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このデュッセルドルフでの演奏会以来、自分が指揮をするときには、今までとは全く違う感覚をもって指揮台にあがっていた気がする。
震災15日目の『第九』。祈りと希望の響きを佐渡裕が再び演奏する。 (1/2)

 2011年、東日本大震災から15日後の3月26日。佐渡裕はドイツ、デュッセルドルフで、隣接するふたつのオーケストラの合同演奏によるベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調『合唱付き』を指揮した。日本企業の支社などが集中し、日本人の多く住むこの街で、被災した日本のために演奏したい、その指揮をしてほしいというオーケストラ側の要請を受けてのことだった。深い祈りの込められた演奏の中で、佐渡は「ひとつの奇跡が起こったという感覚」を覚えたという。その時から3年余を経て、今年、彼はその時のオーケストラのひとつ、ケルン放送交響楽団とともに、東京、大阪で全10回に渡る『第九』の演奏を行う。この演奏会に寄せる特別な思いを佐渡裕が語った。

  ――「あれほど使命感を持って指揮したことはない」と資料にはあります。2011年のデュッセルドルフでのコンサートと、そしてその時のオーケストラと今また『第九』を演奏することについてのお気持ちを、まずうかがいたいと思います。

 

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 2010年の大晦日に、初めてケルン放送交響楽団の指揮をしまして、そこから始まった縁なのですが、その3ヵ月後、3月11日に東日本大震災が起こった。その時は僕はBBCフィルハーモニックと辻井伸行君と日本ツアーをしていました。初めての本格的な海外のオーケストラとの日本ツアーだったのですが、10回の公演の予定のツアーがちょうど5回を終えて、これからいよいよ関東でやろうという時に、あの震災が起こったわけです。演奏会は中止になりました。BBCフィルも、強制帰国というかたちになり、僕は非常に悔しい思いで、彼らを見送りました。あとの5回がキャンセルになったので、空白といってもいいぐらいの、何もする気が起こらない数日間を、過ごしたわけです。その時にケルン放送響から電話が掛かってきて、日本のために、『第九』を演奏したいという。僕が譜面を開く気にすらなれなかった時です。


 音楽をするということ。それは人の空腹感を満たすわけでもなく、命を助けるわけでもない。自分はなんて無意味な仕事を選んだのだろうと、僕は無力感にすごく襲われていました。そこに国際電話が掛かってきて、ベートーヴェンの『第九』、喜びの歌を僕の指揮で演奏したいという。そんなことは思いもよりませんでしたし、正直驚きました。だから一度は断りましたが、「マエストロもご存知のように、この曲は全世界の人たちが手をつないで、一緒に生きていくことを、喜びと呼ぼうという作品です。だから今こそ、このドイツから、日本に向けて祈りと希望を届けたい」と。そんな風に説得されまして、引き受けることになりました。震災から2週間後の、3月26日。デュッセルドルフのトーンハレというコンサートホールで、デュッセルドルフの交響楽団と、隣町のこのケルン放送交響楽団と合同演奏です。そして合唱は140名のプロの合唱団。ソリスト、わずか2週間の間にそれだけの仲間が集まってくれて、会場もすぐにチケットが売り切れて、演奏会が始まりました。

 指揮台に上がった僕は、非常に複雑な気持ちでした。やはりそれは、日本がこれからどうなっていくんだろうという不安な気持ち、あるいは東北の人たちが、どうしていくのだろうという気持ち。その悲しみと、多くの人が亡くなったということへの祈りと、あるいは自然災害というものに対する、やり場のない怒りと、そして国籍の違うドイツの皆さんがほんとに日本のことを思ってすぐに行動に出てくださったことへの感謝。そうした悲しみと喜び、あるいはもっともっと複雑な様々な感情がひとつになる中で、合同の演奏会でしたから2時間という練習時間しかなく、最後の1分も残すことなく大急ぎで練習をして、本番を迎えました。少しスピーチがあったあとに『第九』が演奏されました。あの花火を打ち上げたかのようなフィナーレが終わった瞬間、ひとりふたりの方から、パチパチと拍手はありましたけども、次の瞬間、沈黙となって黙祷が捧げられました。僕が指揮台の上から「ダンケ」とお礼を述べるまで、その沈黙は続きました。終わってからは、聞いたことないような大歓声で、演奏会を閉じることができました。この時の大歓声というのはオーケストラや、僕を含め演奏者に対する賛辞ではなく、日本に向けてのエールだったように思います。この2011年の3月26日の演奏会以来、自分が指揮をするときには今までとは全く違う感覚を持って、指揮台にあがっていた気がします。

 こうした経緯がありました。その後ケルン放送響とは、毎年1回はケルンの町に行って、演奏会をする関係になりました。3月26日の演奏会が終わったあとは、悲しみも、心の痛みもいっぱいありましたけど、ひとつの奇跡が起こった、という感覚はありました。ケルンでこのオーケストラを指揮するたびに、僕はやはりあの『第九』のことが忘れられない。ぜひ、このオーケストラと日本に行って、『第九』を演奏しようという風に考えていったわけです。準備段階もあり、3年もかかってしまいましたが、やっと現在、この最高の条件なら、あの『第九』を日本の皆さまに聴いていただけると思うところまで、来ることができました。今回は決して直接的なかたちで東北の復興のためにこの演奏会をする、このツアーをするというわけではないですが、結果的に今回のツアーが、東北の復興を願うことにつながっていけばいいと思います。僕自身について言えば、なかなか復旧が進んでいかないことに対して、何とか協力したいという思いはすごくありますし、僕のような立場からできることであれば、東北のことをまだまだ思い続けて、何かを伝えていくことが役目かなと思っています。

 このケルン放送交響楽団というオーケストラは、かつて、若杉弘さんもこのオーケストラの指揮者でしたし、ヴァイオリニストの四方恭子さんであるとか、オーボエの宮本文昭さん、こうした日本を代表する、演奏家の方々が、このオーケストラの出身であるという、日本と深い縁のあるドイツの名門オーケストラです。合唱に東京オペラシンガーズと晋友会合唱団が加わります。東京オペラシンガーズは世界で評価されているプロの合唱団ですし、晋友会は僕のデビューからずっと東京で一緒にやっている間柄です。ステージでは初めての方もいらっしゃるのですが、日本からはテノールの西村悟君にも参加してもらって、今、僕が考えられる最高のメンバーで『第九』を届けられるのではないかと思います。これまで「サントリー/一万人の第九」もそうですし、各オーケストラが主催する『第九』の公演もやってまいりました。ですが今回はより自由なかたちで合唱を選び、最高のソリストを選ばせていただきました。理想的な『第九』のコンサートに向かって進んでいるのではないかと思います。


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(2014年11月21日更新)


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佐渡裕指揮            ケルン放送交響楽団        ベートーヴェン『第九』

●12月20日(土)15:00
●12月21日(日)13:00
●12月22日(月)19:00
フェスティバルホール

S席-19500円 A席-17500円
BOX席-25000円
チケット発売中 Pコード 236-994 

【指揮】佐渡裕
【演奏】ケルン放送交響楽団

【ソプラノ】スザンネ・ベルンハルト
【アルト】マリオン・エクシュタイン
【テノール】西村悟
【バス】アンドレアス・バウアー

【合唱】
東京オペラシンガーズ
晋友会合唱団

【問い合わせ】
キョードーインフォメーション
■06-7732-8888

チケット情報はこちら


佐渡裕(指揮)

故レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。1989年ブザンソン指揮者コンクール優勝。現在拠点をベルリンに置き、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、パリ管弦楽団ほかヨーロッパの代表的なオーケストラを多数指揮している。2015年9月よりオーストリア、トーンキュンストラー管の音楽監督就任が決定。国内では、兵庫県立芸術文化センター芸術監督、テレビ「題名のない音楽会」の司会を務めている。


ケルン放送交響楽団

1947年発足。ケルンに本拠を置くWDR(西ドイツ放送協会)所属のオーケストラとして、ドイツ音楽界の一角を担う名門である。クリストフ・フォン・ドホナーニ、若杉弘、ガリー・ベルティーニ、セミヨン・ビシュコフなどが首席指揮者を歴任。2010/11シーズンからはユッカ=ペッカ・サラステが首席指揮者を務める。


S.ベルンハルト(S)     M.エクシュタイン(A)


西村悟(T)         A.バウアー(バス)