お客さまと一緒に人生の喜びや葛藤と向き合う旅ができたら」
最新アルバム『ナイトフォール』をリリースする
アリス=紗良・オット、フェスティバルホールでソロリサイタル
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現在最も同時代的な評価と人気を勝ち得ているピアニスト、アリス=紗良・オットが8月24日にニューアルバム『ナイトフォール』をリリース、9月18日(火)にはフェスティバルホールでソロリサイタルを行う。ドイツグラモフォンとの専属契約を結んだメジャーデビューから10年を迎える節目に、アリスから届いたのはドビュッシー、サティ、ラヴェルといったフランス印象主義の音楽。ラヴェルの大作『夜のガスパール』を後半に置き、いずれも密やかな夜の息遣いを感じさせる幻想的な作品が集められている。ステージではこの『ナイトフォール』からの作品を中心に、ショパンのノクターンもまじえながら、妖しい夜の情景とその闇に向き合う魂の輝きを描き出すという。公演に先駆けて大阪を訪れたアリスに訊いた。
◆ナイトフォールは光と闇が溶け合う時間、
人間の中にもある二つの面を表していますーアリス
■最新のCDの題名が『ナイトフォール』。まずこの意味について教えてください。
アリス=紗良・オット(以下アリス):『ナイトフォール』というのは、陽の入りの薄暮れの時間を表す言葉。今回のアルバムは闇の世界と光の世界が重なるその時間をテーマにしています。
■フランスの印象派周辺の録音は初めてですね? 今までのアルバムと少し肌合いの違いを感じます。
アリス:今年、ドイツグラモフォンと契約して10年なんですよ。自分自身が30歳になることもあって、今までと違う作品にチャレンジしてみたんです。6カ月間、このプログラムに向き合って来たので、サティとラヴェルとドビュッシーは、今のところ私を一番夢中にさせてくれる作曲家だと言えると思います。
■リサイタルのプログラムもドビュッシーの『ベルガマスク組曲』から始まって『夜のガスパール』で終わるでしょう。夢のようなイメージで統一されていて、しかも後になるほど深く、暗くなっていく。
アリス:『ベルガマスク組曲』のはじめの方にはまだあまり夜のイメージはないんですが、3曲目の『月の光』あたりからそれが深くなっていきます。この作品はドビュッシーが詩人のポール・ヴェルレーヌの同名の作品にインスピレーションを受けて書いた曲なんですが、聴いている時にはとてもロマンチックに聴こえるんですけど、詩を読んでみると人の人生は幸せの仮面をかぶりながら、実は仮面の後ろにある顔は正反対であることがわかる、といった内容。そのあたりから夜の世界に入っていって、ショパンのノクターンとバラードで世界が広がっていきます。
■夜の重さが増していって、後半の、サティの『グノシエンヌ』と『ジムノペディ』で少し軽くなる感じでしょうか。
アリス:一番軽いと言えるのは、ドビュッシーの『夢想』ですね。それはまだ夢を見ている感じで、悪夢なのか、いい夢になるのかわからない雰囲気なんです。『グノシエンヌ』と『ジムノペディ』は私も以前はちょっと軽めの曲かなと思っていたら、楽譜を見てもダイナミクスの指示はあんまりなくて、代わりに「頭を開いて」とか「音を埋めて」とか、謎の指示が入ってるんですよ。そうするとピンク・フロイドの歌詞を聴いているような感じで、なにか、裏がある。そういう曲なんですね。特に『ジムノペディ』は、いろんなジャンルでアレンジされている曲じゃないですか。軽やかに聴こえることもあるんですけど、サティ自身は、ドロワ(Lent et douloureux)って書いているんです。それは、日本語で「痛みをもって」ゆっくりと、という意味。
■闇がより深まる感じがします。
アリス:そのあとが『夜のガスパール』なんですけど、本当にこの曲は難しい。バラキレフの『イスラメイ』が世界で一番難しいピアノ曲だって言われていた当時、それを超える難曲をラヴェルが作曲したいと思って書いた作品です。この曲も文学とのつながりがあって、アロイジウス・ベルトランの同名の詩集がもとになっています。ベルトランが夜、公園を散歩していて、謎の男に出会って一冊の詩集を渡されたんです。家に帰ってそれを読んでみたら、その男は悪魔だったことがわかった。そういった内容の詩なんですね。だからこれは、人間として持っているいろんな恐怖と向き合おうっていう作品だと思います。
■きれいな夢から始まって、だんだんとミステリアスな闇の世界に覆われていくみたいなストーリーがありますね。
アリス:ポジティブな面もありますよ。光の部分ももちろんあります。でも闇の部分もあって、普段は光と闇の間にふたつを引き離している線があるのに、時にそれはかすんでしまって境い目がわからなくなってしまうんですよ。それが『ナイトフォール』の時間。人間にも必ず明るい部分と闇の部分があると思うんです。でもそれははっきりと分けたりできるものではなくて、人はその両方を抱えながら恐怖を感じたり、葛藤したり、時に喜びを感じたりするわけでしょう? このアルバムの音楽はそうしたテーマを表現しています。
(2018年8月 8日更新)
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