麻実れい、秋山菜津子、常盤貴子、音月桂、生瀬勝久ら
豪華キャストで贈る、KERA演出のブラック・コメディ
『8月の家族たち August:Osage County』
大阪公演がまもなく開幕!
「何も言えねー」。終演後、かつての流行語のような心境に陥った。ぐるぐると胸中に渦巻く思いはあるのだが、うまく像を結ばない。たとえ言葉にできたとして、他人と語り合うようなものでもないのだが――。深刻な状況下にも笑いが起こり、同時に内省的な気持ちにも誘われる。ブラック・コメディと銘打つ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)上演台本・演出の舞台『8月の家族たち』は、原作者のトレイシー・レッツが祖父母の実体験を基に創作した、ユーモア溢れる家族の物語だ。
猛暑のオクラホマ州。広大な荒野に囲まれた片田舎の一軒家で、終始物語は展開する。父親の失踪をきっかけに次々と実家に帰省する三人姉妹たち。最初に駆けつけたのは、地元に暮らす40代独身の次女アイビー(常盤貴子)。次に夫ビル(生瀬勝久)と反抗期の娘を連れた長女バーバラ(秋山菜津子)、最後に自由奔放な三女カレン(音月桂)が婚約者のスティーブ(橋本さとし)を伴いやってくる。母方の叔母マティ・フェイ一家も到着するが、出迎えた母バイオレット(麻実れい)はショックとガン治療に伴う薬物の過剰摂取で半ば錯乱状態に。相変わらずの毒舌ぶりは、全員が揃うディナーの席でこそ発揮され、事態は思わぬ方向に転がり始める……。
いつの間にか溜め込んだ妬み、そねみ、恨みにも似た感情が夏の暑さに膨張し、わずかな摩擦で暴発する。せめて友人同士なら、もっと上手く取り繕えただろうに。血の繋がりがそれを許さない。母娘の対立を軸に、ままならぬ家族間の問題が次々に暴かれていく。抑制のきかない女たち、その剣幕に成す術もない男たち。人生経験を積んだ人ほど、登場人物らの言動に思い当たる節があるだろう。時おり自らの家族や過去の記憶が、目の前の光景に重なる。人種や文化の違いこそあれ、家族という名の社会における、人間心理の普遍性を思う。
諸悪の根源みたいな母バイオレットだが、麻実れいが演じれば不思議と品格を失わない。孤独を前におののき抗い、堪え忍ぶ様を、弱さと強さをさらけ出し果敢に演じる。三姉妹役の秋山菜津子、常盤貴子、音月桂も三者三様に濃密に個性を輝かせ、犬山イヌコ扮するマティ・フェイ叔母さんには、「こんな親戚の叔母さんいる!」という既視感に何度も笑わせられた。一方、迎え撃つ男優陣も実力派揃い。硬軟自在な生瀬勝久は佇まいや表情でも語り、橋本さとしは胡散臭さと色気のブレンド具合が絶妙。なかでも、マティ叔母さんの夫チャーリーを演じた木場勝己は、役への理解が繊細に伝わり、終盤での激白には強く胸打たれた。
約3時間をかけて、家族一人ひとりのドラマが丁寧かつテンポよく描かれる。その都度、登場人物らに対する印象は、様々に色を変えていく。最後の最後まで見終わって言えるのは、家族ですらその人間の一面しか知らないのではないか、という事実。観る人によっては実人生において、何かが解決するヒントのようなものが得られるかもしれない。果たして、自分にとってはどうだろう。終演後は、センチメンタルなロードムービーの主人公みたいに、自らの過去と未来に馳せる思いが止まらない。現実と記憶の狭間をたゆたうような、豊かな劇世界に触れられる。そこでの余韻に、いまだ言葉を見つけられずにいる。
公演は、5月29日(日)まで東京・シアターコクーン、6月2日(木)から5日(日)まで大阪・森ノ宮ピロティホールにて上演。チケットは発売中。
取材・文:石橋法子
撮影:宮川舞子
(2016年5月25日更新)
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