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『三競演』はもとより熱き義太夫愛やネタおろし、
上方落語界の将来についてなど、
落語への思いを聞いた!

毎年恒例の落語会『夢の三競演』の季節がやってきた。桂文珍、桂南光、笑福亭鶴瓶というまさに“夢のビッグ3”による落語会は毎回、お三方の1年の集大成とも言えるべき渾身の高座で楽しませてくれる。ぴあ関西版WEBでは2011年より毎年、お三方にインタビューを実施。第三弾は桂南光師匠のインタビューをお届け。南光師匠が夢中になっている義太夫についてや、ネタおろしのこと、上方落語界の将来をどう見据えていらっしゃるのかなど、『三競演』はもとより落語そのものについてたっぷり聞いた。

――まずは、2016年を振り返っていただきましょう。

4月から毎日新聞で「南光の『偏愛』上方芸能」っていうて、私が気に入ってる、気になってる上方芸能を月1回取材させてもうてるんです。一番最初に豊竹呂勢太夫さんとこへ行って、あの人の文楽に対する熱い思いを聞いて感動して。実は彼は見台とか文楽人形とか、すごいコレクションしてはるんですよ。で、その時のテーマが見台でね。見台はお謡でも落語でも使うでしょ。でも、義太夫の見台だけが、あまりにも豪華じゃないですか。なんでこんなもんを使うようになったのかが知りたくて。昔の文献を見たら、竹本義太夫なんかが語ってる時は斜めの板みたいなもんなんですよ。呂勢さんも調べてて、あの豪華な見台ができたのは、江戸の末期から明治、大正、昭和やと。旦那が自分のお師匠さんとか、贔屓にしてる人にそういうものを贈りだしたんですよね。ほんなら、見台屋さんという専門の店が何軒もできて。自分の紋を入れるとか、蒔絵を施すとか、セミオーダーできる基本形まであって、そういうカタログも見せてもらいました。

――今よりも旦那衆がたくさんいた、豊かな時代だったんですね。

で、私が義太夫を稽古しているというので、「南光さんが喜ばれるんじゃないかと思って」と、彼が持っているうちの3つの見台を用意してくれてはってね。宝づくしっていうて、打ち出の小槌とか色々蒔絵で描かれて。そんなんを今、1から作ろうと思ったら何百万ってかかるんですよ。骨とう品屋さんから集めたすっごい良いやつを譲ってくれはると。それを家内の反対を押し切って買わせてもらいました。呂勢さんも喜んでくれはって「でんでん病にかかりましたね」と。彼独特の言い方で文楽にハマることを「でんでん病」って言うんですけど、「どんどんハマるように」と。ただ、嫁さんには「死ぬまでに何回使うんですか?」と言われたんで「毎日使う」言うたら「迷惑や」。だから、(桂)雀三郎君とか(桂)文之助君とか、義太夫の稽古をやってる人に「寝床の会をやりましょう」と言うてるねんけどね。落語もやって。他の人にも「見台買いなさい」言うてんねんけど、みんな何でかしらんけど買えへんなぁ。絶対、自分の見台を持った方がやる気が起こりますよ。全然違います。だから、見台を我が物にしたというのが今年のトップニュースですね。

――その見台は、ご自宅でお稽古に使ってらっしゃる?

6月に山本能楽堂で、私の義太夫の師匠である豊竹英太夫さんと『山本能楽堂DEおはんちょう』の会をやった時に、「持ってきなはれや」言うんでお客さんに見てもらったんですよ。そういうのを“見台開き”っていうんですけど。

――『おはんちょう』の会では、南光さんが落語の『胴乱の幸助』、英太夫さんが義太夫『桂川連理柵~帯屋の段・前~』を語られました。反響はいかがでしたか?

今の人は『おはんちょう』を知らないじゃないですか。私が先に落語をやって、後でお師匠さんが語ってくれはって。なるほどそういう話なのかと、お客さんもスゴイ分かりやすかった言うてくれはってね。来年もぜひやってくれというアンケートも多かったんで、3月に今度はお能の山本さんにも出てもうて、仇討をテーマにしようとなりました。ただ、落語はだいたいみんな(義太夫が)下手な人ばっかりが出てくるんですけど、あの『胴乱の幸助』だけは稽古屋のお師匠はんがお稽古をつけるんで、ちゃんと語らなアカンじゃないですか。だから、英太夫のお師匠はんにお稽古してもらって。今やから言うけど、(桂)米朝師匠の義太夫はええ加減なんですよ。それはそれでええねんけど、米朝師匠は芸妓さんに稽古してもらったんですよ。だから基本が間違うとるね。これ書いといて(笑)。

――南光さんを夢中にさせる、義太夫の魅力ってなんでしょうか?

カラオケで下手な人でも入り込んで歌うじゃないですか。それの、もっとえげつないヤツやねん。『寝床』の旦那が、「世の中にこんな結構なものはありゃせんのじゃ」ていうセリフをね、自ら思うようになりました(笑)。

――今年は『おはんちょう』の会をはじめ、新たな落語会が増えたように思うのですが…。

それは、たまたま言うてきはったから。自分では、南光を襲名してから意識的に『南光亭』というこじんまりした会をあっちこっちでやってるんですよ。京都でやってなかったんで、銅閣と呼ばれる祇園閣があるお寺の中の会館で今年の8月に初めてやらせていただいて、来年1月に2回目をやらせていただきます。あとは動楽亭、四条畷、岡山は市内の美術館と真庭市と新見市、四国の陽暉楼の舞台になった得月楼、和歌山の紀南、広島は廿日市…10何か所で『南光亭』という名前でやらしてもらってます。キャパは200人ぐらいまでで。そんな小さい会の方が私は楽しいからね。

FujioOnishi-5162_nankou_t1.jpg――『南光亭』ではネタ下ろしもされますが、今年、手掛けられていたネタは?

『三十石夢の通い路』に『三枚起請』をやって。『三枚起請』は、サゲが昔の「朝寝がしてみたい」という。それはそれでいいねんけど、何かもう一つ発散しないので、もうちょっと分かりやすく納得できるサゲを考えました。喜六、清八、源兵衛という、おなごにうつつを抜かす典型的な男が出てきて、テーマは女の方がしたたかやという。“男女問題研究家”として色んなところで研究した成果というか(笑)。男はみんな自分だけモテてる、好かれてる、惚れられてる、みたいなうぬぼれがありますから、そのバカバカしさでやります。あと、お客さんが『市川堤』をやってくれて言うてきはったから、来年7月の動楽亭でやろうと思ってます。ぎょうさん憶えなアカンので、落語というよりも講談みたいな感じですかね。別にお化けは出したりしませんけど(笑)。

――そんな中で、今年の三競演の演目は何をお考えですか?

演目を出すと、やらなアカンしね(笑)。その時にならないと…。今、ハマってるのは『小言幸兵衛』。豆腐屋が幸兵衛に家を借りにくるねんけど、今の時代に合わないセリフがあって、自分でもちょっと引っかかってたこともあるので、そこを別のことに換えようという。落語作家の小佐田定雄はんと話ししてたら「これどうですか?」と考えてくれたのがあって。そこを作り上げてるのが、今は一番面白いですね。

――昨年の東京公演では、上方版ともいうべき南光さんオリジナルの『火焔太鼓』を披露されました。

松竹新喜劇みたいな感じでハッピーエンドにして、サゲも言わなくて。「これをきっかけに夫婦が仲良うなって、お店が繁盛したというお目出度いお話で」と。「スゴイ納得しますよね」という人もあったから、とりあえずはそれでいこうと思ってます。ただ、(柳亭)市馬さんなんかは「古今亭のネタだから、なかなか僕らがやりにくい」。やってもええねんけどね。だから、反対に「南光さんのやつを、大阪を東京に換えてやりたい」と。

――東京のお客さんに対する意識は変わりましたか?

「あんたえげつないな」とか、大阪の人間にしか分からへんニュアンスの言葉があるじゃないですか。それはやっぱりビチャッとは伝わらないなと思いますけどね。昔は東京では抜こうとか思って実際に抜いたりしてたんですけど、今は思わなくて「あんたらに分からなんだら、分からんでええわ」と思うてやりますけど。『はてなの茶碗』に出てくる「片意地やなぁ」とか、(明石家)さんま君やダウンタウンの2人も使わないでしょ。そんな言葉を、彼らがもっと使ってくれたらええねんけどね。

――さて、四天王亡き後、上方落語界の将来をどう見ていらっしゃるでしょうか?

私はみんなで一緒に何か作ろうという気は全くないので、私は私だけ。噺家の未来とか一切考えていませんから。自分さえよければという。ここをこうした方が絶対もっと良くなると思う人には言いますけど、アカンなと思う人には何も言いません。向こうが聞いてきたら言いますけど。だって、言っても分からない人っていますからね。また、噺家の数はおってもエエねんけど、その人を師匠が責任を持ってちゃんと育ててるか。弟子だけとっといて何も教えんと、ぎょうさんおったらそれでエエのかと。人間が増えたって、私が思う噺家は増えてないと思うからね。昔みたいに、そっから人気者が出てきたりすりゃいいねんけど。今、噺家の若い子にオーディションとか受ける機会ないですからね。ピン芸人さんとか、いっぱい芸人を目指してる人が多いから。僕らの時はそんなに人もいませんでしたもん。

――現在の落語界を牽引するお三方が火花を散らす『夢の三競演』。最後に、その魅力をアールして下さい。

文珍さんが「俺がリーダーやから、言うこと聞け」みたいなことも言わないし、みんな機嫌良く楽屋で過ごしてるし、3人の関係性も全然変わらないですしね。一緒に出てて楽しいっていうか。別にライバル心を出すわけでもなく、とっても気の合う仲間とやれるという。3人が仲良くて気が合うから、その雰囲気がお客さん全体に伝わって、ネタがどうこうというよりも、この“3人”なんでしょうね。


取材・文/松尾美矢子
撮影/大西二士男

 




(2016年11月 4日更新)


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桂南光
かつらなんこう●1951年、大阪府出身。1970年、二代目桂枝雀に入門し“べかこ”。1993年に三代目桂南光襲名。今年は山本能楽堂で浄瑠璃×落語の新企画も。レギュラー番組は『ちちんぷいぷい』(MBS)、『大阪ほんわかテレビ』(YTV)など。

夢の三競演2016
~三枚看板・大看板・金看板~

11月6日(日)10:00~一般発売

Pコード:454-499

▼12月26日(月) 18:30
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
全席指定-6500円
[出演]桂文珍/桂南光/笑福亭鶴瓶
※未就学児童は入場不可。
[問]夢の三競演公演事務局
[TEL]06-6371-0004

チケット情報はこちら

『夢の三競演』演目一覧

※登場順

2004年
桂文珍『七度狐』
桂南光『はてなの茶碗』
笑福亭鶴瓶『らくだ』

2005年
笑福亭鶴瓶『愛宕山』
桂文珍『包丁間男』
桂南光『質屋蔵』

2006年
桂南光『素人浄瑠璃』
笑福亭鶴瓶『たち切れ線香』
桂文珍『二番煎じ』

2007年
桂文珍『不動坊』
桂南光『花筏』
笑福亭鶴瓶『死神』

2008年
笑福亭鶴瓶『なんで紅白でられへんねん! オールウェイズお母ちゃんの笑顔』
桂文珍『胴乱の幸助』
桂南光『高津の富』

2009年
桂南光『千両みかん』
笑福亭鶴瓶『宮戸川
~お花・半七馴れ初め~』
桂文珍『そこつ長屋』

2010年
桂文珍『あこがれの養老院』
桂南光『小言幸兵衛』
笑福亭鶴瓶『錦木検校』

2011年
笑福亭鶴瓶『癇癪』
桂文珍『池田の猪買い』
桂南光『佐野山』

2012年
桂南光『子は鎹』
笑福亭鶴瓶『鴻池の犬』
桂文珍『帯久』

2013年
桂文珍『けんげしゃ茶屋』
桂南光『火焔太鼓』
笑福亭鶴瓶『お直し』

2014年
笑福亭鶴瓶『青木先生』
桂文珍『御血脈』
桂南光『五貫裁き』

2015年
桂南光『抜け雀』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』
桂文珍『セレモニーホール「旅立ち」』