昨年11月にリリースされた才気溢れるメジャーデビューアルバム『百六十度』(‘16)の中でも、ひときわ異彩を放っていたオリエンタルポップな『猛暑です』。ヒグチアイというシンガーソングライターのポテンシャルと未来を存分に予感させる同曲を、装いも新たにリアレンジし、『猛暑です e.p』(e.p=えらいポップ(笑))として改めて世に問うた最新作は、爽快J-POPに真っ向勝負したかのような『夏のまぼろし』、昭和の歌謡曲を思わせるスタンダートな『みなみかぜ』、まるでオペラかと言わんばかりの昼ドラポップ(笑)『やわらかい仮面』、真骨頂のピアノ弾き語りが胸に響く『ラジオ体操』、おバカでキュートなポップチューン『妄想悩殺お手ガール』、そして『猛暑です』の後日談とも言えるアヴァンギャルドなアンサーソング『残暑です』と、夏をテーマに様々なベクトルで自らのポップセンスを披露した意欲的な1枚となっている。この夏はフェスにツアーにと全国でその歌声を響かせるヒグチアイが、メジャーデビュー以降の気付きや葛藤、恋愛観から人生観まで、『猛暑です e.p』にまつわるエトセトラを語ったインタビュー。これでまた、彼女の音楽が好きになる!?
「夏じゃないと聴いてもらえないっていうのが一番なんですけどね。アルバムをリリースしたときも、私は『猛暑です』が好きなのになかなかオンエアしてもらえないから、やっぱり猛暑=夏に流してもらわないと、みたいな」
――それぐらい、ヒグチアイ自身も『猛暑です』は重要な曲だと思ってたんや。リード曲でもなかったのに。
「うん。歌ってて楽しいし、私が低い声から高い声まで出さなきゃいけない曲を書きがちだったので、これだけずっと中音域で、コーラスがたくさん入ってて、みたいな曲を出したらみんなどう思うんだろうな?ってのがあったから、あのままサラッとアルバムの1曲で終わっちゃうのが悲しくて。普通はリード曲を聴かせたいんだろうなって思うじゃないですか? 私は『百六十度』の中でも『猛暑です』が好きなんだけど、こうやって推せてなかったりMVがなかったら、CDまでたどり着かないと聴かないし。でも、今回もう1回世に出せて、反応を見ても間違ってなかったなと思いました。やっぱりYouTubeに上がってるのが、動画があるのが今はすごい大事なんだなって。Twitterとかを見てても、YouTubeのリンクを貼ってる人が多かったりするのはあるかなと思いますね」
――耳に飛び込んできて分かりやすい曲だからこそ、みんながYouTubeを探したときにちゃんとあるということが。
「例えば、バラードって5秒間に聴ける文字数がやっぱり少ないと思うんですよ。だけど、こういうリズムのある曲は言葉数が多いから、そこで反応してもらえたら引っ張りやすいのが分かって。だから、いろんなところで流れてて気にしてくれる人が多いのは、こういう曲なのかなって思いましたね」
“気付いてもらえるんだ、このエロさに”っていうのはありました(笑)
――確かに気になるワードが立て続けに飛んでくる曲ではありますけど、この曲はどういう経緯でできたの?
「リフからどんどん作っていくやり方は結構昔から好きで、ずっと変わらなくて。まずこのイントロのリフができてて、Aメロとかの歌詞が重なっちゃうのは、もうこうしたいんだからしょうがない、みたいな(笑)。チャイナのアレンジがその頃自分の中で流行ってたとか、オクターブでハモるのも元々好きだったとか、そういう要素が集結したら新しい曲ができたっていうのはあるかな」
――歌詞自体もすごい面白いもんね。あと、そこはかとなくエロい(笑)。
「フフフ(笑)。“気付いてもらえるんだ、このエロさに”っていうのはありました(笑)。2番のサビ頭(“扇風機返してよ そのまま車でしようよ”)は、自分でも“これは言ったな!”みたいな感じはあったんですけど、それ以外のところというか、“汗が伝う 太ももに 暑いよロングスカート”にもそれを感じるって言われたときは、全然気付いてなかったから。でも、あれって多分女の子がみんな感じてることで、スカートを履いてるとすっごい気になるんですよ、汗が垂れてきたなっていうのが(笑)」
――あの内部ではそんなことが行われてるのか(笑)。
「そう! 全然エロさとかじゃなくて気持ち悪いなぁ~みたいな。夏によくある女の子のあの感覚を男の人は知らないから、そういうふうに反応するんだなと思って、ビックリしましたね(笑)」
――その1行が、意図的過ぎず、どギツ過ぎず、いい匙加減でスッと入ってくるねんな~(笑)。
「アハハ!(笑) 嬉しい」
――Aメロの、“「なにしてんの?」「お風呂入ってるの」「なら写真送ってよ」「なにバカなこと言っちゃってんの」”の掛け合いとかもそうやけど。
「あぁ~そうですね。本当にありがちなことだなとは思って」
――これはやっぱりありがちなんや。
「ないですか!?」
――いや、これは俺もあるなと思ってて。例えば、“「お風呂入ってるの」”ってきたら、LINEでこうやってカメラを構えてるスタンプを送って、みたいな(笑)。
「アハハ!(笑) いい! いい!」
――それを見てハイハイ、みたいになるやりとりが、果たして世の中的に珍しいことなのか、万人がやってることなのかがイマイチ分からへんかったけど、この歌によると日本中がやってると(笑)。
「やると思う! ただ、そのふざけたやりとりをしたいだけっていう(笑)。書いてみて、これって結構あることなんだって思うことはいっぱいありますね」
――そう考えたら、YouTube世代というかSNS世代の人に、この歌詞がマッチしたのはあったかもしれないですね。
「本当に4~5年ぐらい前とかは、それこそ『猛暑です』の歌詞にもiPhoneが入ってるけど、LINEとかTwitterみたいなものが曲の中に入ってくることはないと思ってたけど、今ではそこは外せないものになってるし、逆に手紙のやりとりがさらに大切なものになったからこそ、そういうふざけたことが手紙でできなくなったり。もうちょっと若い世代の人に聴いてもらいたいとなると、こういう軽いやりとりだったりは外せないんだなぁって思いましたね」
――この曲の“扇風機”とかもそうやけど、日本の原風景的に思い浮かぶレトロな部分と、そういう今の感じが入り乱れてるところも、曲調は新しいけど親近感がなくならない理由かもしれないですね。
曲だったらエンタテインメントとしてやっていいですよねって
――そもそも今作自体のテーマが夏になったのは、やっぱり『猛暑です』を改めて聴かせたいところから?
「もう1曲、『夏のまぼろし』(M-2)を2年前ぐらいに書いてずっと出したかったから、じゃあ夏にしようっていう」
――『夏のまぼろし』はもう、ホントにカルピスウォーターのCM的なね(笑)。
「いやぁ~狙いたかった(笑)。私は爽やかなバンドを観るのが結構好きで、そういうことを考えると曲を書きたくなっちゃうんですけど、書いたところで自分はその感じじゃないっていうのがあって(笑)。だけどやっぱり、この曲を11月に出すアルバムに入れるのは無理だったんですよ。『猛暑です』は雰囲気的にいけたんですけどね」
――確かにこの曲は本当に“爽快J-POP!”みたいな感じやもんね。
「そうそう! “夏ド真ん中!”みたいな。だから、やっぱ夏に出さないとなって。2年前は結構そういう音楽にハマってたというか、これが一番分かりやすくポップかなと」
――『夏のまぼろし』は、何とも爽やかな。後半の曲はめちゃくちゃドロドロしてくるのに(笑)。
「そうなんですよね。e.p=えらいポップって言ってるのに、この曲だけじゃないか?って思うことがあります(笑)」
――あと、今作は自分の中のメンヘラ体質が存分に発揮された作品だと。
「いやぁ~そうですね。ちょっと…大丈夫なのかな?(笑) でも、曲を出せば出すほど自分がそういう人間なんだって分かってきて、ちょっと自己嫌悪に」
――でも、こうやって会って話す印象は、そんなにメンヘラ感はないけどね。
「私はそういう部分をめっちゃ隠すんです。人と仲良くしたいし、好きになってもらいたいからめっちゃ隠すんだけど、曲だったらエンタテインメントとしてやっていいですよねって。結果、やっぱりそういう人間なんだなって…っていう思考回路になるから、自分が心配になりますけど」
夏は楽しいことばかりに目がいきがちだから
そうじゃない方を回収していきたいなと思って(笑)
――『猛暑です』『夏のまぼろし』以外は書き下ろしで、最初から夏というテーマに向かって書いていったと。
「そうですね。曲自体は冬に書いてたので、すっごい想像して(笑)。今まではそういうことがあんまりなかったから、なかなか大変でした。メジャーデビューして、それを一番感じましたね」
――TUBE先輩も、サイクル的に言ったら絶対に冬に書いてるからね(笑)。
「アハハ!(笑) すごいなぁ~! だから、今はもう冬の曲を書こうとしてるんですけど、全然サンタの気分にならなくて。匂いとか音も分からないし感覚が違うのに書くのは大変でした。昔はよく妄想してたけど、やっぱりその機会がどんどん減ってきて…今はその力を呼び起こそうとしてますけど(笑)」
――ミュージシャンって妄想力が高いのはそういうのもあるかもね。1の思い出を10まで引き上げるパワーがあるというか。その都度、形にはしてないの?
「言葉はいっぱい残ってます。でも、いいところでも悪いところでもあるんですけど、怒ってたこととかも、忘れちゃうんですよ。だから、後からメモ帳を見て“何が起こったんだろう、この人は?”っていうときはあります(笑)」
――『みなみかぜ』(M-3)は歌謡曲っぽくて、スタンダードな曲だなと。日本人ならではな曲な気がします。
「『みなみかぜ』、好きなんですよ。これができたときは嬉しかったです。80~90年代とかの懐かしさというか…あと、夏でも明るくないことはあるって、この曲では言いたかったので。夏って、何かすごい大胆になるじゃないですか? 絶対にその反動があると思うんですよ。そんなに大胆になっちゃからこそ、今あなたは辛いんでしょ?みたいな(笑)。実際それが元でケンカになったり、別れちゃったりはあるような気がするし。夏は楽しいことばかりに目がいきがちだから、そうじゃない方を回収していきたいなと思って(笑)」
――夏だからOKっていうあの感覚何?(笑) 身にまとうものが少なくなっていったら、やっぱり開放的になる?
「あ、それは絶対にあります! 例えば、今日はいい感じの服装をしてるなっていうときは、いろんなお店に堂々と入れたりするんです。だけど、今日はあんまりだな…ってなると、結局そのまま歩いて帰る、みたいな(笑)。だから、肌を出すと人に近くなったり、自信があるから声を掛けられたり、見た目とか雰囲気で変わるのはあると思いますね。メガネとかでも変わる人っているじゃないですか? サングラスを掛けてた方が人と喋れるとか(笑)」
思い出すたびに吐き気がするぐらいイヤな気持ちになるんですよ(笑)
――あと、今作の中でも異色なのが『やわらかい仮面』(M-4)で、もうオペラかミュージカルか、みたいな。
「そうなんです! 好きなんですこういうの。元々クラシックをやってたんで、壮大な曲をずっと作りたいと思ってたので。それにちょっと近い感じにはできたかなって」
――ホンマ歌詞で書いてることも怖いなと思った。“生き霊”みたいな(笑)。
「フフフ(笑)。怖いですよ? 女の人は。でも、この曲に共感する人は心配になっちゃいますね」
――でも、これが本音というか、別れた人に“幸せになってほしい”なんて、やっぱり思わへんもんね。
「思わない。もう絶対に不幸になったらいいのにって思うタイプですよ、私は(笑)」
――アハハハハ!(笑) でも、こういう曲を書くときは、自分のイヤな部分を引きずり出さなきゃいけないわけで。
「出しますね。本当にイヤだったなぁ…(苦笑)。もう思い出しますもん。あのとき…私、大阪の梅田の駅前でケンカしたというか、向こうが怒り始めて、目の前でタクシーに乗られて逃げられたことがあるんですよ」
(一同爆笑)
「本当にもうそれ、思い出すたびに吐き気がするぐらいイヤな気持ちになるんで(笑)」
――よく駅前で口ケンカしてるカップルとかいるけど、何でこんな人前で、しかも普通より人が多いところでっていつも思ってたけど、ここにも(笑)。
「多分、最後に言うことを言わないと、みたいな感じでそうなっちゃうんでしょうね。すいませんでした、その空気を私も作ったことがあります(笑)」
別にどんな形でも自分が好きでいられたらそれでいい
――『ラジオ体操』(M-5)は真骨頂の弾き語りの曲で。『ラジオ体操』というタイトルでこんな内容の曲とは。
「私もタイトルはこれでいいのかな?って思ったことがあったんですけど、それ以外思い浮かばないし、“全然違う”→“あ、そういうことか!”になるのはいいなと思って」
――もっと楽しげで短い曲かと思ったら、今作の中で一番ハートフルというか、ガチで励まされる曲がこれだったという(笑)。明確な結果を出さないと何にも認められない息苦しい世の中で、あの頃のようにそこにいるだけで1つ認めてあげられるような優しさ、みたいな。
「友達が結構仕事がしんどそうで…でも、辞めずにずっと続けてるのが本当にすごいなと思って。何かそういう人に聴いてもらえたらいいなって。きっとこういうことを言われたいんだろうなっていうか、私も言われたいから」
――夏がテーマと言いながら、ちゃんと重みもあるいいトライができてますね。
「結局、自分から、ヒグチアイから逃げられないところが大きいなと思います。やっぱりあんまり器用じゃないというか、何をやったって別に私らしいから、もう何やってもいいのかなって分かったのが、このミニアルバムですね」
――『妄想悩殺お手ガール』(M-6)なんかは一転、楽曲的にも遊び心があるし、『猛暑です』のIQを下げまくったバージョンというか(笑)。
「元を言えば、“夏が好きじゃなさそう”って言われると、ホントにそうなってきちゃう、みたいな。私、“頭がよさそう”ってよく言われるから自分でもずっとそう思ってたんですけど、実際はすっごいバカなんですよ」
――“すっごいバカなんですよ”って自分で言う人(笑)。
「(笑)。だから結局、人に言われ続けるとそうなっちゃうところがあって。“好きじゃないでしょ?”って言われたら、好きじゃないし似合わないんだってなって、“好き”を認められなくなっちゃう。でも、別にどんな形でも自分が好きでいられたらそれでいいんだっていうか」
――なるほど。この曲の“好き”は能天気というより、周りにどう思われようとあなたが“好き”なら正解、みたいな。
「うん。分かんなくなっちゃうんでね。そこまでたどり着かなくて全然いいんですけど、実はこの曲ではそこまで考えてて。根本的にはそういうところなんですよね」
あんまりとらわれずにいつもの感じじゃなくやってみようかなって
――最後は『残暑です』(M-7)という『猛暑です』の後日談みたいなアンサーソングですけど、もう未練タラタラというか(笑)。ああは言い放ってるものの結局はできない、みたいなオチじゃないけど。この構成がいいですね。この曲はザ・メンヘラな感じかも。
「そうなんですよ。そういうことをしたことはないけど、分かるんだよな~って。私もホントはこう言いたいんだけど、言わないようにするそのプライドの高さは、別に全然カッコよくもないんだけど」
――こういうこと、案外しそうやのに、そこはしないんや。
「しない。できない」
――プライドの高さがそれをさせないっていうことやね。
「うん。別れても、“いつでも帰ってきていいからね。頑張ってね”って言ったら、本当にまんまと帰ってくるヤツがいるんで、いざ帰ってきたら“いや、私もう興味ないから”って言うところまでが復讐ですね。そういうタイプです」
――この曲、取材メモに“こじれてる”って書いてるもん(笑)。
「アハハ!(笑) もう本当こじれてますね(笑)」
――ちなみに、歌詞にある“人に言えないバイト”って?
「20代前半の女子って一番お金がないんですよ。その女の子が、夜のバイトを…それはガールズバーかもしれないし、はたまた風俗かもしれないし。まぁ友達があまりにもお金がなくて、風俗のバイトを受けてみたら落ちたっていう話です(笑)。それが結構面白くて」
――アハハハハ!(笑) でも、この『残暑です』があることで、過去に出た『猛暑です』をミニアルバムという構成で改めて世に訴えかける理由を与えてくれてる感じがします。結果、面白い試みの多い作品になったし、『猛暑です』はたくさんの局でパワープレイにもなって。デビュー時とはまた違う盛り上がりを感じますね。
「そうですね。でも、もう次のことを考えなきゃいけないから、今の時点で“ヤバい! 曲を書かないと”みたいな気持ちがすごくて。今が火が点きそうなときだとしたら、次の作品こそ大事だから。それを考えてます、最近は」
――この夏は、『FUJI ROCK FESTIVAL ’17』とか『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2017 in EZO』とか全国のフェスにも出て、リリースツアーも東名阪であって。
「この弾き語りツアーをやるって決めたのは、CDがガッツリ出来上がる前で、結局、音源が全然弾き語りな感じじゃなくなったから、ライブもいつもの雰囲気じゃなくて、最近買ったエレピとグランドピアノと両方使おうかと。チリー・ゴンザレスっていう鍵盤弾きの人がすごく好きで、その人はiPadで音を出しながら、それに合わせてラップしたりもしてるんですけど、グランドピアノでもこういうことをしていいし、楽しいこともできるなと思って。あんまりとらわれずに、いつもの感じじゃなくやってみようかなって」
――最後に締めの言葉というか、現状のヒグチアイからのメッセージを。
「本当にずーっと思ってることは、生活をちゃんと充実させるというか、生きることを、音楽を真ん中に置きつつも、興味のあることとか好きなものをどんどん増やしていくべきだなって。今やってることだけに一生懸命になるんじゃなくて、もっともっといろんなもの見ていきたいのはあります。もうすぐ活動を始めて10年になるので、こんなに続けられるもんなんだなと思いましたし、続けるべきだなって最近やっぱり思うので。続けるっていう気持ちがちゃんと続くように、努力しなきゃいけないなって、思ってます」
Text by 奥“ボウイ”昌史