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「汚れた宝石みたいな感情を燃やして曲を作ってる」
バンドワンマン大阪公演がいよいよ開催へ!
歌に囚われ、歌に生かされるヒグチアイの記憶の時限装置たる音楽
『一声讃歌』インタビュー&動画コメント

 過去という己の鉱山を何度でも掘り起こし、曲を書く。そんなソングライターは珍しくはないが、そこへの執着というか執念は千差万別。ヒグチアイのそれは自身の音楽人生の根幹であり、それがなかったら歌ってはいないと言い切るほどに、その生き様に深く刻まれている。そんな情念のブラックボックスに手をかけ、シンガーソングライターとして新たな扉を開いた、いや、開かざるを得なかったのが、メジャー3rdアルバムとなる『一声讃歌(いっせいさんか)』だ。先行リリースされ話題を呼んだ配信シングル三部作『前線』『どうかそのまま』『ラブソング』を含む今作は、思い出と矛盾をテーマに、記憶を蘇らせる装置としての歌を1つ1つ丹念に研磨。人生観を揺るがすあの裏切り、脳裏を離れないあの言葉…ヒグチアイでしかない感情を煮詰め、11篇の人間模様を描いてみせた。「自分の話をした上で、自分だけの話じゃないところにまで行けるかどうか」と、彼女は言う。一つの声が広がって、みんなの大きな歌になる日まで――。バンドセットでの大阪ワンマンを前に問う。歌に囚われ、歌に生かされるヒグチアイの29年の生涯を懸けた、『一声讃歌』インタビュー。

 
 
この気持ち、大事だったかも
 
 
――今回は何で関西プロモーションに前前々乗りもしてたんですか? 早ない?(笑)
 
「アハハ!(笑) 実は『中津川 THE SOLAR BUDOKAN 2019』の帰り道、ライブ自体はよかったんですけど、ちょっと思うところがあって落ち込んじゃって…。そのときにちょうどドラムの畑(利樹)さんから連絡があって、それを何となく感じ取ってくれたのか、“自分が音楽をやり始めたときのことを、思い出してみたらいいかもね”みたいな話をされて。翌日からちょうどスケジュールが空いてたんで、地元の長野に帰ったんですよ。ライブハウスにポスターを貼りに行ったり、CDを渡しに行ったり、高校生の頃、路上ライブをやってた場所を歩いたり…。あれから10年ぐらい経って、駅前もすっかり変わっちゃって。当時そこにあったマツモトキヨシの店長が、よく仕事の合間に路上ライブを観に来てくれてたよなぁ…とか思い出しながら、“この気持ち、大事だったかも”、みたいな感じで東京に帰ってきて。そのすぐ後、東京でインストアライブをしたんですけど、何とそのときの店長がたまたま観に来てくれてたんですよ! これはちょっと、すごい話だなと思って。だったら、関西でも何か思い出すことがあるかもしれない。昔はライブハウスに挨拶に行ってたこともあったのに、そういうこともいつの間にかしなくなっちゃって…もう1回、そういう人たちに会いに行ったり話をしたりするために、前前々乗りしました(笑)」
 
――まさに『一声讃歌』の旅やね。アルバム作って出して終わりじゃなくて、そこから続いてる感じがする。
 
「そんな気がする。あと、前乗りしてたらKiss FM KOBEの人が、“(番組に)出てもいいよ”みたいに言ってくれて。でも、そういうときって、だいたい実際には行かないことが多いじゃないですか? でも、そういうことも全部も叶えていこうと思って。ちょっとだけ前向きに過ごしましたね」
 
――“またいつでも遊びに来てくださいね!”って言われて、ちゃんとまた行く、みたいなね。
 
「そういうことって大事だったなぁって改めて思いましたね」
 
――初期衝動とはまた違うけど、原点を見つめ直す時期。
 
「まさにそんな感じではあります。元々そういう性格の人間じゃないので、結構大変だけど。でも、こういうふうに生きていけたら=丁寧に生きていけるなっていう感じがします。いや~エモいですね。1日に10人しっかり喋った人がいるって結構すごいなと思って。もう…大変(笑)」
 
――そういうことを続けられてる人が生き残ったり、ずっと愛されてるのかもね。
 
「ね。しかも自分には、せっかく持っていけるもの=口実があるのに。何もないよりは、“CDを渡してもいいですか?”とか言って会いに行ける方がいいなと思って。今のタイミングは正解だったかなぁと」
 
――会いに行ける人がいなかったらそれすらできないけど、自分にはそういう人たちがいると気付かされただけでも、尊いことかもしれないね、うん。
 
 
もっと自分を深めないことには打っては出られない
 
 
――今回のアルバムのテーマは、思い出と矛盾だと。そういう自分になっていったのは何なんでしょう?
 
「一番最初はオリンピックが来年あって、みたいなことなんですけど」
 
――みんなが未来ばっかり見てるから、じゃあ私は過去を見るぞ、みたいな。
 
「うんうん。あと、トラウマみたいなものというか、“何でこういう気持ちになっちゃうんだろう?”とか、“何で人のことをこんなに疑ってるんだろう?”とか、そういうことがすごく気になるようになってきて。これをそろそろ解決しないと、これから生き辛いだろうなと思って(苦笑)。アルバムを出させてもらえるからこそ、何をテーマにしようかも考えられるし。自分のことをもうちょっと考える時間をもらったんだろうな、というのはありますね」
 
――前作『日々凛々』(’18)の頃はもっとしゃかりきにやってたというか、あんまり純度が高くないこともいろいろ考えたり、受け入れていかないと生きていけない、とか言っていて。今よりもガツガツしてたと言ったらアレだけど。
 
「前作のときは本当に、“前に前に”だったんですよ。何か今回は…そんな感じじゃなかったですね(笑)。何でなんだろう? 結局…もっと自分を深めないことには打っては出られないというか」
 
――やっぱり、今でも引きずるぐらいの過去があるってことよね。今に影響を及ぼすほどの。
 
「あるなぁ…いまだに何も変われてないのが、人を100%信じられないこと(笑)。それって=“この人になら裏切られてもいいと思えるほどの人がそばにいてくれたら”、みたいな感覚でもあると思うんですけど、やっぱりどうしても怖いというか、その気持ちをいつまでも忘れられないんですよね」
 
――それは言わば、かつてむちゃくちゃ信じてた人に裏切られたから、ってことやんね。
 
「そうですね。それはどのタイミングのどの出来事かは分かってて…(笑)。でも、それもそもそも自分が人を信じずに生きてきたせいで、裏切られたときにすぐ諦めちゃったんですよ。“そうだよな、人は裏切るよな”ってさらっと思っちゃった。そこで、“何でそういうことをするの!?”って聞けなかったことを、いまだに引きずってる。それ以降、今でも、そういうふうに相手のことを責めたことがないし、そうやって聞けたことがないんですよ」
 
――めちゃくちゃ言いそうなキャラやのに(笑)。
 
「どう考えてもそういう雰囲気に見えるんですけど(笑)、何で聞けないかというと多分、“あなたのことが好きじゃないとか、大切じゃない”って、直接言われるのが怖いからだと思うんですよね。決定打を言われなければ、まだ…。だから、人から裏切られるんじゃないか=何か期待をし過ぎちゃってるのかもって今、喋ってて思った(笑)」
 
――そうやって自分を振り返ること、向き合うことが、今回のアルバムを作る上では絶対的にやるべきことだ、やりたいことだと思ったってことやもんね。あと、思い出と矛盾というのは今回のアルバムに限ったことじゃなく、それこそヒグチアイの人生のテーマという感じもするし。
 
「うんうん。それこそ『備忘録』('16)にも書きましたけど、中学1年生のとき、友達だった人に“ヒグチアイ、変わったね”って言われてから喋ってくれなくなって。“むしろあなたが変わったんじゃないの?”って思うけど、もしかしたら自分が知らず知らずに変わってしまってたのかもしれない。その頃からいろんなことを考え始めて、“自分は間違ったことをしないようにしよう”ってずーっと思い続けてきたんですけど、それももう苦しくなっちゃって…。“間違ったことをやらないこと=正しく生きることなんだろうか?”みたいに、20~21ぐらいのときに思って、そこからずっと矛盾については考え続けてますね」
 
――例えば、中学校のときのその出来事とか、さっき話した裏切りがなかったら、今でも歌ってるのかな?
 
「歌ってないです! というか、歌わない方が幸せな人生だと思います、本当に(笑)。歌わないでいられる人生が、もう1つのパラレルワールド的な話であったなら、そこでのヒグチアイはもっと表情も豊かだし、友達とシャンパンとか飲んでるだろうな~(笑)」
 
――でも、あのひと言がなかったら、あの裏切りがなかったら歌ってないぐらいだったら、ヒグチアイの音楽を愛する人たちからすれば申し訳ないけど、ありがとうでもあるよね。
 
「今だからこそ、この曲たちが書けてるところはあるでしょうね。前作の『日々凛々』ぐらいまでは、まだ全然終わってなかった。そう考えると、今回で全部まとめちゃったから、来年以降どうするの? みたいなところは(笑)」
 
――ある意味、今までは蓋をしていたゾーンを曲にしちゃったわけで。向き合う作業としてはしんどかった?
 
「しんどかったかも。自分と切り離してまた別のところでやらないと、“あのときにこう言われた…”みたいに落ち込んじゃうから。当時の記憶はあんまりないけど、“これこれこういうことがあった”って書き出した自分の年表を見てたら、誰にも言えないようなことがいっぱいまとめられてたんで(笑)。もちろん、“このときは幸せだった”みたいなことも書くんですけど、楽しいことはたくさんはなかったかな?(笑)」
 
――セルフライナーノーツには“嫌いな人ばかりできるよ”と書いてたけど(笑)、今の世の中もそうで、好きより嫌いの方がキャッチーだから分かりやすい。負の感情の方が印象に残るもんね。
 
「そっちの方が影響を受けやすいからだと思うけど、この作業をやってみて、そこも大切にしてるかもなぁと思いました。過去にあった嫌なこととかを煮詰めて、その汚れた宝石みたいな感情を燃やして曲を作ってるんで(笑)、やっぱり徐々になくなってはいっちゃうんですよ。ちょっとやそっとの過去じゃ全然足りないから、今回は結構な量を燃やして作ったんで、もう次はどこを掘ればいいのかという感じになってますね」
 
――かと言って、こうやって会った印象がすごくサッパリしてて、毒が抜けて、デトックスされてる様子もないから、まだまだ鉱山がある感じがするけど(笑)。
 
「アハハハハ!(笑) いや〜でしょうね。すでに1つ、どれだけ掘っても絶対に開けたくない箱があることには気付いてるんです。それを開ける作業を今年から始めたんですけど、本当に開くのか、それともそれによって自分は曲を書けているのか…。何が入っているのかも、どの鍵で開くのかも分からないから、今はこれかもしれないっていう鍵を差し込んでみてる状態なんですけど…開かないんですよね」
 
――どんな構造やねん、ヒグチアイ(笑)。まだ全てを放出してないことだけは確かってことですね。
 
 
今の面倒くさくてぐちゃぐちゃしてる自分を分かってもらえたらいいなって
 
 
――毎回、ヒグチアイはアルバムの最後に全ての想いを集約する曲が入ってきますが、今回の『一声讃歌』も最後に一番重たいやつ=『ラブソング』(M-11)を。
 


「最初でもないし、真ん中でもないし、どこにも入れられないんですよ。“終わりよければ”みたいな話もあって、ライブでも最後の曲っぽい曲をいっぱいやるのが好きで」
 
――ヒグチアイ=“最後の曲っぽい曲を書き続ける人”っていうのは分かりやすいかも。あまのじゃくなヒグチアイですけど、やっぱり人に分かってほしいとは思ってるわけですか?
 
「でも、自分のことは分かってほしいけど、“今の私”を分かってほしいだけだから、人として分かりやすくなった私を分かってほしいわけじゃない。今の面倒くさくてぐちゃぐちゃしてる自分を分かってもらえたらいいなって。人と付き合うときも、まずシンプルな自分を見せて、そこからちょっとずつ面倒くさいところを出していくので…(笑)」
 
――『ラブソング』をはじめ『前線』(M-1)『どうかそのまま』(M-2)と配信で先行リリースした3曲はパンチがある曲ばかりだけど、今作はもう頭からステーキ、カツ丼、激辛料理みたいに情報量のボリュームがすごい(笑)。
 
「アハハ!(笑) 私、今まではアルバムの2曲目が大事だと思ってたんです。CDを買ったら絶対に全部聴くじゃないですか? 1曲目はまだ何となく気持ちが乗ってなくて、2曲目から入ってくるイメージだったんですけど、サブスクとかで聴く人たちはとにかく最初から聴くし、星が付いてる曲を聴くしってなったとき、頭にどれだけ聴きたい曲が入ってるかが大事かなと思って、最初にとにかく重たいものを全部出していこうって」
 


――なるほどね。1曲目の『前線』からまごうことなきヒグチアイだし、ド頭のピアノの打撃音もすごく耳を引く。『ラブソング』とはまた違う形でのこのアルバムを象徴する1曲ですよね。歌詞には、“引退して結婚した/かつての戦友”ともありますけど、周りにあれだけいた女性シンガーソングライターも、年齢を重ねるとともに辞めていって。
 
「みんな幸せそうなのはいいんですけど、当時、私にマウントを取りにきたあの感じ、あの感覚、あの場所で言われたあの肌触り…傷付いたよ! 謝れよ! 私は忘れてないよ! っていうのはありますけど(笑)。話してて今、思い出したこともありますもん(笑)。ただ、そういう気持ちを本当は持ってるんだけど前面に出す必要はないというか、捉えた人だけが、“あ、自分のことかもしれない”って思うだけでいいという」
 
――この曲なんかはめちゃくちゃ自分自身のことを書いてるのに、最後の2行でちゃんとみんなの歌になる。ヒグチアイはやっぱりポップスを書いてる人だなと。
 
「そういうところはやっぱり考えますね。自分の話はもちろんしなきゃいけないというか、自分の話をしないと誰も話してくれないから、それをした上で、自分だけの話じゃないところにまで行けるかどうか」
 
――ちなみに、この曲のMVは何でこんなに海外からの反応があるんですか? 誰かが紹介してくれたとか?
 
「日本のアニソンを紹介する海外のブログみたいなところに1回載ったことはあるんですけど、それだけでこんなにリアクションがあるのかなと。あと、もう1つはYouTubeのおすすめ動画にめちゃめちゃ表示されてたらしくて」
 
――まさに今の時代ならではの広がり方で。
 
「うんうん。CDだけ出してたら、絶対にこんなことにはならなかったですね」
 


――かと思えば一転、2曲目には王道のバラード『どうかそのまま』が。本当に後悔デフォルト設定の生き様というか(笑)、自分は覚えてるくせに相手には思い出さないでっていう、ヒグチアイだからこその意地っ張りさが。
 
「後悔デフォルト設定(笑)。え〜みんなどうやって人と付き合ってるの? 悩む(笑)」
 
――適当じゃないんでしょうね。だから1つ1つの出来事を聞き流せない、見逃せないという。
 
 
私、SNS探偵になれると思うんですよ(笑)
 
 
――あと、3曲目の『街頭演説』は、“恒例の浮気ソングキター!”という(笑)。何でいつも浮気されるのか? そんな人ばかり選んでるのか? と思ってたけど、ヒグチアイは他の人が気付かないことに気付くからだと思った。みんなそこそこ浮気してるんだけど、普通はそこまで気付かれない。でも、ヒグチアイは鋭いから、気付いちゃうから、常にそう見えちゃうんじゃないかって、この曲を聴いて改めて思いました(笑)。
 
「私、めちゃめちゃ気付くと思います(笑)」
 
――アハハハハ!(笑)
 
「相手は嫌だと思う。“あれ? 今日は様子がおかしいな”が、結構すぐに分かるというか。だから、気付かない振りをすることを覚えました。でも、“確実にこれはアウトだろ!”っていうラインは攻めますけど(笑)」
 
――そして今回、個人的に好きだった曲は『風と影』(M-4)でしたね。ポップスとしてすごく優秀な曲だと思うし、“わたしの気持ちに気付いてることに/わたしは気付いてるから/君のずるいところも包んであげるつもりだったのに”ってもう、めちゃくちゃいい子やん、この曲の中の人
 
「でもね、片思いのときはそう思ってるんですけど、両思いになった途端に、“いや、ちゃんとしろよお前”ってなりますけどね(笑)。確かにこの曲は男の人に結構言われる、“こんないい女はいない”って。イメージは、ちょっとおとなしめの、髪が綺麗でメガネをかけてる子なんですよ。何で好きになってもらえないんですかね?(笑)」
 
――この“降り出した雨 君は一度も振り返らない”の部分も分かるな~。帰るときに振り返る/振り返らないって案外大事なポイントだと思う。ヒグチアイは振り返る人ですか?
 
「相手によります。向こうがちょっとこっちのことが気になってるなって思う場合は、振り返らないです。振り返ったら負けなんじゃないかって思っちゃう(笑)。そこには駆け引きがある。もう付き合ってたら絶対に振り返ります。この曲では、男の子が何も考えずに振り返らず帰ってるパターンもあれば、振り返ったら相手に気を持たせるからあえて振り返ってないパターンもあるよなと思って。どっちにしろ相手のことを思ってくれてたらいいなっていう希望ですけど。自分で書いてる曲なんですけど、そういうことを妄想するのが好きなんですよね」
 
――そして、相変わらず『バスタオル』(M-5)とかはめっちゃ怖い。いきなり“新しくしたバスタオルは/最低でも一年は一緒にいることの証だよね”は怖い。『一週間のうた』(M-8)も怖い。この2曲がマジで怖い(笑)。
 
「フフフッ(笑)。『バスタオル』は、女の子は“かわいいね”って言ってくれますけど」
 
――いやいや、歌が始まって2行で聴く者を震え上がらせるのはすごい(笑)。
 
「アハハハハ!(笑) そういうストーカー気質みたいな。私、SNS探偵になれると思うんですよ(笑)。友達から“彼氏が浮気してるかもしれない”って言われて、“分かった、任せて! 相手のアカウントだけ教えて”って。鍵アカじゃなければだいたい浮気してるかどうか分かります。その人のフォロワーとかも全部見に行って」
 
――マジで!? 怖いよ〜!(笑)
 
「元カレが私と付き合ってた頃に浮気した相手と結婚したこともそれで知ったんで(笑)」
 
 
人生のいろんなところで掛け違えたボタンを
歌で何とか正当化しようとしてる
 
 
――さっき、パラレルワールドがあったらっていう話になりましたけど、そうじゃないヒグチアイの人生だったからこそ生まれた曲が、今回もびっしり詰まってますね。
 
「そうですね。やっぱり人生のいろんなところで掛け違えたボタンを、歌で何とか正当化しようとしてるというか」
 
――サウンド面で言うと、『いちご』(M-9)のアメリカンロックなテイストも新鮮だったけど、これまた歌詞に出てくる人がむっちゃいいヤツっていう(笑)。
 
「今回はいいヤツが多いんですよ(笑)。今までは曲の中に悪者がいたんですけど、悪者がいる世界が当たり前じゃないなと思って。好きでも、いい人でも、選ばれない人はいるし、別れちゃう人もいるから。そういう世界観は今回、初めて考えられた気がしますね」
 
――ヒグチアイにトラウマを与えた人もいるけど、ちゃんといい人にも出会えてきてるのを、こうやって作品を聴くと感じますね。やっぱり全部の出会いがヒグチアイを作ってきたんだなと。あと、今作ではジャケットやMVにも自らが出て、作品を届けるための動きは極力やってみたと。
 
「まぁヤダヤダとは言ってみるんですけど(笑)、今は自分以外の意見をちょっと信じてみるというか、やわらかく考えられるようになったかもなぁって。歌詞だけはどうしてもずーっとこだわりがあるんですけど、それ以外のところでは、“ここはどうすればいいんだろう?”と思ったところを曖昧にしないように」
 
――そして、ヒグチアイが今回のアルバムで提唱したのは、音楽は自分の思い出=記憶を蘇らせる装置であると。それが匂いだったり場所だったりする人もいると思うけど、音楽ってその風景に瞬時に戻れるような機能があるよね。
 
「ありますよね。だからそこから抜けられなくもなるんですけど。私が日食(なつこ)の曲をすごい聴いてたのが、21ぐらいの夏祭りの時期だったんですよ。だから、日食の曲を聴くといつでも夏祭りのことを思い出す(笑)。全然そういう曲じゃないのに、自分の中ではずっとその思い出がある。もし“あの頃に帰れる”みたいな効果が音楽にあるとするなら、それがもう1回聴いてもらうための装置になるし、それには続けるしかないよなって。“あのときのヒグチアイがまだやってるんだな、聴いてみよ”って思ってもらえるようなところまで続けなきゃな、っていうのはあります」
 
――今後、世の中に記憶の時限装置=曲をいくつ埋め込められるのか。そのうちどれかが爆発するかもしれないし。
 
「うんうん。そういうことはやってこれてるかなって。いつも“フルアルバムをもう出すの?”とか言われるんですよ。でも、その分、たくさん埋め込めてるとは思うので、聴いてもらいたいなぁ〜!」
 
――リリースに伴う、バンドセットでのワンマンライブに関してはどうですか?
 
「今まではあまり面識のないプレイヤーと初めてやる、みたいなこともちょこちょこあったんですけど、今回はもう何回も一緒にやってきてるメンバーでのバンドライブなので。私のことも曲のこともすごく知ってくれてる上で、バンドでライブを作れるのはいいなって。なので、いいグルーヴが出せたら…(笑)」
 
――っぽいこと言う(笑)。
 
「アハハ!(笑) 弾き語りは歌詞は聴こえやすいですけど、バンドならもっとワクワクするライブになるかなぁっていう感じで。今回のアルバムはすごく深く自分を掘ったんで、次はそこに水を入れて浮き輪でチャプチャプするような曲を書きたいんですけど(笑)、結局、自分のことを書くことはずーっと好きだと思うので。石炭を作りながら、自分のことをもっともっと深く、人に伝えていけるようにしたいなぁ。それを聴いて楽しんでくれる人が増えたらいいなと思うし、どんな人でも何かに気付くタイミングが人生にはあると思うんですよ。そのときに手に取ってもらえるような曲をこれからも歌っていきたいなって思いますね」
 
 
Text by 奥“ボウイ”昌史



(2019年11月21日更新)


Check

Movie

アルバム名の由来から神戸での出来事
ヒグチアイからの動画コメント!

Release

より深く、より鋭く刺さる全11曲
配信シングル三部作を含む3rdアルバム

Album
『一声賛歌(いっせいさんか)』
【初回限定盤DVD付】
発売中 3364円(税別)
テイチクエンタテインメント/
TAKUMI NOTE
TECG-37127

<収録曲>
01. 前線
02. どうかそのまま
03. 街頭演説
04. 風と影
05. バスタオル
06. 走馬灯
07. ほしのなまえ
08. 一週間のうた
09. いちご
10. 聞いてる
11. ラブソング

<DVD収録内容>
01. 前線
02. どうかそのまま
03. ラブソング


【通常盤】
発売中 2909円(税別)
TECG-32128

<収録曲>
同上

台風19号で被災した故郷・長野県に
想いを寄せた新曲を緊急配信!

Digital Single
『言葉のない手紙』 New!
発売中
テイチクエンタテインメント/
TAKUMI NOTE
※収益の一部は、被災地に寄付させていただきます('20年11月5日まで)。

Profile

ヒグチアイ…平成元年生まれ、シンガーソングライター。生まれは香川県、育ちは長野県、大学進学のために上京し、現在は東京在住。2歳の頃からクラシックピアノを習い、その後バイオリン、合唱、声楽、ドラム、ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。18歳で鍵盤弾き語りをメインに活動を開始。’16年、アルバム『百六十度』でメジャーデビュー。‘17年7月にはミニアルバム『猛暑です e.p』をリリース。表題曲『猛暑です e.p ver』は、30局を超える全国のラジオ局でパワープレイを獲得(オリコンが発表する7月度FMパワープレイ獲得ランキング[邦楽部門]で1位)。同夏には『FUJI ROCK FESTIVAL’17』『RISING SUN ROCKE FESTIVAL 2017 in EZO』への出演も果たす。’18年6月にはアルバム『日々凛々』をリリース。その後も、’19年6月に『前線』、7月に『どうかそのまま』、9月に『ラブソング』と配信リリースを重ね、9月25日にはアルバム『一声讃歌』をリリースした。メロディアスな高速ピアノリフに乗せた、まっすぐに伸びるアルトヴォイス。ピアノと一体になった小さな身体から振り絞られる熱情が、時にたおやかな美しさを、時に心かきむしられる焦燥を、時に喪失の中の光を描く。叱咤激励を感じさせるその歌声は、老若男女問わずじわじわと中毒者を増やし続けている。なお、11月6日には新曲『言葉のない手紙』を急遽配信リリース。楽曲の収益の一部は、台風19号で被災した故郷・長野県の被災地に寄付される。

ヒグチアイ オフィシャルサイト
http://higuchiai.com/

Live

バンドを従えついに大阪ワンマン!
12月にはイベントで再び来阪へ

 
『HIGUCHIAI band one-man live 2019』

【東京公演】
▼11月16日(土)Veats Shibuya

Pick Up!!

【大阪公演】

チケット発売中 Pコード149-586
▼11月24日(日)18:00
梅田BananaHall
自由4500円
[メンバー]伊藤大地(ds)/御供信弘(b)/ひぐちけい(g)
サウンドクリエーター■06(6357)4400
※未就学児童は入場不可。

チケット情報はこちら


【大阪公演】
『GANZ toi,toi,toi 5th Aniversary
「C'est la vie」』
チケット発売中 Pコード170-175
▼12月23日(月)19:30
梅田 GANZ toi,toi,toi
自由3600円
[出演]ヒグチアイ/まきちゃんぐ
梅田 GANZ toi,toi,toi■06(6366)5515
※未就学児童は入場不可。

チケット情報はこちら


Column1

「ちゃんと自分の尺度で
自分の幸せを計れる人でありたい」
言葉にならない気持ちを信じて
諦めも自分も受け入れて進め
不器用に輝く愛しき才能
ヒグチアイの夢の途中――
『日々凛々』インタビュー

Column2

「続けるっていう気持ちが
 ちゃんと続くように」
デビュー以降の気付きや葛藤
恋愛観から人生観までが形を成した
ヒグチアイ流の夏ポップ!
『猛暑です e.p』インタビュー

Column3

「1億3千万人の人に
 好きになってもらいたい」
たくさんの後悔と痛みを昇華する
あの日の音楽。ちゃんと“失くした”
ヒグチアイが劇的進化と変化を
遂げた驚異のメジャーデビュー作
『百六十度』インタビュー

Recommend!!

ライター奥“ボウイ”昌史さんの
オススメコメントはコチラ!

「ここではインタビュー本編で触れていない曲について書きたいと思います。今作はtoeの柏倉隆史(ds)、イトヲカシの宮田‘レフティ’リョウ(b)、BONNIE PINKやアンジェラ・アキ、Superflyらのプロデュースで知られる松岡モトキ(g)という頼もし過ぎるメンツで全編RECされてるのですが、『聞いてる』(M-10)のアウトロのギターのエモさとかベースラインのカッコよさには、そのアンサンブルの旨味がすごく出てるなと。そして、『走馬灯』(M-6)の歌謡感というか火サス(=火曜サスペンス劇場)感。現在の洋楽フレーバー満載のシーンにおいて、この日本人ならではの雰囲気を今出せる女性アーティストって、案外いない。そこに関してはヒグチアイは1人勝ち状態なんで、今後も期待しちゃいますね。あと、『ほしのなまえ』(M-7)の歌詞にもありますが、本もCDも映画もそうですけど、世の中にあまりに数があり過ぎて、死ぬまでに全部読めないし聴けないし観られない=人生を変えるような名作に気付けてない可能性だって十分あるのです。逆に言うと、その膨大な選択肢の中からヒグチアイを見つけてくれた、出会ってくれたってもう、すっごいありがたい話だなと思うんですよね。こういう取材にしたって、全然接点のないまま売れちゃうアーティストもいるし、解散しちゃうバンドもいる。そんな中で長い付き合いになるアーティストって、それはもう縁であり、その縁とチャンスを途切れさせない努力=続けることがお互いに必要で。何かね、ヒグチアイへのインタビューって“ぽく”ないというか、普通のQ&Aにならない不思議な対象で。いいのか?(笑) でも今回も、確実にここだけの話になってるんじゃないでしょうか」