柳井"871"貢インタビュー
【第12回】今後のビジネスモデルの根幹にあるものって?
柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーションの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。
そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。
――今回は、エンタテインメントの「ビジネルモデル」について考察してみたいと思います。
871:はい。今、覚悟しました(笑)。
――この前2回は「フェス」についてあれこれ話してきましたが、フェスというのはどことなくコミュニティをイメージさせるものだなと。例えば世界各地で開催されているメタルフェスのような、ひとつの音楽ジャンルに特化したフェスを想像するとわかりやすいんですけど、もう完全にメタル好きの祭典というか村祭り感がありますよね。
871:コミュニティというのはビジネスの基本ですからね。しかも、平均所得が300万円で人口が1億人の国よりも、平均所得が5000万円で人口が1万人の村で活動した方が、おそらくアーティスト内経済はまわると思うんですよね。ここから10年、20年の大きなテーマとして人口比率と所得格差というのは、どんなシーンにおいても外せないテーマですよね。そしてそこに見合うビジネスモデルをどう構築していくか。そこが重要だと思います。
――コロナ禍の中で当たり前のものとなった「オンライン」はビジネスモデルとして確立されそうですか?
871:リアルに代わるものという意味では難しいでしょうね。ただ、そこで得た技術や知見だったり、確立したプラットフォームを別の形で利用するということだったりは全然あるんじゃないでしょうか。それこそ電子チケットの普及が加速したことや決済から視聴までの流れ自体が整ったことを見ても、そういう土壌はすでに出来上がっているように感じますね。例えばライブエンタテインメント・シーンにおいても、今まではZeppならZeppでライブをやって終わりだったものが、当日会場に来ていた人限定で公開されるオンラインコンテンツがあったり、プラスαの価値観を創出する場として大いに発展の可能性はあると思います。
――例えば、ライブの初体験がオンラインだったという小学生や中学生が実際にいると思うんですよ。そういう世代にとってはオンラインこそが当たり前で、リアルのライブはまた別物というか、ちょっとそこに溝ができてしまうのかなと思ったりもしたんですよね。そもそもリアルなライブが当たり前として育った我々はとかくそこから発想してしまいがちではあるんですけど、オンラインが入り口の発想というものも必要なのかもしれないなと思いました。
871:お恥ずかしながら自分の遍歴を話すと、僕は結構それに近かったんですよ。つまり、リアルなライブってどうなん?って思ってた派です。
――さらっと言いましたけど、何気に爆弾発言ですね、871さんの立場を考えると(笑)。
871:ははは。でも、そうだったんですよね。ライブハウスでライブを観ても音がぐしゃぐしゃであまりちゃんと聴こえないし、だったら家でCDを聴いている方がいいやんって思ってたタイプなんですよ、実は。それにまわりの友達を見ても、コンサートに行くっていうのは結構ニッチなことだと認識していました。まさに僕が中高生の頃です。それがまさかclub STOMP(ライブもするクラブ)で働くところから自分のキャリアをスタートさせることになるとは夢にも思ってませんでしたね(笑)。初めて行ったコンサートは、高校の時のサッカー部の後輩がミスチルの大阪城ホールのチケットを2枚持ってて、「彼女と行くんです」って言ってたら、「彼女にフラれて行く人いなくなったんでついてきてください」って言われて行ったのが最初でした。その時にも、その当時の17歳の僕の気持ちを正直に打ち明けると、「うわ! 音楽ってすごいな! コンサートって最高!」……とは全然思わなかったんですよ。
――思わんかったんかい(笑)。
871:そうなんですよ(笑)。なんで椅子あるのにわざわざみんな立って観てるんやろ? そんなことしたら後ろの人が観にくいだけやのにって(笑)。しかもコンディション的にサッカー部の練習終わりに駆けつけているので、疲れ切っててほぼほぼ音楽が入ってこないという。ミスチルは大好きなのに。ただ、そこから3年後くらいには夜な夜なベイサイドジェニー(※編集部註:大阪・天保山にあったライブハウス。スカ、パンク、ハードコア、レゲエ、ヒップホップなど関西インディ・シーンの登竜門的場所だった。2006年閉店)に行っては飛び跳ねて遊ぶようになるんですけどね(笑)。でもそんなことしてるのは僕とそのまわりの数人の友達だけでしたから。そういうニッチな趣味の人間が、方々から500人とか600人集まって盛り上がっているというのが真実なんですよね。そう考えたら、ライブエンタテインメントっていかにもものすごいビジネスのように思われていますが、今でもニッチなものには変わりないというのが僕の受け止め方だったりします。だって、「チケットを購入してライブに行く」っていう人でもその回数は年平均で3回もあったら相当多い方なんじゃないでしょうか。「1回も行ったことがない、もしくは、行ったとしても年に1回」という人が大多数でしょう。ただ、ニッチなものではあるがしかし、それ故の強さはあると思うんです。情報としてのみライブエンタテインメントを享受しようと思ったら、わざわざ生で観る必要はないわけじゃないですか。DVDを買えばいいし、YouTubeを観ればいいし、何だったらネットニュースの文字情報でもいいかもしれない。大相撲を例に挙げれば、本場所がやっている期間はNHKをつければテレビで無料で観れるわけです。それでも両国国技館に行くという人がいる。行ってみたいという人はもっといる。プロ野球にしてもそうでしょう。テレビではなく球場に行く人がいる。じゃあ、そこに何があるかと言えば、それはやっぱり“ライブ”というものの強さなんです。体感することの強さって、それこそローマ時代のコロッセウムじゃないですけど、古代から変わらない普遍的な魅力があるんだろうなと思うんですよね。だから、どれだけ仮想体験の技術が発達したとしても、ライブの価値が下がることはないと思います。そこはもう人間ってそういうもんなんだっていうかなり根本的な部分まで関わってくるんじゃないでしょうか。SNSの発展に大きく寄与したコンテンツって写真だったと思うんですよ。ある出来事なり心情を文字情報だけではなく写真と共に伝えることで、そこにリアリティとオリジナリティが担保できる。写真っていうのは、原則的には現場でないと撮れないものですから、そのまま実体験に根差すわけですよね。そのことは、いかに体験の価値が高いかということを何より物語っていると思います。
――なるほど。ライブというものがニッチであるが故に価値観をキープしていけるのだというのはそのとおりですね。そこで思うのは、そのニッチな部分を少しでも拡大していくためにはどんな努力や方法が必要か?ということです。
871:この僕たちの行き当たりばったりなトークが、ちゃんと最初の話に返ってきて、少し感動していますが(笑)、冒頭に「平均所得が300万円で人口が1億人の国よりも、平均所得が5000万円で1万人の村で活動する方がいい」って言いましたよね。
――はい。
871:それって要は、ファンクラブビジネスに通じる発想なんです。例えばアーティストのオフィシャルSNSのフォロワー数の増減よりも、ファンクラブ会員の増減の方がプロダクションやアーティストからすればシビアな意味を持つわけですよ。だって、年会費という形で収入に直結しているわけですから。で、ファンクラブ会員の人たちっていうのは、そのままライブに行きたいっていう思いが強い人たちなんですよ。なぜなら、ファンクラブ会員になる一番のメリットがチケットの優先受付だから。なので、先ほどの質問に戻ると、ファンクラブ、つまりは村ですよね、その領土を拡大していくには村人(ファン)を増やしていくということが何より大事になってきます。
――そう考えると、ファンクラブビジネスしかり、広告モデルしかり、昔からあるビジネスモデルっていうのは強いということなんですかね。
871:僕はこう思っているんです。ファンクラブビジネスの仕組みはサブスクだと。
――あ、なるほど。定額で様々なサービスやコンテンツが一定期間利用できるから。
871:そうです。つまり、サブスクって昔からあったということですよね。それが現代になって様々なジャンルに広がってきたというだけで。NHKだってサブスクですよね。
――そう言われれば、そうですね(笑)。
871:それに、祭りなんかに行くと提灯がたくさんぶら下がってて、例えばそこに「○○商店」というふうにお店の名前が書いてあったりするじゃないですか。あれって、一口いくらで寄付をして、そのお礼として提灯に名前を書いて祭りに来た人たちに、こういう人たちが協力してくれましたよって知らせている。もう完全にクラウドファンディングですよね。だから昔からあるものがそのまま強いかと言われたら、そうではないと思います。けれど、これからのビジネスのヒントはすでに昔からあるものの中に含まれているということだと思うんですよ。だって、廃れたビジネスモデルの方が圧倒的に多いでしょうから。その中でも残っているものは、じゃあ何が違うかと言うと、発想がビジネスに根ざしていないということなんですよ。
――と言うと?
871:広告にしてもファンクラブにしても、誰か一方が得をするためだけのシステムでは決してないんですよ。広告だったら、自分たちの商品やサービスを知ってもらうためにテレビや雑誌、ウェブ、電車の中吊り、ビルボードといった媒体にお金を払う。媒体はそれを原資に自分たちの作りたいものを作る。見た人は新しい商品をそこで知ることができる。みんなにとっていいことが循環していく。ファンクラブもそうです。アーティストを応援したい人はそのアーティストに年会費という形でお金を出し、アーティストは活動の報告を最初にファンクラブに対して行い、ライブも優先して観てもらうし、特別なコンテンツも提供する。そういうふうに、みんなが得をする。結局突き詰めれば、ビジネスというのはある種の公共性がないと続かないものなのだと思います。
――なるほど。
871:「みんなで一緒に生き延びるための知恵」、それがビジネスの根幹だし、そういった発想に根ざしたものでない限り、これからの時代に即応できないでしょうね。
――なんだか最後は勇気の出る話だったなぁ。
871:そうですか(笑)。何か新しいビジネスモデル案が浮かびそうですか?
――そんな予感はまったくしませんけど、誰でもいいから早くテープ起こしをすごい精度と速度でやってくれるソフトを開発してほしいというのを心の底から思っています。
871:それも「全ライターが一緒に生き延びるための知恵」という意味で言うと良いビジネスですね。(笑)
――全ライターの愚痴を代弁してみました(笑)。ではまた次回、お願いします。
871:よろしくお願いします。
Text by 谷岡正浩
(2021年10月 8日更新)
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