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柳井"871"貢インタビュー
【第19回】仕事っていったい何だろう?②

柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーションの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。

そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。

――例えば就職活動をする時点で、自分のやりたいこと、というのを明確に持っている人というのは、果たしてどれくらいいるんだろう?ってちょっと思うんですよね。我が身を振り返れば、今フリーランスでライターなんかをやっていますけど、よもや自分がこんなことやってるなんて自分で一番びっくりしていますからね。871さんもそうですよね。たまたま大学生の時にアルバイトでライブハウスに入って、どういうわけかお店を任されるようになり、気づいたら音楽業界にいたという。
 
871:まったくそうですね。誰かの何かの役に立てればOKと思って一歩ずつ進んでいたらここにいたっていう感じですから。だから自分で何かを選び取るっていうのは、かなり幻想に近いんじゃないかなと思いますね。プロ野球の選手になった人だって、最初から自分で野球をやりたい、絶対プロ野球選手になるんだって決めて実際になった人ってほんの一握りなんじゃないでしょうか。最初はお兄ちゃんがやっていたからとか、お父さんに近所の少年野球のチームに入らされたからとか、自分以外の人の意志なりお膳立てみたいなものがあったはずなんですよね。もちろん才能もあるんでしょうけど、そこからコツコツ努力してやり続けたからこそ到達できる場所があるということですよね。
 
――だから例え就職した先が希望の業種ではなかったからと言って、働くやりがいというのは損なわれないのではないか?と思うんですけどね。気になるのは、それを理由に働くこと自体を否定してしまったり、嫌になったりしてしまうことですよね。
 
871:そういう、ここは自分の希望した場所じゃないから働けませんっていう若い人に、じゃあ1千万円投資してあげるからあなたの好きなことをやってみてくださいって言ったらどうなるんでしょうね?
 
――それはその人の資質が最もわかるテストかもしれませんね(笑)。
 
871:極端な話ですけどね。そのお金を元手に何かを作れる人というのは、すでに今いるそこで何かをやろうとしている人だという気がするんですよ。要はお金を運用するっていうことは働くということの根本を理解していないとできないので。それは環境や場所によって左右されることではないから。そう言えば、自分の部下に、200〜300人くらいのキャパのライブハウスでだったら赤字になっても構わないから何かやりたいイベントをやってみたらって言っても、実際にイベントを作った人間は一人もいませんね。
 
――そこにやらない、あるいは、やれない理由が何かあるんですかね?
 
871:おそらくですけど、きちんと指示していないからじゃないかなと思っています。与えられた役割には期待通りに応えられるんですけど、自由にしていいってなると途端に身動きが取れなくなるんですよね。責任を責任以上に感じてしまうというか。
 
――そもそも仕事って楽しいものなんでしょうかね?
 
871:それで言うと僕はある哲学に根ざして考えるようにしているんですけど、何か目的を達成するためにすることが仕事だと設定した場合、ご飯をお箸で口に運ぶのも仕事なんですよ。だから自分が自分として生きたい形を維持するために仕事をしていて、でも衣食住のすべてを自分では賄えないから誰かに頼ったりはしなければいけない、そこに社会性みたいなものが発生するんですけど、つまり生きることとほぼイコールで仕事と捉えているんですよね。そういうふうに考えると、仕事よりプライベートが上に来ることはまずないんです。でもそれが逆で、プライベートのために仕事をしている人っていうのは、僕からするとすごく生きにくそうだなって思うんですよ。なぜなら僕の考え方に照らし合わせればプライベートも仕事だから、つまり生きることと不可分なものだから。それを分けることでできる溝をわざわざ越えなければならないという余計な苦労が発生するような気がしてならないんですよね。で、楽しいか楽しくないかっていうのは、モードチェンジだけの話だと思うんですよ。例えば信号待ちをしている大きな荷物を抱えたお年寄りがいて、その荷物を持つのを手伝ったら、「ありがとう」ってお礼を言われた。荷物を持って運ぶこと自体は別に何も楽しいことでないですよね。でも、「ありがとう」って言われたことは自分の行為への対価ですから、そこで初めて荷物を持つ行為に運搬以上の意味が生じるわけですよね。スポーツなんて全部がそうじゃないでしょうか。サッカーにしろ野球にしろ、トレーニングはきついし、試合中に走るのって、走ることだけを取り出したらしんどい行為以外の何でもないですから(笑)。走った結果の勝利とか、仲間との連帯とか、次への希望みたいなものが生まれることによってただ走っただけではないものになる。だから無観客でスポーツの試合をするっていうのはキツいですよね。
 
――まさに先ほどおっしゃった社会性ということですよね。
 
871:そうですね。そこで思い出したのが、動物は弱肉強食なのにどうして人間はそうじゃないんですか?という話で。要するに人間はどうして弱者救済の発想を持つことが可能なのか?という質問への回答なんですけど、これは僕も誰かから聞いて知った話で、こういうことだそうです。肉食動物が強くて草食動物が弱いという構図で捉えるのは間違いで、そもそも草食動物は肉食動物よりも個体数が多く、生存戦略としては十分すぎるほど機能しているのだと。そういうふうに環境に適応していけるかどうかが問題なのだそうです。じゃあ人間の生存戦略とは何か? それが社会性なのです。人間を個体だけで見れば、当然大型の肉食動物より弱いですし、草食動物と比べても大自然の中で生存していける可能性は少ないでしょう。そんな一人ひとりが弱いからこそ共同で何かを考え、作り、運用することで次の世代に命をつなげていけたのだと。つまり、人間の生存戦略は弱者を助ける社会性にこそあるというわけです。
 
――なるほど。
 
871:この話を聞いた時に腑に落ちたのは、だから仕事をするんだなって思えたんですよね。それは多くの人が思っているような自分のプライベートのためにではなく、ちょっとカッコつけた言い方をすれば、自分以外の誰かが生きるためのことをやる、それこそが仕事なんだと思います。

Text by 谷岡正浩



(2022年9月 2日更新)


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Profile

871 - 柳井貢(やないみつぎ)

1981年生まれ 大阪・堺市出身。
HIP LAND MUSIC CORPORATIONの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、bonobos(蔡忠浩ソロ含む)、DENIMS、THE ORAL CIGARETTES、LAMP IN TERREN、Saucy Dog、ユレニワなどのマネジメントを主に担当。

これまで「Love sofa」、「下北沢 SOUND CRUISING」など数多くのイベント制作に携わる傍、音楽を起点に市民の移住定住促進を図るプロジェクト「MUSICIAN IN RESIDENCE 豊岡」への参加や、リアルタイムでのライブ配信の枠組み「#オンラインライブハウス_仮」の立ち上げに加え、貴重な演奏と楽曲をアーカイブし未来に贈るチャンネル&レーベル「LIFE OF MUSIC」としての取り組みなども行っている。

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連載「No Border的思考のススメ
~ミュージシャンマネジメント871の場合~」