チャイコフスキー国際コンクール優勝から20年
ザ・シンフォニーホールでソロ・リサイタルに臨む
ピアニスト、上原彩子にインタビュー
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「弾いていて一番うれしいのは昔うまくできなかったところが今はできるようになったこと」。インタビューの中で上原彩子はそんな風に語っている。その時のあまりにも率直な表情に、この人ほどのピアニストにしてという驚きとともに、「上原彩子は本当にピアノが好きなのだな」という深い感慨を覚えた。あのホールを圧倒するような集中力もすべてはそこから発しているのだ。2002年、第12回チャイコフスキー国際コンクールで日本人として、かつ女性として初めての優勝。その後の活躍は枚挙に暇がない。その上原がザ・シンフォニーホールでリサイタルに臨む。デビュー20周年を迎え風格と深みを増した演奏は、聴く者を新たな感動へと誘うに違いない。
〔音楽ライター/逢坂聖也〕
ピアノ・ソナタ ロ短調は宇宙的なスケールで創られた作品。
■ザ・シンフォニーホールでは最近、コンチェルトを多く弾かれていたように思います。ひさびさのソロ・リサイタルですが、あらためて上原さんのレパートリーの中心はどのあたりにあるのか、ということからうかがいたいと思います。
上原:『展覧会の絵』は、ソロの中では一番多く回数を弾いている曲。最初に弾いたのが高校生の時なので、かなり長い付き合いの曲です。後はラフマニノフやチャイコフスキーの作品が、ソロの曲でも弾く頻度は高かったですね。この10年ぐらいはモーツァルトとか、シューマンも毎年弾いてる感じがします。シューマンはすごく好きで、多分ロシアの作曲家以外だったら弾くのは一番好きだし、聴くのもピアノ曲に限らず交響曲とかも含めて大好きですね。
■シューマンのどんなところに惹かれるのですか?
上原:自分が想像もしなかったような場所に音楽がどんどん展開していく。そこに連れて行ってくれるということに、いつも、何回弾いても新鮮な気がしています。
■今回のプログラムはとてもファンタジーを感じるものですが、同時に深くて奥行きのある、翳りを帯びた世界でもあるように思えます。
上原:現実の世界とは少しかけ離れた世界です。現在から考えると『展覧会の絵』は、ムソルグスキー自身は描写音楽を書いているのだけど、作曲家の頭の中で作られている部分はかなりあるし、そういう意味ではすごくファンタジーを感じるプログラムですね。
■最初に置かれているシューマンの『幻想小曲集』は、とても繊細でピアノの美しさが際立つような作品です。
上原:すべてが夢の世界のようなシューマンの作品ですが、この曲集はこの曲集だけで世界が完結していて、全体のプログラムのバランスから見てもここで弾きたいと思いました。まずピアノそのものの美しさに触れていただく意味で、ちょうど良いと思いました。弾いていても思うんですが、リストはあまりにもスケールは大きいので、ピアノという楽器を超えてしまう瞬間がすごくたくさんあるような気がするんです。そしてムソルグスキーにはオーケストラをイメージさせるようなカラフルなところがあるし、そういう意味ではこのシューマンに一番ピアノ自体の音の良さ、ピアノならではの響きや繊細さを感じていただけるのではないかと思います。
■2曲目がリストのロ短調のソナタ。スケールが大きいという風におっしゃいましたが、これについてはいかがでしょう?
上原:こちらは夢を見ているというよりは天国と地獄と言うか、単一楽章でありながら地球を超えた規模の壮大な宇宙的なスケールで創られている曲です。だからピアノの響きの中だけで何かしようと思っていると足りないのかな、ということは練習しながら感じていて、今回は弾くのがザ・シンフォニーホールなので大きな会場ならではの響きの豊かさや、大きな会場でないと出せないピアノの響きを使ってはじめて表現できるものがあるんじゃないかなと思っています。そこが一番楽しみです。
■リストならではのピアノの魅力ですね。
上原:家で練習していると響きが限られるから、全然物足りなくて(笑)。このロ短調ソナタというのは、大きなホールにある空間の響きをすごくプラスに取り込んでいる作品だと思います。
■前半はドイツのロマン派の両幅に振れたようなプログラムです。
上原:シューマンとリストは、まったく作風が違いますが、だけどやっぱり同じ時代に生きていて、同じ時代の方向性みたいなものをすごく感じます。前半の全体としてはそういう風なものを味わってもらいたいと思います。シューマンではピアノの良さと親密な感じを感じていただいて、リストでは、響きの壮大さみたいなものを感じていただいて。その違いを味わっていただければうれしいですね。
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(2022年7月28日更新)
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