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「北町貫多という男を“笑いながらも否定できないな、
こいつ”って思ってもらえたら嬉しいです」西村賢太による
芥川賞受賞作品を山下敦弘監督が森山未來主演で映画化!
『苦役列車』山下敦弘監督インタビュー

 西村賢太原作の芥川賞受賞作『苦役列車』が映画化され、7月14日(土)より梅田ブルク7ほかにて公開される。バブル前夜の1980年代半ば、肉体労働で生計を立て、明日の見えない暮らしを送る19歳の主人公・北町貫多の少々ひねくれた、でも、あまりに人間くさい青春を生き生きと綴っていく。監督は『リンダ リンダ リンダ』(2005)『マイ・バック・ページ』(2011)などの山下敦弘。不器用でアクの強い人間を軽やかに、そして魅力的に描くことには定評のある若き名匠だ。山下監督が撮る『苦役列車』、いまこの作品に期待しない映画ファンはいないだろう。監督に話を訊いた。

 

――『苦役列車』の演出をオファーされたときの心情から伺わせてもらえますか。

 

山下敦弘監督(以下、山下):まず原作を読んでみて、面白いけどこれをどうやって映画にしたらいいんだと思いましたね(笑)。ただ、わりと早い段階から脚本を映画監督でもある、いまおかしんじさんに頼むというのが決まっていて、僕自身がいまおかさんの作品を好きだったので、彼となら何かできるかな、という思いでした。

 

――脚本づくりでは、どのようなことを考えられたのですか?

 

山下:最初は主人公をどうするか、ということを考えました。これまでの僕の作品では、本作の主人公である北町貫多のようなクセの強いキャラクターを脇に置くことは多かったんですが、物語の中心において話を進めていくというものがほとんどなかったんです。

 

――え、そうでしたっけ?

 

山下:ええ、意外に思われるかもしれないですけど、例えば長編第一作の『どんてん生活』(1999)だと、山本浩司さんが演じた男の印象が強いんですが、実は彼は脇役で、主人公は彼の友人の、あの何も言わない男なんですよ(笑)。

 

――ああ、そうか。

 

山下:そうなんです。山本さんが演じたような濃い人を脇に置いて、主人公はどちらかというと受け身で話を進めていくという形だったんです。だから今回も、貫多の相手役の正二を主人公にして、彼から見た貫多像を映し出していくというのもアリかなと考えたんです。でも、いまおかさんといろいろ検討していくうちに、いや、それはやはり違うなと、今回は原作通り貫多を主人公に据えて彼をとことん描いていかなきゃだめだ、となったんです。それが決まってからは、じゃあどうやって映画として話を膨らませていくか、どう描いたらいいのか、を考えていきました。

 

――貫多の描き方として、考えられたことは?

 

山下:最初は19歳で肉体労働に従事している、その働きぶりであるとか、いわば社会の最底辺で暮らしている様子などを描かなくては、と思ったのですが、いまおかさんの脚本を何稿か読んでいくうちに、そういう状況よりも、貫多という面倒くさい奴というか、自業自得の人間というか、そんな人間にまつわる出来事をきちんと捉えていけばいいんじゃないか、それだけで面白くなるんじゃないかっていうふうに考えていくようになりました。

 

――映画には、原作には存在しない、桜井康子というヒロインが登場します。彼女の登場はどの段階で決まったのですか?

 

山下:準備稿からいました。ただ当初、役柄としてはそう大きくはなかったです。焦点を貫多に絞ることから始めていましたから。実は脚本の検討段階でちょっと迷走した時期もあったんです。康子が貫多に示唆を与えるような感じで、作品全体を貫多のサクセス・ストーリーにできないか、なんて考えたこともあったんです。

 

――サクセス・ストーリー!?

 

山下:ええ。貫多は原作者の西村さんの若き日の姿でもあるわけですから、彼はこうやって小説を書き始め、そして後に芥川賞作家になったのだ、なんていう展開にするわけです。康子が貫多に「これ、読んでみたら」なんて言って太宰を手渡すみたいなことをして…。

 

――それはすごいですね(笑)。

 

山下:すぐに止めましたけどね。あまりに原作から離れてしまうし、「康子、おまえは何者だっ」という感じにもなりますし(笑)。ただ、ラストシーンには、やはり多少のカタルシスはいるだろうということで、そこは映画独自のものを考えました。

 

――いろいろ工夫があるわけですね。

 

山下:話を考えることはできるんです。脇の登場人物たちにも少しずつ肉付けしていって物語に厚みを持たせていくのは楽しいですし。むしろ大変だったのはキャスティングです。これ誰が演じるんだ?、こんな役、誰ができるんだ?と悩みました。

 

――貫多を演じているのは森山未来さんですが、これは監督からの要望だったわけですか。

 

山下:そうです。初めは貫多が19歳ということで、その年齢層で探したのですが、どうもしっくりくる人がいない。それで、もう少し年齢層を上げてみようと思ったら、すぐに森山くんのことが頭に浮かびました。彼とは以前、短編作品を一緒に作っていて、演技力や身体能力の高さは十分わかっていましたし。『モテキ』の大根仁監督から、「森山君はすごいよ」という話も聞いていたし。貫多のイメージに彼が合うというわけではないのですが、彼となら一緒に貫多を作り上げていけると思いました。僕にとって、森山未来というのは、現在の日本映画界で特殊な主演俳優なんですよ。

 

――特殊というのは?

 

山下:『モテキ』を僕は映画館で観たのですが、場内がカップルで満員のなか僕はひとり。すると場内のあちこちで携帯電話を開くのが見えるんです。「なんだこいつら、腹立つなあ」と思っていたのですが、終わったときには「森山未来、ヤベェよ」とか「やっぱり森山未来はすごいね」とか言っているのが、またあちこちから聞こえてくるわけです。「こういう若い世代の観客にも彼の芝居や存在感はきちんと届いてるんだな」と思いましたね。そういう力を持っていることでは、彼はいま日本で一番の俳優じゃないでしょうか。

 

――なるほど。貫多を森山未来が演じて、当初考えていた貫多像と変わってきた点などはありますか?

 

山下:そうですね。貫多は中学校卒業後に働き始めて、高校や大学には行ってないので、友達との関係は中学校で止まっているわけですよね。その一方で早くからお酒とか風俗とかに染まっていて、オッサンの部分もある。つまり、中学生とオッサンが同居しているようなところがあってキャラクターは面白いんだけど、こういう人が周りにいたらやっぱり迷惑だよな、という気がしてたんです。そういう意味でちょっと“怪物”的な存在かなと思っていた。でも、この人物を森山君が演じだしたら、もっと動物的な、性欲や食欲が強調された、なんていうのかな、愛すべき動物的な部分が強調された人間くさい人、ヒト科の動物みたいな(笑)、そんな人物になっていったんです。それは初めに考えていた人物よりずっと魅力的でしたね。森山君の食事のシーンを見てたら、「そこまで喰う?」ってこっちが思わず突っ込んじゃうみたいな食べ方をするんです。でも、それがなんかチャーミングなんですよね。身ぶり手ぶりの動作でもそんなところがあって、歩き方一つ見ても絵になるし。

 

――そんなヒト科の動物と、相手役の高良健吾とヒロインの前田敦子が絶妙な距離感でつきあっていますね。ヒロインに前田さんを起用したのも監督の希望ですか。

 

山下:そうです。僕はキャスティングするときにいつも考えるのは、他の出演者とのバランスや、あるいは顔合わせによって起こるかもしれない化学反応なんです。今回は森山未来と高良健吾という主演俳優として高い実績を持つふたりが決まっていたので、そこに誰をもってくれば面白くなるかなと考えた。それで思い至ったのが前田さんでした。

 

――けっこう思いきったキャスティングですよね。

 

山下:ええ。誰も知っているトップ・アイドルだけど映画が好きで、どうやら僕の映画も観てくれているらしいというのは聞いていたんです。森山君・高良君に前田さんが加わったら、ふたりから刺激を受けて彼女にも女優としてなにか変化が訪れるかもしれないな、なんて思ったわけです。原作者の西村さんは他の女優さんの名前を「あの娘がいい」って挙げてくださっていたのですが、それはまあ「なるほど」と言って置いといて…(笑)。でも、2,3年前なら僕にも前田さんを選ぶというような発想はなかったでしょうね。

 

――その間に、監督にどのような変化があったわけですか?

 

山下:『マイ・バック・ページ』での経験が大きかったですね。『マイ・バック・ページ』では、題材と格闘するので精いっぱいで、自分のキャパシティを越えてしまっていたところがあったんです。今回は自分の気持ちの中に少し余裕があって、冒険してみたいという気持ちが働いたんです。

 

――なるほど。それで実際に前田さんを演出してみてどうでした?

 

山下:まず、「私、これはできません」なんてことを絶対に言わない人でしたね。「AKB48の前田敦子」ではなく、ひとりの若手女優・前田敦子として現場に来ていた。そこの切り替えははっきりしていて、こちらが要求する芝居にためらわずに応えてくれました。寝たきりのおじいさんのオシッコを彼女がしびんを持って採ってあげる、というシーンを撮影初日か二日目に撮ったんですが、「大丈夫かなあ、ヘソ曲げたりしないかなあ」なんていうこちらの心配をよそに、彼女は平気な顔で演じきって、かっこいいなあって思いました(笑)。

 

――あの若さで“プロ”ですね。

 

山下:ええ。また、その一方で、人生のおよそ三分の一をアイドルとして生きてきた器の大きさもやはりあって、森山君、高良君の芝居にも全然動じず、堂々と受け止めるんです。だから最初は、彼女がふたりから刺激を受けるんじゃないかと考えていたわけですが、それはむしろ逆で、彼女の方から発信しているような感じがしましたね。

 

――彼女が演じる康子に、貫多が雨の中で交際を迫るシーン。あそこで康子が見せるリアクションは面白かったですね。

 

山下:あのリアクションは現場で3人で考えたんです。結果は良かったですね。あのリアクションで、それまでちょっとふわふわしていた康子のキャラクターにはっきりしたものも生まれましたし。当たり前かもしれませんが、前田敦子は只者ではないですね。

 

――高良健吾さんとは初めてのお仕事ですよね。

 

山下:そうなんです。ずっと以前にオーディションを受けに来てくれたりしていたのですが、今回初めて一緒に仕事ができました。

 

――高良さん演じる日下部正二は、貫多が出会い、初めて友人と呼べるような関係になる青年ですが、これまで他の映画で高良さんが演じてきた役とは少し感じが違うように思います。

 

山下:そうですね。原作では正二はもう少し体が大きなごつい感じの人なんですけど、この役をぜひ高良君に演じてほしかったんです。これまで彼が演じてきた役は、すぐキレる男とか翳りのある青年とか犯罪者とかが多かったんですが、高良君本人を知っていると、どこか無理している気がしてたんです。正二は素直で、どこにでもいそうな青年で、二枚目半というか、ちょっと残念な二枚目って感じ(笑)。こういう役を演じる高良君が見たかったんですよ。物語の途中でつきあう彼女ができたりするけれども、それが80年代半ばに多くいた、サブ・カルチャー好きで知ったかぶりを平気でするような女の子。こういう女の子に、いかにもつかまってしまいそうな青年ですよね(笑)。これを高良君に演じてもらうと、もうほんとに愛しくなっちゃいましたね。

 

――確かに。あと、脇役で出演している人たちにもクセの強そうな人が多くて、こういうところは山下監督作品らしい感じでしたね。

 

山下:前田の敦ちゃんから、山下ワールドって何度も言われました(笑)。

 

――主人公の二人と同じ職場で働いていた高橋という男性を演じている、マキタスポーツという役者さん、面白いですね。

 

山下:普段はギターを弾きながら漫談などをしている芸人さんであり、ミュージシャンでもある人なんですが、あの人面白いんですよ。すごく客観的な人で、分析ばかりしているんです。

 

――彼が劇中で唄う歌、映画の内容にすごく合っていて笑えます。曲名が『俺はわるくない』…(笑)。

 

山下:マキタさんの作詞・作曲なんですが、歌詞の一部に“この列車には乗り遅れたくないんだ”なんてあって、「これ完全に主題歌狙いだろう」って、森山君と言っていました(笑)。

 

――最後に、映画『苦役列車』の持つ世界観について、どのようにお考えですか?

 

山下:そうですね、なんて言うのかな、1980年代半ばの話なんですけど、今回はあまり時代背景だとかにはこだわらなかったんです。『マイ・バック・ページ』で、そういう部分をきちんと描くことに少し疲れたこともあったので。この映画を“時代の底辺にいる若者の実態を描く”なんて風に捉えられるのは嫌でした。北町貫多というただただ自業自得な男のシンプルな話だけで映画を見せ切りたかった。それで、観ているときには笑ってみてほしいけれど、笑ったあとに、彼の持つたくましさとかしぶとさみたいなものを感じてもらって、“笑いながらも否定できないな、こいつ”って思ってもらえたら嬉しいですね。

 

取材・文:春岡勇ニ




(2012年7月13日更新)


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山下敦弘監督

やました・のぶひろ●1976年、愛知県生まれ。1995年に大阪芸術大学入学後、熊切和嘉監督と出会い『鬼畜大宴会』(1997)にスタッフとして参加。初の長編『どんてん生活』(1999)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。長編2作目『ばかのハコ船』(2002)も国内外の映画祭で絶賛された。2005年、女子高生バンドの青春を瑞々しく描いた『リンダ リンダ リンダ』でロングランヒットを記録し、『天然コケッコー』(2007)では、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞をはじめ、多くの賞に輝いた。昨年は妻夫木聡、松山ケンイチ共演で、運命的に出会った若きジャーナリストと活動家を描いた『マイ・バック・ページ』を発表。常に次回作に期待が集まる日本を代表する若手監督の代表格。

Movie Data




(C)2012「苦役列車」製作委員会

『苦役列車』

●7月14日(土)より、梅田ブルク7ほかにて公開

【公式サイト】
http://www.kueki.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/158405/

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