菅田将暉の勝負作『帝一の國』
「僕がここで消えるか、残るか。消えたらそれで負けです」
映画『帝一の國』菅田将暉&永井聡監督インタビュー
古屋兎丸の同名漫画を映画化した『帝一の國』が全国東宝系にて現在大ヒット公開中。本作は、エリート揃いの海帝高校を舞台に、将来の内閣入りが約束される生徒会長の座をめぐる、学生たちの選挙闘争を描いた学園コメディーだ。勝つためにはなり振りを構わない。一度の敗北は人生を左右する。徹底した勝敗主義に生きる若者たちの姿に迫っている。監督は、『ジャッジ!』(2014)『世界から猫が消えたなら』(2016)の永井聡監督、そして自分の国を作るために総理大臣を目指す主人公・赤場帝一を演じたのは人気俳優・菅田将暉。二人はこれまでどんな勝ち負けを味わってきたのか。
――『帝一の國』は学内選挙戦を通した勝敗の物語ですが、中でも負けることの悔しさ、負けてからどう生きるのかを印象的に映しています。お二人も、現在に至るまでどのような敗北を喫してきたのか、興味があります。
永井聡監督(以下、永井):自分がいいと思って作ったものが人に認めてもらえなかったなど、悔しい経験はしてきました。学生時代も、勝ってきた人間ではないです。進路についても、希望していた道にはいけなかったですし。そこで残っていたのが、映像。ただ、やってみたら面白かったんです。やりたいことと得意なものは違うと、負けてから気づきました。
菅田将暉(以下、菅田):僕自身は上京するまで、勝敗を意識するほど執着できる物事がありませんでした。どんなことでも、程よく出来るという感じで。でもこの世界に入ってから、自分がこう感じて欲しいという表現が伝わらなかったときに、とても悔しい気持ちになりました。「いや、そういうことじゃないんだ!」と強く考えるようになりましたね。もちろん、観る人によって受け取り方は自由。それでも、「そこじゃない、ここをもっと見てもらいたい」と。それってエゴに近いくらい細かいことなのですが、僕自身、そういう部分にロマンを求めたいんです。
――映画にとっては興行収入やランキングなど数字がはっきり出て、そこで一つの勝敗が決まりますよね。プロデューサーや監督はとくに、「ちゃんと売れるものを作る」ということが大きな勝負になります。ただ役者さんは、演じるという部分で勝ち負けを判断するのは難しいですよね。
永井:それ、めちゃくちゃいい質問ですよね。まさに僕も役者に聞いてみたいことです。
菅田:でも実は、興行的な部分に関して、『帝一の國』は初めてはっきりと勝ち負けを意識しているんです。これくらいの興行収入に達して欲しい、という数字も自分の中にあります。様々な作品を経験させていただいてきましたが、ここまでいわゆる大衆向けの作品は今までなかったことなので。しかも、そこで主役を張っていますから。
永井:僕自身、『帝一の國』はそこまで超メジャーな作品じゃないと思っているんだけど(笑)。
菅田:そんなことはないですよ。今はもう「これはアングラだ、これはサブカルチャーだ」というボーダーラインはなくなっているじゃないですか。面白いものは面白いとはっきり判断される時代だから。
永井:でも役者にとっては、いくら自分で「これはやり切った」となっても、その後、作品が面白くなるかどうかは監督の手腕に左右されるし、それって自分の手が届かないところにあるじゃないですか。だからはっきり、勝ち負けの判断をつけるのは難しいはず。
菅田:誤解を恐れず言えば、自分自身、どんな作品であっても「僕だけは絶対に傷跡を残してやる」という気持ちでやってきたんです。例え話ですが、作品としては良い評価がされなかったとしても、自分の芝居はしっかりと賛否が問われるラインまで、試行錯誤をしながら何とか持っていくというか。やっぱり俳優部として、どんな作品でも名前をそこに刻み込みたい。でも、そういう考えがあったということは、僕は今まで勝ち負けのフィールドに立てていなかったんです。だからこそ、『帝一の國』以降、僕がここで消えていくか、残るかなんです。消えたらそれで負けですからね。
永井:だから、そこまでメジャー感を持たせなくていいよ(苦笑)。この記事を読んだら、「そこまで力が入った物語なのか」と勘違いしそうだけど、コメディーだから。主演までそこを勘違いしている!
――ハハハ(笑)。
菅田:あ、ただ『ディストラクション・ベイビーズ』(2016)は、初めて自分で負けを意識しましたね。主役を張っていた、柳楽優弥という男に対して。そして、真利子哲也監督にも負けた。真利子監督との距離間をずっと探っていて、「もっと近づくことができる」という実感を持ったときに撮影が終了してしまった。僕はあの映画のとき、初めて悔しかったですね。歯がゆく終わりました。
――作品としては圧倒的に勝っていましたよ。それに、菅田さんは本当に素晴らしかったです!
菅田:作品としては、まさに勝っていた。でも僕個人は、もっともっとやれたと思うんです。
――監督との距離間における勝ち負けとは、どういうことですか。
菅田:監督と共通の認識を持つこと、そして意図に近づくということです。もちろん、すべてを理解することなんて出来ない。ただ、『ディストラクション・ベイビーズ』に関しては最後の最後まで本当につかめないことが多かったんです。もちろん、その手探り感が良い作用をもたらすこともあるんでしょうけど、あの作品は本当に歯がゆかった。

永井:でも、満足できないことって絶対にあるよね。これは僕の実感であり、菅田くん本人も現場で話していたけど、本番よりもテストでやった芝居の方が良い場合が結構ある。力が抜けた演技がすごく良くて。そこは自分でも認識しているんだよね。「なかなかテストを超えられない」って。毎回、それを悔しそうにしていた。「何でだろう」って。これだけキャリアを積んできても、一回一回、悔しがっている姿を見て、菅田くんがいかに真摯に作品に向きあい、自分の職業を甘く見ていないかが分かった。その熱量が作品に出ています。
――菅田さんが主役としてそうやって臨んでいるからこそ、共演者のみなさんの意気もあがりますよね。『帝一の國』はリーダー論の映画でもありますが、それこそ先ほど挙がった『ディストラクション・ベイビーズ』の柳楽優弥さんなんかは、現場全員を引っぱっていたことが作品から伝わってきましたし。
菅田:本当にそうです。柳楽くんは一番考えていたし、もっとも悩んでいた。監督とも深く話し合っていた。そういう作業が大事ですよね。どんな形でもいいけど、自分の本気度を示すのが真ん中に立つ人間の役割ですよね。
永井:そういえばさ、『帝一の國』の関係者試写会の後、(共演の)竹内涼真くんが悔しがっていたよ。
菅田:え、なんで?
永井:「菅田くんが凄い、やっぱり違う」って。作品自体はすごく楽しんでくれたけど、でも役者としては菅田くんの凄さを目の当たりにして落ち込むところもあったそうです。やっぱり、役者同士でそういうことがあるんだと思う。たくさんの若手俳優やエキストラがこの映画には出ていて、みんな、メインキャストに対してきっと「なぜこの人たちが売れているんだ」、「俺だってチャンスを与えてもらえれば」とギラギラしていたけど、菅田くんたちの演技を見て、「自分に足りないものが分かった」と言っている人が多かった。覚悟の違いを感じた、って。
菅田:映画の冒頭、帝一が生徒たちの前に立ち、「僕は、自分の国を作る」と宣言して始まるじゃないですか。実際、そのシーンでみんなの前に立ったとき、同世代の役者が前にずらっと並んでいて、「僕はこれだけの人のアタマ(主演)なんだ」と強く感じたんです。仁王立ちしながら、自問自答していた。「大丈夫だ、誰にも文句を言われない作品にしよう」と決意できる瞬間でした。帝一同様、野心を持って撮影に挑んでいました。せっかく同じ世代が集まったので、それぞれ個の強さを磨いていこうって。勝ち負けについて考えるなら、現在まで役者を続けてくることができたという意味で、それを勝ちとするならば、トーナメントでいうところの負けていった人たちも当然いるわけで。この8、9年間でいなくなった人もたくさんいます。中には「あの人、凄い俳優だったのに」と尊敬していた方もいた。だからこそこれからも生き残っていけば、30代、40代でもっと何か大きなことが起きるんじゃないかって。
永井:撮影を一番楽しんでいられなかったのは、間違いなく菅田くんだよね。菅田くんがまずしっかりしてくれたら、それを立てるようにやっていくという感じだから。菅田くんは覚えることも多かったし、責任感もあったし、自分が腐ったら現場が終わりだと分かっていた。主役って損な役回りでもあると思うんです。脇役の方が演技的に存在感が出たり、注目されたりすることが多いじゃないですか。今回のようにたくさんの出演者がいると、特に周りに目がいってしまう。
――主役を食う、という言葉もありますからね。
菅田:そうですね。この映画で自分が埋もれたら、(役者を)辞めるくらいの作品。そういえば、綾野剛くんにこんなことを言われたんです。「将暉、帝一で埋もれたら絶対にあかんぞ」って。引き締まる思いでした。良い言葉を言ってくれる先輩がいてくれて、本当にありがたかった。
永井:でも僕は、個性的なキャラクターがたくさんいる中で、やっぱり帝一が一番好き。彼が魅力的に見えなきゃ、この映画はダメ。菅田くんがうまく表現してくれました。
――主役が損をして、脇役が得をする傾向は近年とくにありますし、あえて脇を選ぶ人もいますね。
菅田:だけど、それは甘さでもあると思うんです。その損得をみんなが一度知ってしまったから。でも、昔の映画を観ていると、不器用でぶっきらぼうで、芝居としては良くないのかもしれないけど、それでも引き込まれるスター俳優さんはいましたよね。あの格好良さが僕の理想の一つ。真ん中でやるということから逃げていない。『帝一の國』はちゃんとそこに乗って、刺激を与えられたらと思っています。僕にとっては確実に勝負の映画です。
永井:でも、これから勝負が続くじゃないですか。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』とかさ。
菅田:そうですね。『打ち上げ花火〜』の声優業はめちゃくちゃ難しかった。今までいかに、身体の動きを使っていたのかが分かりました。
――そう、菅田さんは体躯に目が奪われるんですよね。『帝一の國』にしても、野村周平さんと喧嘩のシーンがありますが、殴り方、殴られ方が抜群なんですよね。
永井:そうなんですよ。菅田くんの表情って、動きを含めてさらに特徴が出る。だから、声の勝負は大変だったと思う。
菅田:大変でした。でも、『帝一の國』もそうですけど、すべてが勉強。ここからが本当に勝負です。
取材・文/田辺ユウキ
撮影/河上 良(bit Direction lab.)
(2017年5月11日更新)
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