人が幸せになったり気持ちが前向きになったりっていうことが、
一瞬は負のように見えたりエキセントリックに見えたりしても、
芸術には、最後にはそれがあると思うんです。
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小山実稚恵が人気、実力ともに日本を代表するピアニスト、と呼ばれて久しい。もちろんその実力は、チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際コンクールのふたつに入賞したただひとりの日本人であることからも、充分うかがうことができる。だがそれにしても実演に聴くこの人のピアノは格別である。円熟と同時に今なお新緑のような瑞々しさを失わない、どこまでも自然体の演奏は多くの人の心を捉えている。その小山が、日本センチュリー交響楽団の「アーティスト・イン・レジデンス」として迎えられていることは、関西の音楽ファンにとって大きな喜びと言えるだろう。2016-17シーズン、小山はセンチュリーと3つのコンサートに臨む。その幕開けとなるのは8月12日(金)、いずみ定期No.32。モーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジェナミ」を弾く。信頼厚いセンチュリーとの共演を前に、小山実稚恵に聞いた。
■センチュリーは昔から、ずっと一緒に歩んできたオーケストラなんです。
■今年2月にはセンチュリーとのベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴かせていただきました。センチュリーとの「皇帝」は意外にも、初めてということでしたが、素晴らしい演奏だったと思います。あの最初のピアノのタラララララン…って聴いた時に、何か光が射してくるような…。
小山:本当にこれまでたくさんのオーケストラと演奏させていただきましたけど、センチュリーさんとの
「皇帝」は私の中の印象ではすごく、清々しい感じのオーケストラの響きでしたね。
■小山実稚恵さんは現在、日本センチュリー交響楽団のアーティスト・イン・レジデンスとしても活動なさっています。そのことについての気持ちとか、センチュリーに対する印象のようなものはありますか?
小山:そうですね。センチュリーさんとは本当に古くから「大阪センチュリー」の時代からずっと一緒に歩んできた感があります。私の中でもとてもなじみの深いオーケストラなんです。オーケストラ自体はとてもフレッシュなんですけど、お付き合いは本当に深いという感じがあって、いろいろな団員さんともとても仲良しになっています。食事に行ったりだとか…(笑)。だから、ご一緒する時は「みんなに会える!」っていう喜びもあるんですよ。
■センチュリーとの演奏で記憶に残っているものはありますか?
小山:要所要所でとても珍しいコンチェルトを演奏させていただきました。私の中で大変珍しいレパートリーの、バルトークのコンチェルト第2番やブリテンのコンチェルトとかを、高関健さんが取り上げて下さって…。バルトークのコンチェルトは、私、今まで2回しか演奏していません。センチュリーともう1回は読響さんの「深夜の音楽会」でしたけど、頼んでもなかなか実現しない曲だったんです。
■それは、残念。僕は聴けませんでした。
小山:名曲の方は数えきれないくらい。ラフマニノフの3番も共演しています。いろんな地方の公演をご一緒しましたよ。福井や三重…数えきれないくらいツアーでも共演させていただいたと思います。本当に、たくさん!
■「音」って結局は気持ちが創るものなんだと思うんですよ。
■小山さんは8月にセンチュリーのいずみ定期演奏会No.32で、モーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジェナミ」を弾きますね。今回はそのお話をうかがいたいのですが、その前に、演奏家としての小山さんにいくつか質問させてください。ピアノという楽器についてなんですが、例えばチェロとかヴァイオリンとか、ああいう小さな楽器は、演奏者が自分で楽器を選んで磨き上げていくじゃないですか。でもピアノって基本的にそのホールにあるものから選ぶわけでしょう。小山さんでも、「これはちょっと感じが違う」なんていう時はありますか?
小山:相当あります。やっぱり楽器の性質とか、楽器だけよくてもそのホールとの相性っていうのもあるわけですよね。だからわざわざ海外から自分の楽器を連れてきても、結局はホールにある楽器を使うっていう話もよく聞きます。300人くらいのホールで弾くこともあるし、2000人のホールで弾くこともある。そうするとホールによってピアノの相性も違ってくる。ホールにだんだんピアノがなじむっていうこともあるんです。いい楽器というのは大前提としても、1台1台の個性はかなり違う。置く場所によっても1cm違うだけでぜんぜん違うんですよ。だから私はできる限り前日にリハーサルするんですけど…お見合いのような感じでしょうか(笑)。
■1日お見合い(笑)。
小山:そうそう、1日お見合い(笑)。1日前に行って、なるべく仲良くなって。楽器が…なんていうんでしょうね、使わないでだめな場合もありますし、メンテナンスとか使い道が偏った形になっちゃってて…ってこともあるし、いろんな原因があるんですけど、それでもやっぱり、どこまで楽器と親しくなっていけるかで変わってきますから…。
■その感覚いいですね。「親しくなる」というか「仲良くなる」というか。やっぱり感覚なんですね。
小山:感覚ですね。ピアノは弾いてしまったら音がもう減っていく。減衰しますから、基本的に「触れた時」で決まるわけです。それこそチェロとか弦楽器のように、弾いているうちに音色を創るっていうことはできない、弾いた感覚で音色が決まってしまう。
■小山さんのピアノを聴くと、その音色というか曲に応じて引き出されてくる響きみたいなものがとても多彩で。今ピアノの音の減衰のことをおっしゃいましたが、これは小山さんに限らないのですが、僕は音が逆にピーンと、あの打鍵の瞬間じゃなくて、そのあとに音が伸びていくようなピアノを聴いたことがあるように思います。上手なピアニストの演奏にはそれを感じさせる瞬間があるような気がしていて…。
小山:音って不思議で、「ここまでつなげたい!」と思って弾くのと、「ここで弾く!」っていうのですごく変わるんです。それは、ちょっとした何かがあるんだと思います。「音」って結局は気持ちが創るものだと私は思うんですよ。物理的には打鍵の瞬間から減衰する、なんでしょうけれども、もしかするとヴァイブレーションの様子とかで、どこかに山がくるようにとか、少しは変えることができるんじゃないかなと思うんです。もう少し科学が進んだら、きっとそういうことも解明されてくるのではないでしょうか。弾いた時が頂点でそこから減衰するのと、一度、ぐーんと鳴ってから消えて行くのと。いずれは減衰するとしても、音についてはまだまだ謎だらけです。
■非科学的かも知れませんが、そんな風に聴こえるピアノがありますよね。本当に。
小山:私もそう思います。だからできなくてもやっぱりこの音に向かって、弾いた後でもクレッシェンドして!と思いながら弾いてるっていうのが実はたくさんある。そうなる、ならないは別だけれども、そういうことを常に思って弾いてはいるんですね。あと、コンチェルトとかの場合だと、他の楽器の響きも借りられることがあると思うんですよ。ピアノの音がヴァイオリンの音に共鳴するような感覚があって、謎は解けていないにしても絶対にあり得ると思います、例えばオーケストラが鳴っていてピアノがない時、ペダルを踏んでいるとピアノの中では弦が共鳴して音がすでに響いてますから。だから、実際はそういう響きを無意識に活用しているのかも知れないですね。
(2016年8月 3日更新)
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