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「3人を育てていただいた会。やり続けないかん」
桂文珍、桂南光、笑福亭鶴瓶が2年ぶりに集結
桂文珍が、落語への思い、「夢の三競演」への思いを語る

桂文珍、桂南光、笑福亭鶴瓶という上方落語のスターが競演する落語会「夢の三競演」。2004年にスタートし、いまや上方の冬の風物詩といえる人気の落語会だ。昨年はコロナ禍で開催を見送ることになり、今年は2年ぶりに3人の顔合わせが実現する。コロナ禍を機に「落語を見つめ直した」という文珍師匠に、落語への思い、「夢の三競演」にかける思いを聞いた。

――昨年から今年にかけて、新型コロナウイルスが私たちの生活を一変させました。
 
「これは創造的休暇というか、ニュートンはペストが流行った時、疎開中にリンゴの木を見てて引力を発見したんですよ。ボッカチオという人も、ペストの流行中に『デカメロン』っていう本を書いてるねん。ははぁーと思って。困った時期をどう過ごすかやと。一方翻って、私の方は…何もしてません(笑)」
 
――当初は、お仕事もできなかったのでは?
 
「落語会もキャンセル、延期ばっかりで、ものすごい時間ができた。これは、なんか考えようと思って、約60年ぶりに丹波篠山の実家へ疎開したんです。去年の春ぐらいから行ったり来たりしてるねんけど、嫁はんに『一緒に行こう』言うたら『虫がおるから嫌や』と。かと言うて、別居離婚とかそんなんちゃうねん。愛し合ってるからね(笑)。で、『私が死んだら、あなたは自分で料理して一人で生きていかなあかん。今から稽古しなさい』と、死にそうにもない顔でおっしゃるんです。その手に乗るかと思ったんやけど、やってみたら面白かったんですよ。黒門市場やデパートで食材を仕入れて、今日は何作ろうかなと(笑)」
 

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――なぜ、ご実家に帰ろうと思われたんですか?
 
「ナチュラル・ソーシャル・ディスタンス…日本語でいう過疎(笑)。有線放送で毎朝、サルの群れの出没情報が流れるんです。そういうところで日々を過ごす豊かさ。自分の生まれた場所に60年ぶりに戻って考え始めるとね、『こんなええとこあるのに、なんで俺は出て行ったんだろう』と。景色も昔と変わってない。今朝も、お日さんが照ってる庭を眺めながらコーヒー飲んでたら、ちょっとこれ、ええんちゃうのって思ったりね。そんな生活をしてると、今まで見えなかったものが見えてきたというか。落語家とはどういう仕事で、自分がしなければならないことは何か…を見つめ直すいいキッカケになりましたね。これまで、たくさん見たいもん聞きたいもんがあっても出来なかったんですが、コロナ禍で時間がとれたので、先輩方の名人上手の芸をいろいろと勉強させていただきました」
 
――一方で、昨年の2~3月は東京・国立劇場での20日間に及ぶ芸歴50周年記念の独演会が、コロナ禍によって、数日は振り替え、或いは延期や中止となりました。
 
「あの時は、やっぱりすごく落ち込みましたね。でも待てよと。これは『もう1回チャンスをあげるから、頑張って』っていうことかなと思うんです。まぁ、その時は襲名も含めて考えようかなと。桂米朝にしようか、桂春団治にしようか、いや、笑福亭松鶴にしようか、柳家小さんにしようか、三遊亭圓生にしようか…いろいろ考えたんですが、“桂ワク珍”がええなぁと(笑)。そんな冗談ばっかり言うてますけど、“リ・スタート”やね。いただいた命が伸びたという感じを、みんなで共有したい。コロナを超えて、お互いに健康でまた笑って過ごせるように念じたいですね。そんなもん、およそ3年間ぐらい長生きしたらええだけの話やんか。そのうち治療薬もできるやろうしね」
 
――そんな中、ケレン味たっぷりの演目を天満天神繁昌亭の15周年で披露されたとか。
 
「しっかりしたネタもええけど、楽しいネタもしっかりやらないかんなと思いましてね。『青菜』を四天王プラス仁鶴師匠でやったんよ。配役決めて、キャストの発表から始めるんです。植木屋・笑福亭仁鶴師匠、旦那・桂米朝師匠、奥方・三代目桂春団治師匠、植木屋の女房を六代目笑福亭松鶴師匠。ほんで、風呂を誘いにくる竹やんを五代目・桂文枝。これを、モノマネをしながらやるわけです。オープニングで『あたしゃビルの~♪』て歌いながら、『ちょっとエラの張った植木屋さん』言うて…ようウケましたわ。本当は、こういうのは若い子にやってほしいんですわ。なんでもええから工夫してね」
 
――自粛期間中に生まれたんですか?
 
「『オマージュ版 青菜』ね。それと、もう一つ『ヒップホップ版 平林』。『分からない、分からない、私の行くとこ分からない、コロナはいつ終わるか分からない。イエイ!』『菅さん、何でやめたか分からない。イエイ!』。2つとも、ようウケますわ」
 
――「平林」をヒップホップで表現するには、何かキッカケがあったんですか? 
 
「そうやね、米津玄師が『死神』を、あんなにコンパクトに見事にやりよった。負けてられへんがな。『アジャラカモクレン テケレッツのパー』て、そんなん音楽でやるか?! やられたー!って思いましたよね。『ヒップホップ版 平林』は時事ネタを入れるから、やるたびに変わるんです。リズムボックスを使うて。あっ!言うてもうた(笑)」
 
――片や今年の8月8日の恒例独演会は、上方落語では珍しい悲恋物語『たちきれ』が心に沁みました。
 
「『たちきれ』はね、会いたくても会えない…今の皆さんの気持ちによく合うんですよ。気持ち的に入りやすいというのと、娘を失う母親の情をサラッと深くできるようになりました。年齢ですわ。ちょこっと泣くだけなんですけど、グーンと刺さる。この噺のいいところにスポットライトを当てられるというか、そんな年齢になりましたね。結局は落ち着いて、落語の持っている力を信じて向かっていくしかないなぁと。みんな同じように辛い想いをなさってて、落語を聞きたいけど聞けない、人に会いたいけど会えない、お酒を飲んでハメもはずしたいけど、なかなかできないっていう。それをみんな共感として感じていただいてるのが、今の実情だと思いますね」。
 
――お客さんとの関係性や距離感は、この2年で変化はありましたか? 
 
「一番びっくりするのは、演芸場に出てて『みなさん、お互いに協力をし合って、この時代を乗り越えましょう』って言うと拍手が起こる。あれは今までなかったことですね。みんながひとつになるというか。劇場のスタッフも、今までは何となく『仕事やから』っていう感じもあったけど、今はお客さんが楽しむために我々は何をすべきかっていうのを一生懸命、考えてくれてる…そんな時代になってきましたね」
 
――観客側の意識も、今までとは変わっている感じがします。
 
「一期一会の落語会をちゃんと受け止めないといけない。共同参画というか、ライブは一緒に参加して作ってるんだという意識がありますよね。渇望感というか、満たされなかったがゆえに、やる側も見る側もひとつになる大事な時期なんかなあと思います」
 
――また、落語界を含め、エンタテインメントの世界では無観客配信など、演じ手が腐心を重ね新たな発信方法も模索し続けています。
 
「けど、無観客は意味がないのよ。無観客でやるんやったら家でやってたらええやん。それでも頼りないから、家では前にぬいぐるみを置いてました。クマやら、ライオンやらのぬいぐるみを置いてたけど、あいつら笑わへん(笑)。それでも笑わしたろ思てね。それと、やっぱり生でしょ。無観客で落語をやるとね、独り言いうてる変なおじさんになるんよ。稽古と一緒やもん。無観客いうのは、上手いか下手か分からへんのですよ。そういえば、とんねるずの木梨君が面白いこと言うてましたわ。林家正蔵君に『落語がしたいんです』て言い出して。『どうしてですか?』って聞いたら『無観客だから、今だったら上手いか下手か分からないじゃないですか』と。ええセンスしてるなぁ、さすがやなぁと思いましたね」
 
――アフターコロナの落語界は、どうなっていくでしょうか?
 
「より厳しくなるでしょうし、この世界を辞めていく子も出てくるやろね。それと、この三競演につきましては若い方もたくさんお越しいただいてありがたいんですけど、平均すると落語はお客さまの層としては中高年の方が多いんですよ。中高年の方はワクチン接種を早くしているにも関わらず慎重なんです。若い人は、辛抱でけへんから聞きにいきたいわね。だから、支持する層の幅が狭くなってる。劇場には若い人たちがお越しいただいてるというのが特徴的やね。ただ、10月の出番では中高年の方もちらほら来はるようになって。やっぱり安心して笑っていただけるような時代に早く戻したいですね」
 
――三競演は2年ぶりの開催なので、雰囲気もいつもと違うでしょうね。
 
「違うでしょうね。南光さんも鶴瓶ちゃんも全然会ってないから、会うても誰か分かれへんのとちゃうかな(笑)」
 
――最後に、お客様にメッセージを送っていただけますか。
 
「この三競演は、ある意味、我々3人を育てていただいたような会なので、今後も誰かが死ぬまではやり続けないかんと思てるんですよ。だからこそ、お待たせ!私も待ってたよ。ほんとに長かったね。会いたかったよぉ~っていう感じですね。砂漠の中で『水!』って求めるように、『落語!落語!落語!』みたいな感じになっていただきたいですね」

取材・文:松尾美矢子
撮影:大西二士男



(2021年11月 8日更新)


Check
桂文珍(かつらぶんちん)●1948年、兵庫県出身。1969年、五代目桂文枝に入門。時代にアジャストさせた独自の落語世界を構築。昨年2月からは芸歴50周年記念として「桂文珍 国立劇場20日間独演会」を敢行。ドラマ『TOKYO MER』では政界のドンを怪演。

夢の三競演2021
~三枚看板・大看板・金看板~

12月5日(日)一般発売 Pコード:508-734
▼12月22日(水) 13:30
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
全席指定-7000円
[出演]桂文珍/桂南光/笑福亭鶴瓶
※未就学児童は入場不可。
※発売初日は店頭での直接販売および特別電話[TEL]0570(02)9520(10:00~18:00)、通常電話[TEL]0570(02)9999にて予約受付。
[問]夢の三競演 公演事務局■06-6371-9193

チケット情報はこちら

<夢の三競演 演目一覧>

※登場順

2004年
桂文珍『七度狐』
桂南光『はてなの茶碗』
笑福亭鶴瓶『らくだ』

2005年
笑福亭鶴瓶『愛宕山』
桂文珍『包丁間男』
桂南光『質屋蔵』

2006年
桂南光『素人浄瑠璃』
笑福亭鶴瓶『たち切れ線香』
桂文珍『二番煎じ』

2007年
桂文珍『不動坊』
桂南光『花筏』
笑福亭鶴瓶『死神』

2008年
笑福亭鶴瓶『なんで紅白でられへんねん! オールウェイズお母ちゃんの笑顔』
桂文珍『胴乱の幸助』
桂南光『高津の富』

2009年
桂南光『千両みかん』
笑福亭鶴瓶『宮戸川
~お花・半七馴れ初め~』
桂文珍『そこつ長屋』

2010年
桂文珍『あこがれの養老院』
桂南光『小言幸兵衛』
笑福亭鶴瓶『錦木検校』

2011年
笑福亭鶴瓶『癇癪』
桂文珍『池田の猪買い』
桂南光『佐野山』

2012年
桂南光『子は鎹』
笑福亭鶴瓶『鴻池の犬』
桂文珍『帯久』

2013年
桂文珍『けんげしゃ茶屋』
桂南光『火焔太鼓』
笑福亭鶴瓶『お直し』

2014年
笑福亭鶴瓶『青木先生』
桂文珍『御血脈』
桂南光『五貫裁き』

2015年
桂南光『抜け雀』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』
桂文珍『セレモニーホール「旅立ち」』

2016年
桂文珍『くっしゃみ講釈』
桂南光『壷算』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』

2017年
笑福亭鶴瓶『妾馬』
桂文珍『へっつい幽霊』
桂南光『蔵丁稚』

2019年
桂文珍『スマホでイタコ』
桂南光『上州土産百両首』
笑福亭鶴瓶『オールウェイズお母ちゃんの笑顔』

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