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野に咲く花のように凛とすがすがしく、たおやかに――
混沌の世界に温かな光を贈る5年ぶりのアルバム『Wild Flowers』
変化の日々と変わらない思いについて語るsugar meインタビュー

シンガーソングライター、寺岡歩美のソロプロジェクト=sugar meの3作目となるオリジナルアルバム『Wild Flowers』が届いた。フルアルバムとしては前作『AROUND the CORNER』から実に5年ぶり。英語詞をメインにフランス語や日本語も使い分けるボーカルと、アコースティックな質感のサウンドでいつまでもさびることのない音楽を作り続け、5年ぶりの新作でもそれは変わらない。が、音の波間にいつまでも漂っていたくなる心地よさはそのままに、初めての日本語詞曲『夜はやさし』(M-12)をはじめサウンド面や歌声にも新しい発見や変化がいくつも。この5年間はシンガーソングライターとしての活動以外に、アニメ音楽や映画の劇中歌を手がけたりやラジオパーソナリティーとして帯番組を担当するなど、これまで以上に幅広く活動。昨春には長野県松本市へ移住、活動の拠点をシフトするとともに自主レーベルWILD FLOWER RECORDSを立ち上げた。目まぐるしく動き続ける世界で、流されることなく自分のテンポで紡ぎ上げた曲はどれもタイムレスな輝きを持つものばかり。現在、IGTVで弾き語り動画『Spot Light Sessions』を毎週木曜日に更新中。立ち止まって耳を澄ませたくなる歌声にぜひ触れて欲しい。

大地に根を張ってピンと背筋を伸ばして咲いている野生の花の美しさを見て、
『Wild Flowers』というタイトルを先に決めていました
 
 
――5年ぶりの新作『Wild Flowers』は、寺岡さんが設立した自主レーベルからのリリースですね。これまでのキャリアは踏まえながらも、新たにスタートを切った感じでしょうか?
 
「そうですね。これまで所属していたRallyeレーベルでも制作は自由にやらせていただいてたし良好な関係は続いているんですが、ラジオの仕事を経験したことが自分の中では大きかったんですね。ここ数年音楽の発信の方法が大きく変わりましたよね?ダウンロードやストリーミング、サブスクリプションetc.そういう変化の中で、これまではどう曲を作るかが自分の仕事という感覚だったけど、そうやってできた作品をリスナーに聴いてもらうにはどうしたらいいか。どういうふうに発信するかということも音楽にとっては重要な要素だなと思って。そういうことを自分でも経験して肌で感じてみたいと思ったんですね」
 
――私はふだん家で仕事をしているときにラジオを流していることが多くて、寺岡さんが一昨年までパーソナリティーを務めていたJ-WAVEの番組もよく聴いていました。音楽作品やインタビューでの印象とはまた違った、寺岡さんの素顔が見えるようですごく新鮮で楽しかったです。
 
「そうかもしれない(笑)。J-WAVEでは2年間番組をやらせていただいたんですが、もともと私はSNSもそんなに投稿しないしプライベートなことを話すタイプでもなかったんだけど、ラジオはそういうわけにもいかなくて。それまではラジオ=ゲストで出ていた側、だったんですけどお迎えする側になってみて、話す言葉の1つ1つや自分の考えをしっかり伝えることとかすごく考えるようになりました。ラジオって、パーソナルな部分や素に近いところを話さなければならない、すごくマスだけど実はプライベートなメディアなんだなって。それまでの自分の活動にはないフィールドだったのですごくチャレンジングだったんですけど、有り難いことに評判もよくて。今もFM長野で週1回3時間の生放送番組をやらせていただいてるんですが、ラジオの仕事を経験したことで音楽とのかかわり方もすごく変わりましたね」
 
――noteで今回のアルバムについて書かれた記事の中に、「…グラスの水が溢れるように、今まで心に溜まっていたものが音楽になって溢れ出した」とありました。前作『AROUND the CORNER』(’15年)から5年の間に書かれていた詞の断片やメロディーのかけらが、いっせいに花開くように曲になっていって『Wild Flowers』ができ上がった?
 
「そうなんでしょうね。私はそのかけらたちを曲にまとめるのがすごく苦手で、いいAメロがいくつもたくさんある、みたいなタイプなんですね(笑)。そうやって日々溜めていたものを1つ1つの曲にまとめようと思えたのが昨年で、そこからは速くて2~3か月で一気に12曲まとまって。本当にその一瞬というか、“来たぞ!”みたいな感じでワッと曲になっていった感じでしたね。東京を離れて松本に引っ越してしばらくしたタイミングだったので、自分の中でもいろんなバタバタが落ち着いた時期というか。とても穏やかになれた時期だったと思うし、そういう時期だったから曲をまとめる気持ちになったのかなって」
 
――1曲目『Gift From The Sea』が始まった瞬間から“えっ?!”という驚きがありました。アコギが聴こえてくると思い込んでいたところへシンセの音が聴こえてきた時点で驚きで。
 
「ですよね(笑)。5年ぶりのアルバムということで新しい一面や変わったところを見せたいという気持ちもあり、新しいことにチャレンジしようと思って自分にプレッシャーをかける意味で去年の誕生日に打ち込み用のシンサイザーを買ったんですよ。ふだんはアコギの弾き語りが多いし、もともとピアノがすごく苦手で打ち込みとかもできないタイプなんですけどね。チャレンジしました」
 
――音の面での驚きとともに、『Gift From The Sea』=海からの贈り物というタイトルも、これまでヨーロッパ的な雰囲気が濃かった寺岡さんの作品にはない色あいを感じました。じわじわ新しい世界が広がっていったというより、1曲目からバンといきなり開けた感じがしますね。
 
「嬉しいです。ドライブしているときに、急にパァッて海が見えるときがありますよね?そのイメージで作ってたんですよ。タイトルはアン・モロー・リンドバーグの本『海からの贈物』からきていて、アン・モローは大西洋無着陸横断飛行をしたリンドバーグの奥さんで、彼女自身も女性飛行家の草分けだった人なんですね。『海からの贈物』は働く女性であり6人の子供を産んだアン・モローが、妻として母として女性としての生き方について書いたエッセイ集で、1950年代に出版されたものだからかなり古いんですが、今に通じるところもあるし時を越えて共感できる部分がすごくあって。それが強く頭に残っていたんですね」
 
――資料に、“私の言葉も行いもすべては海へ帰る”というリリックがこの曲にあると書かれていました。その一文自体が啓示のようでもあり、メッセージのようでもあり。
 
「哲学的な始まりではあるんですけど、私はもともと内陸育ちなので海にはすごく憧れがあって。海はすべての命の根源でもあり、そういうところからも着想してこの曲を書いてましたね」
 
――さっきの本の話を聞いてなるほどと思ったんですが、今回のアルバムは寺岡さんの持つ女性性の部分がこれまで以上に楽曲ににじみ出ているような気がしたんです。『Woman』(M-10)という曲や、ご自身の結婚をきっかけに生まれた『Table For Two』(M-11)もありますが、その他でも女性ならではのしなやかな感性を感じる部分があって。これまでの作品でも聴けた心地よさに加えて、深い包容力を感じるアルバムだなぁと。
 
「ありがとうございます。今年34歳になったんですけど、周りを見ると結婚や出産を経験して子育て世代に入っていく年頃なのかなと思ったり、自分自身も女性であることを意識する瞬間がこれまで以上に増えたなという実感もあって。それは男性・女性の性別云々というより、自分の生き方の中で柱になっているものということなんですけどね。それと、結婚して松本へ移住したことも自分の中では大きな変化でした。周りにいる、自分と同世代やちょっと先輩の女性の生き方を見ていると、ママをやりながら自分の好きなことも追いかけてイキイキしている仲間がすごくたくさんいて、そういう方へのリスペクトだったり、自分もそうありたいなという理想だったり。そうやってパーソナルに感じたところを落とし込んだ曲たちが今回のアルバムになっているのかなと思いますね。それはタイトルの『Wild Flowers』にも通じていて、実家のある北海道で見た野の花の美しさ、大地に根を張ってピンと背筋を伸ばし顔を上げて咲いている野生の花の美しさを見てこのタイトルを先に決めていたんですね」
 
――さっき言われた女性たちの姿に重なるところがありますね。
 
「ですね。“女性だからこうあらねばならない”ということではなく、私はヘテロの女性なんですけど、そうやって授かった性が1つのアイデンティティとして自分にも明確にあるんだなということを30歳を過ぎてから実感したんですね。自分と同じ世代とか、今を生きている女性たちの生き方とか考え方に共鳴して生まれた曲たちでもあるのかなって」
 
――『Follow The Rainbow』(M-5)も同様で、この曲は気持ちがスーッと洗われるような晴れやかさがあって1日の始まりに聴いたら気持ちのいいスタートが切れるだろうなって。ただ、この曲について書かれているnoteの記事で歌詞の和訳を知ったときは、共感というより思わず涙しそうになってしまって。さわやかなだけじゃなく、いろんな思いを抱えて生きる人の支えになるような、温かく強いメッセージが込められている曲ですね。
 
「『Follow the Rainbow』は北海道テレビHTBの情報番組『イチオシ!!』の1コーナー『ジブンイロ』のために書き下ろした曲なんですね。いろんな葛藤がある中で自分の道を模索しながら輝く女性を応援する短いドキュメンタリーのコーナーなので、女性の応援歌みたいなニュアンスの曲ができたらいいなと思って。今って生き方も多様化しているし、1つに決めなくていいんじゃないかなって。私も5年前は、自分が今現在の場所にいるとは全然思ってなかったし、誰もが5年後の自分はどこにいて何をしているか見えない時代じゃないですか?そういう多様化した生き方の中で、どんな自分でも、たとえばときには本調子じゃなかったとしても、“それでいいんだ”って肯定できるような応援歌になるといいなと思ったんですね。1つの色に決めなくていいし、何色でもいいじゃないかというところで『虹を追いかけよう』というタイトルにして」
 

 
――あぁなるほど!
 
「“Don’t judge me”という歌詞から始まるんですけど、“決めつけるな”というその1行が出てきたときに、これは結構メッセージ性が強い曲になるなと思って(笑)。私は英語で曲を書くことが多いので、音に乗ると英語ってするっと耳に入ってくるけど、意味を掘り下げて聴いていただくと結構メッセージ性が強い曲だったりもするので、そういうギャップも楽しんでもらえたら嬉しいですね」
 
――これまでも、ポップで可愛らしい曲調だけどよくよく歌詞を聴くと皮肉めいたフレーズがあったりする曲もありましたね。
 
「わりとそういうのが好きなタイプなんですよね(笑)」
 
――なので、『Follow The Rainbow』のようなある意味ダイレクトにエールを送ってくれる曲は新鮮でもあります。
 
「イントロのコーラスもエールに聴こえるように、“ここから始めよう”みたいな思いが伝わるといいなって。この曲に関しては、自分のために書くのではなくて、1つのテーマに沿っていたりチームが頑張って作っているところに音楽で加わるということで、感覚を重視して曲を作るというより頭を使って書いたような気がします。番組やコーナーへのリスペクトも込めて作りました。この5年間でCMのお仕事などをやらせていただく機会も増えて、オーダーがあって制作することもライフワークの1つになりつつあって。その経験が活きたかなと思います」
 

 
時代を問わず愛されるエバーグリーンな音楽を作り続けていく
その気持ちはどこにいても変わらない

 
――『Land Of Tomorrow』(M-2)、『Nancy』(M-4)の2曲はトラッドのような親しみやすい雰囲気で、そういう曲もあればミュージックビデオも公開されている『Flower in Anger』(M-3)はガラッと雰囲気の違うジャズテイストの曲。今作を聴いて、寺岡さんの歌声が変わったなぁと思う瞬間が結構ありました。よりしなやかで豊かさが増しているというか。この『Flower In Anger』は特に歌い方や声が他の曲とは違って聴こえました。
 
「歌い方に関しても、ラジオを始めたことが関係しているんですよ。もともと話す時の声が低いのがずっとコンプレックスだったんですけど、ラジオをやるようになってから、“落ち着いていて聞きやすい声だね”とか声を褒めてもらえることが多くて。これまでは結構ウィスパーに近い歌い方が多かったので、今回は地声に近いレンジで歌ってみるのも面白いかもと思い、声はわりと意識して作ってました。『Flower In Anger』はこれまでのイメージとかなり違うので、驚かれる方も多かったですね」
 

 
――でしょうね。
 
「この曲は“怒りに咲く花”という意味なんですが、私は怒るのが苦手なんですね。前に、すごくいやなことがあって、たぶん怒っていたと思うんだけど自分では気付かないままずっとモヤモヤしていて。このモヤモヤは何だろうって考えたときにふと“あれ?私、怒ってるのかな?”って気付いて(笑)。それもここ数年の話なんですけど、怒りって喜怒哀楽の柱の1つなのに、自分の中にまだこんなふうに知らない感情があったんだって自分にとってはすごく大きな発見で。楽しいことや嬉しいことはみんなで分け合えたり、悲しみもシェアすることで軽くなったり癒されたりするけど、怒りってそうはできないんだなと思った時に、もしかしたら怒りって一番パーソナルな感情なんじゃないのかなと思ったんですね。誰かにぶつけることも気持ちのいいものでもないし、かといってため込んでいてもよくない。誰にもわからないというか、すごく個人的な内に秘めたものなんだなって。そう気付いた時に、それって逆に美しいんじゃないかなと思えて」
 
――怒りが美しい……。
 
「そう。他にはないものであり、独特なものなんだなって。それで『Flower in Anger』(=怒りに咲く花)というタイトルで作ろうと。この曲も含めて何曲かドラムの神谷洵平くんのお宅でベーシックのレコーディングをやってるんですけど、神谷くんの自宅にドラムをレコーディングできる環境があって、1stからお世話になっているベースの近藤零さんと、ピアノの柏佐織里さんと4人で神谷くんのお家で相談しながらレコーディングさせてもらって。『Flower In Anger』のドラムに関しては神谷くんが“ちょっといいアイディアがあるから”と送ってくれたドラムパターンが超カッコよくて、“じゃあこれで行きましょう!”って即答で(笑)。もともと最初はエド・シーランの『シェイプ・オブ・ユー』みたいな感じだったんですよ」
 
――全然違いますね。感じが。
 
「そう。アフロビートが得意な方なので、そういうニュアンスも入れてもらって。今回は堀江(博久)さんのピアノ以外はほとんど宅録で仕上げました。東京で、コロナが流行り始める前の今年初め頃に録って、ギリギリ間に合ってよかったなぁって。ミュージックビデオも本当は参加してくれたミュージシャンと録りたかったけど、なかなか難しかったので撮影チームに松本に来てもらって。そうそう、ロケハンとかロケ地の撮影交渉とかも今回は全部自分でやりました。松本市のフィルムコミッションに撮影許可を取る協力をしてもらったり、近隣住民のお家に“●月●日に付近で撮影をします”とかのチラシをポストしたりいろいろDIYで(笑)。自主レーベルということもあって、スケジュールや予算の管理、CDのプレスの発注や納品とかもやったんですが、逆に言うとこれまでは会社がやってくれていたことなので、改めて感謝できるというか。ソロでやってはいますけど、レコーディングもミュージックビデオの撮影も、仲間や応援してくれる人たちのチームの熱量や強さにあらためて感謝しながら作っていましたね」
 
――『Table For Two』(M-11)を聴いた時に、それに近いことを感じました。1人の食事も悪くないけど、テーブルの向こうに家族や友人や身近な人がいて、一緒に時間を過ごしたり、同じものを食べたり。そういうところから人と人が繋がれたり、1人じゃないと思える瞬間があることで生まれる感情や成しえることがあるなぁって。
 
「そうですね。基本的には、人間はすごく孤独だと思っているんですね。自分が感じていることと同じことを他人が100パーセント感じられるわけじゃないし、誰もが最終的には1人なんだと思う。だからこそ、隣にいてくれる人とか一緒に時を過ごしてくれる人との関係性はすごく奇跡的で、文字通り“有り難い”ことだと思うんですね。私は、それを結婚を機に感じたところがあって。愛する人が隣にいることや、その人とただ一緒にご飯を食べること。“一緒にいる”って一見特別じゃないようにも思えるけど、実はすごいことで、そういうのが人生の意味なのかな…とも感じて。『Table For Two』はそういう曲ですね」
 
――寺岡さんの歌声もとても温かみがあって。平時だったら見過ごしていたかもしれませんが、新型コロナが猛威を振るう今の世界では、何気ないようなことが特別なことに感じる。そういう瞬間がたくさんあります。
 
「ですね。文字通り近くに居られない状態に置かれている人たちもいるでしょうし、大事な人ともあえて距離を取らなきゃいけない。私も北海道の家族に会いに行くこともできないままで、誰もがこれまでとは距離感がすごく変わった今年でしたよね。そうやってますます遠くなったりするものもあるけど、だからこそ近くにいられる関係性をすごく大切に思える。自分で書いた曲だけど、“そうだよね……”と思いながら聴いてますね。沁みるなぁって(笑)」
 
――沁みますね。それは最後の曲『夜はやさし』(M-12)にも続いていて、この曲はsugar meの作品では初めて日本語で書かれた曲なんですね。
 
「そうですね。もちろん母国語なので日本語の曲も作ってはいたし、以前ユメオチというバンドをやっていた頃を知ってくれてる方からは“日本語で歌ってほしい”という声はずっといただいていて。ただsugar meとしての活動が始まった時から英語詞の曲を中心にしていたし、なんとなく日本語詞の曲に苦手意識みたいなものもあって(苦笑)。なんですけど、2年前に北海道胆振東部地震があったときに、実家もしばらく停電が続いたんですね。震源地からそれほど離れていなかったこともあって、心配だけど電話するのもはばかられるし、かといって会いに行くわけにもいかないしという日々が続いて。ようやく電話がつながったときは、すごくほっとした。そういう気持ちを曲にしたいなって。それは日本語で書かなきゃって思ったんですよね」
 
――ああ、そうだったんですね。
 
「はい。この気持ちは故郷に対しての思いや大事な人への感謝で、これは日本語じゃないと表現できないなって。そう言いつつ、すごく悩んでワーッて歌詞を書きなぐってなかなかまとまらなかった時に、暗い部屋の中で何か本みたいなものを踏んじゃって、よく見たらスコット・フィッツジェラルドの『夜はやさし』の文庫本で」
 
――い、痛いですね (笑)。文庫本を踏んだら。
 
「ですよね(笑)。たまたまその本だったんですけど、地震で停電があって長野も去年大雨や台風があって、今年はコロナがあって。そういう中で誰もが先行きが見えない瞬間が絶対あると思うんですけど、そういう夜もやさしくなるといいなって。それがテーマで良いんだろうなと思えたし、自分の父親とか母親に届くようにという実感を持って書きました。ちょっと牧歌的な、古き良き日本の歌謡曲ふうなテイストで仕上げてみたんですが、この前実家にCDを送ったら、母親と祖母がこの歌を練習してるんだよって電話で教えてくれて」
 
――いい話ですね。
 
「胸が熱くなりました。そういう後日談もあります(笑)。今って、どんなふうに生きている人でも不安がなくならないと思うし、そういうときに音楽にできることは少ないんだろうなと思うんですけどね。少しでも気持ちが軽くなるといいなとか、温かい気持ちになれたらいいなと思います」
 
――『夜はやさし』の詞の“明日がくることが幸せ”というフレーズがすごく響きました。コロナ禍はもちろん災害やそれ以外にも大変なことはあって、何事もなく明日を迎えられることは当たり前のことじゃないですよね。誰にも言えない不安を抱えている人でも、この歌やこのアルバムを聴くことで温かい気持ちになれる瞬間があるんじゃないか。やさしい時間を過ごせるんじゃないかなと思いましたし、そういうひとときをくれる音楽にできることはたくさんあると思います。
 
「そうですね。音楽自体にも明日はあるのかという時代ですけど、音楽を続けられること自体も幸せですし、こうやってきちんと作品を作ることで自分も報われる瞬間があって。そういうことがあるからまた次も頑張ろうと思える。このアルバムを作って、そう思いました」
 
――Instagramで毎週木曜日に弾き語りをされていたり、ラジオパーソナリティーとしての活動もありますが、こうしてアルバムを作り上げることは別物ですか?
 
「別物ですね。発信すること自体は容易になったと思うんですよ。自分でポッドキャストやYouTubeで発信したり、音楽も、作ってリリースするまで時間が短くなってスピード感があるんですけど、今回5年かけてじっくりコトコト煮込んだ作品が出すことができて、いろんな活動がある中で私の人生の大きな柱がこれなんだろうなって。今後CDという形で出せるかどうかもわからないご時世ですし、こうしてまとまった作品にするためには時間もエネルギーも要るんですけど、私の中ではまだまだ大きな意味があるものだなって」
 
――中には、これまでの作品のようにウィスパーボイスの歌声やフレンチポップふうの楽曲が好きなリスナーもいると思います。新しい自分を見せることへの迷いはなかった?
 
「自分ではそんなに大きく変えたつもりはなかったんですけど、まとまって作品になってみると結構自分はこういうふうに変わったんだなって後からわかることも多いんですね。最近はラジオで知って音楽を聴いてくれる方も多くて、いろんな出会い方をしてもらえているのがわかって嬉しいですね。アルバムも自然に生まれた曲たちなんだけど出来上がってみたらバラエティに富んだものになっていて、いろんなシーンで、どんな気持ちのときでもぴったりくる曲があるんじゃないかなと思うのでお好きな曲を探してもらえたらいいなと思います」
 
――FM長野の番組も聴かせてもらっているんですが、寺岡さんのトークはもうアナウンサーの方かと思うぐらいに巧みで (笑)。
 
「いやぁ、結構いっぱいいっぱいですよ(笑)。地方局ということもあって地域の話題が多くて、私は移住者ではあるんですが番組を通じて私自身が感じている土地への愛着や好奇心が満たされる感じもあって。今年から渓流釣りをはじめてイワナを釣ったりしてるんですけど、夫の影響もあってキャンプをしたり栗拾いに行ったりアウトドアになりつつあって。東京にいる頃は本っ当にインドアで、音楽とNetflixさえあれば一週間ぐらい外に出ないみたいな生活だったのでずいぶん変わりましたね(苦笑)」
 
――まるっきり違いますね。そうやって変化していってる中から生まれてくる音楽も、変わっていく部分があって当然なのかもしれません。
 
「そうかもしれないですね。アルバム制作中も、自宅でデモを作っているときにフッと窓を開けると北アルプスの山が見えたり、散歩に出たら川のせせらぎが聴こえたり。自然の音が美しいから電車に乗ってもヘッドフォンで音楽を聴くというより、風の音を聴きながら行こうと思ったり。そういう贅沢な時間が増えましたね」
 
――長野は星空もすごくきれいですよね。これからも素敵な音楽を作り続けて、新作ができたらまたお話も聞かせてください。
 
「そうですね。ギターと自分さえいればsugar meの音楽になるのが強みなので、全国に音を届けつつ新しい曲も作っていきつつ。ここ数年は大学時代の友人のお手伝いで子供向けの音楽イベントの活動をしたり、もともと学生時代はジャズを習っていたので改めて美しいスタンダードナンバーを歌ってみたいなとか、フランス語をもっと勉強してシャンソンもやってみたいなとか、構想はいっぱいあって。スローペースではありますが、時代を問わず愛されるエバーグリーンな音楽を作り続けていくという気持ちはどこにいても変わらないので、これからも元気にマイペースで音楽を続けていきたいですね」

Text by 梶原有紀子



(2020年11月13日更新)


Check

Release

Album『Wild Flowers』
発売中 2500円(税別)
WFRSM-10002
WILD FLOWER RECORDS

《収録曲》
01. Gift From The Sea
02. Land Of Tomorrow
03. Flower In Anger
04. Nancy
05. Follow The Rainbow
06. Sunday Mooning Birds
07. Black Sheep
08. About Love
09. First Snow (Interlude)
10. Woman
11. Table For Two
12. 夜はやさし

Profile

シュガーミー…シンガー・ソングライター、寺岡歩美のソロプロジェクト。英語、日本語、フランス語を使い分けポップでアコースティックなサウンドと、自在に変化する澄んだボーカルが各方面から好評を得ている。音楽好きな両親の影響で幼い頃からビートルズやマイルス・ディヴィスなど多彩な音楽に親しみ、中学の頃から母親のフォークギターを独学で弾き始める。大学入学とともに地元の北海道より上京し音楽活動を開始。’10年頃よりシンガーソングライターとしての活動を始めRallyeレーベルに所属。‘13年リリースのデビューアルバム『Why White Y?』にはコーネリアスやmilkの梅林太郎が参加。ベルリンでのレコーディングを含む2nd『AROUND the CORNER』(‘15年)に続き翌’16年に発売された関口シンゴ(Ovall)プロデュースによるカバーアルバム『6 femmes』ではルー・リードやジュディ・シル、岸洋子らの曲を聴かせる。tofubeatsやquasimodeの須永和弘ら他アーティストとのコラボも数多く、堀江博久との2マンツアーやRISING SUN ROCK FESTIVAL、FUJI ROCK FESTIVALSへの出演、フランスツアーなどライブ活動も精力的に。他にアニメ『ユーリ!!!on ICE』への楽曲提供や映画出演、モデルなど幅広く活動。‘17~’19年はJ-WAVE『STEP ONE』のアシスタントナビゲーターとして活躍。‘19年春に長野へ移住、自主レーベルWILD FLOWER RECORDSを設立。‘20年8月、COVID-19と闘う医療従事者を応援するプロジェクトとして作曲家のエンドウシンゴと共作したチャリティーソング『STAY WITH ME』をbandcamp限定でリリース。10月8日に5年ぶりとなるフルアルバム『Wild Flowers』が発売。現在、FM長野で放送中の『MAGIC HOUR』木曜日のパーソナリティーを担当。Instagram(IGTV)にて弾き語り動画『Spot Light Sessions』を毎週木曜日更新中。

sugar me オフィシャルサイト
http://www.sugar-me.com/


Live

牛窓で開催されるクリスマスイベント『港町キャロル』開催決定! 旧牛窓診療所をまるごとアップサイクルした新しい文化施設『牛窓テレモーク』を舞台に、昼はマルシェ、夜はコンサートに映画と盛り沢山の2日間です。無料駐車場完備。遠方からも是非どうぞ!!

『港町キャロル』
●12月19日(土)@岡山・ushimadoTEPEMOK − 牛窓テレモーク (旧牛窓診療所)
岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓4448
https://ushimadotepemok.com/

出演:奇妙礼太郎/sugar me/mojoco

開場 16:30 / 開演 17:00 / 終演 20:00 
前売 3500円 / 当日 3800円 (ドリンク代別途)

[ご予約&お問い合わせ]
MAIL:cowandmouse489@gmail.com
TEL:080-3136-2673
※件名に[港町キャロル]と明記の上、お名前(フルネーム)・お電話番号・チケット枚数をご記入いただき、上記メールアドレスにお申し込み下さい。確認後、折り返しご返信致します。

主催: 牛窓テレモーク
協力:カウアンドマウス

12/19・20 マルシェ (入場無料) 11:00~17:00
12/19 コンサート 16:30~20:00
12/20 映画上映『サラゴサの写本』(入場無料 要予約)
映画予約:https://hsc2020tepemok2.peatix.com/