柳井“871”貢インタビュー
【第3回】次に目指す消費社会の「持続性」と、
幸せの質を上げるということ
柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション/MASH A&Rの執行役員として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。
そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。
第1回から第3回までは彼の過去を遡りつつ、現在の仕事観や考え方に通ずるルーツの部分を探る。
――一般の方への回答の中で柳井さんのおっしゃっていたことで印象的だったのが、「無理に音楽ライブのお客さんを増やそうとは思っていないんだよ」ということ。ここにはどのような背景があるんでしょうか?
背景としてはこの記事の1回目でも言ったように、自分は「何がなんでも音楽だ」って思っていないっていうことがあります。例えばの話ですけど、サッカーと野球とバスケの競技人口や観覧人口の争いにそんなに興味がないんですよ。どれが素晴らしいのかっていうことって、どっちからの目線でもひとつの結果でしかないなって思うんですよね。それが何であれ面白いって思っている人にとっては。だからものすごく大きな目で見てみれば、結局は分母の取り合いをしているわけですよね。サッカーと野球とバスケならスポーツというくくりの中で。じゃあそこに音楽が加わったとして、音楽vsスポーツの観客の取り合いの方が重要なのかって言われても、それってどこまでいってもキリがないなと思うんです。ある人にとっては音楽よりスポーツの方がフィットするんなら、そこに無理に音楽をプレゼンする気はないというか。音楽っていいよねっていう人たちに対して音楽を作る人たちがいて、そこの新しい出会いだったりとか、音楽を音楽としてやっていけるだけの経済的ビジネスモデル、サービスの届け方みたいなものをコントロールして適正な形で維持できる方が重要というか。
――資本主義の原理ってどんどんどんどん上へ上へ、ということじゃないですか。会社の売り上げだったら今期100パーセント達成したから来期は120パーセント、そのまた次の年は……って。その成長は本当に成長なのか?ってちょっと矛盾を感じるというか。今おっしゃった柳井さんの考え方はそこへのカウンターのようにも響くんですよね。
自分の中で資本主義と消費社会の無理や矛盾というか破綻という部分に関して実はすごく考えていたことはあって。会社たるもの、営業利益を出して株主分配をしなきゃいけない。その考えを仕組みとして理解はできるんです。ただその考えが絶対に正しいものとしていろんなビジネスに当てはめて物事を進めていくのはかなり危ないなとは思っています。やっぱり資本主義を突き詰めると、地球の環境保全も含めてですけどハッピーに向かって行っている気があんまりしないんですよね。そりゃあお金は刷りゃあいくらでもできるけど、全体の総和としての価値は変わらないというか。刷れば刷るだけ一個単位の価値は減っていくだけなので。全部のことに限りがあるので、それをいかに分け合っていくのか、という意識にシフトしていかなければいけないなと思っています。そしてそれは僕たちの世代がやらなければいけないことなんだと思うんですよね。今の50、60代くらいは現状のシステムのままでもギリギリ働き切れてしまいそうな気がするので。
――音楽で言ったら、ドームでやったら終わりではないし、Zeppクラスでやってもどこでやっても自分たちのやりたいこと、価値観はなんなのかを意識するのが重要だということですよね。
まさにそういうことだと思いますね。
――そことも関連して、コロナ禍にあって考え方の変更、アップデートというのはあらゆる場面で求められることになっているわけですが、ご自身ではこの1年を通していかがでしたか?
ずっと忙しくしていたので……大変は大変でしたけど、起こること全部が、放っていてもいつか起こるんだろうなっていう意識で向き合って来られたので、その中で自分がやれそうなこと、やった方が良さそうなことにある時間すべてを使ってやってきた、という実感はあります。ただ、僕自身が表に立ってやっていることに関して言うと、手応えとか成果めいたものっていうのはまだまだ全然限られたものだとは思います。この間、別のバンドのマネージャーと仕事の話をしていて、おそらく30歳前後の方なんですけど、電話の切り際で、「最近マネージャーってなんなんだろう?ってちょっと悩んでたりしてたんですけど、こないだの柳井さんのインスタライブ(「#871ンスタライブ」)見て、ちょっと整理がついたというか、もうちょっと頑張れそうな気がしました」って言われて、「え! そうなの、めっちゃ嬉しい! そんなこと言ってもらえたら俺も頑張れる」みたいな(笑)。手応えめいたものはそういうことくらいしかないんですけど(笑)。でもそうやって少しでも誰かのためになれば、僕自身の自己肯定にもつながりますし、そういったことが少しずつでも積み上がっていけばいいなと思いますね。
――だからもっと先かもしれないですよね。この活動が何かの形として現れるのは。そこへの投資と言うとまた違うかもですが。
やっぱりアーティストの仕事でも、年々密度だったり深さっていうことの重要度がどんどん増して行ってるように感じます。SNSにおけるフォロワーひとり当たりの価値っていうのがどんどん下がっていってて、やっぱり直接のコミュニケーション(オンライン含む)だったり信頼関係っていうのが、もちろんビジネス的にもそうだし、それ以外の場面でも、何かを動かしていく場面ではやっぱりすごく重要ですよね。このコロナ禍にあって、それは改めて気づかされたことのひとつではあります。何か派手なことをやって、一気にムーブメントになって、みたいなことはまったく想像していないので、ちっちゃくても無理はせず少しずつやっていくっていう感じなので、まだほんと始まったばかりですね。
――最後に、この1年間の個人的な活動を通じて感じた希望は?
希望というよりも、なんなんだろう(笑)。いや、やっぱりコロナ禍だったっていうのもあって、どっちかっていうと希望を持ちづらくなっているというか、不安の方が大きいといのが正直なところだと思うんですよ。それを隠さない人もいれば隠して胸を張ろうとしている人たちもいると思うんですけど。そういう状況、時代にあって、改めて自分自身で頑張っていくしかないんだなっていうのを自覚しているような体感はあります。
――世の中のムードとして?
はい。あくまで体感としてなので実際のところはわからないんですけど、でも他人やシステムだったり環境に甘えてられないなっていう人が増えているような気がします。そこには同時にあきらめめいたものを抱えている人もたくさんいるんですけどね。だから、希望が持てたかどうかはなかなか怪しいですけど、そのタネみたいなものは見えたかな。それと、すごく個人的なことで言うと、こうやって僕が表に出ることに対して、「なんでそんなことやってんの? 意味わかんねーよ」みたいな反応は思っていたよりなくて(笑)。一抹の不安としてはあったんですけどね。わりとみんな歓迎してくれているみたいですし、「どんどんやってほしい」みたいなことも言われるので、じゃあはい、もうちょっと頑張りますって思えているのは僕の感じている希望です(笑)。
Text by 谷岡正浩
(2021年4月23日更新)
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