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ジュバノフ、ハミディ:歌劇「アバイ」より民族舞曲(日本初演)
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26
ラフマニノフ:交響的舞曲 作品45
7月1日(金)、2日(土)、日本センチュリー交響楽団は第210回定期演奏会に首席客演指揮者アラン・ブリバエフを迎える。2015シーズンから続くロシア音楽シリーズながら、冒頭にはブリバエフの母国であるカザフスタン人による初のオペラ「アバイ」からの民族舞曲(日本初演)を置く個性的なプログラムとなっている。作曲者アフメット・ジュバノフはブリバエフ自身の曽祖父に当たる。
「同時代を生きたラフマニノフとプロコフィエフの成熟した音楽と個性を表現したい」とは、シーズン・プログラムの言葉にあるブリバエフの言葉だが、このような意図のもとに20世紀ロシアを代表するふたりが取り上げられることも、貴重な機会と言えるのではないか。セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)の作品からは1921年に作曲(初演は同年シカゴ)されたピアノ協奏曲第3番を。全3楽章、近代建築を思わせるダイナミックな音の律動に貫かれ、オーケストラパートの充実感も素晴らしい。ソリストは2001年、17歳でブゾーニ国際ピアノコンクールを制したウクライナ出身のアレクサンダー・ロマノフスキー。その圧倒的なテクニックとセンチュリーとの応酬がスリリングな興奮を呼ぶ1曲だ。
そして後半はセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)の交響的舞曲が演奏される。1940年にニューヨークで作曲されたラフマニノフの最後の作品で、ロシア・ロマン派とも呼ばれる作風の集大成ともなった大作である。全3楽章は緊密に構成され、「舞曲」と銘打ちながらも交響曲としての性格が強く現れている。第3楽章にはラフマニノフが多くの作品に引用したグレゴリオ聖歌の「怒りの日」の旋律が現れ、幻想的なクライマックスへと導かれてゆく。革命の勃発によりロシアを去り、二度と祖国の土を踏むことのなかったラフマニノフが、その生涯を回顧するかのような深い響きに満ちた作品である。
祖国ロシアと向き合いつつ、それぞれの人生を歩んだプロコフィエフとラフマニノフ。19世紀末から20世紀半ばにかけての激動の時代に想いを馳せながら、アラン・ブリバエフが描き出すふたりの“セルゲイ”の魅力を深く味わいたいコンサートだ。
シューベルト:交響曲 第7番 ロ短調 D.759「未完成」
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲「展覧会の絵」
ムソルグスキー(1839-1881)の組曲「展覧会の絵」は不思議な作品である。1874年に書かれた原曲はピアノ曲。管弦楽編曲版は1922年にラヴェルの編曲が発表されるに及んで決定版として普及し、その後もストコフスキーをはじめとするいくつかの試みがある。名ピアニスト、ホロヴィッツによるピアノ編曲版も名高い。異色のものとしてはイギリスのロックグループ、エマーソン・レイク&パーマーが1970年代にこれを取り上げ、作品の知名度を上げることに大きく貢献した。日本における冨田勲のムーグ・シンセサイザー版、またギタリスト、山下和仁のギター編曲版も世界的な評価を得ている。
純粋なクラシック音楽でありながら、これほどその内外に多く取り上げられた作品は珍しい。作品の成立については、よく語られるエピソードがある。1874年、ムソルグスキーが友人であった画家ハルトマンの遺作展に出かけ、そこで観た絵の印象を10の作品(と気分を表す5曲の「プロムナード」[歩道])にまとめた、というものである。だが、ムソルグスキーが本当にハルトマンの作品だけから、イメージを膨らませたのかどうか、など、肝心な部分は謎のまま残されている。絵画と音楽の直接的な関連は、現在も藪の中なのである。むしろこの作品の画期的なところは、ムソルグスキーが個々の「絵画」に仮託しながら、およそクラシック音楽にはなりにくいような奔放なイメージを作品に封じ込めることに成功した、という点にあるのではないか。ロシアの伝承に潜む魔物、子どもや女性たちの溌剌とした姿、弾圧に苦しむ農奴たち、富める者と貧しい者など。それらは「一枚の絵」という枠組みに捉えられたがゆえに、常に新しい生命力を失わない。「展覧会の絵」という作品が時代を超え、手法を超えて人の想像力を刺激し続けるのは、こうした理由にあるように思われる。
この組曲「展覧会の絵」を後半に置く今回の三重特別演奏会は、近年の飯森&センチュリーの好調を伝える絶好の名曲プログラム。前半のシューベルト、ベートーヴェンでは、従来の緻密さに加え、しなやかさを増したセンチュリーのアンサンブルを。そして「展覧会の絵」では、色彩感豊かに展開する、センチュリーの多様な表現力を聴くことができるだろう。
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昨年スタートした、日本センチュリー交響楽団の「ハイドンマラソン」。104曲に上るフランツ・ヨーゼフ・ハイドンの交響曲全曲を演奏・録音しようという画期的な試みだが、まさにこれと並走するように行われているのがこの音楽講座「ハイドン大學」だ。昨年は元桐朋学園大学教授で日本におけるハイドンの権威・大崎滋生氏(第1回・第3回)をはじめ、日本教育大・准教授でトランペット奏者の神代修氏(第2回)、音楽評論家の響敏也氏(第4回)が登場。島村楽器グランフロント大阪店 スタインウェイルームにおいて、ハイドンの人と作品に迫る、深い内容の講義が展開されてきた。
2年目のスタートとなる5月27日(金)、講師に迎えるのは日本テレマン協会音楽監督・延原武春氏(写真左)。関西音楽界の重鎮であるのみならず、同協会の前身、テレマン・アンサンブル以来の50年以上に渡る活動は、日本のバロック音楽普及に大きな足跡を残している。当日はふたつのテーマから、ハイドンの作品に迫るという。ひとつめはバロック時代から古典派を経て、モダン楽器へ至るオーボエの変遷。もうひとつは似ているようでまったく異なるハイドンとモーツァルトのスタイルについて。オーボエ奏者であり、また熟練の指揮者である延原氏ならではの切り口であり、その真摯かつ柔軟な語り口は、聴く人たちを充実した時間に誘うに違いない。
「ハイドン大學」と「ハイドンマラソン」の関係は、講座と演奏による音楽の楽しみ。それは最新の研究をもとに、従来の古色蒼然としたハイドン像を刷新する魅力的な場所でもある。今年も充実の講師陣を迎え、全4回が予定されている。まだ未体験のかたは、ぜひ今シーズンの「ハイドン大學」へ足をお運びください。
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(取材・文/逢坂聖也 ぴあ関西版Web)
(2016年5月18日更新)