「“ジャズ絵本”というわけじゃないけど、シーラ・ジョーダンという1人の人生の光と影、人生の春夏秋冬の季節を描いたものにできたんじゃないかなと思います。表紙をめくって最初の『Tiny Snow』(M-1)ではそり遊びをして、“雪がとけて次の春に還る”というフレーズから『Answer July』(M-2)につながって、“7月よ、答えて”という入口から、いつのまにか冬の日々のことを歌い始めていく。この詞はベッカが書き下ろしてくれたんですが、若い頃のシーラが恋をして、こういう想いを胸に秘めていたら…という詞になっているんですね。元々『Answer July』というのは、詩人であるエミリー・ディキンソンの散文詩に由来しているんです。アメリカを代表するエミリーという詩人へのリスペクトも込めながら、彼女が詩に綴ったオーガニックに自然とつながっている人間という存在や、自然に比べれば人間は小さな存在ですけども、その一生の中にあるいくつもの季節や、その中で心が揺れた瞬間、人生の機微。そういったものを綴っているジャズ・ソングブックにしたかった。『Just A Little Wine』(M-4)も、お酒好きな主人公が“後生だから一杯だけ飲ませて”と請うかわいらしい一面というか、人間の弱い一面をジョン・ヘンドリックスがあたたかい目線で詞に書いてくれましたし、『Very Secret Spring』(M-6)は、『Answer July』のアンサーソングになってるんですよ。元々そうしようと決めていて、ベッカの詞が出来上がるのを待って、イメージとしては『Answer July』から20年ほど経った頃のシーラを思い描きながらローレンが書き、歌ってくれました」
――千里さん自身、元々エミリー・ディキンソンの詩が好きだったんですか?
「大学で受けたジャズの中にあるポエムを学ぶ授業で、エミリー・ディキンソンの存在を知りました。彼女の詞は非常にオーガニックで、生命力に満ち溢れていて、大木のように大地に根を張っている。そんな中に、人生のおかしさやかわいらしさみたいなものも漂ってくる、とても素敵な世界観なんですね。僕のアルバムはアメリカのマーケットに打って出る作品でもあるので、現地でもより多くの人に聴いて共感してもらいたい。人生をいろんな切り口で語れるものにしたいという僕の中のテーマに、エミリーはピッタリじゃないかなぁと思ったんですね。ベッカやローレンにも、エミリーの詩の世界をモチーフにしつつ書いてもらったんですが、ジョン・ヘンドリックスに関しては、彼の好きなように書いてもらう方がいいのかなって。“この曲は雪山のキラキラした感じで”(=『Tiny Snow』)とか、“この曲はワインラバーに捧げる世界観で”」=『Just A Little Wine』)とか最小限のヒントを出して、あとは彼の横にくっついてジョンが鼻歌みたいに歌った詞を、僕が書き取っていきました。それで3行ぐらいできたら、休憩してティータイム。奥さんが出かけるとジョンは“シャンパン飲んでいいかな?”と聞くんですが、“詞を書かないとダメです”と言うと、いわゆる“てへぺろ”みたいな感じの表情をするんですよね(笑)、90歳を超える大レジェンドが」
Album 『Answer July』 発売中 2778円(税別) VILLAGE MUSIC VRCL-10132
<収録曲> 01. Tiny Snow 02. Answer July 03. Without Moon or Rain 04. Just a Little Wine 05. You and Me 06. The Very Secret Spring 07. Mischievous mouse 08. The Garden Christmas 09. KUMAMOTO
Profile
おおえ・せんり…’60年9月6日生まれ。’83年にシンガーソングライターとしてデビュー、’07年末までに45枚のシングルと18枚のオリジナルアルバムを発表。音楽活動の他にも俳優として多くの映画やテレビドラマに出演、またテレビ番組の司会、ラジオ番組のパーソナリティー、エッセイ執筆など幅広い分野で活躍。’08年、日本国内の音楽活動にひと区切りをつけ、ジャズピアニストを目指しニューヨークへ渡る。ニュースクールオブミュージックに入学し真摯にジャズを学び、卒業の’12年7月、自身がニューヨークに設立したレーベル、PND Records & Music Publishingから、ジャズピアニストとしてのデビュー作『Boys Mature Slow』を全米発売。9月には日本盤が発売され、同月の『東京ジャズ2012』で凱旋公演。再来日した翌10月、ブルーノート東京・名古屋公演はソールドアウト。デビュー作は、雑誌『ジャズジャパン』の’12年度アルバム・オブ・ザ・イヤー“ニュー・スター部門”を受賞。’13年9月に2ndアルバム『Spooky Hotel』を発売し、同月に『東京JAZZ2013』に2年連続で出演。特別編成のオーケストラと共に出演し、ダイナミックなステージで聴衆を魅了。その後に行われた日本ツアーも盛況のうちに終了。’15年2月に3rdアルバム『Collective Scribbles』を発売。同年4月に渡米後の生活や学生としての奮闘ぶりをつづったエッセイをまとめた『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』を発刊。そして、’16年9月7日には初の全編ボーカル作品となる4thアルバム『Answer July』を発売。10月26日(水)静岡BLUE BOOKS Café Shizuokaを皮切りに、ジャパンツアー『Senri Oe “Answer July” ~Jazz Song Book~』を開催。大阪公演は10月31日(月)梅田クラブクアトロにて行われる。
「ニューヨークのライブハウスで千里さんが演奏している様子をYouTubeなどで眺めるたびに、ジャズ音楽とニューヨークの人たちの距離の近さや、ジャズを軽やかに楽しむお客さんたちの様子に憧れてしまう。50歳を前にジャズピアニストになる夢を叶えるために挑戦し、その夢を叶えた驚異の音楽家である千里さんの演奏も普段着で軽やか。ただ、ニューヨークの大学を卒業後、毎年のように新作を発表している創造性とバイタリティはすごいのひと言では簡単過ぎるけど、すごい。新作の4曲目『Just A Little Wine』の間奏で、絵を彩るようにしっとりと流れ広がっていくピアノが見せてくれる音景色の静けさと豊かさは、一瞬本作がボーカルアルバムであることを忘れてしまう。彼のピアノと、奏でる音楽の持つ奥深さはやっぱりすごいとしか言えない。千里さんがシンガーソングライター時代に発表した『AVEC』(‘86)という曲を今でも聴くけれど、いずれ彼が60歳、70歳になった頃にふとこの曲をピアノでぽろんと弾いているのを聴けたなら、それはとても嬉しい」