柳井“871”貢インタビュー
【第1回】No Borderの源泉は「誰かに感謝されたい」
柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション/MASH A&Rの執行役員として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。
そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは? 境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「No Border的思考」を全3回に渡り紐解いていく。
――「#871さんに質問」というハッシュタグで、Twitter上で音楽業界に興味のある方からの質問を募集して答えるということを2018年からやってらっしゃいます。そもそも一般の方たちとコミュニケーションを図ろうと思ったのはどうしてですか?
マネージャーという立場でお仕事をさせていただく中で日々感じることとして、アーティストやその活動を応援していく上で、その〝応援するための人材〟が足りていないという実感がすごくあったんですよ。それはおそらく、マネジメントだったり、アーティストにまつわる仕事が学校ではなかなか勉強しづらいという背景があるからなんですよね。だから新卒で採用してからの教育、人材育成にかける投資コストが結構かかるなあっていう気持ちもあったりして。どこまで効果があるかはわからないですけど、自分が矢面に立つことによって、少しでも裏方の仕事を本質的に、かつ実態的に知ってもらった方が、学生さんや音楽業界に興味のある方々も、そして採用をする僕らとしても双方にメリットがあるんじゃないかなと思ったんです。そんなようなことをぼんやり考え始めたのがきっかけでしたね。
――一般の方からの音楽業界への熱量を感じますか?
いや、逆にその熱量っていうのは実は感じられなくて。やっぱり景気悪い業界だと思われているし、就労環境も悪い前提で見られている感じはひしひしとあります。その上で、「ちょっとどんな感じなんだろう?」って興味本位で質問をしてくれているっていう捉え方ですね、僕は。だから例えばお給料に関しても、希望を持って質問をされている雰囲気はないというか。「どのくらい安いんですか?」って聞かれ方をよくします(笑)。興味はあるけど、自分がそこでやれる自信はない、けど1回確認したい、みたいな。そのくらい、音楽業界へのリクルートの熱量がクールダウンしちゃってる状態を再確認しましたね。
――その感じ方はリアリティーがありますね。
そもそも景気が悪くて給料が高くなくてハードな業務が当たり前……。そういう世間の抱く前提を含めて危機感を感じているというか。だからまあ、正直にお話しさせていただくんですけど、それは何も世間のそうした受け止め方に同調するのでも、あるいは逆に反発するのでもなく、あくまで僕の経験として、僕の場合はこれまでこれだけ頑張ってきて、収入で言うと同世代のサラリーマンよりは全然もらってますよ、みたいなことを正直に言ったりします。もちろん労働時間みたいなことで言ったら大変な部分もあるけど、それにかわるこの仕事の面白さってこういうことは確実にあるわけで、そういう嘘や誇張のない啓蒙を少しでもしていけたらいいなと思っている感じですね。
――給料が安くても労働時間が長くても、好きなことをやれているからいいじゃん、といった考え方についてはどうお考えになりますか?
それは時代的なこともあるとは思うんですけど。好きなことをやれているからいいっていう感覚はたぶん今の子たちも持っているとは思うんですよ。でもその好きなこと自体がかなり多様化しちゃったんで。例えば今の40代や50代の人たちはマスコミ業界がどこかキラキラした業種として人気だったわけですけど、一方で今新卒採用を目指している大学生や専門学校生、高卒生にとっては、ゲーム業界とか、IT業界、あるいはユーチューバー的な仕事の方が楽しそうに見えていますよね。さらに芸能事務所のあり方も昔と今とではかなり変わってきていると思いますし、それは音楽業界も同じです。じゃあ、好きなことって何なんだろう?と。突き詰めて考えていくと、それは業種のことなのか? というふうに僕なんかは思ったりするわけです。
――なるほど。では柳井さんの場合はどうだったんでしょう? 音楽が好きだったから音楽業界へ就職したわけではなかったんですか?
ああ、絶妙ですね(笑)。音楽への興味は半分あって、半分なかったかもです。って言うとびっくりされちゃうんですけど(笑)。なんでしょう、僕は結果的にご縁があって音楽の仕事をしていますが、自分の仕事の能力だったり価値観は、必ずしも音楽だから活きるということではなくて、どっちかっていうと、表現に向き合える人をサポートすることの方にあるんです。才能だったり作品を世に届けるまでの作業をなかなか作家さんやパフォーマーだけでは難しかったりするところを、ある種の客観性を持ってアシストしていく仕事だったり、作るものをディレクションしていく仕事、それがぼくの能力だと思っています。だからそういう能力って別に音楽に限った話ではないわけです。わかりやすい例で言ったら、すごいおいしい料理を作るシェフがいたとしてもレストラン経営はシェフが優れているわけではないし、そういったマネジメント全般の部分をお手伝いすることで僕は自分の仕事に実感を持っているということです。とは言え、もうすでに長い間音楽業界で働かせてもらって、そこには自分の仲間たちがいるので、その仲間たちと切磋琢磨していきたいっていう意味で音楽業界を盛り上げていきたいっていう気持ちがある、というのが正直なところですね。
――自分のやれることは何なのか?っていうことを突き詰めて考えていくと、音楽とか、そういったジャンルではなくなっていくってことですね?
そうです。最近僕自身のことで悩みつつ、悩んでもしょうがないかなって思っているのは、僕自身が音楽そのものに関わる仕事量が減っていってるんですよ(笑)。僕より音楽の知識が多い人はたくさんいるし、僕より音楽が好きだって熱量が高い人はいっぱいいるし、だからその部分はそういう人たちに担っていってもらった方がおそらく良くて。僕はどちらかと言えば、出来上がった音楽に対して、「もう少しわかりやすい形にした方が音楽を好きじゃない人にも届くんじゃない?」っていう感じで、音楽制作を越えた客観視で携わったりしているので、この楽曲はどういうアレンジがいいのかというようなことはどんどん他人に任せるようになっていっていますね。だから繰り返しになりますが、俗に言う音楽が好きだから音楽の仕事をしているという感じではないというか。……っていうのをどうしても素養として持ってしまっているんですよね(笑)。
――「やりたいこと」と「やれること」って2つあると思うんですけど、もちろんその2つがイコールであればいんですが、だけどもしかしたら「やれること」に最適化していく道も当然ながらあるよっていうのは一方でちゃんと示してあげたいというのはありますよね?
それはめちゃくちゃありますね。まあ、共感性が無理に得られないような押し付けになってしまっては元も子もないんですけど、でも必要以上な頑なさを持ってしまっている人は筋肉ほぐしてあげたいというか。僕の場合はたぶんめちゃくちゃラッキーなんですよね。「やりたいこと」と「やれること」が、言語化は難しいんですけど、おそらくかなり近いんですよ。「やりたいこと」っていうのが、誰か自分の好きな人だったり、自分が魅力を感じている人とか、極論そうじゃなくてもいいんですけど、他人に感謝されたい、自己承認欲求を満たしたいという(笑)。簡単に言ってしまえばですけど。要は「自分は生きてていいんだー」を感じたいっていう、それが僕のやりたいことなので。
――めっちゃ正直ですね(笑)。
それがやりたいことだからめちゃ簡単なんですよ。役に立つように仕事すればいいんで。役立ち方が何であるかにこだわりはなくて。トイレ掃除することで「ありがとう」って言ってもらえることが見えたらトイレ掃除するし、曲名がこっちの方がいいんじゃないっていうアドバイスをした方がいいんだったらそうするし、そこに境界線がないんですよ(笑)。”No Border”って僕はキーワード的によく言っていますけど、仕事をすること自体が”No Border”たる由縁を探す旅でもあるので(笑)。だから僕は「やりたいこと」と「やれること」のバランスをとるみたいな発想が、そんなになくて済むんですよね。いわゆるトップダウンの仕事ってあるじゃないですか。トップダウン案件だからちょっとしんどいしモチベーションあがんないみたいなのって社会人あるあるだと思うんですけど。僕の場合はじゃあそのトップダウン案件をきちんとやればトップの人に感謝されるんだと、そこが見えてさえいれば、それをモチベーションにできるので。
――そこに確かなベクトルがあるんですね。
一番モチベーションが上がらないのは、やって誰が喜ぶのかがわからないっていうことで、たまにあるんですよ。枝葉のディテールが煮詰まっていってそこの議論をしていたら、あれ? この仕事って誰のためにやってるんだっけ?っていうことが。それが一番モチベーション下がりますね。やらなくていいじゃんってなっちゃう。
――質問への回答にも書かれてましたけど、無意味な関係者挨拶に行くとか(笑)。
はい(笑)。ラジオ局にプロモーションで初めて行った時に、ちょうど今日編成局長がいるから挨拶にいきましょう、みたいな(笑)。いや、おれ編成局長に用事ないし、編成局長もおれに用事ないし、その挨拶いる?って思ってしまう。むしろ、僕も編成局長に用事ができるくらいの仕事を作ったり、編成局長さんが僕に仕事を頼みたくなるような仕事を作ったり、そこがあって挨拶の意味が出てくるから、ただの業界的な慣習みたいな挨拶は本当にいらないなと。
Text by 谷岡正浩
(2021年4月 9日更新)
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