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柳井“871”貢インタビュー
【第2回】現代の社会人が抱く「就職概念」、その幻想とは?

柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション/MASH A&Rの執行役員として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。

そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。

第1回から第3回までは彼の過去を遡りつつ、現在の仕事観や考え方に通ずるルーツの部分を探る。

――子供の頃から人の役に立つこと、感謝されることをやりたいっていう思考を持たれていたんですか?
 
いわゆる90年代の学歴社会ど真ん中で、どこにでもあるようなニュータウンと呼ばれる住宅街の中にある学校に通って、中の下くらいの成績で育ったんですけど、まず小学校の時にちょっと学校に行きたくない時期があって、それで中学校でちょっといじめっぽいことにあったりしたんですよ。まあ半年くらいで解消したんですけど。僕は小学校5年生からサッカーをやっていたんですけど、なかなか上手くなれなくて、万年補欠だったんです。でも高校は少し強い学校に入ってしまったんですよ。強くない中学校の補欠だった選手が、ちょっと強い高校のサッカー部に入ってしまったことによってヒエラルキーのド底辺から始まってしまったわけですけど、なんかそういった経験を通じて、いじめの疎外感を解消したいとか、友達と仲良くしたいとか、サッカーが上手い人たちに認められたいとか、そうするにはどうしたらいいんだろうっていうのを自然に考えるようになっていったんですよね。それで行き着いたのが、一番シンプルな答えだったんです。要するに、何かを提供した時に感謝される、認めてもらえる、というのを手段として自分の存在確認をすればいいんだっていうことです。だから変な話、いじめられてても、向こうが期待していないタイミングでコミュニケーションを交わしてみたり、ごめんね、ありがとうっていう一言を言ってみたりとか、困っている様子があったら手を貸してみたりとか。あとは、やっぱり目に見えない努力も大事なんですけど、目に見える努力も大事だなって思ったのは、高校のサッカー部に入ってからですね。
 
先ほども言いましたけど、ヒエラルキーのド底辺の高校1年生が、強いサッカー部の中で周りの友達に認めてもらうには、あいつ下手くそだけど練習頑張ってるよねっていう姿をどれくらい見せられるか、その上でチームにどれくらい貢献できるか、ということでしかない。だから練習も人一倍している上で、ボールも磨く、みたいな。そうして初めて自分のことを認めてもらえるし、自分のことを認めてもらえると周りから情報が入ってくるので、コミュニケーションが発生するんです。それによって、上手な先輩からサッカーを教わることもできるし。自分を高めるためにも一歩目としてできる範囲で奉仕をするっていうことが、生き延びる能力として徐々に培われていったんだろうなっていう感じですかね、僕の場合は。
 
――大学在学中に大阪・心斎橋にあるclub STOMPにアルバイトとして入って、気づけば店長、そこからずっと音楽業界で働いていらっしゃるわけですが、就職したっていう実感はあるんですか?
 
ないです(笑)。
 
――そこが結構ポイントですよね。
 
本当に小さな個人経営のお店で、経営母体としては会社組織でもなかったんで最初は時給をもらっていたんですけど、自分の仕事と共に管理する範囲が増えていって、最終的には単店舗における経営めいたことをしていたので。例えば最終的に今月は50万残りました、じゃあ僕30万もらっていいですか?とか。そんな感じだったので、就職したぞって感じでは全然なかったですね(笑)。
 
――柳井さんに寄せられる質問を見ていると、自分の夢がそのまま就職になっていたり、就職の先にあったりと、就職というハードルを1コ設けてしまっているのをすごく感じました。
 
それに関して言うと、「就職概念」みたいなのってやっぱり、高度成長期から次のタームに向かうための株式会社組織の変化に対して日本の教育だったり社会が適合できなくて、ちょっと出遅れてしまったことの弊害だと思っているんです。雇用システムだったり労働基準法の考え方、そこをアップデートするのを(日本社会として)先送りしてしまったなという感覚があって。そういう意味で言うと、今の20代の学生さんとか働いている方が就職概念を持ってしまっているのはしょうがないと思うんですよ。それは環境のせいもあるので。それともうひとつ、さらに僕が危険だなと感じているのが、新卒で就職しなきゃいけないっていう概念を持ち合わせている上に、3年から5年で転職して企業依存しないようにキャリアアップして行かなきゃっていう考え方も今の20代、30代くらいの人達って持ち合わせているような気がしていて。それ自体は別に間違っているわけではないのですが、勘違いしてほしくないのは、就職して3年経ったら3年分の能力が自動的に自分の身についているわけではないということです。考え方は現代風なのに、根本が年功序列的な発想になってしまっているという矛盾ですよね。だから3年後は最初に入った会社の110パーセントくらいのギャラでどっかに転職できるんじゃないかって妄想を描いているような気がして仕方がないんですよ。就職して歳を食えば自分の時価が比例して上がると思っているのではないかと。それはめちゃくちゃ危なくて、もちろん努力量によって自分の時価っていうのは上がるけど、ただ時間が経つだけだったら時価って下がるよって。転職という行為だけでは能力は上がらないんだよっていう当たり前の話なんですけどね。でもそれが幻想ではなく現実として認識されているような気がするんですよ、どこか捻れてシステム化されているというか。
 
――柳井さんの「啓蒙」には、教育や社会システムなど、そういう大きなものを変えていくという目標も含まれているのでしょうか?
 
教育自体を変えるのはなかなか高くて複雑なハードルがあって難しいとは思います。とはいえそこにいきなりアプローチしていくのではなく、家庭単位だったりコミュニティー単位であれば、多少の変化を起こせる可能性は感じていて。例えば僕が音楽業界だったりエンタテインメント業界の仕組みの話を配信でしたときに、今の子供たちに僕の話が届かなくても、そういう生き方、そういう仕事の仕方、そういうビジネスモデルがあるんだっていうのを今の20代とか30代の人たちが知ってくれていることによって、彼らの子供たちにどういう教育をするのかっていう、そこのコミュニケーションがちょっと変わる可能性があるのかなという部分に期待しています。本当はそういうサロンのようなものがあったらいいんですけどね。他業種ってもうちょっと、裏方が頑張って前に出てお金の話しようよとか、ビジネスモデルの話をしようよっていう人たちが出てきていると思うんです。でも音楽業界や芸能界っていかに表に出ないことが裏方の美学、みたいなものがあったりして。そういうのが強すぎて、まさか自分たちが前に出て啓蒙するみたいな意識から遠い人が多いので。あ、だったらちょっと出番かな?って思ってやり始めているって感じですね(笑)。もちろんそういうようなことをやられている方はいるんですけど、僕の同世代、その少し下の世代を見渡した時に、他の業界の目立つ人たちと肩を並べて語れる人たちってちょっと思い浮かばないなというところもあって。だからって僕がそこを目指しているわけではないんですけどね(笑)。

Text by 谷岡正浩


第3回に続く⇒



(2021年4月16日更新)


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Profile

871 - 柳井貢(やないみつぎ)

1981年生まれ 大阪・堺市出身。
HIP LAND MUSIC CORPORATION及び MASH A&Rの執行役員として、bonobos(蔡忠浩ソロ含む)、DENIMS、THE ORAL CIGARETTES、LAMP IN TERREN、Saucy Dog、ユレニワなどのマネジメントを主に担当。

これまで「Love sofa」、「下北沢 SOUND CRUISING」など数多くのイベント制作に携わる傍、音楽を起点に市民の移住定住促進を図るプロジェクト「MUSICIAN IN RESIDENCE 豊岡」への参加や、リアルタイムでのライブ配信の枠組み「#オンラインライブハウス_仮」の立ち上げに加え、貴重な演奏と楽曲をアーカイブし未来に贈るチャンネル&レーベル「LIFE OF MUSIC」としての取り組みなども行っている。

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連載「No Border的思考のススメ
~ミュージシャンマネジメント871の場合~」