シンガーソングライター・大橋ちっぽけが
自らと対峙する日々を経て見出した
“自分の中にある言葉”を歌うその意味と面白さ
嘘がない自分の心を歌う人だ、と思う。選ぶ言葉の正直さや誠実さ、心の動きを惜しみなく書き尽くすそのスタイルも含めて、“自分を歌う”シンガーソングライター・大橋ちっぽけ。2019年にメジャーデビューアルバムを発表、コロナ禍となった昨年は『LOST BOY』、そしてその作品と対をなす『DENIM SHIRT GIRL』の2枚をリリースしてから1年間アルバムリリースがあいていた彼が、約1年ぶりにミニアルバム『you』を遂にリリースした。コロナ禍におけるひとり時間の大幅な増加によって自分の内面ととことん向き合う機会を得たこと、そしてこの春大学を卒業したことにより単純に音楽制作に費やせる時間が増えたという彼が紡ぎ出した7曲は、どれもストレートな言葉と柔らかいメロディーを持って聴く人の心に寄り添ってくれる。今この作品が完成した理由が知りたくて、来阪していた大橋ちっぽけにじっくりと話を聞いてみた。そこから見えてきた『you』制作秘話とは。
『you』収録曲は、自分の暮らしの中から出てきた音楽たち
――この取材の時点では世の中が少しずつ戻っていく気配を感じ始めているところで、大橋さんも久々に大阪でライブを開催されましたが、手応えはどうでしたか。
大阪でのライブ経験はまだまだ少ない中でガツッとやらせてもらったんですけど、なかなか会えなかった人たちと対面で会えたのもお客さんの反応を見られるのもうれしかったし、その反応を受けて自分自身が高揚感を感じているのも久しぶりですごく意味のあるもになりましたね。
――久々のライブで何か変化は感じられました?
目の前にリスナーがいてみんなの目線や表情を感じられるのは、音楽をやってきた意義や意味を改めて感じさせてもらったというか。音楽をやることが嫌になったりすることもあるんですけど…、反応を見られることでこれからの音楽制作に対してもエンジンをかけてもらった感覚がありました。あと今はどんなライブでもお客さんは声を出せないし騒げない規制あるので、どんなアーティストが出てきてもライブの空気の統一感がお客さん側からも生まれているのも面白いですよね。
――ライブを見る新しいスタイルに、お客さんも適応したうえで楽しみ始めている感じですよね。今日はミニアルバムの『you』についてじっくりとお話を伺えればと思っています。今は発売直前なのですが、心境はいかがですか。
やっと世の中に出せるっていう喜びと、先行で公開した曲に新しい反応がたくさんあって。ラブソングがぎゅっと詰まった幸せです! みたいなポップで明るい作品が、まだ閉鎖感が残る時代に出せるのはうれしいな、届いて欲しいなと思っています。
――ちなみに新しい反応というと?
今までもリリースするたびに反応してくださる方はいましたけど、今回は音楽リスナーだけではなくより幅広い世代のいろんな人から反応をいただいていているんです。あと僕、ミュージシャンの友達がマジで少ないんですけど(笑)、少ない同業の友達からもいい反応があったりして。何あれ? とか思われてないかなって心配なんですけど「いいね!」って言われると本当にうれしいし。キタニタツヤさんに褒めていただきました。
――それって自信になりますよね。そもそも今回の『you』ですが、昨年対になる2枚のアルバムの『LOST BOY』、『DENIM SHIRT GIRL』を発表してから約1年と長い時間が経っています。昨年2枚をリリースしてから、次に制作する音楽に対して見えてきたものはあったんでしょうか。
コンセプトアルバムを2枚出した後は、ここからどうしていこうみたいなものが全くなくて。先のことを決めずに曲作りをしていたら、自然とラブソングが集まってきたんです。単純に恋人に対するラブだけじゃなくて、コロナ禍を経験したからこそ感じた家族や友人に対する愛情も含めたものができたんです。そして自分のことに関していうと、元々引きこもりがちだったのにさらに引きこもりになって、自分と向き合う時間がめちゃくちゃ増えまして。そういう時間を経験したから、もう一歩二歩深い感情や本音を曲にできたらと思うようになったんです。自分と向き合う時間が増えたおかげで辿り着けた感情とか本音があるのかな。そういう自分自身を愛してあげるべきだなって思えましたね。
――ということは『you』というアルバムを制作する出発点になったのは、自分と向き合ったことだったんですね。
うん、そうですね。具体的なコンセプトはなかったので、本当に自分と向き合う中ですごく自然体で作品を作れたのはすごく大きいかもしれないですね。
――そんなふうにたくさん曲を作っていった中から、どんな形で収録曲をピックアップしていったんですか?
結果的にラブソングが集まった感じにはなりましたけど、今回はテーマも定めずに単純にこの曲いいなと思ったらデモを作って提出して、意見を聞いて「これいいね」ってなったらレコーディングするっていう形でした。そういう意味ではすごくナチュラルに作ったアルバムだなと思いますね。
――選んだ7曲を、今俯瞰してみてどうですか?
コロナ禍を経験して強くなったうえで恋人へ向けたラブソングとか、会えないからこそ書こうと思えた家族への歌とか、散々見つめてみたことでやっとわかってきた自分の話とか、やっぱりどの曲にも自分の生活に根ざした感情からくる歌詞が共通しているのかなって思います。
――その話を聞いて、個人的に腑に落ちることがあるんですが…大橋さんのこれまでの作品も含めて、すべてエッセイのような音楽だなと思っていたんです。1曲ずつが大橋さんの経験や考えてきたことをリアルに綴っている感じがするというか。ちょっと加筆すれば、エッセイ本を出せるなというイメージがあるんです。だからこそ曲はテーマありきで、歌詞を書かれているのかなとずっと思っていました。
そう言っていただけるのはすごくうれしいです。ただ、今回に関してはこういう曲を集めてアルバムにしようとかは思っていなくて、ライフワークとまでは言わないけれど日常があってそれを生きてきて、曲を作ってみるかってポロッとギターを弾いて作り始めて。本当に自分の暮らしの中から出てきた音楽というか、「自分の生活があってこその音楽」という感じですね。
――「生活があっての音楽」っていう言葉を聞くと、尚更エッセイ的だなとも感じます。
あ、そういえばそうですね(笑)。確かにそうかも。
――今回収録されている曲の歌詞にも、本当に全曲にパワーワードが差し込まれていて。それを見ていると本当に自分の体験や自分の中で生まれた感情なんだろうなというのがすごく伝わってきました。日常のささいなひだを、きちんと拾っているんだろうなというか。
そういうところはあるかもしれないですね。「僕はシンガーソングライターなんだなぁ」と思うというか…。自分の生活や自分の話、自分のことを歌にするっていうのは、自分がやっていくことも日常もちゃんと拾うことというか、今回の『you』も自分のことをめちゃくちゃ歌っているアルバムなので。エッセイ的って言われるのはそういうところかもしれないです。
――ちなみに『you』を作っていく中で、完成を迎えて「この曲がアルバムの核になるかな」と思えた曲はありましたか?
「沈黙の少年」は収録曲の中ではかなり早い段階で完成したものなんですけど、この曲こそめちゃめちゃ自分の話なんです。コロナ禍でずっと自分のことを考えていて、どういうところに自分の嫌な部分があるかとか、そうは言ってもそれを抱えて生きていかなきゃいけないんだろうなっていう気づきもあって、それをそのまま言葉にしようと思って作りました。この曲で今の自分の嘘のない言葉を書き切った時に、きっとここから作っていく曲は自分のことを書いた曲が集まっていくんだろうなっていうことは感じました。実際その後もこのアルバムに収録した曲を作りましたけど、その元にあるのは「沈黙の少年」だなと思います。
――意外でした。私は「23」が核になったのではないかな…と予想していたので。
え、どうしてですか?
――NHKの『18祭』っていう番組があると思うんですが(日本全国から公募で選ばれた18歳1000人が1アーティストの曲を本人と一緒に歌い上げる1回限りのパフォーマンスを収録して放送する番組)、「23」っていう曲を聴いた時に23歳の大橋さんが作ったその年齢だからこそ気づけた等身大の曲を1000人の23歳が集まって歌い上げるイメージが湧いて、ゾワゾワしたんです。収録曲の中でも特に強い決意と覚悟を感じたのでこの曲が核なのかなと。
あぁ、そういうことですか! でもこの曲を作った時は同年代の人を励まそうとか誰かの背中を押す曲ですみたいなつもりはなくて、本当に自分の話100%なんです。完成した時は、なんか独りよがりの曲になっちゃったなと思ったぐらいで。でも周りの人の反応は、すごく勇気もらえるって言ってもらったり、地元の同級生たちにめっちゃいいじゃん、わかるわ〜って言ってもらった時に、自分を支える曲として書いたけど結果的に誰かを救えていたらいいなとは思いました。本当に人と話す機会がどんどん減ってしまった中で、言葉にして世に放ったことで共感のレスポンスが来るっていうのは、ひとりじゃないんだなって思えるようなつながりを感じさせてくれた曲ではありました。
――23歳のテーマ曲というか、この殺伐とした世の中で同世代が共感しながら叫んで歌えるこんなアンセムがあって羨ましいなという気にすら…。
(笑)! がなる曲、吐き出す曲ですからね。
自分の素直さを出せば、いい曲を書けると気づけた
――自分のことを書いた7曲を詰め込んだアルバムだとおっしゃっていましたが、このアルバムを通して伝わって欲しいことを言葉にすることはできますか?
なんだろうなぁ…例えば「だれも知らない」っていう曲があるんですけど、僕、今年の2月に体調を崩していくつかの病院に行っても原因がわからなかったんです。今は元気になりましたけど、その時は原因がわからないことも含めてまいっちゃって…。この曲も「23」と一緒で独りよがりっていうか本当に辛い時にその気持ちを1時間ぐらいで書き殴った曲で、本当に自分のことを閉じ込めて作った曲として世に出したんです。ライブで事前に披露した時には泣けるって言ってもらったり、いい反応をもらった時に、自分と同じ悲しみを抱えている人に寄り添える曲になったのかなって思えますね。
――自分をさらけ出したつもりが誰かの支えにもなっているって素晴らしいですね。
うれしいですよね。気づいたのは聴き手を意識しすぎないぐらいが、本当の言葉を使えている気がするっていうことなんです。妙に難しいことを言おうとしている時もあったんですけど、自分の中にある自分が使っている言葉で自分の気持ちを歌う、そういうシンプルな曲が一番人に届くんだなって思いましたね。
――例えば『you』とは違う作品やまた別のタイミングであれば、難しい言葉をチョイスすることも考えますか?
昔は変に聴き手を意識して、かなりドラマチックな言い方をしようとしたりしました。それはそれでいいと思いつつ、そういう言葉を使っていない曲の方が確かに届いているかもっていう意識は自分の中にもあって。自分の中にある言葉を使うのが正解というか、それが本当の感情だと思うし。それが先行配信での反応を含めて曲が届いているなって感じられた理由かもしれません。
――今回は自分の中にある言葉をストレートに使おう、と。
うん、そうですね。
――それで言うと「23」の歌詞で使われていた静岡弁は…? 大橋さん自身は愛媛のご出身ですよね。
あ、「しょんない」(静岡の方言で仕方ない・しょうがないの意)ですか? あんまり静岡弁っていう意識はなかったんですよ。でも実は父方の故郷が静岡で。
――あ、ご自身にとっては馴染みのある言葉なんですね。
そうそう、友達に向けて口語で使っていて。歌詞にそういうのを差し込むのが好きって趣味の部分でもあるけど、そういう言葉を使う方がリアルかなと。
――確かにめちゃくちゃリアルでした。
なんか「しょうがないぜ」なんて言い方しないよな…会話の中では「しょんないぜ」って言うなって。それこそ自分の中にあった言葉ですよね。
――ここまで言葉についていろいろお話を伺いましたが、サウンドでもいろんな工夫をされているなと感じました。打ち込み、アコースティック、バンドサウンド、声にエフェクトをかけたり曲の始まりに雨の音を差し込んだり…。全て岩崎隆一さんが編曲を担当されていますが、岩崎さんと共有したイメージはありましたか?
全曲通してというよりは、曲ごとにこんな曲ができましたって1曲単位で岩崎さんに送って。岩崎さんとはインディーズの頃から3年ぐらい一緒にやらせてもらっていて、僕がどんな感じが好きっていうことを、言わずとも感じ取ってくれるまでの域にきていますね。他のスタッフも介在せずにふたりだけでやり取りして、誰にも文句言わせないぞみたいな感じでやっています(笑)。
――じゃあ、ふたりでのやりとりは感覚的なものでしかない?
そうですね。明確に全曲通してこう、みたいなものはないですし。本当に1曲1曲をいいものにしようっていう音楽好きがかっこいい曲を作ろうみたいな感じですね。共有している言葉…例えばエモいよね、とか(笑)? そういう感じですね。岩崎さんは本当に音の知識が豊富なので、だからこそお互いが通じる言葉としては「エモい」とが「ガツッと」とかになっていきますよね。自然と。
――大橋さんのイメージを、岩崎さんが音で返してくれるイメージですかね。
あ、まさにそんな感じです。例えば「もっとジトっとしているけど、透明感ある感じ」とか。
――ムズっ!
(笑)。「ポップなんだけど悲しさがあって」とか。僕のこの言葉から、こういうことだよねって音で提示してくださるのは本当に毎回魔法ですよね。
――その岩崎さんとのやりとりが最短でバチっとハマった曲はありましたか?
「常緑」は、僕も打ち込みとかのアレンジは多少しますけど、これは第1稿をほぼそのまま採用した感じですね。エレキギターが乗っていて、90年代っぽいスクラッチの音があって。僕も漠然と、ちょい懐かしい感じのって言い方をしていたものが形になってうれしかったです。
――それ、めちゃくちゃ面白い作業ですね。
アレンジって本当にすごいなって思うんです。より自分の曲を好きになれるし、化けたなっていう曲もたくさんあって、それが楽しいですね。
――自分を突き詰めて苦しい時期もあって、それでも作品が完成して、今見えてきた景色はありますか?
自分で言うのも変だしあまりおもしろくないかもしれないけど、なんかいい曲書けたなって思います。自分の内面とかを突き詰めて素直さを出せば、いい曲を書けるんだなっていう気づきはありました。こういう曲が書けてうれしいなっていう思いでいっぱいですね、今は。
――でも自分を突き詰める作業って苦しくもありませんでした?
それはありますけど…。「23」とか「沈黙の少年」とか、これまで自分の周りのスタッフにも言ったことがない本音を書いているんですけど、それを口頭で伝えるより先に歌詞で伝えられたのは、よかったのかなと思ったりしますね。
――スタッフのみなさんはハッとされているかもしれないですね。
それはあるかもしれないですねぇ。
――ここまでいろいろお話を聞いてきて、大橋さんがこれから音楽を作ったり歌ったりしていく中で、興味のあるものに大いに影響されていくのでは? と思うのですが、現時点で気になっているヒト・モノ・コトってありますか?
気になる女の子とか? そういう人はいたりいなかったり(笑)…あとは家族。家族と全然会えていないので家族と話したいことはたくさんあるし、友達も。人と接することは嫌いではないので、今までコロナで分断されて会えなかった人とどんどん会いたいし、会って話をすることで新しい感覚に出会えるのではと思います。閉鎖的な時間を経験したからこそ、自分のエリアの外にあるものへの興味は出てきているなと思いますね。
――自分を突き詰めたあとに興味が湧いたのが、人とのコミュニケーションの先にあるものいうことだったんですね。
こんなふうに世界が変わっていくごとに、そこも変わっていくのかなっていうのは感じていますね。
――ちなみにこの不安定な時代を生きていくうえで、これをやっていたら幸せ! っていうことはありますか? とにかく不安定な日々を過ごしていく中で「心が健やかであること」って大事だなあと最近インタビューを重ねる中で思っていまして…。
僕、コロナ禍になってからゲームにハマっちゃって。地元の友達がコロナになり始めた頃に、暇だしPS4のオンラインで喋りながらやろうって。そこで実際にみんなでゲームをやったら、世界的にはめちゃくちゃ分断されているだけど友達とは距離が縮まって、むしろマインド的には友達と深く仲良くなったんですよね。実は「23」の歌詞に書いた「俺らどうなる?」っていう歌詞は、オンラインで地元の友達とゲームをやりながらしていた会話なんです。
――それこそ、23歳のリアルですね。
めちゃくちゃリアルです。ゲームをやっていたおかげで出てきた言葉でしたね。
――でもそうやって心健やかに生きていくって本当に大事な時期だと思うし、その一方でライブに行くことが健やかでいるために必要っていう人もたくさんいると思います。12月にまた大阪でライブをされるそうですね。
はい。12月はフルバンドでやろうと思っています。自分が好きなポップミュージックとそれを好きでいてくれる人と時間を共にできたら。ワンマンライブって僕の音楽を聴きたくてわざわざ来てくださるので、単純に僕もこういう音楽いいよねって、お客さんもいいよね〜って同じ目線で共有できるライブになればうれしいなと思っています。ライブはリラックスして聴いて欲しいなと思うんです。僕はMCもふにゃふにゃしていますので、ちょっと楽しいひとときを一緒に過ごすぐらいの気持ちで遊びに来ていただけたら最高です。
Text by 桃井麻依子
(2021年10月18日更新)
Check