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「かかわった者全員が胸を張って送りだせる作品。ここに
描かれた人間たちの姿から、どこかに“愛”を感じてもらえたら」
『そこのみにて光輝く』池脇千鶴インタビュー

 2010年の日本映画を代表する作品となった『海炭市叙景』の原作者として知られる作家、佐藤泰志の唯一の長編で最高傑作とも言われる小説「そこのみにて光輝く」が映画化。早くも本年屈指の秀作との呼び声が高い同作には、綾野剛、池脇千鶴ほか若手からベテランまで各世代の演技派俳優が集結し、みごとなアンサンブルをみせている。社会の底辺で生きるヒロインを切なく、しかし生き生きと造形してみせた女優、池脇千鶴に話を訊いた。

――この作品への出演を決められたポイントから教えてもらえますか?

脚本ですね。仕事柄、多くの脚本を読ませてもらう機会がありますが、この映画の脚本は久々によく書けたいいホン(脚本)だなと思いました。読んで引き込まれましたし、登場人物の誰にもブレがなくて、すごく悲しい過酷な話なんだけれども胸を揺さぶられる。それにト書きに書かれてないところもイメージが湧いて、物語そのものが生き生きしていた。これは絶対面白くなるなという気がしました。

 

「女性ならわかるっていう心理が散りばめられている」

――池脇さんが演じられたヒロインの千夏については、どのように思われましたか?

置かれた環境とか私たちとは全然違うのに、彼女の苦しさがよくわかったんです。また、綾野(剛)くん演じる達夫とのやりとりのなかで、ホンの上ではそうは書かれていないけれど、いま彼女は本当は喜んでいるんだろうなっていう彼女の心の奥底が見えるような気がしました。逞しいけれども、彼女の優しかったり甘かったりする部分もフワフワと見える、ちょっとあやうい女性。でも、そういう部分ってきっと多くの女性が共感できるもので、女性ならわかるっていう心理が散りばめられている人物像だと思いました。

 

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――原作が『海炭市叙景』で知られる佐藤泰志で、共同で脚本も書かれている呉美保監督は、原作の千夏は男性から見た悲壮感を持つヒロイン像だったけれど、池脇さんの肉体と演技を得たことで女性の共感を得るものになったというように話されていたのですが、そこはどうなんでしょう?

私は原作は読んでいないのですが、監督に伺うと、原作ではもっとストレートに愛を求める女だったのが、舞台を現代にし、また物語の中心を達夫にしたことで千夏も変わっていったとおっしゃっていたので、それによって男目線のがむしゃらな女から、思いを深く胸に秘めて、いまの社会の底辺で必死に生きる女性像に変わっていったんじゃないでしょうか。千夏は貧しさから体を売ったりしているので、どこか愛を諦めたようなところがあるのですが、その一方で、愛を求めていると一言も言わないことで逆に心の奥で強く求めているのを感じさせる、そんな女性ではないかと思って演じました。私が感じた、女性が共感できる部分が表現できていたらいいのですが。

 

 

――池脇さんの千夏像の把握の正しさは、衣装合わせのとき、すでに髪を染めてこられたのを見て、呉監督が感心したと話されていることでもあきらかです。

監督と千夏について話し合ったときに、黒っぽい服を着ているとか、髪も、お金がないなか精一杯のお洒落で染めていてプリンみたいになってるんじゃないかっていうのを話していたんです。そこで衣装合わせのときに染めていってた方がイメージも湧きやすいのではと思い、自分でわざと下手に染めていったんです(笑)。それがよかったみたいです。でも、そういうのは私だけじゃなかったです。すでに多くのスタッフが、千夏をこう撮ろうとか、こういう人間なんじゃないかとかそれぞれの考えを持ってきていて、衣装合わせの段階から意見が活発に飛び交いましたから。それでスタッフ全員が同じ方向を向いているのがわかったんです。これはもういい現場になるな、いい映画ができるなと思いました。その後、早く撮影に入りたくてずっとワクワクした気分でいましたね(笑)。

 

――実際に撮影に入ってからの現場の様子はどうでした?

まず監督が、歳も私とそんなに変わらないのに、大黒柱となって現場をしょって立ってる姿が印象的でした。あの小っちゃい体が大きく見えました(笑)。思ったこともどんどん言うし、するとそれに対して撮影の近藤(龍人)さんが何か言って、するとまた監督も負けずに自分の考えを言うって感じで、監督もスタッフもすごい突き詰めているなと思いました。でも、ギスギスしている感じではなくて、誰もがいいものを作ろうとして高め合っている現場でした。

 

――綾野剛さんが、現場でスタッフがすごく熱かったので、俳優部としても負けられないなと思ったと言ってるんですが、池脇さんにもそんな思いはありましたか?

負けられないというよりも、あのスタッフの熱意にそのまま乗っかっちゃっていればいいと思ってました(笑)。スタッフに助けてもらった感じですね。綾野くんの熱意もほんとに伝わってきたし、私はそれに乗って一緒に流れに呑み込まれていったって感じでした。

 

――原作は読んでいないということでしたが、佐藤泰志原作の映画化といえば2010年に公開され高い評価を受けた熊切和嘉監督の『海炭市叙景』があります。佐藤原作作品に出演することに、なにか特別な思いのようなものはありましたか?

『海炭市叙景』は、私も公開時に観て大好きな作品だったので、あの作品を作ったプロデューサーやスタッフが同じ原作者の作品を作る場に呼んでもらえたのがうれしかったです。でも、たまに“映画化第二弾”みたいに言われることがありますが、そういった意識は私にはなくて、『海炭市叙景』とはシリーズでもなんでもないまったく別の作品だと考えています。

 

――共演者のことを訊きたいのですが、綾野剛さんとは初共演ですか?

同じ映画に出ていたのはこれまで二度かな、あるのですが、お芝居で絡む実質的な共演は初めてでした。多くの人がクールな印象を持たれていると思いますが、ほんとはすごく饒舌で、どんどんコミュニケーションをとる人です。共演者とだけでなく、スタッフともそうですし、地元の一般の人ともすぐに仲良くなってました。彼はそうすることによって映画に関わる全員の不安要素を取り除き、垣根を壊し、皆で結託できる環境を作ってくれた気がします。

 

「綾野君がしっかりうけてくれるので、
私たち姉弟は思いっきりちょろちょろできました(笑)」

――綾野さんが演じている達夫は、主人公なんだけど、お芝居のポジションとしては“受け”ですよね。

そうですね。達夫は口数も少なくて、そんな彼に私は恋心を抱いているという距離感もあるし、菅田将暉くん演じる私の弟の拓児も彼になんとか近づこうとして周りをちょろちょろする。綾野君がしっかり受けてくれるので、私たち姉弟は思いっきりちょろちょろできました(笑)。

 

――実はこの映画で一番驚いたのは、菅田将暉さんでした。昨年の青山真治監督の『共喰い』で注目されましたが、本作での演技はかなり評価されると思います。

ほんとに、彼の演技にはびっくりしました。私も綾野くんも32歳ですが、菅田くんは撮影当時20歳で、それでこんな完成度なのって思いましたね。圧倒的に力強くて、卓越した輝きがあったと思います。難しい方言の台詞もいっぱいあって、一生懸命に練習していたし。それでいて素顔の菅田くんは人懐っこく現場を和ませてくれて、また皆からも可愛がれて現場のマスコットみたいでした。『共喰い』も観ましたが、ともかくすごい振り幅です。おそらくどんな役でもまだまだできると思いますね、彼は。数少ない登場人物の中で異彩を放っているし、愛おしい拓児をまんまとやってくれました。

 

――そしてもう一人、ふれておかねばならないのが、千夏の愛人の中島という男を演じている高橋和也さんです。

高橋さんは凄かったです。前にドラマとかで一緒になったことはあったんですが、がっつり組んだのは初めてで、失礼なんですけど、こんなに凄い役者さんだったのかって思いました。あの凄い眼力であんなに悲しい背中ができるなんて。そして情けない部分も嘘偽りなく全身で見せてくれる、画力が凄いとでも言うのかな。一緒にお芝居しているときも凄さを感じましたが、改めて映画を観て中島の役がいかに重要か、達夫と千夏と拓児の3人以外の人間の気持ちを表現する人間がいなきゃいけないし、それはここまで強い人でなければ成り立たなかったんだなというのに気付きました。

 

――主役の3人も、もちろん注目、評価されるでしょうが、高橋さんもこの作品でしっかりと評価されるべきですね。

ほんとにそう思います。

 

――このインタビューでは俳優さんたちの演技のことばかりを訊いてきたので、改めてもう一度、ヒロインの千夏を演じられた後の、現在の思いを聞かせてください。

やるだけやったから悔いはないという感じです(笑)。完成した作品をまだ一度しか観ていないのですが、普段は観るとどうしても自分の演技に限らず作品のアラのようなものを探してしまったり、恥ずかしくなってしまったりすることがあるのですが、この映画はともかく胸を張れるものになったなと思いました。千夏の人生は過酷で、それは演じていてもやはり苦しいんですけど、そこは覚悟の上だし、面白い作品のなかで自分とは全然違うけれど共感できるという女性を演じるのはやり甲斐もありました。

 

――内容にかかわることのなので、あまり詳しくは訊けませんが、終盤、達夫が目にする、千夏が父親にしてしまいそうになること、あれはどう思いますか?

…うーん、あれもわからなくはないというか、行き詰っていたんでしょうね。だから、悲しくてしょうがなかったですね。

 

――でも、千夏というのは悲しい人なんだけど、決して弱い人間ではないですよね。

そうそう、そうなんです。ああいう境遇で育ってきて、偏見のなか蔑まれたりして生きてきたはずだけど、いじめられっ子みたいな湿っぽさとか暗さがないんです。だから私、嫌いじゃないんだなこの人って思います。

 

――千夏と達夫が海で迎えるラストシーン、あれはハッピーエンドでしょうか、バッドエンドでしょうか?

私の中でもあれは曖昧なままですね。どうなるんだろうって思ってます。千夏は、達夫のおかげで最後の一線で踏みとどまったわけですが、これからも待ち受けているものはたくさんあるでしょうから。でも、なんとか二人には幸せになってほしいです。達夫がいれば幸せになれるんじゃないでしょうか。

 

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――最後に、池脇さんから見たこの映画の観どころをお願いします。

疑問を抱くところが一つもない脚本で、さらにそれをよくするために監督を始め、スタッフもキャストもとことん突き詰めて作り上げた映画です。私たちからしても滅多に出会うことのない仕事で、出来上がったいま、かかわった者全員が胸を張って送りだせる作品になったと思います。私たちのそういう思いを受け取ってほしいし、ここに描かれた人間たちの姿から、どこかに“愛”を感じてもらえたらうれしいです。

 

(取材・文:春岡 勇二)
(撮影:森 好弘)



(2014年4月20日更新)


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Movie Data



© 2014 佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会

『そこのみにて光輝く』

●4月19日(土)より、テアトル梅田、
 なんばパークスシネマ、京都シネマ、
 シネ・リーブル神戸ほかにて公開

監督:呉美保  原作:佐藤泰志
出演:綾野剛/池脇千鶴/菅田将暉
   高橋和也/火野正平/ほか

※R15+作品。

【公式サイト】
http://hikarikagayaku.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163284/

★『そこのみにて光輝く』
呉美保監督インタビューはこちら
https://kansai.pia.co.jp/interview/cinema/2014-04/sokonomi-kantoku.html