ニューヨークより届いた大江千里からのミュージック・ギフト
ジャズピアニストとしての2ndアルバム『Spooky Hotel』を手に
地元大阪での久々の凱旋公演を含む全国ツアーがいよいよ開幕!
ぴあ関西版WEB初登場の貴重なインタビューが到着
’83年にシンガーソングライターとしてデビューした大江千里は、恋する男の繊細な胸の内を研ぎ澄まされた詞表現と軽快なポップサウンドで彩った楽曲で、デビュー後間もなくヒットを連発。渡辺美里や松田聖子らにも楽曲を提供し、役者としても活動、さらには音楽番組のMCやエッセイの執筆と幅広い活躍で知られたが、’07年に日本での音楽活動を休止し、10代の頃に憧れたジャズピアニストを目指し渡米。ジャズ専門の音楽大学を昨春に卒業後、7月にはアルバム『Boys Mature Slow』で見事全米デビューを果たし、そのアルバムを携えた9月の『東京JAZZ 2012』では堂々の凱旋公演を行った。それからちょうど1年となる9月6日(金)、会心の出来といえる新作『Spooky Hotel』がリリースされる。フォーマルな中にもカジュアルな遊び心が光り、心躍るワクワク感や背筋も凍る瞬間、そして和のメロディもちらりと顔を覗かせる。まるで映画のエンドロールを観ているようなラストの『Sweet Home Hotel』(M-11)を聴いた後に、またプレイボタンを押したくなる。インタビュー中で本人も語っている通り、まさに絵のないサウンドトラック。いや、映像や物語が目に心に浮かぶようなサウンドトラックと言うべきだろうか。
40代以上のリスナーにとっては、『十人十色』や『ありがとう』など数々のヒット曲がなじみ深いことだろう。若い世代にとっては、ドラマ&映画『モテキ』で印象的に使用された『格好悪いふられ方』や、槇原敬之や秦基博らによるカバー等で大江千里を知った人も多いに違いない。いずれにしても、それはポップスシンガーとしての経歴だ。その輝かしいキャリアを鮮やかに振り切り、ジャズピアニストとしての道を選んだ彼に、現在の心境や新作に懸けた想い、さらに間近に控えた故郷・大阪での公演に向けた気持ちをインタビュー。今年でデビュー30周年。今回がぴあ関西版初登場となる彼は、ニューヨークからパソコンの画面を通してこぼれるような笑顔で言葉を紡いでくれた。
人生の第2チャプターを、“ジャズピアニスト・大江千里”として
スタートを切ることにしました
――デビュー30周年おめでとうございます。’83年のデビュー以来24年間ポップスのフィールドで活躍してきたキャリアに区切りをつけて、’08年よりアメリカでジャズピアニストとしての勉強を一から始められました。改めて、そのときはどんな気持ちで新しい一歩を踏み出されたんでしょうか?
「直接のきっかけは元々ジャズが好きだったということになるんですが、例えばアルバムの中でちょっとジャジーなサウンドにしてみたり、ジャズっぽい編成でライブハウスを廻るツアーをやったりもしたんですけど、どこかで“このままでいいのかな?”っていう迷いがあったんですね。そうしてる内に自分の中で、そこまでジャズをやりたいなら、10代のときに諦めたジャズの勉強を、もう一度やったらいいんじゃないかっていう気持ちが湧いてきたんです。人生一回しかないんだしね。それでニューヨークのニュースクールオブミュージックのジャズピアノ科を受験したところ、合格通知が来て。マネージャーや事務所の人たちに反対されるかなと思ったんだけど、誰もがやってみれば?って応援してくれて、大阪にいる父も、“お前もやるだけのことをやってきたんだから、人生の第2チャプターみたいなことを、アメリカでやればいいんじゃないか?”って。誰か止めてくれるかなと思ったら、誰も止めてくれない(笑)。不安がなかったわけではないし、これまでずっと応援してくれてきた皆さんに心配もかけてきましたが、人生の第2チャプターを、“ジャズピアニスト・大江千里”としてスタートを切ることにしました。ここからまた、ふんどしを締め直して頑張っていきたいなと思っています」
――なるほど、そういうことがあったんですね。
「とは言え、ニューヨークでジャズの学校に入ったときには、卒業出来るかすら定かじゃなかったんですよ(笑)。もういい歳で老眼も始まってて黒板の字も見えたり見えなかったりで怪しかったり(笑)、前に授業で聴いたはずの曲がなかなか思い出せなかったり、年齢的にもうんと若い子たちと同じクラスにいて、ついていけるのか心配もあったり。でも、ちょっと待てよ?と。人と競争することよりも、ジャズっていうものはもしかしたら自分との対話なんじゃないかって思ったんですね。故ハンク・ジョーンズさんに一度お会いしたとき、“僕は200歳まで生きるから、まだまだ今はベイビーなんだよ”って言われて。それを思い出して、気持ちがラクになったところもありましたね」
おもしろくて、怖くて、
でも一度聴くと何度も繰り返し聴きたくなるような作品を
――昨年、ジャズピアニストとして全米デビューされたニュースを聞いたとき、大江さんが’94年に発売したアルバム『Giant Steps』を思い出しました。サックス奏者のジョン・コルトレーンが’60年に発表したジャズの名盤『Giant Steps』と同名の作品ですが、あの頃から大江さんの現在の活動に続く道が始まっていたかのように思えました。
「あのアルバムもニューヨークでレコーディングした作品ですね。あの頃もニューヨークにアパートを借りて日本と行き来していて、オフタイムはジャズを聴きまくって、特にセロニアス・モンクに傾倒してたのを覚えてますね。それから20年近く経って、今自分がニューヨークに来てジャズの学校を卒業して、こちらの仲間たちと一緒にこうしてアルバムを作れてる…っていうのは、まだちょっとくすぐったいような気持ちもあり、驚きもありますね。そのときそのとき、自分の信念に従って選択をして、気が付いたらここまで来ていたという感じですね」
――ニューアルバム『Spooky Hotel』を日本のファンに届けるにあたって、どんな風に聴いてもらいたいですか?
「“絵のないサウンドトラック”みたいなところもあって、映画を観るような、舞台を楽しむような、ちょっと普通じゃない空間にトリップしたような時間を、このアルバムで味わってもらえたらなぁと思っています」
――アルバムの特設サイト『Spooky Diary』にも書かれていましたが、“Spooky”というテーマはこれまで長年あたためてこられたそうですね。
「『Spooky Hotel』というのは、“おどろおどろしいホテル”という意味なんですけど、僕はヒッチコックの映画が好きで、基本的に怖いイメージがある彼の映画と、ヒッチコック映画の数々の音楽を手掛けているバーナード・ハーマンに非常に大きな影響を受けているんですね。僕は元々クリスマスが大好きな人間だったんですけど、アメリカに来て初めて分かったんですが、クリスマスよりもハロウィンの方が断然盛り上がってるんですよ!(笑) 大人も子供も底抜けに命を懸けてハロウィンを楽しんでいて(笑)、僕も最初は戸惑ったんですが、自分もだんだんみんなと同じように目の周りを黒くしたり血のりをつけたりして仮装するようになって、そのままの顔でコンビニに行ってビックリされたりして(笑)」
――それはすごいですね(笑)。
「ティム・バートンの映画『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』も好きなんですが、あの映画もハロウィンとつながっていて、いつか自分もそういうテーマでアルバムを作りたいなと思っていたんです。おもしろくて、怖くて、でも一度聴くと何度も繰り返し聴きたくなるような作品を。それともう1つ、僕は映画の手法である“グランドホテル形式”というのが好きなんですね。11人の登場人物が次々に現れては自分の人生を語って、11人の人生をホテルのロビーで聞いている内に、自分もホテルの住人になったような気分になる…そういう聴いていて絵が浮かんでくるようなサウンドトラックを、自分が今新しくチャレンジしてるジャズっていう世界でやってみたい。今回は曲によってビッグバンドだったり、セクステットだったり形式も様々ですが、ホーンの楽しさやアレンジの妙を活かしたものが作れないかな?というところからアルバムが始まったんですが…、楽しんで頂けましたか?(笑)」
――はい(笑)。オープニングにワクワクしたり、ホラー映画のような雰囲気のある曲ではちょっとドキッとしたり。自分はジャズには詳しくないんですが、ポップでもあり1つの音楽としてすごく楽しめました。
「それはもう(親指を立てて)“やりぃ!”って感じですね(笑)。こっちでレコーディングしてる最中もミュージシャン同士でものすごく盛り上がって、ヒューッ!って口笛吹いたり、乾杯し始めちゃったり(笑)」
――それと共に、これまで詞のあるポップミュージックを歌ってこられた大江さんが、言葉(詞)のない音楽を生み出す気持ち、奏でる気持ちはどういったものでしょうか?
「音楽を作る上では変わらないですね。言葉がないことに関してはプラスに考えると、詞で限定しない分聴く人にとってもイメージが広がるでしょうし、僕がその場でやった演奏によって、僕の想像とは全く違うものを聴き手であるお客さんがイメージすることもあると思う。僕は、音楽っていうものは心に言葉があれば大丈夫というか、そんなに心配していないんですね。自分のエゴで技術的なことに気持ちがいっちゃって、自分の世界にtoo muchに入り込んじゃって、お客さんの気持ちを置いていくようなことはしたくない。常に自分の心に耳を傾けて、その心の言葉を追って演奏をしたい。ポップスはポップスで、最近は土岐麻子さんの作品で作詞・作曲させて頂いたんですけど(アルバム『HEARTBREAKIN’』収録の『私の恋と東京』)、やっぱりね~ポップスの詞って時間がかかるんですよ(笑)」
――(笑)。
「ただ、やっぱりポップスをやると蘇る気持ちがたくさんあって、思い出す感覚もいっぱいあるんですけど、今回の『Spooky Hotel』はそういったポップスの作業を全部フィニッシュしてから本格的に制作に取り掛かったんですね。なので、逆にジャズに戻ってきたときの喜びと、“あぁやっぱり音楽はジャンルの垣根がないんだな! 音楽って楽しいな”っていう感覚もあって。ポップスも楽しいし、ジャズも楽しいと改めて感じました。この『Spooky Hotel』はジャズというカテゴリーに入る作品だけれど、ポップス好きな人にも聴いて欲しいし、ジャズ好きのマニアックなリスナーにはアルバムの所々にニヤッとするポイントもあったりして、そんな風にいろんな楽しみ方をしてもらえたらいいなと思っています」
――昨年、日本では大江さんの誕生日である9月6日に『Boys Mature Slow』が発売されました。今年も同じ9月6日(金)に『Spooky Hotel』が発売されます。気が早いですが、来年の9月も何か素敵なプレゼントが届くのを期待していいでしょうか?(笑)
「アハハハ!(笑) いや~前作から1年でニューアルバムを作って、しかもビッグバンドでやったりしたので、“随分ピッチが速くない? 大丈夫?”って言われたりもして。ジャズの世界で1年に1枚、しかも全曲オリジナルでアルバムをリリースすることってあんまりないんですけど、早いとか遅いとかではなくて、去年日本に帰って東京と名古屋でライブをしてニューヨークに戻ってから、ものすごくインスピレーションが花開いて、いろんな曲を書いていたんですね。そういうちょっと濃い音楽制作の日々が、今回のアルバムを作る上で背中を押してくれたのかなって。この次はもしかしたら来年になるのか、再来年になるのか、いきなり10年空くかは分かりませんが、ハンク・ジョーンズさんみたいに“200歳まで生きる”っていう気概があればまだまだ時間もあるし(笑)、いい音楽もたくさん生み出していけるんじゃないでしょうか」
故郷・大阪に帰ったときは笑顔で元気に過ごしたい
――9月に新作を携えたツアーで来日されますが、去年日本のファンの前で久しぶりに演奏したときは如何でした?
「去年の10月にブルーノート名古屋でライブをしたときは、もう本当に体中の全細胞が喜びに震える感じと、“日本に戻って演奏してるんだ”っていう気持ちが大きくて、ちょっと力が入り過ぎちゃって(笑)。ただ去年は、名古屋と東京だけで大阪ではライブがなかったから、“なんで大阪に来てくれないの?”みたいな声も頂いて。今回、9月10日(火)のサンケイホール公演が発表になったときは、自分自身でも“ヤッター!”ってガッツポーズしましたね(笑)」
――関西のファンも同じ気持ちです(笑)。
「今回のツアーでは、ライブの空間の切り取り方というか、演出の仕方も自分なりにいろいろ考えていまして、ずっと大江千里を聴いててくれた人は、随分変わったなって思ったり、中には“えー?”って驚いてもらえるようなところもあるんじゃないかな。新しく聴いてくれた方には、納得して楽しんで頂けるような、大江千里ならではのステージを考えています。僕は海外に住んでいる日本人ですけど、震災の後、まだまだいろんな問題もありますが、故郷・大阪に帰ったときは笑顔で元気に過ごしたい。そういう気持ちでステージに立ちたいし、皆さんもどうぞ楽しみにしていてください!」
Text by 梶原有紀子
(2013年9月 4日更新)
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