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柳井"871"貢インタビュー
【第17回】権利は諸刃の剣!?

柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーションの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。

そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。

――海外のアーティストのライブでは、オーディエンスがライブ中に自由にスマホで写真や動画を撮る、それをSNSにアップして共有するというのが当たり前に行われている場合が多いですよね。一方で日本の場合はそこまでオープンになっていない。その違いはどこにあると考えますか? もしかしたらそこに「ネタバレしないでほしい」というファン心理を考慮して、ということもあったりするのでしょうか?
 
871:それはもちろんありますよね。そこの比重が大きいのは間違いないと思います。あと、マネージメントという僕の立場から言うと、無数のスマホを向けられた状態でライブをするのってアーティスト側はとても大変だから心配、というのもあって、実際アーティストもそこは気にするところですね。ただ、ファン心理にしてもアーティスト心理にしても、それは海外や日本に限らず同じはずなんです。じゃあ何が決定的に違うのかと考えたら、情報の所有という権利がどこに属しているかの感覚なのではないかと思います。特にライブにおいてすでに目の前で起こっていることに関しての情報の所有権はそこにいた全員にあるでしょうと。言ってしまえば個人のものでしょうと。そういう感覚なんだと思うんですよね。
 
――なるほど。欧米社会が培ってきた自由や権利に対する考え方そのものですね。
 
871:そう。だからルールを敷いて「撮るな!」ってやった瞬間にものすごい反発があるんでしょうね。それくらい向こうでは個人の権利については尊重されていますから。そうだ、まだ全部は読めてないんですけど、最近こんな本を買ったんです。『著作権は文化を発展させるのか』(山田奨治 著/人文書院 刊)。ざっくり内容を言うと、日本では著作権というのは、権利によって守られる側のルールとして整備されてきた側面が強くて、それを使う側の視点というのが抜け落ちているのだと。つまりそれは、著作権を使うことでいかに文化を育むかという面が疎かになっているという現実がある。本来作品がちゃんと伝わる形で伝わるところまで伝わっていないのではないか? それを阻害しているのが守られる側だけに立った現行の著作権なのではないか。著作権というものが本来そうであるように、文化のためになっているのか? そうするためにそろそろ視点を変換した新たなルール作りが必要なのではないかというのを提唱している本です。
 
――そもそも作品を作った人たちの権利を守ることから出発したのが著作権ですよね。
 
871:そうなんです。レコードやカセット、CD、カラオケと音楽メディアや楽しみ方がどんどん発達していくにつれて、作った人の権利が蔑ろにされるのはおかしい、それで得た利益があるならそれは還元すべきだという発想はまったくもって健全だと思います。ただ一方で、素晴らしいものは人伝いに伝播していくという創作物が本来持つ宿命のようなものがあるんですよね。少し前に問題になりましたけど、子供のピアノ教室でヒットソングを教えたら著作権料が発生するっていうのはどうなの?だってそれは教育じゃんって。そんなことを言い出したら、保育園では著作権が切れていない歌をお遊戯で教える可能性があるのだから保育料に著作権料を含めます、みたいな話になってくる。守られる側の視点だけに立ってそれが行き過ぎてしまうと、作品の本来持つチカラを殺してしまうようなことが起こるんですよね。だからもしかしたらこの問題は、作っている側も腹を括らなければいけないところに来ているのかなという気がしています。
 
――と言いますと?
 
871:厳密にルールを定めるっていうのは一方では安心感があるんですよね。自分の作品が思いもよらない用途や場所で悪用されたりしないって。でも――さっきの話ですけど――厳密にすればするほど、文化としての側面を損なってしまうことになる。じゃあどうするかと言ったら、もっとルーズにするしかないのではないかと。そういう意味で、腹を括らないといけないのだと思います。やっぱり流通させることと、権利を守ることのどちらが優先されるかという言わば究極の選択があるとしたら、まずは流通させることが先だと僕は思うんです。その影響力をもっていかに収益化していくかというのも含めて作る側の自己責任としてやっていかないといけないのではないかと思います。作品の報酬化ってすごく難しいんですよね、実は。CDを買うっていうのはめちゃくちゃわかりやすい構図ですけど、音楽ってそれだけじゃないですからね。でもこれは音楽に限らず、様々な創作物に関しても言えることだと思います。
 
――例えばお笑いのギャグひとつひとつに著作権が発生したら、どうなるんでしょうね(笑)。
 
871:コマネチ(©️ビートたけし)に著作権があったらヤバイですね(笑)。子供が隠れてこそこそ「コマネチ!」ってやってるみたいな。
 
――嫌だな〜、まるで行き過ぎた監視社会みたいで。そもそもコマネチは、新体操選手のコマネチさんの名前だし、そこにも何がしかの権利(金銭)が発生すると言い出したら話がややこしすぎる(笑)。
 
871:考えれば、ギャグを発明した芸人さんが守られていないからこそギャグが流行って、その結果その芸人さんがテレビやラジオで引っ張りだこになって潤うという理想的な構図になっていますね。だからやっぱり権利を守ることが流通の足枷になるというのが一番怖いですね。ただ報酬設計という観点から言えば、すべてのものは印税契約にした方がいいのかもしれない、という考えも僕はもっています。例えばレコーディングエンジニアさんとかミュージックビデオのディレクターさんとか、アーティストやプロデューサー以外はほぼショットのギャランティ契約ということが多いのが実情なんです。でもモノづくりの現場って、コミュニケーションの中で発想が育まれていったりするので、印税分配をした方が個人のモチベーションになりやすいんですよね。もちろんギャランティ契約でも全力でやっていただけるんですけど(笑)、その作品が売れれば売れるほど自分に金銭的な還元がなされると思った方が、がんばれますよね。きっとそうなったら個人でも宣伝してくれてプロモーションの出発点としても有利になるし。
 
――ショットのギャランティというのは大抵が慣習によって決められた金額であることが多いですから、その金額の根拠は何?って言われたらよくわかりませんもんね。僕のこの原稿料の根拠もはっきり言って曖昧でしょう、発注元のぴあさんも(笑)。あ、特に不満があるわけではありません、念のため。
 
871:(笑)。でもまさしくそうなんですよね。なぜそうなっているのかという根拠を自問自答していきながらやっていかないといけないなと常に思っています。

Text by 谷岡正浩



(2022年4月22日更新)


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Profile

871 - 柳井貢(やないみつぎ)

1981年生まれ 大阪・堺市出身。
HIP LAND MUSIC CORPORATIONの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、bonobos(蔡忠浩ソロ含む)、DENIMS、THE ORAL CIGARETTES、LAMP IN TERREN、Saucy Dog、ユレニワなどのマネジメントを主に担当。

これまで「Love sofa」、「下北沢 SOUND CRUISING」など数多くのイベント制作に携わる傍、音楽を起点に市民の移住定住促進を図るプロジェクト「MUSICIAN IN RESIDENCE 豊岡」への参加や、リアルタイムでのライブ配信の枠組み「#オンラインライブハウス_仮」の立ち上げに加え、貴重な演奏と楽曲をアーカイブし未来に贈るチャンネル&レーベル「LIFE OF MUSIC」としての取り組みなども行っている。

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連載「No Border的思考のススメ
~ミュージシャンマネジメント871の場合~」