柳井"871"貢インタビュー
【第10回】フェスについて考える(前編)
柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーションの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。
そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。
――今回は、フェスについて871さんとあれこれお話しができればと思います。
871:はい。よろしくお願いします。
――まず、アーティストがフェスに出るメリットは何ですか?
871:ある程度音楽に興味のある人たちが集まっているのがフェスだから、しかもその人たちは比較的遠い場所までわざわざ労力をかけて来るような能動的な人たちなので、そういう人たちに向かって実演することで自分たちの音楽を宣伝できるということですね。まさにスーパーの実演販売と同じで、CDショップに陳列するよりもアピールする力が全然違うわけです。
――フジロックのスタートが1997年で、その時の体感値ではわりとコアな音楽ファンの集いという範囲を抜けないものでした。ところがいつの間にかフェスが当たり前のものとしてライトな音楽ファン層にまで浸透していった。その発展というか広がり方に影響したものは何だと思いますか?
871:おそらくですけど、ここまでフェスが全国各地で開催されるようになった要因としてバックグラウンドにあるのは携帯電話、及び、インターネットの発展だと思うんですよね。フジロックのスタートである1997年を起点とすると、まさにそうじゃないですか。
――たしかに。日本国内で携帯電話の利用者数が爆発的に増加したのは1996年以降ですからね。
871:そうですよね。1996年頃はまだポケベルと併用している人も結構いましたよね(笑)。
――いたいた(笑)。
871:単純な話、ステージが複数にまたがる会場に何万人も人を集めてフェスを開催しようと思ったら、通信手段を個人で確保しているというのは運営する側にとってもかなりのメリットですし、何よりお客さんの側も安心して参加しようと思いますよね。スマホが当たり前になっている今では、そんなことをいちいちメリットと感じる人もいないでしょうけど(笑)。だからフェスがレジャーとして認知されていった背景には確実に通信手段の発達はあるでしょうね。仮に携帯電話やインターネットがないことを想像して――苗場でもひたちなかでもいいんですけど――参加するとしたら、なかなかの覚悟がいりますよね。友人同士で綿密に事前に見たいアーティストを決めて、何時になったらここで待ち合わせて、そのあとはここからここへ一緒に移動してっていう具合に。そりゃあ、軽い気持ちでは行けませんよ(笑)。
――フェスというものが当たり前にあると思っていた中、コロナ禍へと突入して2年経った今もなかなか思うように開催できずにいるというのが現状です。
871:ワクチン接種も進んで、近い将来には特効薬も出てくるんでしょうけど、じゃあ以前のような日常を取り戻せるかと言ったら、完全にそっくりそのまま戻るのは難しいだろうなというのが率直な気持ちです。フェスをはじめ、ライブハウスでもアリーナのコンサートでも、今までと同じような考え方では厳しいだろうなと思いますね。よくよく考えたら、これまでの客席のあり方――特にスタンディングにおいてですけど――がむしろちょっと異常だったのかもしれないって思うんですよ。
――と言うと?
871:詰め込みすぎ……?シンプルに(笑)。それと、ダイブとかモッシュとかってラウド系のバンドが出演するフェスではよく見られる光景ですけど、それって日本独自の発展をしていっているような気がして。海外のフェスってあんなに人の上を人がゴロゴロ転がってましたっけ?
――言われてみれば、どこか「やんなきゃいけない感じ」になっている部分はあるかもしれないですね。
871:そうなんですよね。もちろん海外のフェスでもそういったノリはありますけど、日本ほどクラウドサーフが起こったりサークルモッシュがそこらじゅうで発生したりってことはないような気がするんですよね。特にサークルモッシュなんて見ていると、あれなんかはオーディエンスが協力しないとできないから、まさに日本人の協調性が発揮されているようにも思えますしね。もちろんそれがフェスにおける自由として保証されている、文化として守らなければいけないものなのだ、という意見もあるのは承知の上で、一方でより安全に、かつエキサイトしながら楽しめる客席のあり方というものを今後きちんと考えていかなければいけないのは事実なんですよ。だからこのコロナというものをきっかけに、オーディエンスを楽しませるのと同時により一層安全にという視点が加えられていくのだろうと思います。フェスの自由ということにこだわって、以前の当たり前を守ることだけに目線を向けていては、それ以上の発展はないのかなと思いますね。
――通信手段の発展と同様に、主催者や参加する側の変化も求められるのが今からのフェスのあり方にとって重要だということですね。
871:だから、コロナ禍というのはもちろん歓迎すべきものではなかったですけど、ちょっと冷静になるいい機会だったのかも、と僕は捉えるようにしています。
――では、フェスシーンにおいて、取り戻すべきものがあるとしたらそれは何だと思いますか?
871:祭りですね。
――祭り?
871:そう。
――それって、だんじり祭りの祭り?
871:そうそう。要するに、人と人との交流の場ということです。今はそれがなくなっちゃってるので、キツいなって思うんですよ。どうしてキツいと思うかっていうと、交流の場から恋が生まれたり、新しい友達ができたり、新しいアイデアが生まれたり、もしかしたら人生を変えるような瞬間に出会うかもしれないから。それってそのままそれが未来につながるじゃないですか。そこがフェスのコアなのであって、モッシュしたりダイブしたりすることって、言葉を選ばずに言ってしまえばフェスの要素で言うと枝葉みたいなものなんですよね。
――ということは、やはりオンラインでは満たされないものが決定的にあるということですね。
871:まさにそうですね。フェスに限らずライブエンタテインメントの価値が丸ごとオンラインに置き換わることはないだろうなというのは、場所の持つ力、場所があることでしか生まれない力があるかどうかの違いだと思います。
――では次回、さらにフェスの話を掘り下げていきます。
871:どこまで行くんだろ? ふふふ。
Text by 谷岡正浩
(2021年9月24日更新)
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