まれた曲だと。今までにはなかったその発想が、まさに成長ですよね。そういう曲の書き方じゃなかったですもんね。
「うんうん。だから外に向かってますね。ずっと自分の中で、自分の世界を作ってたのが」
――大人になっていくのを感じる瞬間を描いた歌詞は、『ストッキング』とも通じます。
「そうですね。『ストッキング』で私は特別な人間じゃないって気付いて、自分の手でストッキングを破ったときに、すごく綺麗な景色が見えたというストーリーで。『23歳』は“夢を叶えるためには 夢から覚めなくちゃ”って、自分で自分を奮い立たせる曲ではあるんですけど、何かどっちの曲も寂しさが残る。でも、子供の頃の誰かが自分の夢を叶えてくれるとか、誰かが迎えに来てくれるっていうところから、誰も迎えに来なかったからこそ、そういう幼い頃の自分も全部引き連れて、自分の足で未来の自分に会いに行く。自分の力で何かを生み出すのって、やっぱり大人だから出来ることだし、それってすごく希望に溢れたことだと思うので。“夢から覚めなくちゃ”いけないのは、私にとっては希望に溢れた言葉として書きましたね」
――でも今ね、夢から覚めなきゃいけない話はそうだなぁと頷きつつ、自分が特別な人間じゃないっていうのは、ちょっと違うと思ってて。このアルバムを聴いたとき、吉澤嘉代子は間違いなく特別な人間やなって思いました。
「ありがとうございます(照笑)」
――何か確信出来たというか。もう“この子売れるわ”って言ったらおかしいですけど(笑)。
(一同笑)
「わぁ…本当ですか。ありがとうございます。嬉しいです」
いずれはホールツアーみたいなことが出来るようになりたいと思うので
クアトロはその第一歩
――今作が出来上がったときどう思いました?
「何か本当にドキドキしながら作ってましたね。例えば、『ストッキング』がリード曲から外れるとか、タイトルが難しい漢字なんで変えてくれって言われたらとか、『なかよしグルーヴ』は入れるのを止めようとか、そういうことがあったらどうしようって(笑)。なので、出来たときは本当に安心しましたね」
――いろんな調整がね(笑)。そして、リリースツアーもあって。
「今まではセリフだったり構成だったり、全部自分でやらなくちゃって抱え込もうとしていたところがあったんですけど、前回のツアーで初めて同じメンバーで何ヵ所か廻るという経験をして、舞台監督を含めたスタッフの皆さんに得意分野をお任せして一緒に作っていくのが、何か文化祭みたいですごく楽しくて。こういう風に人に任せることでさらに良くなったりワクワクしたりすることがあるんだなって。それがすごく嬉しかったので、ツアーは最高ですね。今回のバンドメンバーはみんな初めて一緒にやる方で、お会いしてみんなでご飯を食べたんですけど、すでにヘンなグルーヴが生まれてて(笑)。これはおもしろくなりそうだなって」
――会場もちょっとずつ大きくなって、大阪は梅田クラブクアトロです。
「私のライブは、仕掛けがあったりお芝居を入れたりするんですけど、いずれはホールツアーみたいなことが出来るようになりたいと思うので、クアトロはその第一歩かなぁと」
――そして、『箒星図鑑』を経て、次はまたどういった作品が出てくるのかなぁと。前回のインタビュー で吉澤嘉代子の音楽性を家に例えて、ワンルームかと思ったら違う部屋があったり、隠し部屋もありそうな豪邸、と話しましたが、もう今の吉澤嘉代子レベルやったら、庭かと思ってたらウィーンってせり上がって、サンダーバードみたいな飛行機とか出てくるんちゃうかと(笑)。
(一同爆笑)
――池がガーッと分かれて(笑)。この鯉、本物じゃなかったんや、みたいな(笑)。
「いいですね、それ(笑)」
――というわけで、今後の展開も楽しみにしてます(笑)。
「はい!(笑) ありがとうございました!」
Text by 奥“ボウイ”昌史