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「この作品があることでハリウッドも変わったし、
 チミノのその後も変わった。そして観ることで映画の見方が
 変わっていくような、“ヘンな底力”を持つ作品だとはいえます」
『天国の門〈デジタル修復完全版〉』
配給boid主宰・樋口泰人インタビュー

 『ディア・ハンター』(78)でアカデミー賞5部門を受賞したマイケル・チミノ監督が、アメリカ映画界の期待を背負って作り上げた『天国の門』(80)のデジタル修復完全版が、10月26日(土)より大阪のシネマート心斎橋で公開される。19世紀末に起きた西部開拓史上の悲劇、通称「ジョンソン郡戦争」を基に男女の三角関係を絡めた本作は、予定を大幅に超える約80億円という膨大な製作費がハリウッドの老舗スタジオを倒産へ追い込み、負の側面から語られ続けてきた。チミノ監督監修の下、デジタル修復され蘇った316分の超大作を配給するのは爆音上映で知られるboid。これまでとはまったくスケールの異なる作品の配給、公開への取り組みやその奥にある思いなど、大阪を訪れた主宰の樋口泰人氏にインタビューを行った。

──boidさんからのニュースリリースには、『天国の門』公開情報と共に、応援セットを販売して支援を募る趣旨が記されていましたが、冒頭に「少し乱暴に書かせて下さい。boid は大変貧乏です」とあって、少し驚きました。
「ああ! あれですね(笑)。今はクラウンドファンディングがひとつの流行になっていますよね。boidでも出来たら、とは思ったんですが、そのタイミングを逸してしまったんです。もし『天国の門』へのクラウドファンディングを募るとするなら、権利を買うときに「皆で協力して買って、応援して公開を盛り上げましょう」と呼びかけていれば、そのあとのお金の流れなども分かりやすく説明できたかもしれない。でも今回は思わず先走って買ってしまった。それからお金が無いことに気づいたという恐ろしい状況でした。だからクラウドファンディングで盛り上げてゆくのには時期的にズレてしまったし、宣伝のためにお金を使うとしても、説明が曖昧になってしまうと思ったんです」
 
──それに代わるものとして「応援セット」を作ることになったんですね。
「作って「通常より少し高めの価格設定ですが応援して下さい」と呼びかけるのがクラウドファンディングとどう違うのか? という見方もあります。でも、「応援して下さい」とあからさまに、ダイレクトに言う方が伝わりやすいかなと思いました」
 
──クラウドファンディングは、おっしゃるようにタイミングを逃すと趣旨がぼやけてしまう可能性はありますね。
「それと、クラウドファンディングで皆からお金を集めてひとつのことを達成すれば、うまくいった/いかなかったという結果が出ます。うまくいったというのは儲けが出たということ。じゃあその儲けを次にどうするか? 想像がつかなかったんですよ。そこをきちんと説明できる人もいると思いますが、boidの場合はうまく出来ない気がして、それなら「面白いことをするので、寄付だと思ってboidに下さい。その分、読んでもらえば楽しめる本も作るし、今後もこうした活動をするための資金としてお願いします」という気持ちでした。あの「貧乏なんです」という言葉は、boidのスタンス、心構えを決める際の決意表明に近い思いとして、リリースに盛り込みました。でも本当にそうなんですよ(笑)」
 
──そのような経緯があっての言葉でしたか。『天国の門』はこれまで樋口さんが配給されてきた作品と規模が異なりますし、それに伴って観客へのアプローチも変わってきますね?
「元々はメジャー作品なので、日本でヒットしなかったといっても、“公開当時ヒットしなかった”ということなんです。ざっと計算してもおそらく20万人強の人が観ているはず。ただ映画の規模から考えると、その数では全然ヒットではない。今の状況で、boidの配給作品に20万人も観客が来ればとんでもない大ヒットで、それこそ「boidがクラウドファンディングにお金を出します!」と言いたくなるくらい(笑)。そういう作品だから、当時観たであろう人、新作は観ないけれど昔の映画なら観るという層にも伝えたい。そこは今まで手がけてきたものとタイプが違いますね」
 
──宣伝手段などの展開も違ってくるでしょうか?
「うん。一方でboidの配給作品を観てくれてきた若い人たちにも絶対に観てもらいたいので、前提がまったく違うんですよね。そのために多少の無理、これまでしたことがないこともしなければならない。宣伝も今までは基本的にチラシとネットでの告知、言うなれば自分の目に見える範囲でじわじわと広げてゆく形だったのが、今回は当時観ていた50代、60代の人たちへ伝えるのに、新聞広告を出したり。そういうところからスタートしています」
 
──90年代に樋口さんが『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』誌の編集委員をつとめておられた頃を振り返ると、今、マイケル・チミノ監督作の配給をされていることに不思議な感覚を覚えたりもします。
「俺の場合は、70年代後半から意識的に映画を観はじめてここまで来た中で、チミノも観てはいましたが、うまく関われなかったというか、案外スルーしてしまっていた。そういう監督が他にも何人かいて、彼らをもう一度見直してみる。当時出来なかったことに今、取り組んでみようという意識は大きいですね」
 
──映画経験の新たな組み立てといえますね。樋口さん個人の意識に加えて、映画ファンにもそれを伝えてゆこうとする思いも感じるのですが、いかがでしょう?
「boidでは、ダグラス・サークのインタビュー集やDVDも出しています。そこには過去に『リュミエール』という映画雑誌を通してダグラス・サークを知って作品を観て、ものすごく感動した経験を踏まえて今まで来た背景があります。そうして引き継いできたものを、今またどのように伝えるかというある種の役割意識と、自分の中の「これをやりたい」という衝動のふたつがありますね」
 
──今回はマイケル・チミノを通して、現在と過去を結ぶ線を引き直してみるということになるでしょうか?
「はい。当時の自分はある程度チミノに反応していたにも関わらず、何も出来なかった。力も無かったし。それを今もう一度何とかしたいという思いと、あとは“今、観たい”という現在の時点での欲望、衝動ですね。特に『天国の門』に関しては、それに強く駆られて動いていて、自分の中でひとつの流れになっています」
 
──とはいえ今回は、たとえば『We Can’t Go Home Again』の場合https://kansai.pia.co.jp/interview/cinema/2013-08/boid.html)とは違う種類の英断が必要だったのでは? 
「そうですね。これまでは、boidの活動を追ってきてくれた方たちに伝わればそれで充分、と言うと変かもしれませんが、まずはその人たちに伝えて、そこからさらに広がればひとまず配給、公開までは大丈夫だろうという規模だったんです。ところが『天国の門』は完全にそれを超えたスケールの作品なので、いまだに「もう少し大きな配給会社に手がけてもらった方がよかったんじゃないか」と思ったりもします。マイケル・チミノを来日させることの出来る体力のある会社とか(笑)。あるいはイザベル・ユペールも呼んで大々的に盛り上げる、本来ならそれくらいするべき作品ですが、どの会社も手がけなかったのは、きっと「かつての二の舞になって大失敗するだろう」という読みがそれぞれ経営判断としてあったと思うんです。「だったらboidで」と微妙な判断の中で決めたところと、「これはやらないといけない作品だ!」という気持ちがありました」
 
──たしかにそれだけの力を備えた映画です。
「多少でも映画に興味のある人が観れば、たぶん驚いてくれるし、楽しんでもらえるとも思うんです。観たいかどうかという問題は別にして、今ではこんな映画は作り得ないことがすぐに分かる作品でもあるので、その意味でも公開したいと思いました」
 
──「今では作り得ない」のは観れば実感しますね。現代の大作映画とは出発点からして違う全体像を持つ印象を受けました。
「そう。具体的にはものすごく大勢の俳優、スタッフや動物が関わっていることに尽きるんですが、仮に今、同じ数の人が集まったとしても、もう作るノウハウが無いんじゃないかな。インタビューを読み返すと、ハリウッドのスタジオが駄目になる60年代以前だったら、スタジオの中に馬とそれを調教出来る人がいた。それが、本作を製作していた79年の時点では既に馬もいなくて、全米から出演する馬とその調教師を集めたらしいんです。もっと前なら日常的な映画作りとして出来たことに、全米から動員をかけるという馬鹿げた努力をしている。それもシーンにするとほんのわずか。2、3分のために、大勢の人が長期間苦労して取りかかっているんですよね」
 
──効率や合理性から考えれば、常軌を逸していると幾ら言っても言い足りないほどです(笑)。
「そういうことに対してお金がかさんで、映画そのものが崩壊していったんですが、崩壊したとしても何とか成し遂げられた。その最後の時代、最後の映画だったと思うんです。今、同じことをしようとしても映画出演のための馬がこれほどの数はいないだろうし、調教出来る人を集められるかどうかも分からない。仮に集まったとしても、じゃあそれをどう仕切るか? 画面に収めていくか? 誰も分からない。パソコン上では可能だけれど、実際にはコントロールが不可能な状況になっています。逆に言えば、今の映画に映っているものは、コントロールが出来るもの。コントロールした上で、それを乱すものを入れてゆく作業の中で映画のバランスを取っているのかもしれません」
 
──よく言えば堅実、ただしあくまで想定の範囲内での混乱やノイズということですね。
「『天国の門』では、訳の分からないものをガーッと集めて、とにかくひとつの枠の中にはめてコントロールしようとしていた。その“ギリギリの時代”のドキュメンタリーとして観ても面白いと思うんです。映画ってものすごく確立され、洗練された技術の中で作られていくんですが、そこで動いているのは“生もの”で、生ものが動く以上はいくら洗練した技術をもってしても何が起こってもおかしくない。その空気感や緊張感が画面から見えてくるんだよね。こればかりは何と表現すればいいか分からないけど、そこが面白い。新作映画中心に観ている人が、馬が走っているシーンだけを見ても、まったく違うものが映っているように見えるんじゃないかな」
 
──樋口さんが配給、上映を手がけてきた作品を見ると、コントロールできるかどうか、「制御の可能性」がひとつのポイントになっているようにも思えてきます。
「去年、上映権利が切れる前に、トニー・スコット監督の『アンストッパブル』の爆音上映ツアーを組みました。映画でツアーというのも笑ってしまう話なんだけど(笑)。無人列車というシステムが走って、それを人間がどう止めるか? 分かりやすい物語でしたが、人が生きていてコントロールしようとするものがある、でもどこかの時点でコントロール不能になってしまう色んな歪みで成り立っている世界の中で、“こうすればこうなる”というヴィジョンを見せるんじゃなく、歪みそのものをどう生きるか? その大前提を映画が作っている……それが俺の好きな映画なんだろうなと、自分でも何となくは感じています(笑)」
 
──『天国の門』は、まず物語にある「ジョンソン郡戦争」が人とコントロールの問題に関わるでしょうか。さらに作品自体が製作システムの上で制御不可能なところへ向かってしまいましたね。
「そうなんだよね。60年代だとか、まだハリウッドのスタジオがしっかりしていて、それこそプロデューサーが監督をコントロール出来ていた時代、あるいはコントロール出来ない監督を権限でクビにしてプロデューサーが勝手に編集したり、そういうことが平気で行われた時代に作られていたとしたら、もっとタイトな映画になっていたかもしれない。ただ、どちらが良かったかは分からないですね。チミノにとっては、そういう時代に作っていた方が幸せだったかもしれないし、次々と作品を作っていたなら、それらの作品全体が『天国の門』になっているという、そういうフィルモグラフィーが有りえたんじゃないかとさえ思っているんです」
 
──何本か、何年かに分けて創作してもよかった、もしくはするべきだったものを一本で撮り切ってしまったということですね。監督としてのエネルギーや運もそこで使い果たしてしまったという。
「70年代末、大袈裟に言えばハリウッド自体もスピルバーグとコッポラに頼らないと生き延びていけない大変な時期だったので、『ディア・ハンター』のあと、チミノがその期待を全身で担ってしまった感がありますね。仮にチミノがもう30年早く生まれていたとして、そこで作られたであろうフィルモグラフィー全部を『天国の門』に詰め込んでしまった気配すら感じるんです。それが面白さでありチミノの不幸でもあり、この映画が持つアンビバレンスになっていると思いますね」
 
──今の基準からすると、80億円はひとりの映画監督が何十年ものキャリアで使う総額を超えていると考えてもまったくおかしくありません。それだけの製作費をかけていながら、代表作だと素直に言い切れないところがまたアンビバレントですよね。
「「マイケル・チミノの代表作は何?」と問われたときに、どうなんだろう……『ディア・ハンター』と答える人が大半な気がする。あとデビュー作の『サンダーボルト』(74)を好きだという人も結構いるし、『天国の門』を真っ先に挙げる人は意外と少ないかもしれないですね。でもやっぱりこの作品があることでハリウッドも変わったし、もちろんチミノのその後も変わった。そして観ることで映画の見方が変わっていくような、“ヘンな底力”を持つ作品だとはいえますよね」
 
──『天国の門』の紹介文で「公開後数十年経った現在ではやや再評価の兆しもあり」という記述があるものも見られます。何とも微妙な言い回しですよね(笑)。
「たしかに、起承転結するハリウッド的な映画として観ると欠落部分がある。「こんなに長いのになんで欠落してるの!?」という(笑)。ハリウッド作品としての欠点はあるし、これ程の大作なのによく見れば3人の映画。女ひとり男ふたりの映画でこんなことになっちゃっていいの? ということさえツッこめてしまえる(笑)。でも、その小ささと背景の広がりの巨大さとの対比がものすごく面白くて。やっぱりひとりひとりの人間って、どうしようもない人でも広がりを抱えていて、チミノの映画はその部分をとても大切に描いているのがよく分かります。そこに心惹かれるんだよね」
 
──登場人物たちも、決して偉人でも何でもないんですよね。
「うん、誰も立派な人ではないし、資本家と移民たちの対立という主題をとっても、別に移民たちはたいしたことをしていない(笑)。ヒーローや誰しもが憧れる人間がいて、何かものすごいことを行っているわけではないから、観る人とほとんど地続きだといえます。ある時期から映画の中のヒーローって、とんでもない力を持っていたり、とことんダメだったりしないと物語が成立しなくなってきた。でも『天国の門』はそうじゃない。単に普通の人がそこにいるだけ。誰かが狂っているということもないし、もしかすると資本家の人たちもまっとうな人間かもしれないとさえ思わせる。いわゆる貧しい人と裕福な人との対立だけでなく、そこにいる人間がたちのベースにある広がりを見せるためにこれだけの巨大な映画になってしまったんだという気がします」
 
──人間の足もとからの広がりを見てもよいでしょうし、「三角関係をとてつもないスケールで描くとこうなる」という見方も可能ですね。
「この作品を観て、何でもない単なる人たちがこれだけの広がりを持っているということに気づいてくれたら、他の映画を観る視点も変わってくるかもしれない。もしくは自分で映画を作っている人で、お金が無くてたった3人の登場人物しか出せない状況でも、その先に『天国の門』があると考えれば、ものすごい映画を撮っている気分になれるだろうし(笑)。映画のゴージャス感って、そこに見えているものや語られているものだけじゃなくて、背景にある何か訳の分からないものが突然、スコーンと現われてくることでもあると思うので、そういう映画が今後生まれるためにも、この作品を観てほしいと思いますね」
 
──『天国の門』にはふたつの大きな背景がありますよね。映っている実景と、人間の背負っているもの。
「そうそう(笑)」
 
──今、お話いただいたような視点から目を向ければ「新しい映画」と言ってよいでしょうか?
「新しい映画として観てもらって全然問題ないと思うし、俺自身もようやく出会ったような感覚。30年前に観てはいるけれども、再会というより、衝撃的な出会いをしたという気持ちでいます。だからなんて言うんだろう……インターネットが普及したあたりだったのか、よく分からないんですが、場所だとか時間というのが、それまでの直線的な流れや平面的な広がりとは違う在り方になってきた。皆がそのことに無意識のうちに気づきはじめていると思うんです。音楽にしても、ヒップホップの連中が昔のものをネタにして新しいものを作るような揺り返しも含めた、時間が畳まれて古いものの上に新しいものが折り重なって、それが未来になるというイメージ。このイメージを誰でも受け取りやすくなっているんじゃないかな? そういう意味で、古い映画なのに、とても“今”だし、未来へ繋がるものとして『天国の門』があって、その意味で現在の鑑賞に耐えうる映画だと思っています」
 
──一音楽でいえば、80年代末あたりにレア・グルーヴ、あまり知られていない過去の音楽を掘り起こす動きがありました。でも当時のDJたちには「古い音楽を聴かせている」という感覚はなかったと思うんですね。
「そうだね。音楽ならブルースの時代には、著作権がなかったこともありますが、同じ曲を演奏している皆が“俺の曲だ”と言う面白い状況だった(笑)。それは見方を変えると、人間が演奏しているのって実は大きな問題じゃなくて、むしろ楽曲が人に何かをさせている感じに近いというか。音楽の人たちは身体感覚の中に、歴史的なものが組み込まれていたんだけど、映画はもっと組織的、商業として成立するように最初から作られていたので、人のものと自分のものは確実に違うという棲み分け、線引きがしっかりしていた。それが何となく崩れてきはじめて、単にリバイバルする、リメイクするということではなく、ようやく現実と映画が重なり合ってひとつのものになって、それがまた別の映画を作る時代に入ってきたようにも思いますね」
 
──「レイヤー(層)」という言葉が日常で使われる機会も増えてきました。ネットを通して過去のものが容易に取り込める時代ゆえの変化や広がりには期待したいですね。
「それを一番感じたのは、スピルバーグの『プライベート・ライアン』。冒頭のノルマンディーの海岸の戦闘シーンがリアルで、観た人たちは唖然としたんですが、スピルバーグ自身はあの戦争を知らない。どのように映像を作り出したかというと、当時のニュースフィルムをもう観られる限り観た。要するに、映像が体験になっている。現実を知ってはいるけれども、体験したわけではない上に、“映像の現実”を重ねてさらなるリアルを作ってゆく。そうした色んな層の重なり合いが映画を作っているという意味で、以降の映画が変わりはじめているんじゃないかという気もするんです。「『天国の門』も昔の映画ですが、今の時代に重なり合うことで別の映画になってくるようなね。それを観る側も受け入れられる状況になってきている気がします」
 
──古典作品や旧作はどうしても「昔の映画」と思って観てしまいがちですが、時代感覚に沿って受容の仕方も変わってくれば面白いと思います。それから本作はまず東京のシネマート新宿、続く関西ではシネマート心斎橋から公開。boid配給作品をシネマートで、というのも初の試みですが?
「この作品の“大きさ”はどうしてもデカいスクリーンでと思って…というより、「観なくちゃ!」という欲望で突っ走ってしまった(笑)。ただ、スクリーンが大きいということは客席も大きいわけで、今までのboid配給作品って、だいたい客席数が100前後、あるいは二桁を満員にできるかどうかという展開だったのが、いきなり今回のシネマート新宿だと約330席。(爆音上映のメイン劇場である吉祥寺の)バウスシアターが220席くらいだから、その面でももうboidのキャパを超えている(笑)。関西でも70席くらいの劇場で公開してきたから、シネマート心斎橋だと倍近くなんだよね。330席あったら100人来てくれても1/3にもならないので“満員感”がない。でも今までの劇場なら超満員なわけです。数じゃなく、やっぱり客席が埋まっていることが大事。一応、興行者なので、その立場から言うと(笑)」
 
──それは観客の立場からも想像できます(笑)。
「そこで気分も全然違うし「客席が埋まって本当によかった」って初日に思いたい。それを考えるとちょっと蒼ざめます(笑)。これは今まで経験したことのない気持ち。でも、1980年当時は1000を越える客席のテアトル東京で公開された作品なので、気分としては「いや、300人くらいは来るでしょ!? この映画でそれくらい来ないでどうする!?」くらいの気分でもいるんですよ(笑)。ただ今の状況を現実的な目で見れば、それは大変なことなので、まあどうしたものかと」
 
──ここまで来れば、そこは強気でいきましょう(笑)!
「(笑)。関連して、テアトル東京のことも調べていると『天国の門』はちょっと分からなかったんだけど、『ゴッドファーザー PARTⅡ』のときは一番高い席が2800円なんですよ。1970年代後半当時で最もいい席が2800円、当日券の一番安い席で1800円。劇場自体が少し特殊で、料金も他より高めではあったんですが、でも今のように画一化されてなく、座席やサービスによって値段をフレキシブルに設定できていた」
 
──そういう料金システムは、今では想像し難いくらいですね。
「俺はその時代にリアルタイムで居たにも関わらず、もうすっかり忘れていて、かなり衝撃を受けました。気がつくとあっさりシネコンの時代に入っていて、その前の時代を自分も忘れてしまっていた。それに衝撃を受けたこともあって、リバイバルって大切だなって。人間って本当にいい加減なものだよね(笑)」
 
──「忘れてしまう」という行為は、もしかすると『天国の門』の深いところにあるテーマとも繋がっているかもしれません。
「それに対しては、ちょっと人から嫌がられるくらいしつこく、時々こういうことをしないといけないのかもしれない。さっきの「未来へ繋がる」という意味とは別の次元で、「過去をちゃんと持つ」のは必要だなと思っています」
 
 
 樋口氏が「壮大で繊細な映画」とも語る本作の醍醐味は、それに見合う大きなスクリーンからこそ感じ取れるものだろう。公開のために作った、製作記録や監督インタビューを収めた『マイケル・チミノ読本』も当時の状況を知る上で興味深い一冊となっている。『天国の門』デジタル修復完全版は10月26日(土)より大阪のシネマート心斎橋で、追って神戸アートビレッジセンター、京都シネマでも公開予定。
 
 
                 (取材・文 ラジオ関西『シネマキネマ』)



(2013年10月21日更新)


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Movie Data





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『天国の門〈デジタル修復完全版〉』

●10月26日(土)より、シネマート心斎橋
 順次、神戸アートビレッジセンター、
 京都シネマにて公開

監督・脚本:マイケル・チミノ
作曲・出演:ディヴィッド・マンスフィールド
出演:クリス・クリストファーソン/
クリストファー・ウォーケン/
ジョン・ハート/サム・ウォーターストン/
ブラッド・ドゥーリフ/
イザベル・ユペール/ジョセフ・コットン/
ジェフ・ブリッジス/ロニー・ホーキンス/
ポール・コスロ/ジェフリー・ルイス/
リチャード・メイサー

【公式サイト】
http://www.heavensgate2012.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/162833/

【関連情報】『マイケル・チミノ読本』
http://heavensgate2012.tumblr.com/post/58516204748

★『天国の門〈デジタル修復完全版〉』
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https://kansai.pia.co.jp/invitation/cinema/2013-10/heavensgate.html