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『インヘリタンス』大阪公演目前!
福士誠治「どうしても見てほしい作品」

2015~18年のニューヨークを舞台に、1980年代のエイズ流行初期を知る60代と、若い30代・20代の3世代のゲイ・コミュニティの人々の愛情、人生、尊厳やHIVをめぐる闘いを綴った『インヘリタンス』。作家のマシュー・ロペスがE・M・フォースターの小説『ハワーズ・エンド』に着想を得て書き上げ、オリヴィエ賞4部門、トニー賞4部門受賞した話題作だ。 このたびの日本初演の演出を担うのは熊林弘高。ニューヨークのゲイ・コミュニティの人々が差別や偏見を乗り越えて獲得してきたものとは何か。世代を超えて語り継がれる感動のドラマを個性豊かなキャストで描いていく。 主人公・エリックを演じる福士誠治が、東京公演の合間を縫って来阪し、作品について語った。前篇・後篇を通じて6時間半という上演時間も早々に話題となった本作。まずは、初日を無事迎えての「体感」から聞いた。

■福士誠治が体感した初日の「6時間半」

自分の俳優人生で6時間半の大作は初めてでした。稽古場では3時間の前篇と、3時間半の後篇を分けてやって、1回だけ稽古場で全編を通したのですが、東京公演でお客さんを前にして集中してやったときは、今まで感じたことのない疲労感がありました。

幕が閉まると普段はキャスト同士で「よかったね。終わったね」とか言うのですが、初日の前篇が終わったときはそれが一切なかったですね。後篇がまだあるので「おつかれ!」と言う感じではなく、「まず半分が終わった」という感じでした。それはちょっと不思議な光景でもありました。

■出演オファーを受けて

オファーは1年前にはいただいていたように思います。たまたま「熊林さんが『インヘリタンス』をされる」と聞いていたので、「来たー!」と思いました(笑)。即答で「これはもう、やるっきゃない」と。熊林さんとは二度、一緒にものづくりさせていただいています。大好きな演出家で、またいつでもやりたいと思っていたので、今回で運命を感じました。大変なことは目に見えているけど、お声をかけていただいたという光栄もありましたし、やるべきなんじゃないかなと思いました。

■稽古期間の様子

稽古は、昨年の12月中はテーブルワークといってみんなで台本を開いての読み合わせや、専門用語やエイズについての勉強会をして、1月に入って立ち稽古が始まり、約1カ月で6時間半の舞台を作り上げました。熊林さんはとてもきちんと段階を踏んでくださる方なので、まずはテンポや台本に書かれている本質的な部分を読み合わせで確認して。ゆっくりと嘘がないように作らせていただきました。すごく丁寧に俳優さんに寄り添っていただいたと思います。

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■演出家・熊林弘高について

熊林さんはしっかりと段階を踏んで、1日1日、「今日もちゃんとステップアップできている」という感覚をくださるような、気持ちの上でも停滞しない稽古をしてくれる方だと思います。それでもセリフ量が多いので、稽古場では「後篇は来年、公演したいね」とか、みんなの間で冗談がいっぱい飛んでいましたね(笑)。また、熊林さんはユーモアのあるシーンを作りたいと思っている方で、俳優陣もそこは楽しんでトライしていました。削ったり、また違うことをやったりというコミュニケーションも取れる方なので、本当にクリエイティブないい時間を味わわせてくれました。

■参考作品

(『インヘリタンス』と同じテーマの)『エンジェルス・イン・アメリカ』とか、映画『ブロークバック・マウンテン』などを、キャスト内でも当たり前のように見ていました。篠井英介さんに「『ノーマル・ハート』、面白いよ。映画としても面白いし」と言われたら、時間があるときに見たり。80年代のHIVの初期の頃を感じることで、この作品に活かせるところもありましたね。

熊林さんは『ハワーズ・エンド』をリスペクトしていて、マシュー・ロペスさんもこの映画が大好きなので、『インヘリタンス』を読み解いていく間に、ちょっと意味が分からないかもという時は、熊林さんが『ハワーズ・エンド』を読み返して、解釈を教えてくれました。僕はあえて『ハワーズ・エンド』は読まなかったのですが、ヒントになることは参考にしました。また、全然違う作品の「このシーンを見といて」とか、「喧嘩のシーンはこういうイメージがあるかも。静かな怒りというか」とか、そういうアドバイスもありました。

■演じるエリックについて

この作品は、一冊の本が出来上がるまでを作家の視点で書いたもので、言葉がたくさんあるんですね。その中でエリックのこともモノローグのようにたくさん語っていて、冒頭に「エリックは、特別だとは思っていない。凡人だと思っている人」というものがあるのですが、それが僕の中でキーになっています。エリックは音楽や映画、芸術に触れながら、みんなとお話をして、楽しい時間を過ごすことにとても幸せだと思うような人。作品は、そんな彼が失恋や別れを経験して自分の生き方を見つけるまでの成長期というか、いい意味での発展途上な瞬間を描いているかなと思っています。

■エリックのキャラクターについて

エリックはバランサーとか、中間管理職とか、そういう言葉が合うのかなと思います。不穏な空気や、ピリピリした空気になると、すぐ話題を変えたり、みんなをハッピーな気持ちにさせたがるような人だと僕は思っています。

例えば、ケンカのシーンでも「そこまで強く言ったらこの関係が終わっちゃうんじゃないかな」とか、エリックはそういうことにとても敏感で。「うるさい、バカ野郎!」と言った直後に「あ、ごめんね、口が悪かったですね」と言える人でもあって。そのバランスを思うと、エリックはとても生きづらい人でもあるんだろうなと思いますが、他の人にはない優しさを持っているかなと思います。

■エリックを演じる難しさ

バランスをとったり、場の空気やピリピリした雰囲気を和ましたいと思うことは僕自身もちょっとあるので......、今、皆さんは感じていないかもしれませんけど(笑)、なんとなくそこはエリックと似ている部分があるなと思っていて。その中で、エリックのどこを読み解くことが大事なんだろうと。エリックが何を大事に思っているか、生き方の根本に何を持っているのか。

エリックはとても愛情深い人で、その愛は親やおばあちゃんに教えてもらってきました。これは受けとり方もいろいろあるのですが、僕は台本を読んで、エリックは愛を感じるために恋人とのセックスを大事にしている人物だとわかって。大好きな人とセックスをすることがとても幸せだと感じる人。そういうところがあることに気づくまでが、表現をする上で大変でした。

たとえば、60歳のヘンリーは「死に至る病」である時代のエイズを経験しているゲイの方なんですね。ヘンリーはセックスをすることによって人が死んだ時代を歩んできたので、大事な人ほど触れられない。だけど、エリックはセックスをして愛を確かめたい。「なんでヘンリーはセックスしてくれないんだろう」と考えるエリックの、そういった部分を読み解くことが大変だったかなと思います。

■エリックの「見せ場」

エリックは感情が爆発しない人。怒りや不条理をいっぱい感じているけど、それを表に出さず、蓋を閉める瞬間も多々あるので、そういうところも見せ場ではないかなと思います。いわゆるこの作品の「見せ場」というと、わかりやすく「脱いでいます」ということになるのかもしれませんが、そこではない、もっと深いところを感じてもらえたら嬉しいなと思います。

■作者マシュー・ロペスについて

来日されたときにお会いしました。マシューさんは、『インヘリタンス』を書くにあたって、「こんなに長い作品になるとは自分でも思っていませんでした」と言って笑っていましたね。書いている間はとても孤独な作業だったけど、完成して世界各国で翻訳されて演劇になった時に、初めて自分が共同作業をしているような気持ちになったそうです。今回も、日本版を観て、「勉強になったし、新しい感覚をもらった」ともおっしゃっていました。

エリックについては、「稽古中、すごくストレス溜まったでしょう?」と言われました。それは僕もすごくわかって。劇中、みんなに言葉をぶつけたくなる時があるのですが、エリックだから言えない。そういうところをマシューさんとお話したら、「最後の最後まで演じ切った時に初めて、エリックがわかるかもしれませんよ」とおっしゃっていて、とてもいい時間でしたね。

■エイズという病気にどう向き合うか

僕は1983年という、ちょうどエイズという症例が急増した時代に生まれました。HIVを扱ったドラマなどは小さい頃に見ていて、その頃は死のイメージがとても強い言葉でした。

『インヘリタンス』の時代背景は、2015年から2018年のニューヨークで、最近の医療技術やHIVの治療方法、予防法なども描かれています。稽古中には、医療従事者の方やHIVのキャリアの方を招いて、キャスト・スタッフ全員で勉強会をしました。今はどういう薬があって、どういうふうに治療できるとか、ウイルスが増殖しないようにどんな薬を飲んでいるかとか、最新の医療についても聞きました。

そういう情報を聞いて、どうにか伝えていきたいと思いました。嫌悪感や怖さなどは、知らないから生まれると思うんです。僕自身、エイズという病気の正しい情報を、この作品から深く知ることができたので、舞台を通じて多くの人にも知ってほしいなと切に思いました。

■寛容と不寛容

人はみんな違う。違うから恐れたり、怖がったり、偏見を持つ、そういう不寛容をこの作品に教えられたというか。もちろん人間だから苦手な人はいるし、嫌いな人もいていいと思いますが、そういうことではない、その人自身を見ずに「〇〇だから嫌い」とか、「〇〇だから否定する」というのは違うのではないか。それではあまりにも不寛容ではないかと。そんなことがこの物語にも切に書いてあったので、人が人を思う時の優しさがもっと広まったらいいなと思っています。

■「どうしても見てほしい作品」

『インヘリタンス』は前編が3時間、後編が3時間半あって、どちらも15分の途中休憩があります。「上演時間6時間半」がキーワードでもあるので、なかなか腰が上がらないかもしれませんが、テンポ感やシーン変わりがとても秀逸なので、体感時間はあっという間ではないかなと思います。

どうしても見に来てほしい作品なので、「あなたの人生のうちの6時間半を、僕たちに預けてくれませんか」というか...。長時間かもしれませんが、いろんなものの受け取り方を変えてくれるようなパワーを持った作品だと思うので、ちょっと重い腰を上げていただけると、また新しい景色が見えるんじゃないかなと思います。ぜひ見に来てください!

取材・文/岩本




(2024年2月27日更新)


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あらすじ

[前篇]
エリック(福士誠治)と劇作家のトビー(田中俊介)、初老の不動産王ヘンリー(山路和弘)とそのパートナーのウォルター(篠井英介)の2組のカップルを中心に物語は展開する。ウォルターは「田舎の家をエリックに託す」と遺言して病死する。トビーの自伝的小説がヒットしてブロードウェイで上演されることになるが、その主役に抜擢された美しい青年アダム(新原泰佑)の出現により、エリックとトビーの仲は破たんする。しかしトビーはアダムにふられ、彼にそっくりのレオ(新原泰佑 二役)を恋人にする。一方、リベラルと保守の両極のようなエリックとヘンリーが、ふとしたことから心通わせる。エリックは、ウォルターの遺言の「田舎の家」が、エイズで死期の近い男たちの看取りの家となっていることを知る。

[後篇]
エリックとヘンリーが結婚することになり、ジャスパー(柾木玲弥)ら古い友人たちとの間に溝ができる。結婚式に、トビーがレオを伴って現れる。レオを見て顔色を変えるヘンリー。トビーは式をぶち壊して失踪する。トビーに捨てられHIVに感染し行き場をなくしていたレオをアダムとエリックが救う。レオを「田舎の家」に連れて行くと、そこには男たちに寄り添い続けたマーガレット(麻実れい)がいて、この家で起ったことを語り始める…。ウォルターの遺志を継ぐ決心をするエリック。レオは彼らの物語を書き残していく。


『インヘリタンス-継承-』

チケット発売中 Pコード:523-245
▼3月2日(土)12:00<前篇>
▼3月2日(土)17:00<後篇>
森ノ宮ピロティホール
シングルチケット-12000円(全席指定) セットチケット-21000円(全席指定/前後篇)
[原作]マシュー・ロペス
[演出]熊林弘高
[出演]福士誠治、田中俊介、新原泰佑、柾木玲弥、百瀬朔、野村祐希、佐藤峻輔、久具巨林、山本直寛、山森大輔、岩瀬亮
篠井英介/山路和弘/麻実れい(後篇のみ)
※15歳未満は入場不可。出演者変更に伴う払戻し不可。車いす席をご利用のお客様はチケットをご購入の上、事前にお問い合わせ先にご連絡ください。2枚以上でご購入されたお客様は、状況によっては連席でご案内できない場合がございます。予めご了承ください。公演中止の場合を除き、お客様の体調不良および新型コロナウイルス感染によるチケットの払い戻しはいたしません。セットチケットは前篇後篇同じ座席番号になります。チケットは失くさずお持ち下さい。
[問]キョードーインフォメーション■0570-200-888

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