“金字塔”と言われたアルバム『回転体』リリースから6年。the chef cooks meからオリジナルアルバム『Feeling』が届いた。2017年4月にベースの角谷翔平が脱退、さらに今年6月のブログでギターの佐藤ニーチェが離脱したことを発表し、たった1人の“the chef cooks me”になった下村亮介(Vo.&Key.&Prog./以下シモリョー)。しかし彼は1人になり“自由を得た”と語る。メンバーの脱退や、歌詞が書けない時期、作品に対する根拠もないアンチなど、6年間で様々な葛藤や苦悩、ドラマがあったという。覚悟を決めて方向転換し、作り上げた『Feeling』は、タイトル通り“聴いて想像してもらう、感じてもらう”という願いが込められた1枚。後藤正文ことGotchをはじめ、YeYe、imai(ex.group_inou)、ニック・ムーン、世武裕子、TEN(n3q?)らミュージシャンとフィーチャリングした、既存曲3曲の再録を含む全10曲が収録されている。他者のクリエイティブが混ざり合い、リスナーの感性を通して新たな感情が生まれることに重きを置いた。1人になったことで既成概念が外れ、やりたいことと新しい挑戦を重ねた意欲作。本作の初回仕様には歌詞カードがなく、デジタルブックレットという形で、購入時封入されているシリアルナンバーを入力すると、曲ごとのイメージフォトとともに歌詞が閲覧できるという、新たな試みも行っている(通常盤は紙のブックレットつき)。ぴあ関西WEBには久しぶりの登場となるが、話をするシモリョーの瞳は穏やかで、清々しさを感じた。
何をしても自由である代わりに
失敗しても全部自分の責任として受け止められる
――6年ぶりのアルバムが完成しましたが、気持ち的にはどんな感じですか?
「ギターのニーチェと一緒に、1年前の4月からこのアルバムを作り始めたんですけど、僕らの年になると、仕事や家族を持ち始めて忙しくなって音楽を断念せざるを得ない人が増えるんです。ニーチェも活動休止することになって、制作を始めて2~3ヶ月でアルバムの方向転換が必要になったんです。そこからはバンドではなく自分1人で制作していくモードに一気に切り替えて、発想の転換をして、好きなミュージシャンに声を掛けさせてもらって、今年の4月にようやく完成しました。こうして色んな話をさせてもらうことで、だんだん自分の中でアルバム自体が具体的に腑に落ちていく感覚があって。他人を媒介して返ってくるフィードバックが僕の中ではすごく大事で、それが何より楽しいなと思って、今お話させてもらっています(笑)」
――作った時よりも腑に落ちている。
「作った時はアドレナリンが出ているというか、ハイな状態だったので、あまり客観視できていなかったんですけど、誰かの手に渡ることで、新しい気付きや過去を思い出す機会をもらってますね」
――前作の『回転体』(2013年リリース)から今作までは、どう動いてらっしゃったんですか?
「『回転体』のツアーが終わって、バンドとしてどうするかという時に、当時メンバーだったドラムの飯島(拓也)くんが脱退したのですが、ちょうど僕はアジカンさんやチャットモンチーさんのサポートをさせていただいていたので、ここでバンドが止まっても別に構わないと思っていて。もちろんシェフもやりたいけど、人に必要とされて新しいものを作るのが楽しいと思うようになっていたので。忙しくてバンドができないんだったら1回止めよっか、みたいなことが何回かあったんですよね。その度にソロをやろうかという転換もしていて、そういう気構えでいたので、シェフとは違う打ち込み作業をしたり、今作にはその時作った曲も収録されてたりしているんです」
――シモリョーさんの中では自然な形で方向転換できたと。
「もちろんメンバーの脱退で、気持ちのポジションは変える必要がありました。何をしても自由である代わりに、失敗したとしても全部自分の責任として受け止められる。ある意味良い緊張感も出しながら、好きなことを思いっきりやるんだというモードでできました。それぐらいかな。サウンド面はあまり意識はしていなかったです」
――歌詞に関してはどうですか?
「歌詞において僕は完全に1回つまずいていて、『最新世界心心相印』(2016年スプリットシングルリリース)と『Now’s the time』(2018年配信リリース)を書いた後、強い想いや言いたいことが無くなった時期があったんですよ。そんな時、最果タヒさんの詩集に出会って開いてもらった部分がかなりありました。彼女の文体も日常では並ばない言葉同士が折り重なって、新しいイメージや感触を与えてくれる。僕もそういう詩を書こうと思って、彼女の詩にすごく自由にしてもらったんです。勝手に感謝しています(笑)」
――『回転体』は金字塔と言われるほど素晴らしい作品ですが、自信作の次のアルバムということで、気負いはありませんでしたか?
「明確に『回転体』を受けて“次はこう作るんだ!”というより、この6年の間に僕の中ですごいドラマがあって、あまり力まずにいたら自然とこういう曲ができて、並べてみたら“結局the chef cooks meって音は変えてもこうなるよね”ってことがよく理解できたなと思っています」
――なるほど。今作は“聞いて想像してもらう、感じてもらう”ことが願いだそうですが、テーマは決めて制作されたんですか?
「テーマとしては何も決めないで作っていました。ただ、1人になったので“自分に向き合って作るぞ”という気持ちで書いていたんですけど、蓋を開けてみたら良くも悪くも『回転体』の頃から変わってない部分があって。世の中に対して“こうなったらいいな”という希望はあるんですけど、それ以前に僕くらい歳をとると、何か1個社会と密接していたい気持ちが強くなってきて。それをうまいこと表現できてなかった青い感じが、僕の中では『回転体』なんです。それはすごく美しいなと今でも思うんですけど、今回はより具現的というか、僕もミュージシャンだけど社会の中で葛藤している1人の人間で、何も特別ではない。そういうふうに篭ってる人いるよな、俺だけじゃないだろって思うことがたくさんあったので、そこを楽曲から感じてもらえたらと思います」
“どうせ死ぬんだったら、ちょっとでも良い曲を残して
皆と思い出作って死んだ方がいい”
――今回はフィーチャリングゲストが多いですね。中でも再録の『踵で愛を打ち鳴らせ(feat.Gotch,YeYe,Hiroko Sebu & TEN)』(M-10)はゴッチさんご本人も参加されていて。
「今まではずっとバンドとしてのイメージとか、バンドメンバーの存在感を引き立たせて曲を書く必要があったし、僕もそれをしたかったんですけど、1人になって、誰とやっても文句を言われないし、今までのキャリアで一緒にやってくれる仲間がたくさんできて、好きなミュージシャンもたくさんいる。すごく自由を得たんです。バンドは美しい形で僕も大好きですけど、“音楽をする人間としてこうでなきゃいけない”という決まりが多くて。社会であれば法治国家だから法律があって当然だけど、たとえば人の曲を最後に持ってきちゃいけないとか、同じ曲を録り直しちゃいけないというのはどっちでもいいことだし、出来たものが良ければ最高じゃんって。“これだけ素晴らしいミュージシャンがいっぱいいるんだから、一緒に音楽やらない手はない。どうせ死ぬんだったら、ちょっとでも良い曲を残して、皆と思い出作って死んだ方がいい”って。これは極論ですけど(笑)。the chef cooks meのフロントマンというよりは、ミュージシャンとして素晴らしい才覚をサポートさせてもらったので、この思考ができているのかなと思います」
――では曲のお話もお聞きしたいのですが、1曲目から順に聴くと、『Feeling(feat. Hiroko Sebu)』(M-9)で1度収束するイメージがあって、『踵で愛を打ち鳴らせ』はファンファーレのように聴こえました。
「アジカンのトリビュートアルバム『AKG TRIBUTE』(2017年発売)の時は、参加されている方々がほんとにアジカンに影響を受けて音楽を始めたような方たちばっかりで。僕たちはここ数年でアジカンに出会って、身内というか、後藤さん主宰のレーベル、only in dreams所属のボーカリストでの参加だったので、僕らにしかできないカヴァーという視点で、アレンジも自分が考えていって。そのアレンジをライブでずっとやっていたんです。良い曲はどんなアレンジをしても絶対良い曲だ、という自信があったので、実際ライブでシンガロングが起きたり、カヴァーだけど、やっていて誰も何も言わなくなったんです。もちろんアジカンの作った素晴らしい大好きな曲で、自分たちの曲だと思っている意識もないんですが、自分たちのお客さんは何て柔和に捉えてくれるんだって、心地良さもあって」
――なるほど。
「ライブでどんどん変化していったので、次はこういうバージョンで録り直そうかなとアレンジが浮かんできて。今回素晴らしいブラスアレンジを考えてくれたのが廣瀬真理子さん。彼女はビッグバンドでとんでもないおかしなジャズをやっているんですけど、めちゃくちゃハッピーに響くんです。それで“何か一緒にやりましょう”と声をかけて。あと、アジカンのマネージャーの方に相談してみたら、“いいんじゃない?”って。ああ、何て柔和なんだと(笑)」
――素晴らしいですね。
「アジカンのメンバーさんもすごく喜んでくれて。ゴッチさんの今好きな音楽のモードでアレンジし直して返したい、それが自分のトリビュートに参加させてもらった愛情の返し方というか、リスペクトなので。“ゴッチさん歌ってください”ってノリでお願いをしたんですけど、よく考えたら『回転体』を出してから僕が2人になったり1人になったりしてる時期、ずっと見守ってくれていたのはゴッチさんであり、アジカンのメンバーなので、そういうことなんだろうなあと思って、捧げるつもりでやらせていただきました」
――ラップのバースはTENさんが?
「はい、考えていただきました。彼すごく良い仕事をしてくれました。福岡で対バンした時にたまたま『踵で愛を打ち鳴らせ』をやったんですけど、imaiさんがTENさんを紹介してくれて、その時ライブを褒めてくれて、“アジカンのカヴァーめっちゃカッコ良いですね”と言ってくれたので、お願いして作ってもらいました。はじめはゴッチさんに新たに書いてもらおうとしてたんですけど、そうじゃない方が面白いという、自分の勘です(笑)」
アンサーをかまそうとはしてますけど、ファイティングポーズは取りたくない
――Instagramで『最新世界心心相印』(M-3)は“前のバージョンが雑なフォルダ分けされた”と書いてらっしゃいましたが、これはどういうことですか?
「他意がないように伝えますと、『最新世界心心相印』は2016年10月2日にライブ会場先行でリリースされている曲で、僕はYMOが好きで、シンセサイザーを弾く人間として、P-MODELとか当時のテクノポップの先駆者の音楽はもちろん聴いているのですが、そのアイデアを織り交ぜながら、当時一生懸命曲を作って、“新しいthe chef cooks meの音が出来上がったぞ! これは面白いぞ!”って発表したんです。その数日後、某超有名アーティストさんが爆発的ヒット曲を出したんですけど、サビのメロディーの上昇の仕方がちょっと似ていると言われて」
――ああ~。
「1度4度っていう和声の音階の、いわゆるチャイナっぽいと言われるコードがあって、それはYMOから着想を得てるんですが、今の若い子たちは音源をあまり詳しく調べないので、“前述したアーティストさんが好きすぎて、先をいってしまったバンドだ”、“パクリだ”って言われる記事が出て。しかも炎上目的で何回も投稿するわけですよ。確かに僕はその方の音楽が好きだし、ルーツが近い部分もあると思っているんですけど、燃やし方が今っぽいというか、アクセス数狙いというか」
――きちんと背景を調べず、煽るようなやり方といいますか……。
「それはそれだし、時代かなと思ったんですけど、僕はもっと人の耳や感性を信じたい。そのままリリースしないこともできたけど、すごく大事なメッセージやこだわりを持って作った曲だし、装い新たにアプローチを変えて絶対もう1回世の中に出そうと決めたんです。自分の中での苛立ちはもちろんあったんですけど、一言も表には出してないんです。出さなくていいや、音で返そうと思って。パクリだと言われたことに対してアンサーをかまそうとはしていますけど、ファイティングポーズは取りたくない。そのアーティストさんに対して悪くは思ってなくて、僕はその方のことすごく好きですし、活動も素晴らしいと思っていますから」
――今回は納得のいくアレンジができましたか。
「だと思います。前のバージョンはリバーブつけてシンセサイザーの広まり方を強烈に出していたんですけど、今回の方が、よりYMOから最近っぽい昇華をしてるこだわりがあって。でもそれは好きな人だけ気づけばいい。ひとつひとつの工程を、すごく楽しくレコーディングできました」
このアルバムを媒介にして、自分で広げていってほしい
――『Salad Dayz』(M-6)はYeYeちゃんの柔らかさがきいているような楽曲ですね。
「『Salad Dayz』は『Now’s the time』と合わせて作っていた新曲で、ギターのニーチェがワンパーツ持ってきて、それを僕が広げていって。YeYeちゃんとはゴッチさんのサポートを一緒にさせてもらったんですけど、改めて一緒にやりたいねって話はずっとしていて。彼女が臨月の時に、“ライブで披露したい曲があるんだけど、歌詞がなくて、YeYeに書いてもらいたいんだけど、今体調どう?”といったら、“臨月に歌詞を書くことなんてないから是非やらせてください”って、お腹にお子さんがいる中でバーって書いてくれて、ポンと上がってきたのがあの歌詞で」
――そうだったんですね。
「歌詞を書いてもらうまでに、お互いが持っているコンプレックスの話をポップにしていたんです。だから妙に何のことを歌っているかわからないけど、自分に対して明示してくれてるというか、歌ってたら涙が出てしまうくらい許しを得てる感じを覚えて。素晴らしい歌詞をいただきました。“自分がこういう人間に育ったことも、自分として受け止めなさい”とお母さんに言われているような感じというか(笑)。全部YeYeが歌っているバージョンが欲しいですよね」
――すごく欲しいです。シモリョーさんはクレジットをきちんと載せておられますが、こだわりはあるんですか?
「あります。それも『最新世界心心相印』の話とつながってくるんですけど、たとえば昔の荒井由美さんのバックバンドはティン・パン・アレーで、山下達郎さんの『IT'S A POPPIN' TIME』では坂本龍一さんが鍵盤を弾いていた。スーパースターたちが共演していた記録が残ってること自体が、最高にハッピーだと思うんです。日本はミュージシャンが誰であるかということに、あまりリスナー側の焦点がいかないというか。ほんとに好きだったら調べると思うけど、この人が実は何をやっていて、どういうパートなのか、もっと大事にして欲しいというのも、僕の1つの願いなんです。誰が演奏して、ミックス、マスタリング、レコーディングしているかは、1つの記録として絶対に残していかなきゃいけないと思っています」
――アートワークでは、楽曲ごとにカメラマン・山川哲矢さんの写真が対になっていて、初回仕様がデジタルブックレット、通常盤が紙のブックレットつきというパッケージですが、このような形態にした意図は?
「曲に対して、もっと誰かの違うイメージを入れて欲しかったんです。演奏で既にそうなっている部分はあるんですけど、曲に対して写真を1枚ずつつけたいとお願いをして。“ヤマテツが思うこのアルバムを表現する曲の写真を、撮って欲しい”と言ったら、写真がバーッて送られてきて。ただ、ヤマテツくんは“この曲に対してこれ”というふうには撮っていなくて、届いた写真をデザイナーさんが感性で振り分けてくれたんです。ヤマテツくんとデザイナーさん2人の“Feeling”が入っていて、そこからまた違う感性が生まれるのが楽しくて」
――デジタルブックレットは新しい試みですね。
「デザイナーさんが“デジタルブックレットどうですか?”と提案してくれて。モノとしての価値ってCDは今危ういですけど、ブックレットは大事だなと。今の時代、サブスクとレコードとCDとテープで音楽を聴く人がいて、まだ日本はギリギリCDが売れるし、ほしいと思ってくれる人がいるし、僕もCDの方が好きだからですけど、その矛盾感がたまらないと思っていて」
――デジタルサイトはCDがないと見れないんですよね?
「そうです。デジタルサイトは歌詞と照らし合わせながら楽曲が見えるので、より自分のものにしてもらえるかなと。Apple MusicやSpotifyも歌詞が出てくるけど、寂しいフォントでバーって出てくるの、僕はちょっと納得いかなくて。ちゃんとデザインされたフォントで歌詞が見られて、クレジットでは関わってくれた人のSNSやHPに飛べる。このアルバムを媒介にしてリンクしてほしいというか、自分で広げていってほしい。たとえばYeYeちゃんの声が良いなと思ったら聴いてみるとか、そういう導線を作りたい。それはブックレットではできないことなので」
――クリック1つで世界が広がるのは、確かにデジタルの強みですね。そして11月からアルバムを引っさげてのツアーが始まります。大阪は来年の1月13日(月・祝)に梅田Shangri-laです。
「結構説明をしなきゃ伝わりづらい楽曲が、前よりは増えたと思っていて。これまでシェフのライブの印象はいわゆる“多幸感”と言っていただいていたんですけど、ぶっちゃけそういうニュアンスが出ない瞬間のライブもあって、“ごめんね”と思ってるんですけど(笑)。でも、俺がやりたいことだから」
――多幸感を求めてきてる人は残念かもしれないですね。
「今回はちょっとそういう要素も出します(笑)。 今すごく自由になったから、改めてしっかりいろんなところに行ってライブしたい。今サポートメンバーが6人いるんですけど、皆、毎回違う豊かな演奏をしてくれるので、何回もライブして曲を育てていきたいです。『Feeling』に入らなかった新曲も実はたくさんあって、そういうのもポイントで発表しながら、何度も見てもらえることを大事にしていきたいなと。このキャリアだからこそ、しっかり丁寧にやっていきたい。なので、大阪はツアーありますけど、また来ると思います(笑)」