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『夢の三競演2012』、桂南光は「子はかすがい」を披露
「今までやったら“かる~くやります”とか言うてた
でしょうけど、かる~くやりません。グッとやります」

桂文珍、桂南光、笑福亭鶴瓶による豪華三人会『夢の三競演』が、今年も年の瀬迫る12月25日に開催される。上方落語界の年末の風物詩としてすっかり定着しているこちら、前売チケットも即時完売となる人気の会だ。ぴあ関西版WEBでのお三方インタビューも大好評。今年は桂南光がトップバッターで登場し、『子はかすがい』を高座にかける。2012年を振り返りつつ、『子はかすがい』を選んだ理由など、話を聞いた。

s005_2.jpg――昨年は還暦を迎えられました。11月に行われた記念の落語会も大盛況でしたが、還暦を迎えられて心境の変化のようなものはありましたか?

桂南光 (以下・南光)「特別にはないですけど、何か気が楽になりましたね。それは噺家としても、生きてることにしても。あれやりたい、これしたいっていう欲がなくなってきましたからね。今年も11月になりましたが、まぁ気楽な1年でした。血糖値も下がったし(笑)。好きなものを飲んで食べて、何にもしてないですね」 

――文珍師匠も同じようなことをおっしゃってました。「落ち着いた」と。

南光「文珍兄さんは前から落ち着いてはる。僕は前やったら舞台で『ここ何でウケへんねんやろ』とか、そんなこと思ったりしてましたけど、今は『ウケへんねん、今日は』という感じで、とても潔くなりました。お客さんには悪いねんけどね。去年たしか、(『夢の三競演』のインタビューで)これからやりたいネタを聞かれて『火焔太鼓』て言うたと思うんです。それをこないだからやり出して、3回ほどかけたんかな。お侍さんの怖さみたいなもんは出せないねんけど、その分、夫婦の関係とかを上方らしく出していきたいなと落語作家の小佐田定雄先生とも話していて。最終的に松竹新喜劇的な落語にしたいなと思ってるんですよ。ちょっとずつ、そういう空気を出せるようになってきたんとちゃうかな。でも、前やったらもっと必死でやるんですけど、全然必死じゃなくて。まぁ、なりゃあなったでいいかなと(笑)」 

――あくまで自然体ですね。

南光「今はね、“終活”について考えるようになりました。こないだも文珍兄さんと仕事が一緒になって、その話をしててんけど。どう死ぬかっていう」

――それは、還暦を迎えたことに関係しますか?

南光「いやいや。自分の親とかを見てると、なるべく人に迷惑かけないで、機嫌よう死にたいなと思いますからね。これ以上やりたいことも別にないし。今の医療については、すっごい考えてますよ。人を助けるんじゃなくて、ただ生かしてるだけでしょ。意味がないじゃないですか。自分が死にたいと思っても、死ねないからね。もちろん、若い子が何かにつまづいたり失恋したりして自殺する、なんてことはOKしませんよ。何を言うてんねん、これからの人生があるのにと。でも、ある程度トシいったら、何をしたいとか希望もなきゃ、何もできない。私は飲みたい酒が飲めなくなって、食べたいものが食べられなくなったら、生きていても仕方ないと思うし、あとは気持ちよく死にたいという。だから、うちの家族にいつも言うてるんですけど、俺が倒れたら死ぬまで救急車を呼ぶな。死んだなと思ったら呼んでくれと。そしたら、嫁さんが『そんなことできません』。でも、『あなたが倒れた時は、そうしますよ』と言うたら、嫁さんは『いいですよ』と言う。俺がそうしてくれ言うたら、あかん言うのに。そんなんでもめてるんですよ(笑)」 

――齢を重ねて、夫婦喧嘩の中身も変わってきたんですね(笑)。一方で、今年はお弟子さんのこごろうさんの“二代目桂南天襲名”という慶事がありました。師匠として、どんなお気持ちでしたか?

南光「みなさんに協力していただいて、とっても感動しましたね。実は、うちの師匠の枝雀が私の南光襲名の時に凄く喜んでくれたのが不思議だったんです。私の襲名やのに、うちの師匠が『涙するほど感激した』と。そない感激せんでもええやろと思ったけど、こごろうが南天になった最初のサンケイホールブリーゼでの襲名披露興行で、舞台に出た時にそれを凄く感じてね。『ああ、こういうことなんや』と。南天は私の弟子やけど、一人前の噺家になったなと思いますし、今は“親子会”やなく、“二人会”としてやってます。みんなのおかげで、そういうふうにしてもらったのは嬉しかったですね」

――噺家さんの師弟関係というのは、我々からはちょっと想像できないのですが。

南光「私はあんまりベタベタするのが好きではないので。弟子はあくまでも他人やし、ライバルでもある。もちろん私を良しとして来てくれた人やから同じような考え方やけど、考え方が変わっていってもいいわけでね。血が繋がってる家族についてもそう思ってて、家族やから一緒にどこかへ行くとか、常に同じ思いでという考えを持たなくてもいいと思ってるんですよ。弟子に対しても一緒。そんなベタベタしない人間関係…人と人との間(ま)というんですかね。噺に対する考え方がどこかで結びついていればいい。うちの師匠と米朝師匠も合うところと合わないところがあって、凄い喧嘩をしはったこともありましたからね。僕はそれでいいと思うんですよ。弟子と師匠の関係で、圧倒的に師匠の言うことを聞かなくてはならない時期もありますけど、ある時まで来たらある種対等で、師匠が『あれ、おかしいで』と言うても、『いや、私はこうやりたいです』と。だからこそ、また新しい芸ができると思うからね。これから、南天は私からどんどん離れて行ってくれた方がいいと思います」

――さて、そんな1年を締めくくる『夢の三競演』の季節がやってきました。今回はトップバッターですね。

南光「普通、落語会は前座さんが出て、そこから順番にバランス良くトリまでこのネタとこのネタで、という形で1つの会としてやっています。考えてみたら、この会(『夢の三競演』)はみんな好きなことやってますからね。他の人のこと考えてないと思うわ。それがようよう分かってきたから、私もいきなり『子はかすがい』をやろうと思って。色が違うから全然、大丈夫やと思うんですよ。せっかく3人を聞きに来てくれはるねんから、3人がそれぞれやりたいものをやった方がいいでしょ。だから、今までやったら『子はかすがい』も多分『かる~くやります』とか言うてたでしょうけど、かる~くやりません。グッとやります!」 

――『子はかすがい』は、いつごろから手掛けてらっしゃるんですか? 

南光「『べかこくらぶ』(※前名時代の勉強会)をやっている頃に、小佐田さんが僕のために書いてくれて。1回やったんですけど、何か気恥ずかしくてその後はやれなかったんです。で、ざこば兄さんが数年前からやってはって、小佐田さんが『南光さんもやったらどうですか?』と。初めにちょっと、酔うて帰ってきて嫁はんともめるところが短くあったり、どういう経緯で嫁はんが家を出ていくかということをはっきりさしてる部分がついていたり…。再びやり出して、これはやれるかなと。細かいことですけど、かなづちで頭をどつくという件が出てくるのですが、私は“かなづち”より“げんのう”の方が好きなんでね。それを最初に軽く説明しておいて。そういうちょっとしたこだわりみたいなものもありますね」

s005_1.jpg――このネタに惹かれる部分はどこでしょうか?

南光「立川談志師匠じゃないですけど、業の肯定というか。噺の中でも言ってるんですけど…嫁さんに全く非はないねんけど、旦那は自分に大工の腕があって、その分遊んでもええわと。嫁さんが許してたから、遊んでたんでしょうね。好き勝手するねんけど、後で後悔する。ただ、“世の中に無駄なことはない”というのが私の信条なんで、それを噺の中に入れたりはしてるんですけどね。夫婦というのは夫婦の数だけパターンがあって、もめる時はもめるし、上手くいく時はいくし。噺では子供のおかげで元のさやに戻ったといいますが、多分私はこの夫婦は子供がいなくても元に戻ると思いますね。旦那は酒を飲んで無茶を言うけど、少なくとも旦那より嫁さんの方が実は好きなんですよ。だから、誰とも再婚せずに3年間も、心細いけどおったわけですから。まぁ、そこまで表現する必要はないねんけど」

――そこら辺りは、匂いとして感じてもらえればと。南光さんは『子はかずがい』に限らず、様々な江戸の噺を上方風に仕立て直して演じられています。 

南光「それは談志師匠に言われたからですよ。どこの独演会の打ち上げやったか、その時に『努力が足りねえんだよ、お前たちは』って言われて。昔から上方のネタを江戸へいっぱい移して仕立て直してやってんのにと。『侍が出てきたりするのは、ちょっと無理ありますよ』とか言うたけど、『じゃ、それを工夫しろ』とか『侍が出てこない噺をやろうと思えばやれるじゃないか』みたいなことを言われてね」

――江戸の噺をというのは、ちょっと新鮮でもありますか?

南光「そうですね。以前は若いからもあるけど、江戸の噺は完成されてますから、それを上方風にというのは無理やなぁみたいなのがあったんですよ。でも、このトシになってくると、あんまり無理は感じないし、大阪の空気を出せる。例えば、『火焔太鼓』のようにテーマを替えたりとか、別のカタチのものにすればいけるなと。上方風というのは、何も上方の言葉を使うだけじゃなくて、上方の気質とかそういうのをね。どうしたら出せるのかは、まだ分かってないねんけど、同じことを言うても、こっちで暮らしてる私らやから出せるものがあると思うんです」

――そしてエンディングですが、南光さんが苦手にされていたダンスが今年から新たなパフォーマンスに変わるとか。ただ、文珍さんはダンスより難しいとおっしゃっていました。

南光「今、一生懸命稽古してますけど、3人で合わさないかんので難しいですね。何をやるかはシークレットになってますから、これ以上聞かないでください。でも、見たらとても幸せになれて、とても気持ちよく新年を迎えられると思いますよ。ともかくも、この会で3人の生き様を見ていただければ(笑)」

(取材・文/松尾美矢子  撮影/大西二士男)
 




ぴあ関西版WEB『夢の三競演2012』お三方インタビュー

第1回●桂文珍へのインタビューはこちら!
http://kansai.pia.co.jp/interview/stage/2012-11/sankyouen2012-1.html 

(2012年11月13日更新)


Check
桂南光
かつらなんこう●1951年12月8日生まれ、大阪府出身。1970年3月、桂小米(枝雀)に入門。1993年11月、大阪サンケイホールにて桂べかこから三代目桂南光を襲名した。そして翌年12月に「上方お笑い大賞」を受賞。現在、「ちちんぷいぷい」(MBS)、「大阪ほんわかテレビ」(YTV)にレギュラー出演中。またMBSラジオ「ノムラでノムラだ♪」にも出演と、“関西の顔”の一人。

●公演情報

『夢の三競演2012
~三枚看板・大看板・金看板~』

11月17日(土)10:00~一般発売

Pコード:423-921

▼12月25日(火)18:30

梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

全席指定-6300円

[出演]桂文珍/桂南光/笑福亭鶴瓶

※未就学児童は入場不可。

[問]「夢の三競演」公演事務局
[TEL]06-6946-2260

※発売初日はチケットぴあ店頭での直接販売および特別電話[TEL]0570(02)9505(10:00~18:00)、通常電話[TEL]0570(02)9999にて予約受付。販売期間中は1人4枚まで。

チケット一般発売は
11月17日(土)10:00~
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2011年の『夢の三競演2011』
“お三方インタビュー”