佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022
今年は満を持して、パリを舞台に若き芸術家たちの
愛と運命を描いたプッチーニの傑作『ラ・ボエーム』を贈る。
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兵庫県立芸術文化センターの夏を飾る佐渡裕芸術監督プロデュース・オペラ『ラ・ボエーム』が、7月15日(金)から8公演にわたって上演される。2020年夏、同センター16番目の演目として予定されながらコロナ禍により2年の延期を余儀なくされていた作品だ。今回スタッフ・キャストとも当初の予定のまま、文字通り満を持しての上演となった。『ラ・ボエーム』は2012年の『トスカ』以来、同センターひさびさとなるプッチーニ作品。19世紀中頃のパリを舞台に、貧しさの中に夢を追い続ける若者たちの愛と死を描く。誰の心にも残る青春の思い出にも似たこのオペラは世界中の劇場で愛された作品であり、今回も多くの人々の共感を呼ぶことだろう。公演に先立って行われた制作発表記者会見には佐渡裕とオペラに造詣の深いスポーツ文化評論家の玉木正之が登壇。対談形式で『ラ・ボエーム』の魅力を語った。(音楽ライター/逢坂聖也)
『ラ・ボエーム』は現代の若者にも通じるような群像劇-玉木正之
佐渡:とにかく音楽が素晴らしいですよね。いきなり本題に入りますが(笑)。『ラ・ボエーム』というのは本当にすごいです。第1幕は青春の真っただ中で恋に落ちていく2人を描き、第2幕はクリスマスのカルチェ・ラタンの町並みの中で恋人たちが出会う賑やかなシーン。これはこれで素晴らしいんだけども、なんといっても第3幕。そこで冷えびえとした音を作る。病気のミミを表現する。これはもしセリフだけで演じたとしたら確かにドラマチックはドラマチックですが、これほどまでにはならないと思います。でもそこでオーケストラが鳴ると、ミミがどれほどの病気なのかと言うことがわかるし、あるいはミミと別れようと思うとロドルフォが言うんですが、その時にそれがいかに本心ではないかということが音で表されている。音楽によって脚本に描かれた感情が、何十倍にも膨らんでいく。僕はここは本当にすごい第3幕だなと思います。
玉木:そういうところを指揮者としてはやりたかったということですか?佐渡さんは『ラ・ボエーム』の指揮は初めてですか?
佐渡:初めてです。そして『ラ・ボエーム』に関してはまずこの物語が良いですね。誰もが経験している青春時代。日本の青春と言うと高校生ぐらいを思い浮かべるかもしれないけどもう少し大人です。すごく貧しくて、でも友情があって、それぞれに夢を持っていて。そんな生活の中で愛が生まれて、病気によって結末を迎える。今なら、結婚して子供が生まれて会社に勤めてって言う前の…これ何て言うんでしょう?
玉木:誰もが思い出として持っているような経験が作品になっている?
佐渡:これがヴェルディのオペラなどでは政治が動く、戦争が起こるといったドラマが描かれるんですが 『ラ・ボエーム』はそうじゃないんですね。狭い部屋の中で詩人や哲学者なんかが自分の仕事、それぞれが夢に向かっている。でもお金はないから愛情を込めた自分の作品までも寒いからという理由で暖炉にくべたり、みんなでジョークを言い合ってその寒さをしのいだり。国は違えど舞台は違えど、誰もが共感できるところにまずこの面白さがあるわけですね。
玉木:舞台は1830年ぐらいから50年くらいのパリですけれども、現代の若者たちといっても全然おかしくないような群像劇ですね。
佐渡:演出のフェレッティさんとはまだお会いしていないんですが、映画を中心にさまざまな実績を残している方ですね。専門が美術、衣裳デザインです。装置に関してはモデルを見せていただきましたし、衣裳についても相当なこだわりがあると思います。
玉木:プッチーニの元々の設定では屋根裏部屋となっていたものがフェレッティさんの演出では船の上という風になっていて、ここがひとつのポイントというか見どころのようにも感じます。
佐渡:僕はパリに17年いたので見たことがあるんですが、今もセーヌ川に船で住んでる人はいらっしゃいますし、この時代にも安い家賃でアトリエとして使っているということは考えられますね。ここで4人が住むとなると4つベッド置くのかっていう話になるので、そのあたりはオペラの上での演出でしょうけど。でもアトリエとしてここでみんなが集まって絵を描いたり、考えごとをしたりという、自分たちの隠れ家みたいに使っていたということじゃないでしょうか。
玉木:ボヘミアンとしては一番いい住み家かも知れない(笑)。
佐渡:この作品はパリが舞台ですけれども、例えば『マダム・バタフライ』は日本が舞台、『トゥーランドット』は中国が舞台というように、プッチーニの作品には劇場でお客さまをどこか憧れの土地に連れて行こうという狙いのものがありますよね。花の都パリに2時間ぐらいのあいだ連れて行ってくれるわけです。でもそこは決して凱旋門やエッフェル塔が出てくるパリではなくて、カルチェ・ラタンという若者たちが青春を謳歌しているパリならではの空間。その中にあるささやかな悲しみを描いたことが『ラ・ボエーム』の魅力だと思います。
(2022年3月10日更新)
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