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よりよい自分として日々生きることが役に繋がる
水野真紀『細雪』で三女・雪子を本場の上本町で

文豪、谷崎潤一郎の名作『細雪』を原作にした同名舞台に出演するのは水野真紀。昭和10年代の大阪・船場に徳川時代から続く木綿問屋の名家・蒔岡家で育った艶やかな四姉妹を描く。水野が演じるのは、美貌に恵まれながらも大人しい性格が災いして、数多の縁談を断り続け婚期が遠のいている三女・雪子。舞台に対する意気込みを語ってもらった。

――舞台『細雪』は昭和41年に初演され、以後、さまざまな名女優たちが四姉妹を演じ、現在まで1400回以上の上演を重ねています。水野さんはデビュー当時にこの舞台を見られたことがあるそうですね。

デビューした平成2年に、遙くららさんが雪子役で出演されていた公演を初めて見ました。まだ二十歳で女優として新人でしたが、面白くて、漠然といつかこの作品に出てみたいと思っていましたね。その後何回も見て、私がやるならきっと四女の妙子かなと。長女の鶴子役は座長で大御所の女優にふさわしい。三女の雪子は可憐で独特の雰囲気がある。妙子が年齢的に近いですし、跳ねていて、ベレー帽かぶって、モダンで楽しそうだったんです。

――水野さんが雪子を演じられるのは今回で4回目です。平成23年(2011年)に初めて雪子役でオファーが来たときはどんなお気持ちでしたか?

私ができるのは妙子だと思っていたので、年齢的に『細雪』の話はもうないだろうと諦めていましたから(笑)、嬉しかったですね。しかも帝国劇場の100周年記念の舞台に出演させていただいて、本当に幸せでした。

――今回『細雪』が上演される新歌舞伎座の場所は、四姉妹が育った生家がある上本町です。

本場の大阪で上演するとなると、何よりもやっぱり言葉ですね。『細雪』の船場言葉は、ドラマと同じように方言指導が入ったCDをいただくんです。初めに、セリフをゆっくり言ってくださる。その後に、普通の速さで感情を入れてとか、いくつかパターンがあるんですよ。それを走ったり歩いたりするときにひたすら聞いています。一度覚えたからといって済むものでもないんですね。思い込みがあるから、これはこうだろうと思って言っても違う発音の場合がある。丁寧に言葉の発音を起こしていくのですが、とっても楽しい作業ですね。今回は本場なので、いつもよりは念入りに(笑)。方言指導の方がおっしゃるには、今は船場の言葉はごった煮になっている。関西の人が聞くと、違ったように聞こえるんでしょうか? 東京出身の私にはよく分からなくて。

――「こいさん」とか「娘(とう)さん」、語尾に「でっせ」や「まっせ」を付けるのは今では、ほとんど使いませんが、関西の人は聞いていて違和感はないでしょうね。ただ、雪子はそんなにしゃべる役柄ではないですよね?

そうなんです。次女の幸子を演じる賀来千香子さんがしゃべりまくっていらっしゃいます。雪子は、あまりしゃべらないぶん、仕草や佇まいで見せなくてはいけない。この仕事は一朝一夕ではないところがあって、私も45歳になるんですけど、人として、ちゃんと生きるということが役に繋がると信じています。色んな人とお話したり、新聞を読んだりして、よりよい自分、状態であるように、日々生きるようにしていますね。雪子はどこかミステリアスで芯が強く、先祖代々続いた蒔岡家の血を引き継ぐ、人間としての格やプライドも持っていないといけない。そういったものが出せる人間とは何かなぁと考えています。

――かなりリサーチをされるのでしょうか。

そうですね。本を読んだりとか。神戸の東灘区にある、谷崎潤一郎が住んで『細雪』を書いた倚松庵も訪れました。

――回を重ねるごとに雪子に対しての意識は変わっていかれましたか?

確実に年を取るので、30代初めの雪子の年と私の実年齢とのギャップが広がっていくわけですよね。それに対しての戸惑いはあります。今一度、どこが接点か、自分に足りないもの、あったほうがいいものは、ほかの共演者の方とのハーモニーもあるので、稽古する中で、考えるようにしています。妙子役の大和悠河さんは私の年齢に近いですが、長女の高橋惠子さん、次女の賀来千香子さんと、妙子の年齢を繋ぐのが私というのは意識しています。全体の中での雪子と、私とをどういうふうにすり合わせていくか、密にしないと大変ですね。役のつくり方は人によってそれぞれ違う。感覚で作る人もいるし、きっちり作り込む人も。私は中途半端なんです。そこまで作り込んでいる訳でもないですし、感覚で演じるほど博打は打てない(笑)。そういった意味では小心者です。役についてしっかり調べたり考えたりしないと、自分の中で落ち着かなくて、何かが気持ち悪いから(笑)。それをやるかやらないかは見抜かれてしまう。自信というのは、これだけ頑張って準備したから舞台でも頑張れる、それでしかないんですよね。演技派という訳でもないですから。もっとすごい役者はいる。自分なりにやったから「頑張れよ私」みたいに、背中を押せるぐらいのところまで毎回、持っていかなければいけないと思っています。

――小説の『細雪』(中央公論新社刊)で、作家の田辺聖子さんが解説に、雪子は「はにかみやで、人前では満足に口が利けない」くせに、「黙ってて何でも自分の思うことを徹(とお)さな措かん人」であり「見かけによらず出好き」で、気位も高く、手に負えない女だと表現されています。私も彼女は自由奔放な妙子よりも手に負えないなと感じました(笑)。

あはは、面白い、面白い(笑)。年を取ると、そういうのが分かりますよね。さすが田辺先生。二十歳のときは、雪子はなんて可憐なんだと思っていましたが。演出家の水谷幹夫先生も「雪子が一番我を通していて、空気を読んでいるようで、読んでいない」とおっしゃっていました(笑)。空気を読んでいる人間だったら、とっととお見合いして、妥協して嫁に行っていますよね。突っ込みがいがある女性なんです(笑)。これがまた、『細雪』の面白いところですね。小説の『細雪』は、雪子が最後幸せになるのか分からない終わり方をしていますが、舞台版はまた少し違って希望があります。

――それは楽しみです。しかし、雪子は無口で、「ふん」「はぁ」という相づちが大半ですし、それだけで感情を表現するのは難しいでしょうね。

私は音楽を専門的に学んでいるわけではないのですが、8年ぐらい前から、先生について発声や歌のレッスンを受けています。私たちのしゃべる音は、音階で出るはずなんですよ。「ふん」も高い音なのか、低い音なのか、出せる幅は広げないといけないと思っています。「ふん」か「ふーん」か、ボリュームも違う。音の立体感は何かというのは、常日頃意識しています。そこに感情が乗ると色んなタイプの「ふん」が自然と出て来ると思います。後で、今の「ふん」は同じ感じが続いたなと、小さい反省を舞台上でしていることも(笑)。結局、日ごろ何もしないで遊んでいるだけでは、その感情やニュアンスは生まれない。一般の人は仕事がないときはオフなんでしょうけど、一朝一夕では女優のお仕事は厳しいということは、年を重ねるごとに感じますね。

――「ふん」「はぁ」以外で、印象に残るセリフはありますか?

「雪が辺り一面を白く包んでくれたら、せめてそれが溶けるまでは、人間も苦しみを忘れられるのやないかて」という2幕最後のセリフがあるのですけど、あまり謳い上げないように、お客さんには伝えたいですね。雪がバーッて散っていく絵のような素晴らしいシーンで、普通にセリフをいってもめっちゃ、ダメやんと(笑)。謳い上げれば、絵の中に納まって気持ちいいけれど、そこに情感を込めないといけません。このセリフは難しいです。

――ほかには、作品の魅力はどこにあると思いますか?

ぴあの読者さんにお伝えしたいのは、女性だったら一生に一回は『細雪』を見た方がいいですよ(笑)。一回に留まらなくなるんです。観る年齢によっても、響くシーンやセリフが違うと思います。親子で見れば世代間の違いを語れたり、友達と見れば人によって見方が違うから会話も弾む。初日に見て、平安神宮の桜を見に行こうかなと思わせるセリフもあります。お花見を楽しんで、桜が散ったころに舞台上の桜を楽しんでいただくのもいいです。優雅な空間で、優雅な音楽を聞いて、気持ちよくなっていただきたい。現実に引き戻されるのではなく、現実でも優雅なことをしていただくと観劇の楽しみが2倍になります。前の方の席だと、俳優さんの息づかいや着物が楽しめて、俯瞰でみると桜や豪華な芦屋のお家も見ごたえがあります。

――四姉妹の着物の総額が5000万円以上かかっているそうですね。

豪華ですよ。私、7回ぐらい着替えるんですけど、ずっしり重いです(笑)。舞台裏でいつも三人がかりで着替えています。洋服だと、妙子役の大和さんのナイスバディは必見ですよ(笑)。

――現代女性との違いはどう感じられますか?

昔は結婚するまで相手の顔さえ知らないという時代もありました。今でもある程度の名家は、家と家の格を重視してお見合いが多いそうです。今の時代は、若い子はお見合いすらイヤと受け付けなかったりするのでしょうね。でも、昭和10年代に、雪子のように縁談を断り続けるというのは勇気がいることですよね。上流のお家ならではの縛られない自由さというのはあったと思います。当時、時代の先端だった洋菓子の「ユーハイム」も出て来ますし、あの時代のモダンなものを描いていますよね。田中康夫さんの小説「なんとなく、クリスタル」的なものもあったのでは(笑)。

――なるほど。ブランド品を持っていいものを食べる女ですね(笑)。

情報をすり合わせるのも楽しいですよね。意外と今に通じるところもあるのではないかと思います。

――鶴子役の高橋さんや、幸子役の賀来さんとの共演はいかがですか?

高橋さんはデビュー当時にご一緒させていただいたんですけど、あの時のお優しさと変わらないです。すごいと思いますし、ステキな方です。賀来さんもお優しくて、ステキな方です。舞台をやっていると色々なアクシデントが起こるのですが、賀来さんの対応を見ているとお人柄が出ていてさらに好きになりましたね。2011年に新参者として『細雪』に入ったのですが、皆さん温かく迎えてくださいました。私は仕事はいい意味で縦社会だと思っています。いい上司に恵まれると幸せな社会生活が送れるのかなと(笑)。俳優さんたちが舞台の雰囲気を作りますから、幸せな座組です。稽古よりさらに、それぞれの役柄が練り込まれて、まろやかな形になってきていると思います。

――水野さんとお話していたら、とってもサバサバされていますね。内気な雪子とは正反対のタイプかと思われます。

よく言われます。でも、テレビ番組の『魔法のレストラン』(MBS)で結構、サバサバは見せていると思うんですけど(笑)。私、どの作品でどんなイメージを与えているのかと不思議なんですよ。何をもってサバサバの逆を与えているのか謎なんです(笑)。

――容姿のせいでしょうか。雪子にピッタリな大人しそうなイメージがあるんですよ。

関西の人に言われるのがねぇ…。『魔法のレストラン』でも大口開けて食べているんですけれど(笑)。雪子に関しては、イメージを裏切ってはいけないと思っています。観客として見ていた雪子にベールを2枚ぐらい被せる感じですかね。でも、型にはまってもいけない。型に入ったお芝居は観客にとっても魅力がないですし、自分としても誠実さに欠けると思うので。演じながらも、もう一人、雪子のイメージチェックの監視員の私がいますね。それに、昔から代々受け継がれてきた役ですから、2時間ドラマの役とは向き合い方や演じ方が違いますね。

――誰も演じたことのない真っさらな役を作り上げていくのとは、また違いますね。

限定の中での自由と、何もない中での自由。制服を着てどう自分を表現するのか、もしくは制服がなくて私服というのと似ていますね(笑)。

――水野さんのお父さまは関西の方です。お家では関西弁を使われていたのですか?

ちょっとしたことですね。「バカ」とは言わない。「アホ」です(笑)。それに、いきなり値切るし。もうびっくりしました! 小学校4年生のときに、家電量販店に行ったら、値切り始めて。値段はここに書いてあるんだよと思わず教えたんです(一同爆笑)。父から、「そこからさらに落とせるんだ。どうせ値切るんだったら、高そうに見える商品の方がいい」と言われました(笑)。今はどちらかというと『魔法のレストラン』のスタッフに影響されています。みんな楽しいことが大好きですよね。情が深いとも感じます。私には、半分大阪人の血が流れているんですよ。

――『細雪』の四姉妹もそうなんですけれど、関西人はやたらと東京を目の敵にする傾向があります(一同笑)。雪子も東京を嫌っていますが、水野さんから見たらそんな関西人は滑稽ですよね?

いいえ、全然ですよ(笑)。そこは面白いと思います。関西の人は関西を誇りに持っていらっしゃって、同化しないですよね。誇れるものがあるというのはいいことだと思います。

――最後の質問です。水野さんは、2013年にオペラにも友情出演されています。水野さんにとって、舞台のお仕事はどういうスタンスになっているのでしょうか。

なんだろう…。コツコツ積み上げていくものは楽しいなと思いますし、色んな角度から自分を見られるので誤魔化しようがない。やっぱり、本当に力がある方は、舞台から出て来ていると私は思います。舞台経験に裏打ちされた底力は、実際に立ってみないと得られない。全部を見られてしまうからこそ、避けたくないと思います。楽な道に逃げればいいんですけど、一度逃げたら私はひたすら逃げ続けるので(笑)。楽したいタイプの人間ですから、あえて逃げずに、受けて立つつもりです。

 

(取材・文 米満ゆうこ)




(2015年3月30日更新)


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水野真紀
みずのまき●1987年に第2回「東宝シンデレラ」審査員特別賞。NHK連続テレビ小説『凛凛と』で本格デビューした。以降、ドラマやCM、映画、バラエティなど幅広く活躍中。パナソニック電工CMの初代「きれいなお姉さん」。代表作は『蝉しぐれ』(NHK)『スチュワーデス刑事』シリーズ(CX)など。2001年より『水野真紀の魔法のレストランR』(MBS)に出演中。2011年に舞台「細雪』(帝国劇場、御園座)に三女・雪子役で出演。2012年8月には『吉本百年物語 わらわし隊、大陸を行く』(なんばグランド

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