ホーム > インタビュー&レポート > 演出家マイケル・メイヤー×柚希礼音インタビュー アメリカのヒッピームーブメントを時代設定にした シェイクスピアの「お気に召すまま」が幕を開ける!
――まず、マイケル・メイヤーさんにお伺いします。シェイクスピアの作品『お気に召すまま』をヒッピ―ムーブメントが盛んであった1967年のアメリカに設定して上演されます。
マイケル・メイヤー(以下メイヤー):英語圏の国、イギリスやオーストラリア、アメリカなどでは、シェイクスピアでも常に何かしら手を加えるものです。『お気に召すまま』では、原作を自分が生きてきた時代に置き換えたらどうだろうと思ったんです。僕は1960年にワシントン郊外で生まれました。僕の父はワシントンD.C.の政府機関で仕事をしていて、子供のころのベビーシッターはヒッピーでした。大統領選ではリチャード・ニクソンが当選しましたが、今と比べたら自由な時代でしたね。
――原作では、オーランドーが長兄のオリヴァーから命を狙われて、アーデンの森に逃げます。一方、主人公・ロザリンドの実の父親も、弟・フレデリックの仕打ちにより宮殿から追放され、アーデンの森で暮らしています。そして、ロザリンドもフレデリックにより宮廷を追い出され、アーデンの森に逃れます。
メイヤー:僕が大人になると、ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュなど共和党の右翼である保守派が主権を握る時代が長く続くんです。ですので、そこから原作の宮廷をオリヴァーやフレデリックら保守的な考え方をする人々が占領するワシントンD.C.に変えました。そして、オーランドーやロザリンドが暮らすことになるアーデンの森を、ヒッピー文化のフリーラブの中心地であったサンフランシスコのヘイト・アシュベリーに設定しています。アーデンの森がヒッピーコミューンのようなところになるんです。僕は今、アメリカで起こっているひどい政治状況から逃れて、日本に来てリハーサルをしています。何年も前からこの作品のアイデアはありましたが、こんな最悪な状況が起こるとは想像すらしていませんでした。僕にとって、日本でこうやって仕事をすることは「ドナルド・トランプの悪夢」というトラウマからのセラピーになっています。日本に来ると、トランプが大統領に選ばれる何年も前の時代にいるような気になります。芸術的にも精神的にもいいバケーションですね(笑)。
――メイヤーさんと柚希礼音さんに伺います。お互い仕事をされていかがですか。
メイヤー:CHIEさん(柚希の愛称)は本当に才能があり、とても面白いし、勇気がある。言葉や文化の違いもあり、彼女にとっても今作は新領域に挑戦していることだと思います。僕がいろんなクレイジーなことをお願いしても、常にオープンに積極的に試してくれる。演出していて彼女には頭が下がる思いですし、感謝しています。
柚希礼音(以下柚希):マイケル・メイヤーさんとお仕事させていただけるなんて、とても光栄です。本当にすごい方だと毎日、毎日驚くばかりです。まず、思いつきと、計算力が混じり合っていて、ただの思いつきでものを言う方ではないんです。『お気に召すまま』を熟読され、深いところまで理解されている上に、ご自身の解釈がある。稽古中でも、突然、違う場面のアイデアを思いついて「こうしたらいいんじゃない?」と。とにかくそのアイデアがすごいんです。それでいて厳しくて、ロザリンドという役に対しては、「これとこれが君には足りない。初日までにはこのように向かうべきだ」と教えて下さいます。また、歩き方や靴などロザリンドの見た目にもすごくこだわっていらっしゃる。今は課題が山積みです(笑)。メイヤーさんと出会えて本当に幸せです。
メイヤー:本当に多くの課題を彼女に投げつけています(笑)。ロザリンドは物語の核ですし、劇中でロザリンドは男性のギャニミードと名乗り、男装しなければならない。二つの役を演じ分けるんです。さらに、自分の身の回りにいる人をロザリンドが指揮して動かす役目を背負う。ですので、ごめんね(笑)。
――今おっしゃったように、柚希さんには男装のシーンがありますが、彼女は何といっても元宝塚歌劇団星組トップスターです。メイヤーさんにとって刺激を受けることはありますか?
メイヤー:もちろんです。初めてお会いしたときに彼女は「宝塚で男性の役しか演じたことがない」と。我々の文化にはありませんので、僕にとっては、本当に刺激的で驚くべきことでした。まずロザリンドを演じて、次に男性のギャニミードをどうやって演じたらいいのかと悩むのが通常の女優でしょう。劇中ではロザリンドより、ギャニミードを演じる時間のほうが長いのですから。でも今回僕は、その部分に関しては心配する必要がない。シェイクスピアの繊細なセリフや言葉のトリックなど、それ以外のものに焦点を絞ることができます。逆にCHIEさんが第1幕でシャネルのようなドレスを着る姿を見るのが個人的に楽しみですね(笑)。観客にとっても楽しいサプライズになると思います。
柚希:ミュージカルでは経験がありますが、最初のロザリンドの登場シーンが、初めて芝居で女の子を演じる場面になります。ワンピース姿になるのは戸惑いもありますが、マイケルさんが「こうやればいいよ」と手本を見せて下さるのがとてもかわいいので、それを真似してみたりしています。そこから男の子になるのも、身分を隠して男の子に見えたほうがいいというロザリンドの意図があり、長年培った男役をお見せするのとは違うんです。そこをしっかり演じなければと思っています。しかもお小姓みたいな男の子になるので、男役のカッコよさよりも、愛らしくてチャーミングでコケティッシュな女の子と男の子になればいいなと思っています。
――柚希さんは、稽古場で宝塚時代とは違う面白さや難しさを感じますか?
柚希:宝塚歌劇団の男役は100年間続いた伝統があって、それを教わり、私なりのものを作り上げてきました。今、外部にいて、女役でも男役でもやはり自分が腑に落ちて、自分本来の感情が生きなければダメだなと感じています。ロザリンドがギャニミードに扮し、オーランドーに好きになってもらうためにあの手この手を使うのを、見ているお客さまに「分かる」と思ってもらえるように演じたいです。
――日本でも上演されたロック・ミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」で有名な、ブロードウェイで引っ張りだこの作曲家・アレンジャーのトム・キットさんが今作の音楽を手掛けます。
メイヤー:シェイクスピアの作品の中でも一番、曲が多いのが『お気に召すまま』です。まずトムには、モビー・グレープやジェファーソン・エアプレインらのバンドをはじめ、ヤードバーズなどフォークロックの音楽のリサーチをお願いしました。フォークロックのテイストが今作には欲しいと思っています。トムは音楽を英語の台本に合わせて作曲します。それに日本で作詞をする方が、日本語の歌詞をつけるんです。ヘイト・アシュベリーに住むサイケデリックで優しい人々の声のように聞こえるかを判断するのは、日本の観客ですね。マリワナをちょっと吸っていたり、タイダイ染めのTシャツを着ていたりする人の言葉であってほしい。そういった人々が奏でる音楽であればと思っています。
――柚希さんはダンスが得意ですが、ダンスのシーンはありますか?
メイヤー:確実にあります。ダンスはロリン・ラタロさんという、ブロードウェイで活躍する素晴らしい振付家が担当します。
――メイヤーさんは、日本での初めての仕事となります。文化の違いを感じることはありますか?
メイヤー:多くのことが違います。まず、稽古場では上履きを履かないといけません。毎日、僕が稽古場に来るたびに、演出助手が「スリッパを履いて下さい」と言うんですよ(笑)。ですので、上履きをABCマートで買いました(笑)。というのも、スリッパを一日中履くと、夕方には足が痛くなり、足の甲をサポートする靴でないとダメなんです。また、ペーパータオルがトイレにないので、手ぬぐいも買いました(笑)。演出助手をはじめ、演出部のスタッフの方々は、皆、すばらしい人ばかりです。稽古場にあるスナックコーナーもお気に入りです。皆が美味しいスナックを持ち寄るので、帰るころには、僕はカボチャの球体みたいに育って、歩けなくなりそうです(笑)。
――最も大変なのは何でしょう。
メイヤー:やはり言葉ですね。キャストの皆さんの台本は日本語です。僕の台本は英語です。CHIEさんが台本を読むと、彼女は頭の中で現代の日本語に置き換える。僕は、シェイクスピアの英語を現代風の英語に置き換える。僕が理解している英語を通訳さんに伝え、通訳さんは日本語に訳す。するとCHIEさんは「台本に書かれた日本語はそうではない」と通訳さんを通して僕に伝える。それを何回も繰り返し、最終的にこうだ!と思う、たったひと言の日本語にたどり着くんです。次の言葉でもそれが始まり、全キャストとやり取りをすることになる。とくに『お気に召すまま』のセリフは長いので、本当に長いプロセスです。
柚希:でも素敵なことなんです。マイケルさんは、「この日本語の言い回しでお客さんは本当に面白いの?」と全部確認して下さるんです。ロックでポップなマイケルさんの世界観にシェイクスピアの古風な言い回しを使うこともあり、それがまた面白いんです。「このセリフはちゃんと韻を踏んでいるか」というところも責任を持って確認して下さる。その作業は本当に大変です。
メイヤー:大変ですが、楽しいですね。うまくいくと満場一致で「それだね!」と皆で共有して感じることができる。逆に、言葉のイメージが湧かなかったり、慣用句的な使い方をしていたり、物語の中でさほど重要性がなかったりすれば、カットします。誰も3時間椅子に座って混沌とした古風なセリフは聞きたくないと思います。どんな瞬間であっても観客にシェイクスピアの言葉を分かっていただきたい。そして、シェイスクピアの比喩を日本語で活かすことも大切です。僕にとっても価値があり、達成感がありますね。
柚希:一つのシーンに出る役者全員がセリフを読みながら、この表現で、その日本語が笑えるか、もしくは伝わるかと協議します。シェイクスピアの言葉は素晴らしい表現が多いから残すところはきっちりと残します。また、リアルさを追求するのも面白くて。シェイクスピアといえば、「~でございます」というイメージでしたが、そうではなく、リアルさとシェイクスピアのいいところが混じったセリフになっています。血が通った言葉になっていると思います。
――柚希さんは、今のカンパニーで感じることは?
柚希:公演ごとに違う役者さんが集まることに、いまだにあまり慣れていません。今回はミュージカルよりもお芝居がメインの俳優の方が多いんです。私が育ってきたお芝居の仕方とは全然違う演じ方をする方が多く、本当に刺激的ですね。ロザリンドはシェイクスピア劇の中でも一番よくしゃべるキャラクターだそうです。知恵をドンドンと働かせていかなければならない役ですので、皆さんの素晴らしい芝居よりも、さらに上をいけるように頑張ります。いまだに緊張していますが、もうすぐ懇親会があるので、そこでキャストの皆さんと打ち解けようと思っています(笑)。今は自分のやることで精いっぱいで、まだ、皆さんとすごく仲良しとまではいっていません(笑)。
メイヤー:『お気に召すまま』の千秋楽の日に、きっと皆さんとすごく仲良くなるんですよ(笑)。それまではやらなければいけないことが多すぎます。
――最後にメッセージをお願いいたします。
柚希:メイヤーさんとトム・キットさんとのコラボで、ポップでロックなシェイクスピアができるなんて、アメリカ人のほうがこのすごさが分かるのではと思います。それほど贅沢なことを日本でさせていただいています。私としても勉強になるばかりです。でも勉強、勉強ばかりではなく、楽しみたいです。初日には、ロザリンドとして生き生きとお客さまの前で暴れ回れるような舞台にしたいです。シェイクスピアというとハードルが高いと思う人もいるかも知れませんが、シェイクスピアの素晴らしさをリアルに面白く、また、難しいところも分かりやすく描かれた舞台になっていると実感しています。楽しみに劇場に来ていただきたいです。
メイヤー:CHIEさんが全部言ってくれました(笑)。『お気に召すまま』はシェイクスピアが書いた史上最高のラブコメディです。僕も日本のキャストの皆さんを通して色んなことを学んでいます。それを日本の観客に届けたいです。稽古場でキャストが演じているのを見て、僕が感じる大きな喜びも観客にお伝えしたいです。初日には、舞台上で、1967年にサンフランシスコで10万人を集めたロックフェスティバル「サマー・オブ・ラブ」に匹敵するような巨大なパーティが開かれるようにしたいですね。
取材・文 米満ゆうこ
(2017年1月 1日更新)