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観客が自分の家族について、ふりかえる好機となる舞台

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「La Mère 母」東京公演より

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「Le Fils 息子」東京公演より

壊れかけた家庭を通して愛の意味を問うフロリアン・ゼレール作の家族三部作『父』『母』『息子』は、洋の東西で共感を集めている。夫婦や親子の絆の確かさと脆(もろ)さに迫る演劇は、国境を越えて現代人の悩みに呼応するのだ。認知症を患う老父の視線から周囲をとらえる『父』、父母の離婚を嘆く若者の危機を追う『息子』は、既に日本人俳優によって上演され多くの受賞に輝いた。

2024年春には日本初演の『母』と『息子』(演出:ラディスラス・ショラー)が同時上演された。共にスリリングな展開で、次はどうなるか、と観客は耳目を凝らす。二作品の素材となるのは別々の家庭で、登場人物の年齢も違うが、役名は同じで物語の軸となるカップルの妻はアンヌ、夫はピエール、息子はニコラ(『母』では25歳、『息子』では17歳)。この工夫は両作のキャラクターがどこにでもいる人で、二本の芝居は普遍的な話、という印象を与える。

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「La Mère 母」東京公演より

『母』の主人公アンヌ(若村麻由美)は22歳で結婚し、夫や子供たちの世話に生きがいを見出していた。しかし、今や息子ニコラ(岡本圭人)は恋人エロディ(伊勢佳世、『息子』ではソフィア役)と暮らし、夫ピエール(岡本健一)は仕事を盾に留守がち。家族に必要とされない自分を「空っぽ」と言う不安定な状態を、若村麻由美が鮮やかに演じる。未来に向かって歩む夫や息子を責める姿には、悲哀と同時に滑稽が滲む。やがて、夫やエロディを罵(ののし)る攻撃はアンヌの願望か、来訪する息子や恋人は幻影か......、虚実の境があいまいに溶けだす。老いを恐れ、嫉妬に駆られる態度に笑いを誘われるうちに、眼前の場面はアンヌの想念の世界なのでは、という疑念が湧く。精緻な照明(北澤真)や、美しい音楽(ヴィヴァルディ『四季』をマックス・リヒターが再作曲したもの等)が彩るステージは、アンヌの揺れる内面に観客を引き込む。

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「Le Fils 息子」東京公演より

アンヌが夫の不倫を疑う『母』のせりふは、『息子』の背景となるピエールの再婚と響き合う。両親の離婚後に不登校となった思春期のニコラは、アンヌに反抗して、父と新しい妻ソフィアと義弟が住む家に引越す。が、父の家にも転校先にも居場所を得られず、孤独に浸り意欲を失う。大人に不信を抱くニコラは、ソフィアとピエールの間にも亀裂を走らせる。父母の別れがニコラに与えた衝撃の大きさは、親を慕う情の深さを示す。彼を救おうとアンヌとピエールは努めるが、親子の気持ちはすれ違う。三年前に『息子』で初舞台を踏んだ岡本圭人は、D.H.ファン作『M.バタフライ』(演出:日澤雄介)など多様な作品を経て、表現の幅を広げた。再演においては無垢と陰翳を交錯させる柔軟な演技で、実父である岡本健一と火花を散らす。

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「La Mère 母」東京公演より

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「Le Fils 息子」東京公演より

愛に基づく葛藤、そして、愛の力の限界を伝える『母』と『息子』を続けて鑑賞すると、それぞれの戯曲に応じた動く装置(美術:エドゥアール・ローグ)も楽しめる。生成と変容が絶えない各空間は、役者たちが繊細に紡ぐ物語と一体化して生の舞台ならではの興奮を呼ぶ。
今年4月に初来日したゼレールに、大切に思っていた者同士が傷つけあう設定が、両作に共通している理由を尋ねた。

ゼレールは澄んだ青い瞳をまっすぐ筆者に向け、丁寧に答える。

「身近な誰かが最善を尽くしても、ほかの人の痛みを理解することは難しいからです。相手を助けるつもりで追い詰めてしまい、結果的に傷つけあう経験は、実人生で多くの人が味わいます。『息子』の戯曲にはニコラの苦悩の源を書かなかったし、問題の要因は最後まで分からないままです。この謎について、観客に自由に語り合ってもらいたい。登場人物が精神の不調を恥じる傾向を描いたのは、疲れた存在を抑圧する社会風土に気づいてほしいから。絶対に心を病まない人なんて、この世にいるでしょうか? 私の仕事がメンタルヘルスについて、人々の率直な対話を促すきっかけになれば嬉しいですね」

移ろい続ける人間の関係を探るゼレールの戯曲を、スタッフと俳優が磨きあげた舞台のエッセンスは観劇後も筆者の記憶に宿る。
たとえば、『息子』でニコラの行為がもたらす戦慄は、疎外感に沈むと脳裏をよぎる。いっぽう、ピエールを励ますソフィアの「辛くても人生は続くの」(翻訳:齋藤敦子)という声は、悲観に傾くと蘇るのだ。

文:桂 真菜(舞踊・演劇評論家)
撮影:藤井光永




(2024年5月 2日更新)


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「La Mère 母」

チケット発売中 Pコード:524-183
▼5月10日(金)・11日(土) (金)18:00 (土)12:00
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
全席指定-8500円
[作]フロリアン・ゼレール
[翻訳]齋藤敦子
[演出]ラディスラス・ショラー
[出演]若村麻由美/岡本圭人/伊勢佳世/岡本健一
※未就学児童は入場不可。
※販売期間中はインターネットでのみ受付。店頭での直接販売はなし。お1人様1公演4枚まで。
[問]芸術文化センターチケットオフィス■0798-68-0255

チケット情報はこちら


「Le Fils 息子」

チケット発売中 Pコード:524-979
▼5月11日(土)・12日(日) (土)17:00 (日)13:00
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
全席指定-8500円
[作]フロリアン・ゼレール
[翻訳]齋藤敦子
[演出]ラディスラス・ショラー
[出演]岡本圭人/若村麻由美/伊勢佳世/浜田信也/木山廉彬/岡本健一
※未就学児童は入場不可。
※販売期間中はインターネットでのみ受付。店頭での直接販売はなし。お1人様1公演4枚まで。
[問]芸術文化センターチケットオフィス■0798-68-0255

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