ホーム > 落研家:さとうしんいちの『立川談春見聞録』

立川談春
Photo by 橘 蓮二

立川談春独演会 2013年公演情報

▼5月19日(日) 15:00
Sold Out!!
奈良市ならまちセンター
全席指定-3800円
[出演]立川談春
※未就学児童は入場不可。
※当日券その他のお問い合わせは下記連絡先まで。

▼6月7日(金) 19:00
Sold Out!!

京都府立文化芸術会館
全席指定-3800円
[出演]立川談春
※未就学児童は入場不可。
※当日券その他のお問い合わせは下記連絡先まで。

6月1日(土)10:00より一般発売開始
Pコード:425-815
▼7月3日(水) 19:00

兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
全席指定-3800円
[出演]立川談春
※未就学児童は入場不可。
※発売初日はチケットぴあ店頭での直接販売および特別電話[TEL]0570(02)9560(10:00~18:00)、通常電話[TEL]0570(02)9999にて予約受付。
チケット情報はこちら

[問]キョードーインフォメーション
■06-7732-8888

『立川談春見聞録』一覧

【1】4月公演見聞録『慶安太平記』
【2】5月公演見聞録『百川』『文違い』
【3】6月公演見聞録『岸流島』『品川心中』
【4】7月公演見聞録『包丁』『紺屋高尾』
【5】8月公演見聞録『かぼちゃ屋』『小猿七之助』『景清』
【6】9月公演見聞録『おしくら』『五貫裁き』
【7】10月公演見聞録『九州吹き戻し』『厩火事』
【8】11月公演見聞録『白井権八』『三軒長屋』
【9】12月公演見聞録『冨久』『六尺棒』
【10】最終回 森ノ宮ピロティホール3周年記念祭 特別公演見聞録『芝浜』

 

たぶん、初めてですな。
噺家さんが、これからする噺のことを、これほど「面白くない」と“念を押す”のは。
「今月のお客さんは運が悪い」とか、
「11月、12月をお楽しみに」とか、
「1時間以上の噺なのに、面白いところがひとつもない」とか。

でも、この高座に賭けている本当の気持ちみたいなものも、見え隠れ。
「お前、この噺をやれ」と師匠談志さんが談春さんに言った2、3の噺のひとつが、これ。
「こういう落語もあるんだなぁ、ではなく、こういう落語もいいねぇ、と言ってほしい」。

やる気やん。

さて、始まりました。“面白くない” 『九州吹き戻し』。

主人公は、きたり喜之助(きのすけ)。
江戸は吉原で放蕩三昧を尽くし勘当され、太鼓持ちになったが、それも続かず、
いくばくかの金を持って、江戸を飛び出しました。
九州熊本でいよいよ一文無しとなり、ふと見たちょうちんが「江戸屋」。
縁を感じて入ってみると、そこの主人は江戸にいた頃の顔なじみ。
「困っているなら、ここで働きな」と言われた喜之助。
ここからが腕の見せ所。ほとんど、スーパースター。八面六臂の大活躍。
料理人、太鼓持ち、各種世話係で、店の超人気者になってしまいます。
3年で、約百両というお金が溜まったことを主人から知らされた喜之助、
江戸への里心がついて、何が何でも帰りたくなる。
ついに許した主人の、歩いて帰るんだよという言いつけを守らず、
船での密航を試みたところ大嵐に遭遇し……

なるほど、念を押すだけあって、面白くな………くないですよ、これ。

確かに、笑うシーンは、少ないかもしれないです。
「熊本は喜之助しかいない、富山は志の輔しかいない。(笑)こういうの挟んどかないとね」と
苦し紛れのようなくすぐりも入れて笑いを誘ったりしてたけど、個人的にはなくても全く問題なし。

喜之助という人物そのものが、十分に魅力的。
お調子者感満載、適当&おふざけなおしゃべりは、高田純次さんが3日くらい徹夜して、
もう何を言っているか分からないようになったような感じ。
さらに、荒くれた船頭たちが博打をしている小屋に平気で乗り込んで、
すぐ仲良くなる様子は、初対面でも旧知の仲のように“ちゃん付け”で呼ぶ
TV業界の人みたい。知らんけど。

これ、面白くないんではなくて、談春さんが“しんどい”んやと思います。
喜之助って、多数ある落語の世界にもなかなかいないタイプの主人公ですわ。
それが、噺の中で、あっちゃこっちゃ好き勝手飛びまわってはしゃぎまわる。
お芝居のように、この人だけを演じるならまだしも、
ちょいちょい別の人にならなあかんところが、落語のつらいところ。
喜之助が“憑依”しては、他の人物に“覚醒”する。憑依と覚醒の繰り返し。
他の落語と違って、そのギャップがめちゃくちゃ大きくて、
だからめちゃめちゃしんどい噺なのかもしれません。

で、その出来栄えはと言われると、これがもう、本当にお見事!な奇跡の一席。
このコラムにも、再三書いていることなのですが、江戸落語の奥底にある“凄まじさ”を、
また今夜も見せつけられた、そんな感じでした。

 

さて、休憩を挟んで二席目。『厩火事』。
吹っ切れたというか、ぶっ飛んでしまったというか、
ぼくが知っているはずの『厩火事』と、何かが違う。

髪結い業で亭主を食べさせているおさきさんが、
“今日もまた”夫婦喧嘩をして、兄さんと呼んでいる仲人のところにやってくる。
怒って、喚いて、ぼやいて、別れたいと言い出したのに対し、
あっさりと「別れろ」という兄さん。
「だいたいあいつはな、ここが悪い、あれがいかん…」と言い出した兄さんに対し、
今度はおさきさんが言い訳したり、かばったり、挙句の果てにのろけたり。
結局どうしたいんだということになり、兄さんがたとえ話をもとに策を練る……。

おさきさんが「違う」。兄さんも「違う」。全てが違う。全く違う!

アドリブなのか計算なのか分からない間があったり、
本来の登場人物の性格とは違ううすら笑いや突っ込みがあったり、
それがまた、ことごとく爆笑を誘うもんだから、会場が不思議な興奮状態に。
さっきまで喜之助が憑依していた談春さん、
噺が終わって喜之助が離脱したとたん、“いってしまった”みたいで、
今度は、その、いってしまった談春さんが、登場人物であるおさきさんに憑依するわ、
兄さんに憑依するわで、どえらい『厩火事』が出来上がりました。

これ、もう、『九州吹き戻し』を全力でやりきった談春さんでしか見られない、
歴史に残る『厩火事』だったのではないでしょうか!?

ぼくが観ていた座席の3列後ろに20代半ばの男子が三人、
終演後も立てずに、口半開きで宙を見てました。
そして、真ん中の子がひと言、「すげ~。落語って、こんなんなんや」。

違うで。こんな落語は、今日だけやで。
今日、君たちは、歴史的瞬間に立ち会うたんやで。
と、そっと声をかけました。心の中で。

取材:2012年10月23日 森ノ宮ピロティホール(大阪)


(11月13日更新)