「ずっと歌だけに全てを懸けたかった」
リアルとファンタジーの狭間で形にした夢の欠片
注目のシンガーソングライターKacoのまばゆき未来を宿した
『ノルカソルカ』インタビュー&動画コメント
最新作『ノルカソルカ』を再生した途端に耳と心に飛び込んでくる、躍動感のあるメロディと得も言われぬこの予感。そして何より胸を掴まれるしなやかな歌声に、この歌い手の未来を期待せずにはいられない。4枚目のミニアルバムとなった今作には、桑田佳祐、福山雅治ら多くの国民的アーティストの傍らでギターを奏でる小倉博和(g)を筆頭に、伊藤大地(ds)、伊賀航(b)、sugarbeans(key)ら第一線のミュージシャンが参加。キャリアの転機となった前作『たてがみ』('19)に続き、高橋久美子(ex.チャットモンチー)と『ミーナの水槽』において歌詞を共作するなど、彼女の日々が溶け込んだ6篇の物語が、見事な輝きを放つ結晶のような作品となっている。愛媛県で生まれ育ち、お茶の間に流れる音楽に惹かれ、夢を追いかけ東京にて奮闘する彼女が、リアルとファンタジーの狭間で形にした夢の欠片は、こんなにもまばゆく、美しい。うまくいかないことも、もどかしいこともあるけど、悩んだままではいたくない。注目のシンガーソングライターKacoが、人生を懸けた歌への想いを語る。
恋愛を歌っても夢を歌っても
どの曲も上を見上げていることに後から気付いた
――前作『たてがみ』('19)をリリース以降、Kacoの名前を自ずと聞くようになって。
「それまでは東京以外の場所にライブに行く機会がほとんどなかったので、この1年で初めてちゃんと全国を回らせてもらったのもあったし、ずっと弾き語りでやってきたんですけど、ピアノのサポートの方と1対1で、1年を通して各地でライブをしたことで、“Kacoの歌とはどういうものなのか?”を考える時間にもなって。ピアノ=伴奏ってイメージしがちですけど、いつもサポートしてくださっている方たちが、ジャズの和音を使う方だったり、その場のアレンジで即興で弾くような方で、そのノリに触発されて歌うのがすごく楽しくて。“これがライブだよな”って歌っていてしっくりきたんですよ。バンドももちろん楽しいですけど、2人だからこその張り詰めた空気が好きで」
――ハンドマイクで歌に集中できたことでライブが変わって、それを観たお客さんのリアクションがまたレコーディングや作曲に反映され…という循環の1年だったみたいですね。
「そうですね。自分の声を出す“スイッチ”みたいな、ちょうどハマるところがあって、『ノルカソルカ』のレコーディングのときも、ピアノと1対1でやったからこそ分かった声の表現とか色味みたいなものを出したいなと思って。ライブあっての制作だったなという気はしていますね」
――ライブのみならず作品においても、今のスタイルがようやく反映されたというか。
「そう。私はとにかくずっと歌だけに全てを懸けたかったので。そう言い続けてきて、やっとできた感じですね」
――シンガーソングライターなら、もちろん作詞作曲はそれぞれ大事な要素ですけど、やっぱり。
「歌が私の始まりだったから。それが形にできたので、ようやく第一歩っていう感じかな」
――最初の音源である『影日和』(’16)から考えると、雰囲気も随分変わりましたね。
「歌詞もアレンジも全然違うと思います。でも、『影日和』時代もアレンジに関してはずっと頭の中では鳴っていたんですよ。あれは第一作品目だったので、やっぱり名刺代わりになるような、声が一番分かる作品にしたかったので、ピアノと歌でシンプルに作ったんですけど、“本当はこの曲にはこういうアレンジがいいな”っていう気持ちはずっとあって。それがやっと実現できてきたのが前作『たてがみ』からなので」
――ヘンな言い方ですけど、意外と明るい子だったんだなって(笑)。
「アハハ!(笑) いや、自分でも思いますよ。『影日和』の頃は相当暗い(笑)。もうジャケットからして暗いから。あと、“あ行のこの響きを出したい”とか、そういう軸になる歌い方は共通していると思いますけど、声の幅もだいぶ広がりました。『影日和』の頃はまっさらな状態で歌うと、高校時代にやっていた声楽とかそっちの音楽性が結構強く出ていたなと思って。そこからKacoとしての歌をずっと追求し続けてきたんですけど、あるときライブのリハーサル中に、“え? 何これ!?”みたいに、昨日までとは全然違う喉の感覚があって。歌の表現というか声の種類が一気に広がって、“私、こんな感じで歌ってましたっけ?”ってリハーサル中に聞いたぐらい(笑)。すごい不思議でしたね」
――だからこそ、これだけ楽曲のアレンジの幅が広がっても、ちゃんとKacoの歌で1本柱が通ると。『たてがみ』は、身じたくを終えて一歩外に出てみようというのがコンセプトで、そのためにいろいろな挑戦をしたと思いますけど、じゃあ一歩外に出たKacoが何をしようと思ったのか=『ノルカソルカ』だったのかなと。
「まさに。一歩外に出て上を見上げるのが今回のテーマだったんですけど、曲を作るときは意識せずに書いていくので、最初から大きな景色を観ているわけじゃないんです。でも、今の自分がありのままに思っていることを書いてそれが6曲集まったとき、恋愛を歌っても夢を歌っても、どの曲も上を見上げていることに後から気付いたというか」
――うまくいかないことも、もどかしいこともあるけど、悩んだままではいたくないというのは、Kacoの人生のモットーというか。それが『ノルカソルカ』の詞曲には色濃く出ていて、シンガーソングライターとしてのスタンスを初めてちゃんと形にした作品な気がしましたね。
ずっとこういう曲を歌いたかった
――今作のきっかけとなった1曲はあります?
「それで言うと、『ベイブ』(M-4)が一番最初に軸になったんですよね」
――『東京ベガ』(M-3)や『ベイブ』は、作品のスパイスとして後から付け加えたのかなと思いきや。
「『ベイブ』はちょうど1年前の冬に書いた曲で、実家に帰ってばあちゃんに久しぶりに会ったら、いろんなことを忘れてしまっていて、私の名前も忘れちゃって…。でも、ばあちゃん自身はけろっとしていて、“そうだったわいな”ぐらいの感じなんですよ。最初はちょっと寂しいなと感じていたんですけど、本人がそうやってポップに生きている姿を見ていたら、ばあちゃんだって今初めてそういう人生を生きているわけで、ばあちゃんがばあちゃんでなくなったのではなく、これも含めてばあちゃんなんだと思って。それはどんな人にも言えると思ったし、まだ若いからとか、もう歳だからとか、そういうことで自分の感情にストップをかけるのは、本当に余計なことだなと思って書き始めた曲が『ベイブ』だったんですよね」
――『ベイブ』のMVはNHKの朝の『連続テレビ小説』の主題歌として、このままスタッフロールを入れて使えるぐらいのハマりようだと思いました(笑)。
「アハハ!(笑) 『ベイブ』ができたきっかけが、どっちかと言うとネガティブだったからこそ、曲調とか映像も、その反動でちょっと明るいものにしたいなって、曲を書いたときに思ったんですよね」
――あと、『ロマンティカ』(M-1)の“立ちはだかる壁 6階建ての/ガラス戸に映る 逆さまの月”のくだりも、自分の住んでいるマンションのすぐそばに新しい建物が建って、見えなくなってしまった風景があると同時に、その建物に映る月が新たに見えるようになるという視点はすごく詩的だし、発見だなと。『ベイブ』の誰もが初めての人生を生きているという発想も同様で、Kacoは日々に新たな視点を見つけるのがうまいというか。
「高橋久美子(ex.チャットモンチー)さんと『たてがみ』で初めて詞の共作をさせてもらうまでは、自分の身にあったことをそのままつらつらと書き連ねるスタイルだったんですよ。でも、久美子さんと一緒に作るにあたって一番伝えたいことを共有する経験をしてから、1人で作るときもまず、“この曲で私が本当に言いたいことは何だろう?”と考えるようになりました。あと、私はフィクションだと嘘を書いている気がしていて、着地点が分からなくなっちゃうんですよ。だから、リアルに起きたことと、自分が今伝えたいことがリンクした曲を書きたい。普段からそれを感じるセンサーが、ここ2年ぐらいで生まれてきたのかなって」
――さっき話に出た『東京ベガ』は、曲調的にも今作のハイライトの1つなのかなと。
「『ロマンティカ』や『いつかの話』みたいな曲って、ピアノの弾き語りの時点でだいたいの雰囲気が完成しているじゃないですか。『東京ベガ』みたいな曲は今までに書いたことがなかったんですけど、ずっとこういう曲を歌いたかったんですよ。でも、ピアノだけだとイメージがそこまでたどり着かなくて。『東京ベガ』も最初のデモ音源は私のピアノと歌だけで録っているからすごくシンプルで、今とはかけ離れた音だったんですけど、同い歳のアレンジャーの幕須介人さんと出会えて、“こういうメロディがあるんだけど”と伝えたら、“こんな感じ?”というふうにすぐにイメージを音で返してくれる環境ができて、やっと『東京ベガ』のメロディを勇気を持って書けた感じはあります」
――ゴージャスなファンクロック感もあるし、フルートとかホーンが入り乱れて。
「そう! この曲を録って私、フルートの音が大好きなことに気付いたんですよ(笑)。ちょっと狂気じみているけど繊細、みたいなところがいいんですよね」
うまくいかない現実も見た上で、“それでも私はやりますよ!”みたいな感じ
――個人的には『いつかの話』(M-2)が、切ないけどあたたかい感情が残る、何だか気になる歌だなと思いました。リアリティがあるけどファンタジックで、現実と夢の間みたいなKacoの世界観が確立されていて。
「ありがとうございます。この曲を書いたのは、音楽を始めたばっかりの頃なんですけど…」
――このまま音楽家として夢を追いかけるのか、女性としての人生を歩むのか、みたいな?
「そうそう!(笑) やっぱり私は音楽が一番大事だったからそっちを選んだんですけど、それまではどんな選択肢も切り捨てられていたのに、初めて“ちょっと待って”と本当に悩んで…。でも結局、音楽を選んだわけですよ。それを書いたのが『いつかの話』なんです」
――そう考えたら、やっぱりシンガーソングライターっていい職業ですよね。人生の全部が歌になるから(笑)。
「いや、本当に! 野菜とかと一緒で私、“皮まで食べられる”と思っているので(笑)」
――そして、どんな痛みや後悔があっても、それを歌にしたときに感動する人がいる。ライブを観てくれた人だったり、音楽を聴いてくれた人からのリアクションも、今ではKacoの作曲のガソリンになると。高橋久美子さんと歌詞を共作した『ミーナの水槽』(M-5)も、自分の恋愛の心情を表す上で重要な1曲だと。
「ノンフィクションしか書けないから…もうしょうがないですよね(笑)。やっぱり『いつかの話』みたいな10代の頃と今は全く違って、傷付きたくないからいろいろ考えちゃって…。“うぉ〜っ!”という勢いだけじゃもう行けないじゃないですか。でも、人を好きになる感情だっていつまであるかは分からないし、それをなくしてしまうのはもったいないなと思ったところから、自分に“頑張れ! 行っちゃいなよ〜!!”という気持ちで書いたのが『ミーナの水槽』で。気持ちを成仏させるために書いたところもあるかもしれないですね(笑)」
――その流れで、『おばけのはなし』(M-6)が実話だと聞くと、何だか怖くなりますけど(笑)。
「アハハ!(笑) 3日連続で朝方に金縛りにあったんですよ。疲れていてもよくなるから最初は気にしていなかったんですけど、3日目に“誰かいる!”と思って。“イヤな感じはしないけど誰!?”と思っていたら、前髪を撫でられ…」
――それは確かな感触があって?
「すごくリアルだったんですよ。だから私、本当に誰かが部屋に入ってきたんじゃないかと思ったぐらいで。翌日、起きたら鍵は閉まっていたから、“よかった、幽霊だった”と思って。よくないけど(笑)。その直後に親から、小さい頃から私をかわいがってくれていたおじちゃんが亡くなったと聞いて…“そういうことだったのか”という話になり」
――『ノルカソルカ』はリアルもファンタジーも含めて、ちゃんと音楽という結晶になった作品ですが、歌い始めた頃の根拠のない自信は、今でも失われずにありますか?
「あります! 当時の根拠のない自信しかない頃とは全然違うけど(笑)、うまくいかない現実も見た上で、“それでも私はやりますよ!”みたいな感じで、今回は作った気がしますね」
――まさに『ノルカソルカ』の精神(笑)。Kacoって意外とタフですよね。
「そうですよね。何でだろう?(笑) 例えば、失恋して悲しくて、鼻をすすりながら曲を書いていても、だんだん“(ネタをくれて)ありがとう〜!”みたいな感じでニヤニヤしてくるんですよね(笑)」
楽しませたいとかドキドキさせたいという想いが強くなりました
――東名阪のリリースツアー『Kaco LIVE TOUR 2020「ノルカソルカ」』もあって、関西は2年前の大阪初ワンマンの会場でもある雲州堂でライブですが、あの空間は独特ですよね。
「ちょっとアトリエ感があるというか、2Fの楽屋からも吹き抜けで客席が見えるじゃないですか。お客さんと同じ空間で開演を待っているので、あのときはすごい緊張しました(笑)」
――お客さんが続々入ってくるのを体感しますからね。鍵盤との2人編成で大阪、名古屋と回り、最後の東京公演はバンドで。ツアーに向けて何か思うところはありますか?
「去年1年を通してピアノの方とライブをやってきて、これは楽しいと自分でも思ったし、お客さんも含めて空気を作り上げていくのがライブなので、楽しませたいとかドキドキさせたいという想いが強くなりました。『ノルカソルカ』はいろんな楽器が入った豊かな響きの作品にできましたけど、曲の中にあるヒリヒリしたところはずっと持っていたいというか、絶対に忘れちゃいけないと思っているので。それをライブとして具現化できるのが大阪と名古屋の2公演な気がしていて。きちんとフル装備で鎧を着けてやるのが東京という感じですかね」
――今年挑戦してみたいことがあれば最後に聞きたいなと。
「一昨年、初めて楽曲提供というものを体験して、自分以外の人が歌っている自分の歌で、私の立場ではまだうまく伝えられなかった、その人たちだからこそ言える言葉、伝えられること、書ける言葉がすごくあることが分かったので、またやってみたいなと。あと、『ノルカソルカ』=一か八かみたいな意味もありますけど、失敗しようが成功しようが恐れることなく、天に任せて思いっ切りやるという意味もあるんです。ただ、最初からそう思えることばかりではないので、そういう自分になりたいという願望でもある『ノルカソルカ』を“おまじない”みたいに持っていたら、これからも心軽く、見晴らしよく歩いていけるんじゃないかと思っているんですよね」
Text by 奥“ボウイ”昌史
(2020年2月25日更新)
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