ホーム > NMB48 安部若菜が行く! わかぽん落語道 > 第1回 桂 春蝶さん(対談編)

 
 

 

Profile

桂 春蝶(写真左)
かつらしゅんちょう●1975年1月14日生まれ、大阪府出身。実父である二代目桂春蝶の死をきっかけに、落語家になることを決意。1994年、三代目桂春団治に入門。2009年、桂春蝶襲名披露公演を全国で開催。同年、繁昌亭大賞爆笑賞受賞。2011年には東京に拠点を移し、活動の幅を広げる。2015年、上方落語家として初となるフェスティバルホールでの独演会を開催し、成功をおさめる。近年は「落語で伝えたい想い。」をシリーズ化し、『明日ある君へ~知覧特攻物語~』『約束の海~エルトゥールル号物語』『ニライカナイで逢いましょう〜ひめゆり学徒隊秘抄録』『業と行~わたしは千日回峰行を生きました』など命をテーマにした新作落語を次々と発表。ラジオ関西『桂春蝶のちょうちょ結び』(土曜8:00~10:00)にレギュラー出演中。

https://www.horipro.co.jp/maedagoki/

 

安部若菜(写真右)
あべわかな●2001年7月18日生まれ、大阪府出身。ニックネームはわかぽん。2018年、第3回AKBグループ ドラフト会議でNMB48・チームNに指名され、同年NMB劇場で公演でビュー。2020年、「NMB48 新春特別公演2020」で正規メンバーに昇格。チームMに所属。

公式サイト
http://www.nmb48.com/

Stage

桂春蝶独演会
ネタおろし蝶戦10回シリーズ その⑤

Pコード=597-700 チケット発売中

▼3月2日(月)・4日(水)19:00
天満天神繁昌亭
全席指定-3000円 
【出演】桂春蝶/桂笑金
※未就学児童は入場不可。

桂春蝶独演会
ネタおろし蝶戦10回シリーズ その⑤in神戸

▼3月20日(金・祝)14:00
シアターエートー
全席自由-3000円
【出演】桂春蝶/笑福亭笑利
【問合せ】クリエイティブワンズ
[TEL]06-6356-6788

公式サイト
http://shunchou.jp/

大阪府に生まれ、小さい頃から落語が身近にあったNMB48の安部若菜さん(愛称わかぽん)。18歳ながらいろんな落語に親しみ、故・桂三金さんのお誘いで、大阪・南森町の天満天神繁昌亭で落語を披露したこともあります。また、NMB48の公演でも落語を披露した経験もあり、ファンの間では落語好きで知られています。そんな彼女が、落語の知識をさらに深め、落語を学んでうまくなりたいという思いからスタートした新連載です。第1回は桂春蝶さんに話をお聞きしました!

 

一人で物語を成立させる落語に感服

安部若菜
(以下、安部)

第1回ということで緊張しているのですが、今日はよろしくお願いします。

桂春蝶
(以下、春蝶)

こちらこそ!

安部

さっそく質問ですが、どうして落語を始めはったんですか?

春蝶

あんまりおもしろくない理由ですが、僕はそういう家に生まれたんです。親父が落語家だったので、子どものころから音楽と同じくらい落語を聴いていて。朝昼は音楽を聴いて、夜、寝る時はラジオとかで落語を聴くみたいな。そしたら上手な人の落語ほどよく眠れるんです。

安部

ああ、わかります。私も夜、寝る前に落語を聴きます。

春蝶

どんな人の落語を聴くんですか?

安部

桂枝雀さんがめちゃくちゃ好きで。笑っちゃって寝れない時もあります(笑)。

春蝶

そうでしょう! 枝雀師匠は笑いが多すぎて。適度に笑いがあって一番安眠できるのは米朝師匠でした(笑)。きっちりとストーリーを聴かせてくれるので、いつも同じところで寝るんですよね。子どもの頃、「この落語、この先知らんな」っていう噺がいくつかありました。

安部

この噺どんなんやったっけ?ってなりますね。

春蝶

オチまで知らないっていう。ただ、そういう意味では、教材にたくさん囲まれていたのかなと思います。父親の落語もよく観に行っていたんですけど、こんなことは自分にできるわけないと思っていたんですよね。落語って一人ですべてを成立させてしまうので。でも、高校3年生の時に父親が亡くなったんですよ。その時、「あなたのお父さんの落語を聴いて励まされた」とか、「どんな辛い時でも笑顔になれた」という話を聞いて、ああ、落語ってすごいなって思ったのと、父親ってすごかったんだんなって思って、一気に憧れが生まれて、父親の師匠である三代目桂春団治師匠に入門させてもらいました。

安部

そうなんですね。その時は不安とかなかったんですか?

春蝶

不安しかなかったです(笑)。まず、やっていけるのかなって。修行中もこてんぱんに怒られて。師匠は昭和5年生まれで、古風な方だったんです。安部さんのおじいちゃんは何年生まれですか?

安部

今、77歳とかで…。

春蝶

ということは戦後の方ですよね。昭和5年生まれって、価値観も明治時代、ともすれば侍の価値観なので。雑巾がけ一つでも、塵一つ落ちてたら「やり直し!」って。お着物をたたむお稽古から始まるんですけど、「ここが2ミリずれてる」とか。

安部

そんなに細かいんですね。

春蝶

安部さんは「折り目正しい」という言葉を聞いたことはありますか?

安部

はい。

春蝶

あれって、着物からきている言葉なんです。

安部

着物の折り目をきっちりそろえる?

春蝶

そうです、そうです。「襟を正す」とか、「袖にされる」とか、日常的に使う言葉には着物からきているもあって。着物をきっちりたためるというのが全部、噺に生きてくるという考えの方だったんです。ですから、着物のたたみ方だけで半年経過してしまったんです。

安部

ええ~!そんなにかかるんですね。

春蝶

半年間、毎日着物ばかりたたんでました。僕らの同期には桂三金くんもいて。そういえば三金くん、喜んでたよ~、安部さんと一緒に会をやった時とか。ものすごい自慢されたもん(笑)。

安部

そうなんですね! 嬉しいです。

春蝶

彼の人生のピーク。「NMB48と一緒に落語会ができた!」って絶頂の時に彼は亡くなったので、ある意味幸せだったと思います。彼に幸せをくれたあなたにありがとうって、同期を代表してお礼を言います。

安部

こちらこそありがとうございます。まさかそう言ってもらえるとは。

春蝶

むちゃくちゃ喜んでましたよ。話を戻すと、そういう同期の人たちは、僕が着物をたたんでいた頃、もう舞台とかに出てたんですよ。

安部

師匠によって全然違うんですか。

春蝶

全然違います。僕らの同期の人は大体3ヵ月で初舞台を踏んでいるんです。

安部

その頃はまだ着物をたたんでいて。

春蝶

着物たたんでました(笑)。悲しかったけど、そういうものなんだろうなとも思っていましたね。

安部

稽古はどういうふうにされていたんですか?

春蝶

まずひざを突き合わせて座って。大体、15分くらいのネタだとしたら、最初に3分から5分くらいで3回、言ってくれるんです。

安部

ああ、三遍稽古。

春蝶

よくご存じですね! すごいなぁ。今、20歳…?

安部

18歳です。

春蝶

じゅうはち!? 18歳の女の子が「三遍稽古」知ってますか! なかなかいないですよ(笑)。僕は19歳の時に入門したんですけど、そのひとつ前ってことですよね。僕の19歳の時なんて……。その三遍稽古で、目の前でしゃべってくれて、「じゃあ、やってみ」と。

安部

それで覚えられるものなんですか? ずっと疑問だったんです。

春蝶

僕、最初にめちゃくちゃ失礼なことを言ってしまったんです。「やってみ」って言われた瞬間に、「は!?」って。覚えるという考えすらなくて、ただ師匠を鑑賞していたんです。そしたら「お前がやるんだ!」って。で、その後、内容を覚えるのに1時間以上かかるんですよ。一生懸命、覚えようするんですけど、怒られたら怒られるほどわけが分からなくなってきて。

安部

パニックになって。

 

落語もダンスも「寝かせる」ことが大事!

春蝶

そう。逆に聞きたいんですけど、ダンスはすぐ覚えられるんですか?

安部

最初は全然覚えられなかったんですけど、今は5分くらいの曲だと2、3時間とかで覚えてますね。

春蝶

ぶつかったりはしないですか?

安部

ぶつかる時もあります。そしたら先生に怒られます。

春蝶

でも、ちゃんと覚えていらっしゃって。僕も19歳の頃は覚えるのが速かったですね。今はどんどん時間がかかるようになって。

安部

慣れるにつれて速くなるわけじゃないんですね。

春蝶

そう思うでしょう。でも覚えることに関してはどんどんスピードが遅くなっていく。以前は1ヵ月前から準備していたものを、今は1ヵ月半前から始めないと間に合わない。そして、ネタ下ろし、安部さんでいうと新曲をやる時の緊張っていうのは、新人の頃から何も変わらないです。

安部

変わらないんですね!

春蝶

25年もやっていて、ネタ下ろしの緊張感は何も変わらないです。

安部

初披露となると、そうですよね。

春蝶

自分の中で情報がないですからね。こうやったらどういう結果になるのかということがまったく分からない。でも、その緊張感もお客さんは楽しんでくださっているんだと思っていて。「春蝶、緊張して臨んでるなぁ」とか。だからネタ下ろしの回はチケットがよく売れたりするんですよね。不思議なのが、20分くらいの落語も、1時間半の落語も覚える時間はそう変わらないんですよ。

安部

1ヵ月半は変わらず。

春蝶

そう。あんまり変わらないんです。何回も何回も、何日もかけて、1日5回ずつって区切って覚えていって。一気にやるよりもちょっとずつの方が自分は沁み込みがいいみたいです。

安部

一晩寝かせた方が覚えられますよね。

春蝶

そうそうそう! 寝かせることがすごく大切ですよね。ちょっとずつ熟成させていくことなのかなと思います。

安部

ダンスも、1日寝た方が次の日にめちゃくちゃ頭に入っています。

春蝶

そうでしょう。あれ、何なんやろうね。芸事ってすごく不思議やなって思うのが、1日で詰め込んでしまうよりも、何日か分けてやっていく方が、身体がすべて覚えているというような感じがして、安心感がある。お稽古ってふたつの意味があるのかなって思うんです。ひとつは技術、もうひとつは自分に対する安心感。自分を安心させるためにやっているのかなって思います。これだけやったんやから大丈夫って。

安部

一応覚えているけど、もっとやっておこうみたいな感じですよね。分かります。

春蝶

そうそうそう、安心感があって、舞台上で表現するものはその安心感をにじませることなのかなと思います。ひとつ安部さんに質問です。落語が好きって言うのは何をきっかけに? たとえば学校に落語をしに来た人がいてとか?

安部

小学校の時に学校の授業で落語を聞きに行くことが何回かあって。それが面白くてCDとか聴くようになって、そこから好きになりました。

春蝶

おお~! ほんま失礼なんですけど、お会いする前は安部さんのことをもうちょっと天然キャラで想像してたんですよ。それがもう見るからにしっかりしておられる…。あの……、落語家になりませんか(笑)?

安部

ええ! でも何回かステージで落語をやらせてもらいました。

春蝶

どうでした?

安部

いや~、自分の中では全然、納得いかなくて。

春蝶

おお! それはどういう部分に?

安部

もっと時間をかけて覚えたかったんですけど、その時は2週間で2本覚えたんです。

春蝶

ネタは?

安部

1回目が『つる』と『桃太郎』で、2回目が『平林』と『動物園』でした。覚えるのにいっぱいいっぱいで、もうちょっとできたんじゃないなかなぁって思いまして…。

春蝶

ああ~。安部さんだったら、アイドル特有の悩みとか、そういうものを書いた新作とかやってもいいですよね。

安部

それをいつかやるのが目標なんです!

 

新作落語は自分の内側と対峙する

春蝶

アイドルあるあるみたいな。安部さんにしかできないような。アイドルの叫びとか、先輩に対する思いとか、お客さんに対してのありがとうの気持ちとか、そういうものをうまいこと笑いで持っていけるようなネタがいいかなと思います。

安部

新作を結構されていますよね? どう作っていってるんですか?

春蝶

僕は子どもの頃からお寺の前に貼っている標語を集めるのが好きでね。あれ、強烈なことが書いてあったりするんです。「高い壁を乗り越えるとあなたを守る砦となる」とか、「優越感の正体は劣等感である」とか。

安部

へぇ~!

春蝶

なんかこう、ドーンとくる言葉があって。そうかと思えば、すごく心のよりどころになるような、「八方ふさがりの時こそが八方に伸びる時である」とか。どうにもならないと思う時こそ、実は一番伸びる時だと。そんなことが書いてあるんですけど、そのなかに、「人間はたった一人、出会わなければならない人がいる。それは自分自身である」とあったんです。結局、何が好きか、何に感動するか、何が自分の喜びなのかということは全部、自分の中に眠っていて。落語家ってそこと対話しないといけないと思うんです。団体芸ではなくて、結局、ひとりなので、自分をあらわにして表現しないといけない仕事なのかなと。そうなった時に、自分が感動するものをしつこく、しつこく自問自答する。その結果、出てきたものに素直に従う。僕が沖縄戦のひめゆりの噺(『ニライカナイで逢いましょう~ひめゆり学徒隊秘抄録~』)を作ってみたり、海難事故の噺(『約束の海~エルトゥールル号物語』)を作ってみたり、そういったことを始めてみたのも、それをやると自分の本当の言葉が出てくる率がすごく高いからなんですね。それでトライしていったんです。やってみたら、お客さんがいっぱいついてきてくださって。人からどう思われようが、勇気を出して、自分がこれだと思うことをやってみる必要があるんだなと思いました。

安部

私も春蝶さんの『千日回峰行』を見させていただきました。

春蝶

あれ、見れたの? すごい精神力やね(笑)。1時間半、YouTubeで見たの?

安部

はい(笑)。落語というより映画のような感覚で。実体験かなって思うくらいに…。

春蝶

それめちゃくちゃうれしいです。映画のようって言ってもらえるのがうれしいのは、僕、新作を書くときに頭の中に絵コンテが浮かぶんです。『千日回峰行』にタヌキのポンタが出てきますが、頭の中でポンタが現われたりとか。そのイメージと会話して、会話によって出てきたものを忘れないように書き留めるんです。

安部

へ~、イメージから。

春蝶

イメージなんですよ。だから映画みたいというのはすごくうれしくて。自分の中に絵が浮かんでいるんですよね。その絵を言葉で具現化していくという感じです。

 

アイドルのあるあるネタで新作を

春蝶

本当、アイドルの苦悩みたいな情報さえくれたら新作落語を書きたいです。

安部

えー! 書いていただきたいです(笑)。

春蝶

その代わり、正直に教えてくださいね(笑)。あるアナウンサーにも同じような感じで聞いたら、ニュースを読むときの苦悩を全部、言ってくれて。そしたら社会人落語家選手権で賞を獲ったんですよ。

安部

すごーい!

春蝶

古典落語をやってくださるのはありがたいし、どんどんやってほしいんですけど、それって技術なんです。これをものにするには10年も20年もかかります。ところが新作や創作って自分の感性を磨く場なんですよ。古典と新作の両輪でやっていくと落語ってすごく面白いし、新作は自分が思っていることなので言葉に魂が乗りやすい。

安部

確かに、感情を込めやすいですよね。

春蝶

普段、どんなこと思ってるんですか?

安部

う~ん、どんなことだろう…。

春蝶

例えばの話、僕の中で今、パッと浮かんだのが、自分の悩みを先輩に相談すると「何言ってんの」って怒られる。その時「なにくそ!」って思ったけど、2年後、自分に後輩ができて、後輩が自分と同じような悩みを抱えている。それに対して2年前の先輩と同じ怒り方をしているとかね。『子ほめ』とか『つる』もそうなんやけど、これは“仕込み”と“ばらし”。最初にネタを全部振っておいて、最後に同じことをやってしまうというひとつの笑いのパターンなんです。それをやったら結構、うまいこといくんちゃうかなって思います。お客さんが喜んでくれるネタになると思いますよ。アイドルあるあるやから、それは面白いと思います。

 

怖い…けど面白い、も落語の醍醐味

安部

古典落語のパターンを参考にして、新作を作っていらっしゃるんですか?

春蝶

それがほとんどというか。あらゆるエキスというか、手法ですよね。それは自分が新作を書くときに随所に忍ばせています。あとは映画もいっぱい観る。起承転結というか、話ってこういうふうに流れていったら面白くなるんだということを自分の中にちゃんとしみ込ませることが大切やと思います。

安部

普段からインプットして。

春蝶

そうですね。映画は絶対にいっぱい観ないとダメなんやろうなとは思います。

安部

お稽古はどこでされているんですか?

春蝶

僕は家の中であんまりお稽古できなくて。いつも淀川の河川敷でやってるんですよ。

安部

結構、声を出してされてるんですか?

春蝶

はい。淀川の河川敷ってお稽古されている人が多いんですよ。トランペットとか、ギターとか。モンゴルのホーミーをやっている人もいました(笑)。実際、職務質問をされたこともありますしね。ひとりで「こんにちは」「おまはんかいな、こっち入り」とか言ってるから、通報がありました。「ひとりでいくつもの声を出して、ずっと公園を歩いてる人がいます、1回調べてください」って。それで警察官に「僕、桂春団治の弟子で」って自分の経歴を全部言ったら「頑張ってください」って。ひとりでいろんな人格を演じているのは危ないんですって(笑)。

安部

そういうことも後々ネタにできたりしますよね。

春蝶

そうです! 僕は結局のところ、笑いって小さな不幸を集めることなのかなと思います。子どもの頃に観ていた『愛少女ポリアンナ物語』というアニメに、「良かった探しをする」という話があったんですが、僕の場合は「困った探し」。愚痴になったらダメなんですけど、ちょっと笑ってもらえるような、今日はこんな目に遭ったという小さな不幸を集めるんです。この前は、キャスターつきの高座で落語をすることになって、僕が始めたらキャスターが微妙に動き出して、高座が回転し始めて(笑)。そういう話はウケますし、罪がないでしょう。

安部

誰も傷つかないですしね。マクラも、いつもどういうふうに考えているんだろうと思って。そういうネタを集めておくんですか?

春蝶

そうです、そうです。小さな不幸を書き留めて。大きな不幸は全然笑いにならない。

安部

ちょっと反応に困りますよね。

春蝶

何かある? 小さな不幸。

安部

小さな不幸…! 急に言われてもなかなか出てこないですね…。あ、この前、後輩とお泊りをした時に一緒の布団で寝たんですけど、朝起きたら布団を全部取られてました(笑)。

春蝶

後輩は布団巻き込み星人だったんですね。そういう感じのことを集めて、既成事実をベースに尾ひれをつけていくというよう感じでマクラを膨らませるんです。

安部

それは使えそうですよね。MCでも話すことに困ったり、スベったりするので。

春蝶

落語をやっている最中もそうだけど、面白がっていろんなことをやっていれば、その演者さんはすごく良くなる。ただ、古典落語を面白がるようになるまでには相当な時間がかかると思う。

安部

最初は古典をやっていたんですか?

春蝶

今でも両輪です。先日も『死神』というネタをやりました。

安部

『死神』大好きです。

春蝶

『昭和元禄落語心中』とか読んだりした?

安部

読みました!

春蝶

あれで結構重要なネタとして出てきますよね、『死神』は。火消しの男が死神に出会って、最後ろうそくの火が消えた時「やっぱりお前には医者は無理やったな。所詮、お前は火消しや」って終わるオチなんです。それ、「やっぱりお前は火消しや」って言った時に、お客さんが声を出して怖がるんです。その声を聞きたいがためにやっているというか。最後はものすごく怖くしているんです。そういう点では子供の頃に読んだ漫画とか、すごく大事だと思います。

安部

ああ、分かります。本とかに影響されていると思います。

春蝶

世代的に知らないと思いますが、僕の場合は楳図かずおさんの恐怖漫画がすごく好きなんですよ。

安部

知ってます!

春蝶

知ってる!? うれしい! 45歳と18歳で共通の漫画の会話ができるなんて。あれ、めっちゃ怖くない?

安部

怖いです。怖いけど、面白みもあるというか、なんていうんですかね…。

春蝶

そうそう! 怖すぎて笑っちゃうんですよ。それが僕のある一部の原点なんです。『死神』をやる時は、絶対に最後は楳図かずおテイストで終わらせようと。死に神の業を表現した後に「所詮お前は火消しや」って言うと、恐ろしさとオチの爽快さでお客さんって「ああ、なんか見ちゃったなぁ…」って感じるんですよね。

安部

ああ、ありますね。やっぱりお客さんが思い通りの反応してくれた時はうれしくなりますか?

春蝶

うまく運べて、最後のオチでバーンと決めた時は、やっぱりうれしいですね。オチの一瞬でドカンときて終わらせるという手法をできるだけ取るようにしています。最後にドカーンと落として終わらせるのが一番気持ちいいかなって思います。

安部

その方がきれいに終わりますね。

春蝶

そうなんです! ほんま、やってください。アイドル落語。

 

春蝶に響いた「常識は破ればいい」

安部

人物の切り替えもすごいなと思って。例えば、落ち込んでいるところからパッと切り替えるじゃないですか。舞台とか演劇とかだったら、そんなにすぐ一瞬で気持ちが変わることってないと思うんです。一瞬で明るい気持ちになるというのは…。

春蝶

落語って何人も演じるから、例えば、一人の登場人物が泣いてしまうと次の人物は泣いてもないのに泣き顔でやると辻褄が合わなくなってしまうでしょう。だから、どんな悲しいシーンでも涙は流してはいけないというルールがあるんです。ところが、何年か前に石川さゆりさんが『芝浜』というネタをもとにしたお芝居を新歌舞伎座でなされるということで、落語を見ておきたいと僕の高座を見に来てくださったんです。その時、「演じている時に気をつけていることはあるんですか?」と聞かれたので、実は泣くのはダメなんですよと言ったんです。そしたら「それは常識ですか?」とおっしゃって。「一応、常識と言われています」と答えたら「じゃあ、その常識を破ればいいじゃない」と言われたんです。その時に、心の赴くままにしようと思った。作為的に泣くのはあかん。だけど、あふれてくるものは仕方がないやんと。石川さゆりさんは、常識はあった方が楽、なぜならあとは破るだけでいいんだからと。頭のなかで計算するよりも、心に素直に演じていることの方がいいんだなって思いました。

安部

すごい、かっこいい。破ろうという発想がまず出てこないです。

春蝶

僕は世阿弥が好きなんです。世阿弥は「守破離」という言葉を残していて、最初は型を継承して守る。その次に破る。最後は離れる。僕でいうとまず春団治師匠に教えてもらったことを学んで、次に破って、最後は離れてしまう。後は自分との対峙ですよね。それだけでいいと思います。

 

取材:安部若菜
撮影:福家信哉
企画・構成:葛原孝幸/黒石悦子
文:岩本

 


 

Check