人生のピークとは、バンドのピークとは、いったいいつ訪れるのだろう? シュリスペイロフの最新作『聞えた(きえた)』を聴いていると、18年という長い年月をかけて今彼らにそれが訪れようとしているかのよう。長年サポートを務めた澁谷悠希(g)の加入後初のリリースとなる今作は、リアリティとファンタジーの間を行き来する極上の白昼夢とも言うべき、トリップポップミュージックを展開。オルタナティヴなバンドサウンドに澁谷のエッジィなギターが絡みつく恐るべき中毒性と宮本英一(vo&g)の作家性が機能する、シュリスペイロフの新たなる代表作となる1枚だ。現在はキャリア初のワンマンツアー真っ只中の宮本に、日本有数のマイペースなバンドワゴンが迎えた、輝ける分岐点を語ってもらったインタビュー。僅か3分間の音楽が、人間の一生を左右することがある。シュリスペイロフという才能を、我々はもう見過ごすわけにはいかない――。
「そうですよね。もう結成して18年くらいやってるんですけど、メジャーで最初にCDを出したときのお客さんがインストアライブに連れてきて泣いてた女の子が、もう大きくなってるとか(笑)。周りのバンドも若い子たちがいっぱい出てきたし、なるほど、時間が経ってるなっていう」
「前作に入ってる『あまりかぜ』(‘16)っていう曲がずーっと気に入ってて。今までやりたかったことに少し手が届いた感じだったんで、次はちゃんとそういう曲ができるかなと思ってたんですけど。『ガール』(M-10)ができて、また次に到達することができたなって」
「いつも…“この感じこの感じ”みたいなことなんですけど(笑)、歌うときの集中力が違うというか、歌っててより強くイメージが出てくるもの。ハッキリした景色が自分の中にある曲かな」
――それが『ガール』では更新されたと。
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「自分が手癖で付けてる展開とかから抜け出したかったのと、あとは歌詞の部分でもっと削ぎ落として、イメージが連続してあるようなものにしたかったんですよね。“こういうことを歌ってる”じゃなくて、歌詞と曲が一体化してる感じをやりたかったんで」
――ある種イメージ先行というか、直感型というか。
「まさにその直感を、もうちょっと信じてあげようかなっていう感じでしたね。自分を信頼してやるというか、作品をコンスタントに出してきて、自分がどうなりたいかがより見えてきた。ストッパーみたいな邪魔なものが外れていって、もっと自由に曲を作ったり、歌詞を書いたり、ライブをしたりっていうことが、一番やりたいことだと思うんで。今はアルバムを出すごとに楽しくなっていってますね」
自分が聴いてきた割とキャッチーなもの
そういうJ-POPのよさも思い出しながら自然と出てくるものを
――今回は長年サポートを務めた澁谷(g)さんの加入後初の音源ですけど、実は上京するときに一度誘っていたと。
「そうですね。けど何か…“メンバーにはなりません”みたいな感じで(笑)」
――でも、一緒に東京には行きますよと(笑)。
「そう(笑)。自分がアー写に写るとか、ライブ告知をするのが想像できないんでサポートで、みたいな感じだったんですけど。で、彼が一時期病気で北海道に帰ってまた東京に戻ってきたときに、何かいろいろ考えたみたいですね」
――そこで、“やっぱりシュリスペイロフなんだ”って思ってくれたのは嬉しいですね。
「そうですよね。前もそうっちゃそうだったけど、やっぱりメンバーになってからはよりバンドのアンサンブルのことを考えてくれてるなって思います」
――だからか、体制は変わってないのにギターに耳がいく曲が多いというか、1つの個性がしっかり加わったなって。歌詞に関しては、シュリスってストーリー性の高さが1つの持ち味だったと思うんですけど、今作ではまた違う方面に一歩進んだなと。
「あんまり答えを明確にしないで、聴いてる人がそれぞれ感じてくれればいいなと思って、使う言葉は結構考えましたね。その答えが出たわけではないですけど、『ガール』ではそこがちょっと明確にできてるかなっていう感じですね。自分の中では1本筋が通ってる物語があって、そこに思い浮かんだ綺麗なイメージとか、美しいと感じるものだったりを、他のものを削ぎ落としてそこだけを出すっていう」
――だからか、言い切らなくなったのに、宮本くんのこの1年の心の動きをより感じるような気さえします。あと、『スクラップ』(M-5)とか『退屈な夢』(M-8)はとりわけキャッチーだと思いますけど、もはやシュリスの場合はキャッチーであること=ひねくれている、みたいな感じも(笑)。
「だから、『スクラップ』ができたときはみんなで笑ってました。“これはキャッチー過ぎるだろ!”みたいな話をして盛り上がってたんで(笑)」
――もはや、ひねくれないことがひねくれポップであるという次元(笑)。元来持っているメロディセンスをそのまま出しちゃう。今回はJ-POPを聴いて育ってきた部分を出してみるという意図もあったと。
「そこもやっぱり、自分をもうちょっとかわいがってあげようっていうんですかね(笑)。 TM NETWORKとか渡辺美里とか、姉ちゃんがすごい好きだったのでUNICORNも聴いてたし、その後に奥田民生とか、ヴィジュアル系も結構好きで…当時はGLAYとかLUNA SEAも流行ってたしその辺をずーっと聴いてて。中学校後半ぐらいから洋楽も聴き始めて、高校ぐらいにNUMBER GIRL、くるり、SUPERCARとかが出てきて…みたいな。小林武史プロデュースも好きだったし、自分が聴いてきた割とキャッチーなもの、そういうJ-POPのよさも思い出しながら自然と出てくるものを意識してたんですよね。でも、もっともっと自由になりたいですね」
――こういう話を聞いてると、シュリスって自由になることに執着するほど、意外といろんなルール設定をしてたんだなと思いますね。案外何も考えずにやってたわけじゃない(笑)。
「そうなんですよね(笑)。今はそこからようやくちょっと抜け出せた感じですね」
このアルバムができて、明確に少し違うところに行けた手応えがあった
――他に思い入れがある曲はあります?
「『水の中』(M-6)は何となくリードっぽいなぁと思って作ってたんで、歌詞も結構よく書けたなと思ってますね」
――この曲の歌詞を書いているときに、漫画『春と盆暗』を読んでインスパイアされたとのことですが、作者の熊倉献さんと対談もしてましたね。
「普通から少しだけ不思議にいく人というか。日常と地続きな感じの不思議な人でした」
――そういう意味では今作の世界観に近いですよね。今回のアルバムは、何だか“白昼夢感”がすごくあるなと思って。現実=日中なんだけど、夢っぽいというか。
「なるほど! そうですね。うんうんうん、確かに。その言葉は思い付かなかったな。確かに白昼夢感がある」
――夜だったら純粋に夢になるんですけど、ライブとかを観てても、今目の前でやってる曲からインスパイアされて自分の中で全然違う物事とつながったりする、ああいう感覚に近いなぁと。
「なるほど。何かそれかも。ちょっと自分を冷静に分析できるようになって、“こう考えてるのがあなたじゃないですか?”的なことを自分に感じてたんで」
――あと、体制的には変わったとは言え関係性は変わらないメンバーのテンションはどんな感じなんですか?
「何か…いい空気感ですね。前よりも多くを伝えなくても共有できるというか、みんなのフレーズもそれぞれが割と文句なしな感じで。このアルバムができて、明確に少し違うところに行けた手応えがあったなぁ」
――ちなみに、今回のジャケットに載っている女性はライブハウスの方なんですね。
「そうなんですよ。最初は野口(b)が、“すげぇかわいい娘がいる”みたいなことを言ってて(笑)。じゃあちょっと話し掛けてみようみたいな感じで会いに行ったら、“ホントだ! かわいい! この娘をジャケットに使いたい!”って僕が勝手に思っちゃったという(笑)」
――今の会話、20歳そこそこのバンドやん(笑)。
「アハハ!(笑) 今までは自分の絵とか景色の写真だったりしたけど、いい表情で撮れてるしよかった」
――タイトルの『聞えた(きえた)』も、説明がなかったら“誤植かな?”って“こ”を勝手に入れられそうな(笑)。これは音が鳴った瞬間には消えてるけど余韻が残る、みたいなところから発想したと。時々思うのは、1曲すごいなと思わせる曲があったら、ずっと尊敬できるというか。それこそ3分とか4分で再生が終わっても、その効力は一生続く。
「確かにそれはそうですね。いまだに札幌で対バンしてたバンドを尊敬してたりしますから、うん」
とにかく続けて、また新しいものが見えたらいいな
――そして、リリースに伴うライブですが、ワンマンツアーが初って、18年目でそれもある意味すごい(笑)。そうこうしてるうちに20周年も視野に入ってきますし。
「うーん、何かやらないとなぁ。何をやるのかなぁ〜(笑)。この間、メンバーと“あと2年で20周年だけど、どうしようかね?”みたいな話をやっとしたぐらいなんですけど」
――みんなは何て言ってました?
「“そんなやってたんだ〜”ぐらいの(笑)」
――アハハ!(笑) らしいなぁ。’17年も終わりますけど、ツアーも含めて今後のシュリスペイロフの展望みたいなものがあれば聞きたいなと。
「今回のアルバムですごく成長を感じたんですけど、結局は積み重ねていったものだなと思うので。これをとにかく続けて、また新しいものが見えたらいいなと思ってますね。さっき言ってた“もっと自由になる”っていうのも、どういう意識でどう演奏すれば自由になれるかをもっと考えて、楽しいライブができたらいいなぁと思います」
――ここにきて自由になりたい願望がすごいですね。
「そうですね。自分にずっと囚われていた感じがするので。そこから抜け出せば結構いろんなものがクリアになる感じがするんですよね」
――それって案外、ミュージシャンに限らずみんなにある悩みかもしれないですね。物事を狭めていたり、ヘンにネガティブに感じていたのって案外自分だけなことってあるかもしれない。
「そうですね。だから、どんどん自分から解放されていきたいですね、これからも」
Text by 奥“ボウイ”昌史