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「どの登場人物も肩書で生きてはいない。
 一人一人の生き様が見えます」(大東)
『望郷』菊地健雄監督&大東駿介インタビュー

湊かなえの連作短篇集を貫地谷しほり、大東駿介のダブル主演で映画化した『望郷』が、テアトル梅田、京都シネマにて絶賛公開中(元町映画館は10/7(土)より公開)。監督は、デビュー作『ディアーディアー』、今年公開の『ハローグッバイ』が高い評価を受けている菊地健雄。瀬戸内海の因島を舞台に、一度も島を出ることなく、一児の母になった夢都子(貫地谷しほり)と、高校卒業と共に島を離れ、9年ぶりに島に戻ってきた中学校教師の航(大東駿介)が、確執を抱えてきた親と改めて向き合い、未来に向かって歩むまでを描いた感動作だ。

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秋晴れの神戸・元町で、(この日、舞台挨拶を行った)元町映画館や南京町を散策しながら写真撮影をし、人気の豚まんに舌鼓を打った菊地健雄監督と(主演の大崎航を演じる)大東駿介さん。インタビューでは、原作の「望郷」を脚本に落とし込むプロセスや、『望郷』を通じて二人で語り合ったことについてお話を伺った。
 



対比ができ、映画的なモチーフを使った「夢の国」と「光の航路」を「石の十字架」の島民エピソードで一つの作品に形作る(菊地監督)

――湊かなえさん短編集『望郷』から、「夢の国」「光の航路」の2本を1本の映画にしています。原作では共通項は因島だけの2本がうまくリンクされ、大きな物語になっていく脚本が秀逸ですが、どのように構築していったのですか?
 
菊地監督6つの短編のうち、取り上げた「夢の国」と「光の航路」は割と共通項が多い作品でした。片や母と娘、片や父と息子という同性どうしの親子の物語で、対照的だと感じたのが着眼のきっかけとなりました。さらに「夢の国」は島に住み続けている女性の話ですが、「光の航路」は一度島から出たけれど、島に戻るという外部の視点を持った男性の話なので、ここも対比できる。もう一つ、2作品をリンクさせる要素が必要だと思った時に、2人が仮に小学校の同級生だったらというアイデアを脚本家の杉原君と思いついたのです。さらに、単に学校で同じ時間を過ごしただけではなく、島の子どもならではの共通体験を考えた時、もう1本の短編「石の十字架」で、山の上の観音像の中にある十字架を探すというエピソードに注目し、2つの作品を1つのものとして通す串にしました。原作と若干設定は違いますが、「夢の国」のドリームランド、「光の航路」の進水式と、それぞれのエピソードを象徴する場所や出来事があり、それらが主人公の葛藤や悩みと直接的に結びついているという意味でも、映画的なモチーフを持った2本です。これで1つの映画にできると確信が持てました。
 
 

湊かなえさんが『望郷』で描きたかった進水式は、島の歴史に直結する出来事。大事にしたいという思いがまずあった。(菊地監督)

――「光の航路」で登場する進水式は、因島の歴史が浮かび上がるだけでなく、島中の人が集まる様子や、これから海に出ていく船の雄大さなどが詰まり、航の人生を左右するとても印象的なシーンです。
 
菊地監督湊さんとお会いしたときに、瀬戸内海の島々の行事として、日常的にある進水式のことを『望郷』で描きたかったとおっしゃっていました。一方で、湊さんご自身が中学生ぐらいの頃、ご出身地である因島で日立造船の造船部門が閉鎖されたことによる最後の進水式をご覧になったそうです。晴れやかな場なのに、島が寂しくなるという予感を島民皆が持っていて、実際に周りの人が転出していったそうです。僕達も撮影の準備中に島の皆さんにお話を伺うと、皆さん進水式の記憶を持っていらっしゃり、島のいたるところにはその記憶の痕跡も残っていました。商店街にも、かつては仕事帰りに大勢の人が繰り出した立ち飲み屋が、今は淋しく残っている。島の歴史に直結する出来事でした。それを大事にしたいという思いがまずありましたし、「光の航路」で過去と現在が入り組み、主人公航と父親の思いが継承される重要な場面でもありました。
 
――実際には、どのように撮影したのですか?
 
菊地監督隣の生口島の造船所にご協力をいただいて撮影させてもらい、映画的な技術を使って、そこに芝居を絡める手法をとりました。僕もいくつか進水式を拝見しましたが、そのスケールの大きさに感動しましたし、僕が初めて見た時の感動が映画を見て下さる方にきちんと届くように描くことを心掛けました。船が動くのを先に撮ってから芝居を撮る流れでしたが、進水式の映像をキャストの皆さんに見ていただき、進水式をしっかり胸に刻んでもらった上で芝居をしてもらっているので、あのシーンに関しては、キャストの皆さんそれぞれの胸の中で進水式を作ってもらえたと思います。彼らは実際目の前で観た訳ではありませんが、完成した作品を観て、現在の航といじめられた教え子にもかかっているように思えました。キャストのお芝居の凄さも相まった、素晴らしいシーンになったと思います。
 
 

菊地さんとは、「母親」とか「父親」「教師」という肩書の話はしない。教師を演じるというより、生徒に向き合う航を演じていた。(大東)

――大東さんは、父親との葛藤を抱えた中学校教師の航を演じています。初の教師役ということで役作りのための事前準備や、監督からの演出はありましたか?
 
菊地監督役という意味では、最初は島で生きる人がどういう人かということをまず考えてもらいました。衣装合わせで大東君と初顔合わせをした時に、因島がどんな島かをしっかり説明した気がしますね。それを興味深そうに聞いてくれた大東君を見て、僕もすごく安心しました。
 
大東学園ものの教師役であれば、教師ということをすごく考えたかもしれませんが、菊地さんと話をしていると、「母親」とか「父親」「教師」というような肩書の話はしません。航が置かれた環境、因島とか、閉鎖された環境とか、父親との関係、父親の事をどう思っているのか、生徒の事をどう思っているのか。そこをしっかり考えていくと、輪郭が教師というところに生まれるという印象でした。父親の事をきちんと見つめられていない航。教師という仕事で父親を初めてきちんと見つめることができた後の航。その前後で生徒に対する接し方が変わっています。父親をきちんと見つめることができて初めて、教師というものが見えてきた気がします。
 
菊地監督航がどう生徒と向かい合っているか、どういう目線で生徒と話をしているのかをすごく話した記憶がありますね。
 
大東印象に残っているシーンは、いじめられた真衣(川島鈴遥)が自殺未遂をした後、病院で航が「なんでお前が死ななきゃならないんだ。お前は何も悪くないじゃないか」と結果的に彼女を追い詰めてしまうところ。航が「こうしなければ」という思いが前面に出たがため、結果的に相手を追い詰めてしまう弱さが出た。教師を演じるというより、生徒に向き合う航を演じていましたね。
 
――人として生徒とどう向き合うかを、役を通して体現されたのですね。
 
大東菊地さんとの仕事で改めて思ったのは、どの登場人物も肩書で生きてはいないということです。僕達の人生も、監督や役者という肩書はありますが、自分が持っているものというより、他人から提示されたり、他人が分かりやすくするためのもので、そこにしがみついている訳ではない。一人一人の生き様が見えるのが『望郷』です。母親一つとっても、菊地さんはこんな母親役をしてくださいとは一切言わない。いじめっ子の母親も登場しますが、モンスターペアレントのような演出はせず、彼女の理屈を伝えている。それは正しい形だと思います。
 
 

子役との演技を通して発見の多かった現場。
「いじめる人は自分の正義で動いている」(大東)

――生徒役として、いじめている側の女生徒も登場し、一瞬で悪気のなさが読み取れました。
 
大東今回は子役の人たちと接する中、その場で発見することが多かったです。真衣をいじめた女生徒役の神谷天音さんは、いい意味で何をしでかすか分からない感じがあり、一緒に芝居ができて良かった。航が問い詰めるシーンが、神谷さん自身生まれて初めて芝居をする瞬間だったのですが、意外なことばかりやっていて。
 
菊地監督結構、驚かされることが多かったですね。
 
大東台本の流れや、キャラクターの位置づけではなく、彼女の人生で彼女が今まで考えてきたことがパッと出た時、あまりにも僕らの想像とかけ離れていた。そのことが、ある意味いじめっ子の気持ちを考える助けになりました。つまりいじめる人というのは、違うルールの中で生きているかもしれないし、そもそもいじめっ子は自分のことを「いじめっ子」と思っていないでしょう。自分の正義の中で動いている人に対して、航は気負って問い詰め、逆に生徒を追い込んでしまった訳です。
 
 

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どこにいても人生は、自分にとって大切な発見や心を豊かにする体験があるかどうかに尽きる。(大東)

『望郷』が、閉塞感から一歩前に踏み出すきっかけになれば。(菊地監督)

――最後に撮影を通じて感じた「島で生きる」こととは?
 
大東島は周りが海であり、分かりやすく線で隔てられている場所です。『望郷』は小さな枠から抜け出た夢都子と、島から出たのにそこで大事なものが見つからず、逆に島に戻って大事なものを発見した航が描かれます。この作品を通して自分が感じたことは、枠組みが明確なだけで、どこにいても同じだということ。例えば東京の仕組みだって、世界から見れば小さな島国のことですし、ましてや日々叩かれている炎上騒ぎも火花ぐらいの小さなものです。結局、自分の感覚をどこまで信じるのか。その作業しかないと思います。航は島で自分の大切なものを見つけたし、その発見は周りの人は気づかないかもしれないけれど、彼の中では大きな発見だった。人生はそんな発見や、自分の心が豊かになる体験があるかないか、そこに尽きると思いますし、考え方次第で世界は一変するはずです。
 
菊地監督大東君が言ってくれた言葉が、「夢の国」の最後で語られる、この映画全体のテーマでもあります。湊さんもおっしゃっていましたが、結局夢都子が「夢の国」に辿りつけなかったのは、島の環境のせいではない。物理的な距離ではなく、自分の心の中の距離だった。結局都会にいても、田舎にいても、自分の行動範囲を決めているのは自分ですし、今みんなが抱えている閉塞感から一歩前に踏み出すきっかけになればと思い、この作品を作っていた気がします。
 
 
取材・文/江口由美



(2017年10月 4日更新)


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Movie Data

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『望郷』

▼テアトル梅田、京都シネマにて上映中
 10月7日(土)より、元町映画館にて公開

【公式サイト】
http://bokyo.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/173548/


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