DJ中島ヒロトを追ってみた!|ヒロト(50) 初めての履歴書/後編 ヒロトの大阪&FM802蜜月記|連載|ぴあ関西版WEB

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出演情報

FM802『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』
毎週月~木曜 13:00~17:00

関西テレビ『ミュージャック』
毎週金曜25:55~26:25

Live

『第1回 Happy and Fun Music Festival』
7月14日(土)一般発売 Pコード:118-590
▼9月30日(日) 13:45
服部緑地野外音楽堂
全自由-3950円(整理番号付、ドリンク代別途要)
[出演]中島ヒロト/DENIMS/NakamuraEmi/Keishi Tanaka/他
[ゲスト]荒井岳史/村松拓/スキマスイッチ(TALK GUEST)
※雨天決行・荒天中止。小学生以上は有料。
GREENS■06-6882-1224
チケット情報はこちら

今年5月、節目の50歳を迎えたことを機に「ぴあ関西版WEB」で連載がスタート!
なにはともあれ「中島ヒロトとは?」のご挨拶を兼ねて、履歴書を書いてみながら、自身のこれまでの50年の歩みを振り返ってもらいました。後編では大阪に来て FM802でのデビューからこれまでのことに迫っていきます。

 

合格電話の翌日には、即大阪に引っ越し!

――FM802のDJオーディションの話は、どうやってヒロトさんの耳に届いたんですか?

当時CROSS FMの開局にあたって802のチームも福岡で番組制作をしていて、そこで教えてもらった感じかな。テープ審査とスタジオ面接数回と最終面接まで、手応えは…なかったなあ。しばらくして802の人から電話がかかって来て「もし受かったって言ったら、明日大阪に引っ越して来れる?」って。その時は熊本にいたんだけど、もう「すぐ引っ越します!」って答えたんだよね。そしたら「夜中の番組決まったから、おいで」って言われて、すぐ引っ越して来た。その番組っていうのが『FUNKY JAMS 802』。火曜日が僕で月曜日は浅井博章が担当してたの。今の802でいう深夜の『LNEM』で、新人の登竜門の枠だったね。その時間帯を1年ぐらい担当して、『THE COUNTDOWN SHOW』が始まったのかな。

――新人時代、仕事は順調だったんですか?

仕事はあんまりなかったけど、毎日802にいたかな。いろんな人に会えるし、顔覚えてもらえるし、偉い人にご飯連れてってもらえるし(笑)。ただ、この頃CROSS FMの番組は並行してまだやってたんだよね。大阪行ったり福岡行ったり、ここでも二足のわらじ生活。5年ぐらいやってたのかな? よくやったなあ、僕(笑)。

で、その後に802で『ROCK KIDS 802』の火曜日の担当になったのね。もうずっと『ROCK KIDS』が絶対的な憧れだったから来月から担当してもらうからって言われた時は、本当に嬉しかった。僕的には『FUNKY JAMS』に続く登竜門だと思ってたから、ここまで来たか!と。その『ROCK KIDS』を1年半担当した後に始まったのが、長寿番組になった『HAPPY FUN RADIO』だったんだよね。

――10年続くなんて、本当に長く愛された番組ですよね。

本当にありがたいなあってずっと思ってたよね。『ROCK KIDS』を1年半で卒業して帯番組を担当したっていうのは802のDJの中で最短記録だったんだって。それもありがたいよねえ。それから10年。その間にも週末にいろいろ番組は担当してたけど、この番組が自分の軸かな。でも最初に朝の帯番組担当って言われた時は、「朝!」って違和感しかなくて、どっちかっていうと自分は悪態ついてなんぼみたいなDJスタイルだと思ってたから「おはようございます!」みたいなテンションってどうなの…って思ってたところもあって。でも当時の部長に口説かれてるうちに、いつの間にか「やります!」って。

その番組が10年あって、今の『RADIO MASTERS』に繋がっていってるんだよね。この番組は2008年から始まってます。まあこの履歴書に書いたのはラジオの主な仕事だけど、その間に
映画の『ソラニン』に出演させてもらったり、『ミュージャック!』でのMCがスタートしたり
DJ以外のお仕事もたくさんさせてもらってる感じです。1994年にDJオーディションに合格してるから、802に来てもう24年か! 『HAPPY FUN RADIO』と『RADIO MASTERS』だけで20年だからねえ。最近メッセージもよくもらうんだよ。「中学の時に聞いてて、結婚して子供が生まれて、ラジオをつけたらヒロトさん、まだおる!」って。おるよ!ずっとここにおる!

 

今、50歳。そしてこの先の50年のこと

――履歴書的な話をすると…ヒロトさんは何か資格はお持ちなんですか?

車の免許はもちろんあるよ。男は黙ってミッション車! でも教習所で習った通りのことしかできなかったから、「このポールが見えたらハンドル切れ」とか、そういうの? だから実際の駐車場で全然車庫入れできなくて、親父のマークIIぶつけたりしてたなあ。でも、仕事始めたら「機材車運転できる?」って言われていきなりデカいハイエースをポンと渡されたのね。そこで運転をようやく覚えたって感じたったなあ。最初怖かったなあ。あ、まだあるよ、資格。英検3級!中3で取ったかな。面接でなんかあったら「Pardon?」って言えってそれだけ覚えて受けた。これ、今何にも生きてないけどねえ。

――では、履歴書のキモであるヒロトさんのアピールポイントを教えてくだい。

僕、たくさんの人の前で喋っても緊張しないんだよね。喋ることにおいては緊張するっていうよりも「おもろい」が勝っちゃうんだよね。誰かと比べられた時に「あいつより絶対俺の方がおもろいから負けるはずない」と思ってきた。中学の頃からずっと『とんねるずのオールナイトニッポン』を録音して翌週の放送まで録音した回を聴きまくるような青年だったのね。最初は好きで聴いてただけだったんだけど、途中からなんでおもろいんやろう?って巻き戻して聴いたりして研究してそれを生活の中で話をするときにも真似するようになったら友達にウケて「これがみんなを引きつけるテクだ!」って分かったりして。それが今もベースになってるよね。

――じゃあ逆に、仕事以外の、プライベートなヒロトさんのアピールポイントってありますか?

え? 待って、ないわ。んーーーーーーーーーーーー。プライベートはそんなにお喋りじゃない!ってことかなあ(笑)。いつも喋ってるんでしょう?って言われるけど、そんなことないよ! 飲んでたらまぁ喋るけど、プライベートはおとなしいよ。

――履歴書の最後になりますが、今人生100年時代って言われてるじゃないですか。

そうだね。僕50歳になったから、ちょうど半分折り返した感じだよね。

――これからの50年でやりたいことってありますか?

仕事的なことで言うと、カッコつけるわけじゃないけどずっと喋ってたい。ずっと現場にいたいって思ってるかな。プライベートでは25年ぶりにアメリカ旅行がしたいかな。昔、地元の洋服屋の店長さんにくっついてアメリカに行ったんだよ。仲良い人だったんだけど、僕が熊本大学に行ってるって知って、なぜか勝手に「中島くんは英語ができる人」って勘違いしてたみたいで。飛行機代以外は僕が出すって言うからアメリカまでついて行って、JFK空港でその人に「中島くん、こっから通訳よろしく!」って。いや、喋れないですよ? って言ったら「君、熊本大学だろう!」って(笑)。そしたらその店長が「おいおい珍道中だな〜」って言ってね。結果的に10日間ぐらい行っててマジで珍道中だったのよ! 死ぬかって思うような瞬間がめちゃくちゃあるような旅で、帰国した時は二度とと行くか!って思ったけど、今思えばあんな忘れられない旅行はなかった。ニューヨークからボストンまでバスに乗ったり、そこからニューハンプシャーまで車で移動したり、旅の間に店長と仲悪くなったり。そんな劇的な旅はなかったから、100歳までにもう1回行きたいなあ!って思えるよね。

 

 

写真:河上良(bit Direction lab.)
編集・企画:桃井麻依子

企画:高橋ハジム