インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 柳井"871"貢インタビュー 【第16回】ファン心理に潜む"こうじゃないといけない"幻想

柳井"871"貢インタビュー
【第16回】ファン心理に潜む"こうじゃないといけない"幻想

柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーションの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。

そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。

871:最近考えたのは、ツアー中のネタバレってどこからどこまでが良くて、ダメなのかということですね。
 
――それはこちらとしてもダイレクトに関係してくる話ですね。
 
871:そうですよね。ライブレポートを書く場合なんかね。
 
――特にツアー初日のレポートの場合、どこまで書いていいのだろう?っていつも悩みますね。
 
871:THE ORAL CIGARETTESが今ツアー中なんですけど、途中でライブ映像を1曲分公開したんですよ(福岡公演より『Fantasy』のライブ映像)。それはもちろんいろいろな絡みがあってのこと、プラス、ツアー後半の券売に向けたプロモーションを睨んで、というところではあるんですけど。そうしたら、こんなような内容のコメントをいただいたんです。大意で言いますと――“ツアーを発表する時に予定されている情報だったら許容できるけど、途中で宣伝のためだからと言ってツアーの内容がバレていくのはファンとしては悲しい”と。ものすごい複雑な気持ちになったんですよね。この人はいったい何がどうして“悲しい”のだろうって。他の商品に置き換えて考えたら、こういうことだと思うんですよね。例えば新商品の冷凍食品の売り上げが最初はドカンと宣伝するから売れ行きも良かったけど、時間が経つにつれてそれもだんだん横這いになってくる。そこでテコ入れするために、各店舗で試食コーナーを設けて、いかに美味しいかを少しだけだけど実際に味わってもらおう。それが手にとってもらうには一番良い方法で近道だからっていうのと何が違うんだろう?と。もちろん食品などと違って、ライブというのは観ることのできる人が限られているから数の有限性というものがある、というのは重々承知の上なんですけど、それにしたって少し特別視というか神聖視され過ぎているのではないかな、という印象を持ったんです。
 
――神聖視されていることで良い面、悪い面の両方があると思いますけどね。良い面で言うと、だからこそライブエンタテインメントの価値観が高まるということですよね。
 
871:そうなんですよ。だからチケットを売らなければいけない、あるいはライブを次の展開につなげなければいけない、こちら側からすれば、常にそこのバランスをとりながら考えないといけないんだなというのを痛感しましたね。
 
――ファン心理って繊細ですね。
 
871:そうですね。ひとつ、ORAL絡みで言うと、TikTokのオフィシャルアカウントを開設した時に、開設をネガティブに思っている人たちとインスタライブやTwitterを通じて直接意見を聞いたり交わしたりもしました(笑)。特に長く応援している人たちのなかには、“こうであってほしい”っていう願望みたいなものが強く出てくるんでしょうね。
 
――もしかしたらそれは幻想と言ってもいいかもしれない。
 
871:いや、幻想なんですよ。それを否定はしませんけど、これは別にロックバンドに限った話でもなく、物事の道理として、常に変化し続けないと存続することはできないですから。ロックの歴史って、たかだか50年くらいだと思うんですけど、その間、いったいどれくらいの変化が起こったか、考えてみるとすごいですよね。
 
――ジャンルの細分化しかり、楽器や機材の発達しかり、メディア、ベニューなどなど、すべてが時代とともに変化しています。で今や、サブスクが当たり前という環境においては、むしろ“自分だけのもの”という考え方はなかなか生まれにくいというか、音楽はシェアしてなんぼ、みたいなことにどんどんなっていっていますよね。
 
871:この連載の第6回で扱った「スマホは世界とつながっていない」というテーマに通じる話ですけどね。要するに、いかに狭い価値観の中で発想してしまっているか、なんですよ。自分の好きなアーティストはこうであるべき、ロックバンドというものはこんなことしてはいけない……などなど、当たり前ですけどそんな決まりや縛りはどこにもないんです。あるとしたら、知らない間にできてしまった慣習めいた幻想に過ぎない、と僕は思っています。だからもうちょっと大きな視点、違う視点から眺めてみれば、また違う考え方を持てるようになり、引いてはそれがアーティストとファンとのより発展した関係につながるのではないかなと思うんですけどね。やっぱり、危険だと思うんです。ひとつの世界だけに閉じこもった発想ですべての良し悪しを判断してしまうことっていうのは。
 
――今世界で起こっている大きな戦争も根っこには、まさにそうしたことがあるような気がしてなりませんね。こうじゃなきゃいけない病というか、こうじゃなきゃいけない教というか。
 
871:本当そうですよね。日本に関係ないことなんて全然なくて、すでにそうした病は人間社会がある限り至る所で蔓延っているわけですから、常に争いの種になりうるわけです。そういう壁をぶち破って革新的な発想をしようぜ、みんなつながろうぜっていうのがそもそもロックの思想にあるものだし、ビジネス的なイノベーションを支えているもののはずですから。

Text by 谷岡正浩



(2022年4月22日更新)


Check

Profile

871 - 柳井貢(やないみつぎ)

1981年生まれ 大阪・堺市出身。
HIP LAND MUSIC CORPORATIONの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、bonobos(蔡忠浩ソロ含む)、DENIMS、THE ORAL CIGARETTES、LAMP IN TERREN、Saucy Dog、ユレニワなどのマネジメントを主に担当。

これまで「Love sofa」、「下北沢 SOUND CRUISING」など数多くのイベント制作に携わる傍、音楽を起点に市民の移住定住促進を図るプロジェクト「MUSICIAN IN RESIDENCE 豊岡」への参加や、リアルタイムでのライブ配信の枠組み「#オンラインライブハウス_仮」の立ち上げに加え、貴重な演奏と楽曲をアーカイブし未来に贈るチャンネル&レーベル「LIFE OF MUSIC」としての取り組みなども行っている。

Twitter
https://twitter.com/gift871

Instagram
https://www.instagram.com/gift871

note
https://note.com/gift871


連載「No Border的思考のススメ
~ミュージシャンマネジメント871の場合~」