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DJ樋口大喜の落語家一日入門 第2回 楽屋編

FM802のDJで、落語に造詣が深く、高座で実際に落語も披露したことがある樋口大喜が天満天神繁昌亭を訪れ、桂塩鯛一門の桂米紫に1日入門! 第2回は落語家としての心得などを学ぶことに。そして、番外編として米紫の挫折体験とは何かと聞いた先に、落語家としての心構えが見えてきた。

樋口大喜(以下、樋口) 今回は天満天神繁昌亭の楽屋でお話させていただきます。

桂米紫(以下、米紫) よろしくお願いします。

樋口 まず、入門1年目、2年目の方が教わることってなにですか?

米紫 僕が入門して最初に言われたのは、「先輩たちの靴を揃えなさい」。それが最初に言われた心構えでした。

樋口 その真意とはなんでしょうか?

米紫 履物を揃えることが全てのスタートやと。楽屋に先輩が来られて、上着を脱がれたら、パッとハンガーを持って「おかけします」。お座りになって、ちょっとゆっくりされたらお茶をお出しする。「熱いのと、冷たいのと、いかがいたしましょう」と。それを気持ちのいいタイミングでするんです。たまに気を遣いすぎる弟子がいるんです。先輩が座るのを待って、「早く座らへんかな...お茶のこと聞かなあかんねんけど、早く座らへんかな」みたいな(笑)。そうじゃなく、ナチュラルに、細かい気遣いをしなさいと一番に教わりました。

樋口 落語を教えてもらう前に、そういったことを習うんですね。

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米紫 絶対に気は遣わなくちゃダメなんですけど、気を遣いすぎて向こうに察せられてはいけないし。そこがすごい難しかったですね。

樋口 今のお話で言うと、高座に上がる前は、お客さんに見えない部分の雰囲気も大切にしないといけない。そのために気を遣わないといけないのかなと。

米紫 それはあるでしょうね。楽屋入りした時からちょっとエンジンかけてるみたいなところはありますからね。

樋口 落語には気ぃ遣われへん人が出てくるじゃないですか。だからこそ気を遣う、遣わないということを考えないと、そういう人物を細かく演じられないのかなと思ったりもしました。

米紫 確かにそうですよね。落語家自身が、気のつかん、落語に登場するような人やったら、その面白さもわからへんわけやからね。たまにそういう落語家がいますけどね(笑)。ナチュラルボーンアホみたいな人(笑)。

樋口 落語家としては、そういう自然な人の方が強いですか?

米紫 それはそれで勝てない面白さはありますね。最後は人間の面白さやったりしますから。「僕ら、養殖モンなんやな」って思う時あるもん。喜六なり何なりアホを演じているけど、「こいつは天然モンや」って思う時はあります(笑)。ただ、それが落語家としてすごいのかどうかは別です。せやから、ええバランスが必要なんやと思いますよ。車の両輪で言ったら、アホなことをしゃべる芸やけども、同時に古典芸能であり、先輩からいただいた芸を次に残していくみたいな使命もありつつという。落語は、このギャップが面白いなと思いますね。

樋口 では、米紫さんにとって高座とは、どういうものですか?

米紫 落語は、しゃべろうと思ったら、どこででもできるんですよ。稽古も家でできるし、道を歩きながらでもできる。でも、本番となるとお客さんがいてはって、生の反応を聞いて、その都度変えていく。さっき言った気を遣ったりというのも、全部、本番に向けての準備なんです。だから、高座の上で、お客さんの前でしゃべるというのは、ちょっとかっこええ言い方になるけど、そのために生きているというのか...。ちょっとキザやけど(笑)。それはマイクの前に立つ時も一緒じゃないですか。

樋口 ラジオも、そうでないといけないんだろうなと思います。何するにあたっても、そこにつながっていかないといけないというか。

米紫 これ、僕、ほんまに思うけどね、曲芸であるとか、マジシャン、ダンサーとかもそうやけど、それって素人ができないことじゃないですか、明らかに。ジャグリングとかもね。めちゃくちゃ稽古せなできへんことじゃないですか。そやけどね、落語家とかDJってね、しゃべるだけなんですよね、極論を言えば。それって誰もができることじゃないですか。落語を全然知らん人でも「この原稿を覚えろ」って言ったら、しゃべることはしゃべれるから。だから、プロとアマの違いがあいまいというか。

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樋口 今、YouTuberとか、TikTokerがいるから、それこそ、プロかアマチュアかみたいな話になってくると思うんですよ。それはすごく考えたことがありました。でも極論は人間なんやなぁって。その人自身に焦点やスポットライトが当たったときに、輝きを放ってお客さんを喜ばすことができる人たちのことがプロなんじゃないかなって。

米紫 そうですよね。そういう意味では、僕らやったら、高座に座った時、樋口さんやったらマイクの前に立った時っていうのが勝負できる瞬間やし、大層に言えば、そこで自分の人生の真価が問われるというのかな。その存在価値として。

樋口 「ラジオDJ」という言葉はもう死語やと思ってるんです。誰しもがYouTubeとかSNSで「この曲いいよ」って紹介できるし。だから「ラジオDJ」というのは、もしかしたら自分たちが最後の世代なんじゃないかもしれないと思う時があります。

米紫 ネットラジオもありますし、自分らでどんどん発信してはるもんね。

樋口 はい。でも、そうだと思いながらも、自分のラジオの原体験でもあるのですが、ラジオDJが全然関係ない話から曲を紹介した時、その曲が輝く感じとか、そういうことは他の職業には取って代えられないとは思っています。

米紫 そうですよね。樋口さんがマイクの前に立った時もそうやろうし、僕らが高座に座った時もそうやけど、たまにバチ―ッと気持ちいい瞬間があって、それはもう中毒的というか。年に1回とかあればええ方やけど、高座はめちゃくちゃ気持ちいい経験が出来る場所ではありますね。

樋口 それを気持ちいいと感じる尺度って、お客さんのウケもありますけど、半分は自分によるところがありませんか?

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米紫 それはそうです。絶対あります。「今日の出来が悪かったんは、稽古してへんかったからや」ということを感じ取られたら、あんな苦しい場所はないです。高座に座ってて(笑)。

樋口 では、これは番外編としてお聞きしたいのですが、米紫さんにとって一番大きな挫折とは、なにですか?

米紫 樋口さんは今、31歳でしょ? 今の樋口さんぐらいの頃が一番しんどかったと思います。若い頃はみんな差がないんですよね。みんなが若手やから、みんなが人気ない。そして誰しもが根拠のない自信に満ち溢れています。それが、落語家って30歳ぐらいから徐々に違いが出てくるんですよ。世間的に注目される人が出てくる。その頃は正直、羨ましいとか、妬み嫉みは正直、ありました。だからといって、肩の力を抜かないかんと思いすぎても邪念になる。「なんでここでウケへんねん」と思うのも邪念。「よ~し、めちゃくちゃ笑わせたるぞ」という欲さえも邪念になる時があって。そういう中での葛藤が30代前半ぐらいまでありました。でも、第1回でお話したように、年齢的に図太くなって、丸くなってくると、「自分には自分の味があるやろうし」とか、売れている人に対しても「上方落語界の発展のためにもっと売れてもうたらええ」と思うようになって。僕は、その葛藤の中で落語を辞めようとか、挫折したということではなかったですけど、30代前半まではしんどかったですね。

樋口 その風穴を開ける出来事はあったんですか?

米紫 それは徐々に吹っ切れていきましたね。僕は僕の思う落語をやればいいんだなって段々思うようになって。おそらく年齢的なものでしょうね。まあ結局は地道にやること。売れてる人らは大きいホールでやったりしますよね。僕らはちっちゃいとこでしかできひん。そのことに腐って、「俺、もう会なんかやらへん!」ってなったらあかんかったでしょうけど、僕は僕なりに落語は好きやし、ちっちゃい会場で会を続けて、僕の落語が好きといって来てくれはる人がいてはって。その方たちがアンケートに嬉しい感想を書いてくれはったり、SNSでの感想を見ていくうちに、吹っ切れていったように思いますね。言葉にするのは難しいけど、程よくということでしょうかね。

樋口 確かに、いい塩梅みたいな。

米紫 そう、いい塩梅。心地良い生き方をしていたら、それが自分の落語に出るんだと思います。

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文/岩本
撮影/福家信哉




(2023年9月14日更新)


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Profile

【写真右】
樋口大喜(ひぐちだいき)●9月10日生まれ O型。生まれた瞬間から、『大喜び』と名付けられ、生まれ持ってのエンターテイナーという使命を負う。中学生の頃、ラジオ番組の電話リクエストでラジオDJに悩みごとを相談し、今までにない励ましを受けたのをきっかけに、ラジオDJになることを決意。大学ではキャンパスDJや実況、テレビ番組の司会などを経験。同時に、女の子にキャーキャー言われたいためだけにバンド活動を開始。その勢いで就職活動を開始するも惨敗。交通費がかさみ、ヒッチハイクで就職活動を続行している中、とあるバンドワゴンに出会い、音楽の素晴らしさを改めて感じ、再燃。留年を決意し、2度目のチャレンジでFM802DJオーディションに合格。

【写真左】
桂米紫(かつらべいし)●平成6年3月16日、桂都丸(現塩鯛)に入門してとんぼ、平成9年に都んぼに改名、平成22年8月6日に四代目桂米紫を襲名。平成11年NHK新人演芸大賞、平成21年文化庁芸術祭新人賞受賞ほか。主な会は「米紫の会」「ごにんばやしの会」ほか。関西を中心に各地で自らの落語会を数多く開催する傍ら、イベントの司会、近頃はマスコミ方面にもその元気溢れるキャラクターで露出が増えてきた。関西小劇団公演や「新生松竹新喜劇」、藤山直美、川中美幸公演などの商業演劇に出演したり、地元紙でコラムを掲載したりと多分野で活躍。新作から人情噺まで持ちネタも豊富で、おなじみの古典落語にも他の演者とは違う独自の味をにじませる。芸人らしい愛嬌の中に、米朝一門としての芸の確かさと、ざこば一門譲りの情熱とパワーを併せ持つ、若手熱血実力派落語の第一人者である。


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