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「自分にとって、今までで一番大きい興行です」
市川染五郎が語る大阪松竹座の『二月花形歌舞伎』

二月の大阪松竹座は市川染五郎、片岡愛之助、中村獅童による『二月花形歌舞伎』。演目は昼夜とも2作品、夜の部の『義経千本桜 すし屋』での、それぞれの三役以外はすべて初役、「自分にとって今までで一番大きい興行」と染五郎も意気込む注目の舞台だ。そんな染五郎が満を持してお届けするのが、かねてから歌舞伎での上演を望んでいた新作『大當り 伏見の富くじ』。このインタビューでは『大當り 伏見の富くじ』を中心に『二月花形歌舞伎』の見どころを聞いた。

市川染五郎(以下、染五郎)「『2月に大阪松竹座で』とお話をいただいたときに、まず思ったのが同じく2月に新橋演舞場で行われる『中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 二月大歌舞伎』でした。とにかくそれに負けないくらいの話題を作りたいと思いまして、いろいろご相談させていただいた結果、『鳰の浮巣』(『大當り 伏見の富くじ』の元の作品)をご提案させていただきました。ほかの作品ももちろん、珍しい作品ですけれども、『鳰の浮巣』は、元は歌舞伎の作品で、それが松竹新喜劇の『浮かれかご』になって。今回は『鳰の浮巣』という歌舞伎を復活するのではなく、歌舞伎から新喜劇化した芝居をさらに歌舞伎化するというイメージで、脚本を手がける齋藤さんとも『とにかく今までやったことのないことを敢えてやる。やったことのあることは敢えてしない』ということを一つのテーマに掲げています」

--この作品をどこで、どういう形でお知りになったんですか?

染五郎「以前、大阪に住みたいと思っていた時期がありまして--今は正直、ないのですけれども(笑)、その頃に、中座の屋上の倉庫にいろんな台本が眠っていると聞いて、そこに入り込んで調べていたときに出てきた作品で。そのうちに松竹新喜劇になっていたことがわかりました」

--初めて読まれたとき、どう思われましたか?

染五郎「まず、あらすじを知って、これは面白いなと思いました。いわゆる歌舞伎のお家再興ものにちゃんと則ってできている、筋立てがきっちりある芝居で。上演が途絶えてしまったことがすごく残念で。物語としても、最後はめでたし、めでたしという内容であることと、喜劇であり、富くじが当たる場面が一つの見せ場になるのではないかなと思います。新作歌舞伎は比較的、メッセージ性が出てくる芝居のような気がするのですが、この作品はとにかく、しゃべりで話を盛り上げていく作品だと思っています。社会性、メッセージ性というより、笑える芝居ができるんじゃないかなと思います」

--とにかく笑えるお芝居がしたい。なぜそう思われるのでしょうか?

染五郎「常々、自分ができるできないというよりは、自分が見たいものを探すような感覚でいました。それがいわゆる喜劇なんですが、今、徹底的に喜劇と言われる歌舞伎もないと思うし、ラブストーリーと言われる歌舞伎も少ないと思うんですよね。ハッピーエンドのラブストーリーがないんです。通し狂言の中の一幕としてはあっても、ラブストーリーが主筋の作品を僕は知らなくて。(芝居は)徹底的に嘘ですからね、だったらご都合よくハッピーエンドになるものもあっていいと思うし、“笑ったね”で終わるだけの芝居があってもいいんじゃないかなと思っています」

--今回、歌舞伎化するに当たって、どのようにお考えでしょうか。

染五郎「僕の勝手なイメージですが、上方のお芝居はあくまでも役の中で笑わせて、泣かせていますよね。本作も、喜劇であることを念頭に置いて作ることができるんじゃないかと思います。歌舞伎版『鳰の浮巣』の場合は、かなり複雑で長い話になりますので、コンパクトな作品にしたいと思っています」

--先ほど大阪に住んでみたい時期があったとおっしゃっていましたが、今はどうして住みたくなくなったのでしょうか?(笑)

染五郎「いや、住みたくなくなったのではなく(笑)、ちょっと住むなら大阪かニューヨークと思っていて。僕は、東京生まれの東京育ちだけど大阪のお芝居が好きで、しかも上方のお芝居をやりたいと思っている。でも結局、逆立ちしても大阪人にはなれないので、だったら憧れだけでどこまで大阪人に近づけるかなと思って」

--大阪人になりたいと思っていた時期にこの上演台本と出会われたんですね。

染五郎「関西版ぴあでも『染五郎 関西人化計画』という連載をさせてもらっていましたが、あの時期(2001年ごろ)は、そういうチャンスがないかなと本気で考えていました。その中で結論というか、“東京人が憧れる大阪人”にはなれると。そこを逆手に取って上方歌舞伎ができるといいなと思ったんです。この芝居もその頃からやりたいと思っていたので、少なくとも10年は経ちますが、今、こうしてチャンスが巡ってきたのは、何か自然の成り行きであったのかなという気がしますね。もし、大阪人になりたいと思っていた時期にこの芝居をやっていたとしても、あんまりうまくいかなかったと思うんです。上方の人たちがやっていることを真似ても、絶対に超えられない。いろんなことを身に着けて、それらを踏まえて『東京の人間がやる上方のお芝居』というものを確立できたらいいなと思います」

--そして『今までやったこのないことを敢えてやる。やったことのあることは敢えてしない』という方向性ですが、それはどのようにしてお決めになったんでしょうか。

染五郎「思いつきというか、ひらめきというか、それこそスーパー歌舞伎をはじめコクーン歌舞伎や『野田版 研辰の討たれ』(2001年8月初演)といった新作歌舞伎と言われているものより、突っ込んだことをやりたいなという漠然とした思いですね。僕は新作も歌舞伎作品の一つだと思っているので…。であれば、敢えて歌舞伎の引き出しを一切使わないでやるというぐらい、徹底したものをやった方がいいんじゃないかなと。新作歌舞伎ですから」

--歌舞伎の引き出しを一切使わない。

染五郎「歌舞伎とは何かというと、定義できないところが歌舞伎の唯一の定義だと思うんです。まあ、今回は『伏見の富くじ』という喜劇を作って、それを歌舞伎だと言ってやるだけのことかなと。『歌舞伎だから』ということを一切考えずにやることで、中途半端ではないものができるんじゃないかなと思います。野田版であったり、宮藤さんの歌舞伎であったり、ほかにもAKB48を踊ったりということが歌舞伎作品にはあるわけですから、だったらそこをもっと徹底的に練りこんで、作り上げたいなと思っています」

--では具体的に今回の『大當り 伏見の富くじ』では、どのような喜劇をお考えですか?

染五郎「まず2分に1回はドカンと笑えるようにしたいです。以前、談志師匠の独演会のときに10秒、20秒に1回くらいのペースでドカン!という笑いが起きていたんです。僕もそうやって笑っている一人だったんですが、そういうことって現実にあり得るんだと思って。そこを目指したいと思います。『歌舞伎だからこういうものとして見なければいけない』という歌舞伎の常識的なもの、暗黙の了解みたいなところにも突っ込んでいこうと」

--かなり娯楽色が強くなりそうですね。

染五郎「アドリブを一切用いず、構築された、計算され尽くした喜劇をやりたいと思っています。明治14年に作られた『鳰の浮巣』を、あの時代設定のものを今の歌舞伎として上演する、そういう気持ちです。『研辰の討たれ』に関しても、作り直すということになりますが、組み方は全く同じ感じにしますね。河内屋さん(三代目實川延若)のされた『研辰』をまず元にして作っていく感じになるので」

--『大當り 伏見の富くじ』では、それぞれどんなキャラクターになるのでしょうか?

染五郎「僕が演じる紙屑屋幸次郎は、若旦那と言われていた人が屑屋に成り下がるわけですから、人生を深刻に考えなくてはいけないのだろうけど、ちょっと浮世離れしたところがありますね。鳰照太夫を見初めてしまうところもそうだし。鳰照太夫は島原一の花魁と言われていますが、設定は美女ではないですから。ブサイクなのに美女と言われている。そこも突っ込めるようにしようと思っています。愛之助さんの演じる信濃屋傳七はとにかくカッコイイ、キザな男。獅童さんの黒住平馬は悪い感じになればいいなと考えています」

--紙屑屋幸次郎のような、浮世離れした三枚目というお役の醍醐味はどういうところでしょうか。

染五郎「人間臭い気がするんですよね。別に笑わせようと思ってやっているわけじゃないんです。懸命に生きていたり、よかれと思ってやったことが裏目に出たり、そういうところが笑える。欠陥というか、短所というか、そういうものがあるからこそ人間臭い気がします。そういう役は好きですね。人間らしさを感じるので」

--扮装もやはり、紙屑屋然としているのでしょうか。

染五郎「はい。ただ、最後にフィナーレ的なものはつけようという話をしていますので、そこはマツケンサンバのようなものをイメージしています」

--ちなみに、これまでの人生で富くじに当たったような衝撃はありますか?

染五郎「…何だろうね。子どもの頃、クリスマスの夜に寒いだろうからってサンタクロースのためにコーヒーを窓際に置いていて。朝起きたらそれが飲まれていたことが衝撃的でしたね(笑)。そのお礼のお手紙もくれてね。小学校になったかならずかだったと思います」

--なるほど、ありがとうございます。夢がありますね(笑)。では、話を元に戻しまして、この『二月花形歌舞伎』では、『すし屋』での各役以外はすべて、皆さん初役となりますが、初役をされるときはどんなお気持ちなんですか?

染五郎「古典の場合は、教わった通りに、とにかくそれをやりきるとしか思っていませんね。新作の場合だと、方向付けから自分で考えなくちゃいけないので、そういう意味では歌舞伎を勉強していないと得られない、しっかりとした基礎がないと難しいなと思いますね」

--新作の歌舞伎を手がけることについては、いかがですか?

染五郎「洗練されてきた古典作品をやってきた者が作るので、それがまとまりのないものだったら、今まで何を勉強してきたのか、いい作品に触れてきたのに何もわかっていないということになります。常にそういうプレッシャーはありますね。新作と言えども『古典より洗練されていない』と言われてしまってはいけないですし、古典に匹敵する作品を作らないと、いいものに触れてきた、いい芝居に出てきたということが無駄になっていると思われてしまうと思います。また、昼の部の『慶安の狼』も新国劇でやっていた作品で、それを初めて歌舞伎化します。獅童さんと演出の大場さんが作られますが、恐らく大きな立廻りがあると思います。そこも見どころですし、『研辰の討たれ』も“野田版”がありますが、それも含めて過去に上演された『研辰』の中で一番面白いと言われるものにしたいですね」

--愛之助さん、獅童さんもすべての作品に出られますね。

染五郎「別に全部に出なくていい気はするんですけど(笑)。『すし屋』以外は全て、初役ですから、持っているものをすべて出し尽くしますという覚悟をもって臨もうと思います。大変な興行になると思いますが、自分の中で今までで一番大きい興行だと思っています」




(2012年1月17日更新)


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市川染五郎

●公演情報

『二月花形歌舞伎』

発売中

Pコード:416-267(公演日8日前まで販売)

【昼の部】
「慶安の狼 丸橋忠弥/大當り伏見の富くじ」
▼2月2日(木)~26日(日)11:00

【夜の部】
「義経千本桜 すし屋/研辰の討たれ」
▼2月2日(木)~26日(日)16:30

大阪松竹座

1等席(お菓子付)13000円

1等席12000円

2等席7000円

3等席4500円

[出演]市川染五郎/片岡愛之助/中村獅童 ほか

※日時・席種により取り扱いのない場合あり。未就学児童は入場不可。

[問]大阪松竹座[TEL]06-6214-2211

大阪松竹座
http://www.shochiku.co.jp/play/shochikuza/

歌舞伎美人
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/2012/02/post_24.html

前売り券は公演日8日前まで販売!
チケット情報はこちら

●配役とあらすじ

【昼の部】

一、慶安の狼(けいあんのおおかみ)丸橋忠弥

丸橋忠弥……中村獅童
野中小弥太…片岡愛之助
由比正雪……市川染五郎
田中格之進…中村亀鶴
石山平八……尾上松也
内藤主膳……坂東薪車
本吉新八……澤村宗之助
廓念…………松本錦吾
忠弥妻節……市川高麗蔵
忠弥母藤……坂東竹三郎
金井半兵衛…大谷友右衛門
牧野監物……中村歌六

 徳川三代将軍家光の治世、多くの大名家を取り潰したことで町には俄浪人たちで溢れていた。本郷の居酒屋では槍術の名手丸橋忠弥と由比正雪の門弟たち浪人の姿が。そこへ旧友の野中小弥太がやって来て、忠弥を藩へ推挙していると話す。しかし、忠弥はそれを固く断る。忠弥は由比正雪達と幕府転覆の計画をたてていたが、計画の邪魔となる小弥太を殺せと要求されていたのだった。そして計画が決行されようという時、酒に酔った忠弥が計略を大声で豪語する。そんな軽率さに、忠弥配下の本吉が危惧の念を抱き、異を唱え始める。悩む正雪だったが計画の為にと本吉に忠弥を撃つことを許すのだった。

「鳰の浮巣(におのうきす)」より
二、大當り伏見の富くじ(おおあたりふしみのとみくじ)


紙屑屋幸次郎…市川染五郎
信濃屋傳七……片岡愛之助
黒住平馬………中村獅童
芳吉……………中村亀鶴
喜助……………尾上松也
幸次郎妹お絹…中村壱太郎
新造雛江………中村米吉
千鳥……………澤村宗之助
男衆虎吉………坂東薪車
仲居頭おとり…上村吉弥
熊鷹お爪………坂東竹三郎
鳰照太夫………中村翫雀
雪舟斎…………中村歌六

元は質屋佐野屋の若旦那であった紙屑屋幸次郎は、潰れた店を再興しようと一生懸命働いていた。ある日、遊女の鳰照太夫に出会ってすっかり見惚れてしまい、うっかり犬を踏みつけ脛を噛まれる始末。幸次郎の妹のお絹は借金の為に島原の茶店で働いており、黒住平馬という侍が横恋慕し強引に口説こうとしている。そんなある日、幸次郎は一攫千金を夢見て、伏見稲荷の富くじを購入。その富くじが何と大当たり!しかし本当の札は手違いで紙屑籠と一緒に川に捨てており…。

【夜の部】

一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) すし屋
 
いがみの権太……………片岡愛之助
弥助実は三位中将維盛…市川染五郎
梶原平三景時……………中村獅童
娘お里……………………中村壱太郎
若葉の内侍………………中村米吉
弥左衛門女房お米………上村吉弥
鮓屋弥左衛門……………中村歌六

 下市村の釣瓶すし屋を営む弥左衛門は、その昔、助けてもらった平重盛への旧恩から、その子息の維盛を使用人の弥助として匿っている。しかしそのことが源頼朝の重臣、梶原景時に知れ、維盛の首を差し出すようにと命じられていた。一方、弥助に恋していた弥左衛門の娘のお里は、ある晩訪ねてきた親子が維盛の御台所若葉の内侍と、一子六代である事実を知り三人を逃がす。しかし、弥左衛門の息子で放蕩者の権太は、褒美欲しさに維盛の首と縄にかけた内侍親子を景時に突き出す。怒った弥左衛門は思わず権太を刺すが、その時若葉の内侍と六代が現れる。驚く弥左衛門達に権太が明かす、隠された真実とは…?

二、研辰の討たれ (とぎたつのうたれ)

守山辰次………………………市川染五郎
平井九市郎……………………片岡愛之助
平井才次郎……………………中村獅童
八見伝介………………………中村亀鶴
小平権十郎……………………尾上松也
宮田新左衛門…………………澤村宗之助
中間市助………………………坂東薪車
湯崎幸一郎……………………松本錦吾
粟津の奥方……………………市川高麗蔵
平井市郎右衛門………………大谷友右衛門
吾妻屋亭主清兵衛/僧良観…中村翫雀

 粟津城中の侍溜りの間では大勢の若侍が所在なげにしていた。その中には、殿様や家老の刀を研いだことが縁で、町人から侍に取り立てられた研屋の辰次もいた。うまく取り入り侍となったものの、根っからの町人根性は抜けず、媚びやお追従を並べたてる辰次に、周りの侍たちは我慢を堪えていた。聡明な家老の平井市郎右衛門は、余りに鼻持ちならないので、皆の前で辰次を激しく罵倒し、唾をはきかけ去っていく。悔しくてならない辰次は、市郎右衛門を待ち受け、だまし討ちで斬ってしまう。平井の長男九市郎と次男の才次郎が駆けつけ、敵討ちを恐れる辰次は逃げ去り、九市郎と才次郎は敵討ちの旅に出るのだった。