大切にされたモノは、その表情も深い
クーキーも角度によって様々な表情をみせる
そんなところにも、人形愛が伝わってくる

　1996年、『コーリャ　愛のプラハ』でアカデミー外国語映画賞に輝いたヤン・スヴェラーク監督が、チェコ伝統の操り人形の技法を駆使して完成させたパペット・ムービー『クーキー』が、9月12日(土)よりシネ・リーブル梅田、9月26日(土)よりシネ・リーブル神戸、順次 京都シネマにて公開される。ゴミとともに捨てられてしまった熊の人形クーキーが、持ち主だった少年のもとに帰ろうと大冒険を繰り広げる。クーキーの奇妙で愛らしいビジュアルに思わず目を奪われる1作だ。そこで、3名の方に本作の魅力を語ってもらった。

6歳のぜん息持ちで繊細な男の子、オンドラのお母さんは、子ども部屋を掃除していて、散らかったオモチャの中にボロボロのピンクのベアを見つけてひょい、と拾いあげる。このピンク色の何ともいえないクタクタ感をもったベアこそ、主人公のクーキーベアだ。お腹からは、おがくずがポロポロとこぼれて、お母さんの顔をしかめさせる。ホコリは、ぜん息を患う息子の大敵だ。少しの時間、思案してから、クーキーを黒いゴミ袋に、ぽいっと捨ててしまう。

わ！？　こんなにアンティークなかわいいベアを捨てるのかぁ。

クーキーは、その昔しっかりと木毛がスタッフィングされ、頭は丸みを帯び、ふさふさとワインレッドのモヘアの毛並に大きめな鼻、真っ黒のグラスアイが美しい、由緒正しいベアだったかも知れない。もしかしたら、オンドラのおじいさんが子どもの頃大切にしていたベアかも…と、その毛が抜けてぼろぼろになったヌイグルミの歴史に思いを馳せてみる。

大切にされたモノは、その表情も深い。笑い顔のクーキーも角度によっては様々な表情をみせる。そんなところにも、この映画の人形愛が伝わってくる。

オンドラの祈りが通じて、クーキーは立ち上がり、ゴミの山から逃げ出し、冒険の旅に出る。クーキーの動きはひょろひよろと、ユーモラスだが、その手や首の動き方は緻密で繊細だ。チェコと言えば、マリオネット劇やパペットアニメが有名だが、僅かに手を揺らしたり、首をかしげたり、まるで人形が生きて喜びや悲しみを感じているようだ。

森の中に迷い込んだクーキーは森の住人たちと出会い、ひょんな事から森の村長ヘルゴットとの2人旅となる。村長の座を狙う暴れん坊アヌシュカに狙われ、二人は逃げる。逃げながらも、協力し合い、励まし合い、アヌシュカとのカーチェイスでは、とても息の合ったプレイを見せる。

朝の雫が光る美しい森や、粉雪が舞い上がる雪原。まつぼっくりを投げるリスや、キツネ、小鳥や虫たち。クーキーの大冒険は、豊かな季節の移り変わりの中、続く。

 一方お洗濯ができる事で、ゴミ捨て場行きを免れたソフトトイのバブルスは、外にそんな冒険がある事を知る事はない。キレイなお部屋で、お行儀良く座っているだけだ。だけど、相棒のクーキーのことはとっても心配しているだろうな。二人が早く一緒になれますように。クーキーがオンドラのもとに帰って来られますように。

私の空想はどんどん広がり、チェコの街角へと飛ぶ。陽の当たらない裏通り、灰色の路地の奥や深い森の中、街のゴミ山の中にも、昔からヘルゴットのような妖精さん達がいるにちがいない。彼らは、環境の変化に応じて、自然と共存し、彼らなりのやり方で、生きている。

因みに、自分勝手で乱暴者の悪役アヌシュカだが、 見た目はステキ。Tシャツやブローチにするならこのキャラかも♪　可愛らしいクーキー以外にも、登場キャラはそれぞれ魅力的。針金や、ビニールなどの素材を使用しながら、古い苔やきのこや朽ちた木の色、深い森の色に馴染む 。そのアンティークで個性的な姿は、造形作品としてじっくり見るととても味わい深く、見所の一つだ。

堤 千津恵

 

つつみ・ちづえ●加古川市在住。播州汚泥フォーク「カニコーセン」のベース担当。2児の母。独身時代から10年間、テディベア専門店に勤める、大の人形好き。

 

（2015年9月10日更新）