「オーケストラへの関心が熱を帯びていってほしい」
飯森範親『大坂秋の陣』と日本センチュリー交響楽団を語る
飯森範親の首席指揮者就任から4ヶ月。日本センチュリー交響楽団が活発な動きを見せ始めている。復活したいずみ定期による集中的な古典プログラム。10月には飯森のもうひとつの手兵、山形交響楽団と山響アマデウスコアを迎えてのマーラー交響曲第2番「復活」。すでに発表されていた内容とはいえ、これらは近年のセンチュリーになかった意外な部分であり、そのあたりに飯森の創意を感じた人も多かったのではないだろうか。さて『大坂秋の陣』である。盟友として知られる関西フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、藤岡幸夫とともに、ここでも飯森は仕掛けてきた。『春の陣』も併せて決定。対決ムードがデフォルメされたチラシやポスターの陰には、ひとりセンチュリーのみならず、関西の音楽シーンを活性化させようとするマエストロの深謀遠慮が見える。7月のある日、服部緑地のセンチュリー・オーケストラハウスで、飯森範親に聞いた。
■まず、東京では100%できないことをやろう、と。
――『大坂秋の陣』というコンサートに絡めて、飯森さんに日本センチュリー交響楽団との関係、そのほかを語っていただくというのがこのインタビューの趣旨なんです。ですからまず『大坂秋の陣』のお話からうかがいたいと思います。関西フィルとの「激突」という構図がとても面白いのですけど、この企画の誕生というのはどんな経緯だったのでしょう。
「これは僕とサッチー(藤岡幸夫)が友達だからできたんですよ。僕と彼は家族ぐるみの友達で奥さん同士も仲がいいんです(笑)。で、ある時、彼と雑談をしていたんですね。お互いにオーケストラを大阪で持つ。僕はこれから、彼はもう15年やって来ている。大阪ってどう?っていう情報交換のやりとりの中で、大阪は昼間のお客さんというのが結構いるんじゃないかっていう話題になったんですよ。で、そこからセンチュリーと関西フィルで、何かこう定期的な昼間のコンサートができないかなあという話になったのが、『大坂秋の陣』のそもそものきっかけなんです」
「でも、いきなり水曜日の昼間とか、木曜日の昼間とかって言っても、果たしてどのくらいのお客さまが来るのか未知数でしょう?センチュリーとしても関西フィルとしてもお互いに失敗はできない。事務局と企画を詰めていく段階では、ちょっとリスクはあるかなあ、なんて話をしてたんです。センチュリーと関西フィルというのもお互い仲がいいので、その頃には、じゃあまず、土曜日の昼間にでも何かやれないかな、なんていうことを事務局同士でもいろいろと話し始めていたようですね。で、ある時、事務局から僕のところに電話があって、土曜日にふたつのオーケストラが違う時間帯で同じホールでやるっていうのはどうですかって話が来たんです。最初のコンセプトとはちょっと違うけど、それはそれでいいかなって思って。で、サッチーに話したら彼も、面白そうだって。じゃあやってみようっていう話になったんです。そういう経緯なんです」
「ただ、やっぱり合同っていうのはどこのオーケストラもやることなんで、僕らは合同じゃなくてホールを合同にするということでやろうと(笑)。現実的な話ではあるけど、ザ・シンフォニーホールをふたつのオーケストラでまるまる1日お借りできるならば、折半で済みますから。それから昼間のコンサートと夜のコンサートは、オーケストラは違うんだけど、同じ作曲家を聴いてもらおうと。そして、両方のコンサートを僕も必ず聴くし、話をする。で、僕が振る時は彼もいて話をする。そういうことをやって、ちょっと付加価値を加えて。で、なおかつふたりのトークを交えたディナーなんかもできたらいいよねって話をしていたら、ウェスティンホテル大阪の総支配人がご協力くださって。だからウェスティンホテルの中華料理の「故宮」で、終わったらふたりのトークと中華のコースをみなさんで召し上がっていただこうっていうチケットもあるんです」
――すでに記事を書かせていただきましたが、チケットの売れ行きも好調のようです。こうした形のコンサートというのは、過去に無かったので興味深く受け止められているようですね。でも飯森さんの意図の中には、センチュリー就任当初から、関西の音楽界を盛り上げようということがあったんじゃないかと思うんですが。
「ありましたね。僕が思ったのは、まず大阪じゃないとできないことをやろうと。東京ではまぁ無理だな。これは100%無理だなというようなことでも、大阪だったらぎりぎり可能性があるんじゃないかなってことって、ありますよね。そういうことを大阪でやるというのが、他にすごくいい影響を及ぼすと思うし、また東京にとっても刺激になるんじゃないかなと思うんです。だからそういったことのひとつとして今回はこのコンサートをやってみようと思ったんです」
「これ、タイトルは僕が考えたんですね。『大坂の陣』とは言ってるけれども、それは別に秀吉だとか家康だとかそういう時代の話ではなくて、今も大阪の中で、僕らはお互いにいい意味で競争し合いながら、活動しているわけですよ。そのためには僕たちは、まず注目をしてもらわないといけないので、この『大坂の陣』っていうのがいろんな意味で面白いんじゃないかなって思って。打ち合わせではまあ年間4回やることはないだろうから、あとは時期で決めればいいやって話していて、最後に時期を決めた段階で『秋の陣』と『春の陣』というタイトルも決定したわけなんです(笑)」
――『春の陣』以降の展開っていうのは構想はあるんですか?
「うん。とりあえずはまずこの2回をかっちりとしたものにしようと。それでこれは、もしかしてなんだけど、もしかして…これはあくまで僕の考えですよ…日本センチュリーと大阪交響楽団でもいいし、日本センチュリーと大フィルでもいいし、そういったことでもできないかな、とはちょっと思ってるんですけどね。だから関西フィルも、関西フィルと別のオーケストラでやったりとかね、そういったことをやっていってオーケストラ同士にいい意味での交流ができていって、お客様同士もお互いのまだ会員になってないオーケストラを聴くことで、お互いのオーケストラの長所がわかったらいいし、ウィークポイントがわかるでもいいし、もしくはやっぱりこのオーケストラいいな、と思ってもらってもいいし。そういったことが関西の聴衆の中で起こって欲しいな、と思うんですよね。それでやっぱりオーケストラに対する関心というものが熱を帯びて欲しいっていうことですね」
――大阪の4楽団を巻き込んで、というところが飯森さんならではのボジティブ思考ですね。過去には大阪に4つもオーケストラがあってどうしようって議論もあったくらいですから。
「それってネガティブなだけじゃないですか。東京でオーケストラの会員になっている方って、例えば東京交響楽団も会員だけど、都響も会員ですっていう人もけっこういますよ。東京交響楽団と新日フィルとかね、もちろんN響と3つくらい会員になってる方もいらっしゃるし。やっぱり本当に好きな方っていうのは、いろんなオーケストラで、いろんな指揮者やソリストを聴いてみたいって思ってますよ。関西のエリアで、人口は2000万弱ですか(近畿2府5県として22,642,940人/2013年)、それで大阪に4つのオーケストラというのは決して多くはないですよ。それにこちら側のアプローチの仕方でお客さまを呼び寄せる方法はいくらでもあると思うんですね」
■今センチュリー、かなりいいですよ。
――飯森さんが就任されてからすでに4ヶ月経ったわけですが、日本センチュリー交響楽団の印象はどうですか。もちろんこれまで共演の機会はいろいろあったわけですが、あらためて首席という立場から現在の楽団を眺めてみて、変化などは。
「うまいです。オーケストラがうまい。今もブラームスの3番と1番の練習をやったんですけど、今日は2時間で終えましたよ。昨日も3時間で終わりました。とにかくみんなの集中力とモチベーションとあとは何だろう、演奏会に賭ける…」
――気迫ですか?
「うん、気迫と演奏を大切にしようとする気持ちですかね。僕は今日、ほんとにびっくりしたもの」
――私は4年くらい前から定期的に聴かせて頂いています。アンサンブルは大阪でもトップクラスかな、と感じたことがあります。ただ…。
「熱くなかったでしょう。はっきり言えば」
――私には、熱が客席まで届いていないようなもどかしさがありました。
「よく分かります、それ。ところがね、最近違うんですよ。かなり違いますね(笑)。4月にもブラームスのシンフォニーを全部やりましたけど、あの時の3番・1番は僕も就任して初めてで、彼らも新しい指揮者を迎えてのコンサートだったから確かに硬さがあったと思うんです。けど、そこからまた一歩踏み込んで、この間はいずみ定期をやりましたし、そして今回でしょ。4月の3番・1番とはもうガラッと変わりましたね。全然違います。かなりいいですね。今度りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)で演奏するんですけど、僕、多分、今まで振ったブラームスの1番の中では最高ですね。そのくらい素晴らしい。僕、ドイツのオケともブラームスはずいぶんやってますけど、それと比べてもすごいです。熱いブラームスが聴けると思いますよ」
――ありがとうございます。では、このあとのことをうかがってみたいと思います。日本センチュリーをこんな風に育てていきたいとか、こういう方向に行けたらいいだろうなと考えている部分について。
「この秋に来年以降の大きなプロジェクトを発表しようと思っています。が、今お話できることだけお話すると僕の友人の方にも理事に加わってもらったりして、今、いろいろな営業活動を行っているんです。その中には純粋なクラシックだけではなくて、異業種とのコラボレーションであるとか、オーケストラの響きというものに今までなかなか触れるチャンスが無かった、ニューミュージック系やロック系の音楽が好きな人、そういう方々にもオーケストラの響きを感じてもらえるような演奏会も含まれています。そういったきっかけ作りをセンチュリーと、いろんなコラボで作ろうと思っています…と、いうのもありますし、これは今、もう始めてはいるんですが「温故知新」というプロジェクトでは徹底して古典をやろうとしているんですね」
――いずみ定期ですね。
「そうです。18世紀、19世紀の音楽を。時には17世紀後半もありますけど。古典を演奏する時って人数が少ないでしょう。そういう作品をやることによって、例えばファーストヴァイオリンを4人でやりますとか、6人でやりますとかっていう編成を取ると、各パートそれぞれが責任持たなくちゃいけないわけです。こうすることによって、ひとりひとりが自主的に音楽の中に入っていく、能動的に参加するっていう目的があるんです。同時に古典をやることで、音色感であるとか弦楽器における右手の使い方に意識を持ってもらうということ。ビブラートを少なくするとやはり左手のビブラートのない分を右手のボウイングでフォローしなければならないということが重要になってきますから、古典を演奏する場合はそういったことも練習の中で行えるんですね。モーツァルトやハイドン、バッハならばそのくらいの人数で演奏できます。テレマンであるとかヴィヴァルディやコレッリもやれますね。今はまだプログラムには載せてませんけど、いずれコレッリの「クリスマス協奏曲」(合奏協奏曲集8番)なんかも取り上げていきたいですね。すごく素敵な曲ですしね」
――今年、飯森さんご自身が指揮するプログラムには比較的オーソドックスな作品が多いように思われたのですが、マーラーやブラームス、モーツァルト・・・
「マーラーは、これまでセンチュリーはあまりやってこなかったんです。だから取り上げてみようと思ったんですよ。この楽団は人数的にはそれほど多くないんですが、普段非常に優秀な人が手伝いに来てくれているのでその方たちの手を借りながら。マーラーていうのは、縦の線が合えばいいっていう音楽ではないじゃないですか。それぞれのパートの欲求が絡み合うっていう…それがマーラーの醍醐味です。だから一方では古典を自主的に演奏していただくということをやりながら、それを今度はそれぞれのパートが主張しなければいけないっていうような音楽に応用してもらいたいんですね。そういうことなんです」
――楽団のスキルというか、幅を広げていこうというわけですね。
「そうです。これは、やっぱり山響(山形交響楽団)でモーツァルトをずっとやってきて、ほんとに顕著な成果が出ているんです。それがまさに今申し上げたようなことなんですね。例えば交響曲の第2楽章…第2楽章というのはもちろん作曲家によっても違うんですけど…ブルックナーとかマーラーとか、静かな楽章であることが多いじゃないですか。それを静かだからといって、ただ平板にやっても面白くもないし、お客さまには何も伝わりはしないんですよ。でもそれをものすごく積極的な表現で自主的に演奏できるなら、そんなに人数が多くなくても、室内楽的な響きでアプローチすることができるわけです。そういったところを目指したいなと。後ろの方に座っている人が、ただ前の人と同じように弾いているというのではなくて、後ろの方たちも曲を感じて積極的にちゃんと音楽の中にのめり込んでもらえるようなそんな演奏のできる環境作りをしたいんです」
――なるほど。それがブラームスではもう手ごたえのようなものとなって現れていて。
「(今までと)全然違いますよ。すごいですよ。かなり、いいです」
■お客さまに、いろんなオーケストラを聴いていただけることが理想。
――そういうプラスのフィードバックが見え始めている部分はほかにもありますか?
「楽団自身も変わり始めているし、僕がとてもうれしく感じているのは、コンサートマスターの荒井英治さんに、この4月から首席客演という形で入ってもらってることでしょうか。彼はすごくいろんな意見を言ってくれるし、非常にディスカッションが上手くいくんですよ。荒井さん、大学の先輩でもあるんですけど、僕は昔から彼が大好きなんですね。今回もいろんなアドバイスをしてくれたりとか、僕にもちゃんと聞いてくれたりとか、僕も彼に聞いた時には“なるほど、そうかも知れないなあ”と思いますから。例えばね…
『荒井さん、今どんな感じでスタッカートの四分音符弾いてます?』
『こんな感じ、こんな感じ?』
『じゃあもう少しだけ(弓の)初速を速めてみたらどうでしょう。あーそれいい!』
みたいな感じでね。じゃそれでやってみましょうかっていうことで全員統一するじゃないですか。で、それでやってみて…
『どうですか荒井さん?』
『これ、めちゃくちゃいいかも』
みたいなリアクションがあるわけです(笑)。僕はもちろんこれまでにも何度か一緒に荒井さんとやってるんですが、特にこのセンチュリーの時に、彼の考えてることや言ってくれていることが活きてくるように感じています。で、ほかの方々もそれに寄り添おうとしてくださるので、非常にいい効果があるような気がしますね。そういうディスカッションができるというのが、すごく素晴らしいです」
――私はこの間、荒井さんの「モルゴーア・クァルテット」を聴きに行ったんですが、コンマスの時とはまた違って弦も切れよとばかりに弾いてました。藤岡幸夫さんも聴きに来られていて、自分もこういう音楽を大阪でやってみたいんだ、とおっしゃってたので思わずぜひって言ってしまったんですが。
「うん、そういった試みもあると思います。いろんなオーケストラがそれで活性化していけばいいと思うんですね。今はお客さんを取り合う場合じゃないんですよ。あと、僕がオーケストラのお客さまに対して、また定期会員の皆さんに対しても一言だけ言えるとすれば、ご自身が聴いているオーケストラだけじゃなくて他にも面白いのありますよ、ということなんですね。もちろん好きか嫌いかは判断していただけばいいんですけど、まず聴いてみてくださいよって。それは言いたいですね。今回、『秋の陣』『春の陣』がきっかけで、お互いのオーケストラのお客さまがシャッフルされたり、もしくは両方のオーケストラの会員になってもらったり。僕はそういうことができたら面白いと思うんです。面白いっていうかそれが理想ですね」 (聞き手・文 逢坂聖也/ぴあ)
(2014年7月29日更新)
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