ホーム > マンスリー・センチュリー 2016 > 第8回 11月〔November〕
指揮:飯森 範親
チェロ:ヨハネス・モーザー
ハイドン:交響曲 第2番 ハ長調 Hob.I:2
ハイドン:チェロ協奏曲 第1番 ハ長調 Hob.VIIb:1
ハイドン:交響曲 第50番 ハ長調 Hob.I:50
ハイドン:交響曲 第88番 ト長調 Hob.I:88「V字」
少しだけややこしいお話を。音楽には調性というものがある。調号なしのハ長調とかシャープひとつのト長調とかいうあれだ。19世紀以前にはこの調性のひとつひとつに固有の性格が認められていて、作曲家はそれを考えながら作曲したりしている。さらに言えば現代の調律は平均律といって、1オクターブ上のどの音から「ドレミファソラシド」と弾いても同じ音に戻ってくるが、昔はそうじゃなかった。音と音の間隔が微妙にズレていたのだ(正しく言えば現代の方がズレている)。するとどうなるか、というとこの調性の選択次第によっては管楽器などでは絶対に鳴らない音が出てくるのだ。作曲家はそこにも注意しながら曲を作らなければならないし、演奏家たちはその曲に合わせて楽器を選んだりしなくてはならない。以上のような理由のために彼らはこの情報を共有する必要があった。それで作品に明記されたのだ。交響曲第39番「変ホ長調」であるとか、交響曲第5番「ハ短調」のように。
さて12月9日(金)、日本センチュリー交響楽団の「いずみ定期演奏会No.33 ハイドンマラソン」のプログラムでは「ハ長調」のハイドンがまず楽しめる。先の調の性格に照らして言うなら、ハ長調は「純粋で素朴」な調。ハイドンの交響曲にはもうひとつ、ニ長調で書かれたものと、このハ長調で書かれた作品がとても多いから、今回の演奏会は彼の音楽のひとつの傾向を表したものになるかも知れない。ちなみにニ長調の性格は「高貴、崇高」である。チェロ協奏曲第1番でソリストに迎えられるのは1979年生まれのヨハネス・モーザー。存在のみ知られながら、1961年までプラハの書庫に手稿譜が眠り続けていたというこの作品を、現代感覚豊かに響かせてくれるに違いない。
そしてメインプログラムは第88番「Ⅴ字」。ニックネームの由来は実に他愛がない。ロンドンで楽譜が出版された時、順番がアルファベットで付けられていて、その17番目「Ⅴ」にあったものがこの作品だったのだ。だが音楽は実に充実していて、古来、ブラームスをはじめ、多くの作曲家に愛されて来た作品である。ハイドンが信頼したエステルハージ家のヴァイオリン奏者、ヨハン・トストの独立に際して、贈られた作品のひとつというエピソードもこの曲らしい。後のロンドン時代を予感させるようなおおらかさに溢れ、独特の仕掛けが随所に顔をのぞかせるまさにハイドンを代表する1曲である。付け加えるならば、この作品の調性はト長調。主音の「ソ」はハ長調の主和音「ドミソ」を共有する、いわば兄弟のような調性だ。その性格は「輝かしく雄弁」であるという。
ピアノ:小山実稚恵(アーティスト・イン・レジデンス)
ヴァイオリン:荒井英治(首席客演コンサートマスター)
ヴァイオリン:松浦奈々(コンサートマスター)
ヴィオラ:丸山奏(首席ヴィオラ奏者)
チェロ:北口大輔(首席チェロ奏者)
ハイドン:ピアノ三重奏曲 第25番 ト長調 Hob.XV:25「ジプシー・トリオ」
ハイドン:弦楽四重奏曲 第40番 へ長調 Op.50-5 Hob.Ⅲ:48「夢」
シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44
日本センチュリー交響楽団が、室内楽に特化した新たなシリーズを立ち上げる。12月2日(金)、あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールで行われるその第1回演奏会「センチュリー室内楽シリーズVol.1」に登場するのは、センチュリーのアーティスト・イン・レジデンス、ピアニストの小山実稚恵、首席客演コンサートマスターの荒井英治をはじめ、コンサートマスターの松浦奈々、首席ヴィオラ奏者の丸山奏、そして首席チェロ奏者の北口大輔といったセンチュリーが誇る弦楽器奏者たち。今回は彼らが交響曲でも取り組むハイドンの作品から、ピアノ三重奏曲と弦楽四重奏曲、そしてロマン派、シューマンを代表するピアノ五重奏曲を演奏する。オーケストラとは一味違ったセンチュリーの表情が楽しめることだろう。
演奏者同士が音による対話を積み重ねながら音楽を紡いでいく室内合奏は、クラシック音楽のひとつの究極かも知れない。だがもともとセンチュリーは小編成で、楽団員たちはお互いの音を聴き合うセンスに長けている。室内楽のシリーズはセンチュリーの可能性を拡大し、その存在感を強くアピールする場となるに違いない。なお2017年3月28日(火)には、荒井、松浦、丸山、北口のカルテットによるコンサートが、豊中市立文化芸術センター小ホールで行われることが決定。彼らはそこではなんとジャズに取り組むという。ここでキーマンとなるのは荒井英治だろう。オーケストラでの活躍は言うに及ばず、プログレッシブ・ロックまでも視野に収めたモルゴーア・クァルテットでの活動で日本のクラシック界を刺激し続ける存在だ。「等身大のシューマン、ハイドンが見えてくる“センチュリー”だから、室内楽が面白い。次回は豊中で猛烈スイングジャズを。ついにセンチュリーがここまで来た!」と荒井英治。室内楽の可能性を追求しつつ、遊び心も忘れないセンチュリーの新機軸に期待だ。
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日本センチュリー交響楽団がハイドンの交響曲全104曲の演奏に挑戦する 「ハイドンマラソン」。その長い道のりを併走するハイドン大學も第7回を迎える。これまで音楽学者の大崎滋生氏、指揮者の延原武春氏をはじめ、様々な研究家、演奏家によってハイドンの魅力が紹介されてきたが、今回はその原点に立ち戻ったような内容が楽しめそうだ。題して「ハイドンの交響曲って本当に面白いの?」。 いずみホールで行われている「ハイドンマラソン」をお聴きになった人ならば、ハイドンの音楽の瑞々しい美しさをすでに十分感じていることだろう。リピーターも多く生まれ、センチュリーの演奏にもいっそうのしなやかさが増した。これは一重にハイドンの交響曲が持つ生命力によるものだ。でももしあなたがハイドンのそんな魅力をまだ知らないとしたら、こんなにもったいないことはない。断言してしまおう。ハイドンを知ることは一生の楽しみを知ることだ。そして今回のハイドン大學はその絶好の入り口になるだろう。 「なんかおっさんみたいだし」「あんまり恋愛とかしてなさそうだし」「ちっともミステリアスじゃないし」。みたいな理由から、外見的にもとかく地味に思われがちなハイドン。だがおっさんなのは77歳の長命を保ったからだし、他のふたつについてはモーツァルトにもベートーヴェンにも負けないエピソードがある。「ハイドンの交響曲って本当に面白いの?」。そう、面白いのである。ただ残念ながら重厚長大なロマン派の交響曲の影に、彼の珠玉のような作品の数々は隠れてしまった。面白いのになぜ?という疑問が今回のスタートラインだ。 講師には日本センチュリー交響楽団公演プログラムの曲目解説をはじめ、様々な企画・評論に健筆を振るう小味渕彦之(こみぶちひろゆき)氏を迎える。「V字」「軍隊」「驚愕」「奇跡」などバラエティ豊かなタイトルの逸話も交えて、ハイドンの交響曲の多面的な魅力が語られていくだろう。数々の演奏の現場に立ち会ってきた小味渕氏ならではの視点に注目だ。そしてハイドン大學とハイドンマラソンはふたつでひとつ。「大學」でその魅力に触れたなら、ぜひ「マラソン」でセンチュリーの演奏を楽しんでほしい。最高に贅沢なクラシック音楽の扉がひとつ、開かれるはずだ。 |
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(取材・文/逢坂聖也 ぴあ関西版Web)
(2016年10月26日更新)