――今回のアルバムを聴かせてもらって、いい意味で先入観を裏切られたというか。まず、“何ちゅうタイトル付けんねん”という(笑)、言葉のパンチがすごいなと。そこから、楽曲のクオリティとアイデアに感心したというか。そのタイトル曲の話から聞きたいんですけど、『承認欲求』(M-1)は今までで最短ぐらいの短い時間でできた曲だったと 。
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Shinji 「普段はアレンジもがっつり作り上げて選曲会に出すんですけど、この曲は本当にギターのGコードから導かれたメロディが朝の15分ぐらいでザザザーッとできてしまって。急遽それだけパッとまとめて持って行ったので、選曲会で議題に上がったとき、どんな曲だったか覚えてないぐらいだったんですよ(笑)。僕はそんなにポンポン曲が降りてくることはないのでいつも苦しむんですけど、これはたまにあるスルーッと降りてきたバージョンの曲ですね」
マオ 「選曲会でも個人的に推した曲でしたね。とにかく歌いたいメロディだし、ファンのみんなもきっと歌いたくなるメロディ。この2つが俺の中にあったので、これはぜひやりたいなって。あと、今回は“アコギだけの状態でも選曲会に曲を持ってこよう”っていう状況だったので、その後、作り込んでもらってから“やっぱり違ったね…”ってなっちゃったらどうしようとも思ってたので、ホッとしました(笑)。この方法で間違ってなかったんだなって」
――『承認欲求』って、昨今SNSがあることで自分にも突きつけられるし、他人のも見せられる。それをテーマに歌詞を書きたいと思ったのには何かあったんですか?
マオ 「常日頃このテーマでいつか書きたいなと思ってたし、書くべきだなと思ってたし、そのタイミングで曲に導かれたということではあるんですけど、タイトルにこの言葉を持ってきたのは、おっしゃっていたとおりインパクトが欲しかったんです。それこそ結成当時は本当に、インパクトをひたすら狙ってたので、もう1回こういうインパクトが今のシドには必要なのかなというのもあり。いろんな意味も込めてこのタイトルにしましたね」
――言わば僕もその罠に見事に引っかかったという(笑)。マオさん自身もファンのつぶやきを読むのが好きだと。
マオ 「直接、俺に送ってくれる言葉はポジティブなものがほとんどを占めてるんですけど、たまに“実は…”っていう人もやっぱりいるので、そういうつぶやきを見てると思いますね。今の時代って、自分も含めて誰しもが二面性が強くなってきてるイメージがあって、その二面性のAが“明るい”としたら、Bも隠さなくなってきたというか。それを全世界に発信しちゃってるという…よく考えると怖くなるようなことなんだけど、そういう想いを歌詞にしたくて」
――アーティストにとってもSNSって武器にもなるしその逆もあるし、不思議なツールですよね。Shinjiさんは自分の曲にこういうテーマが乗ってきたことに関してはどう思いました?
Shinji 「元々が割とポップな曲だったので、最初はビックリしましたね。でも、“超いいじゃん!”っていう感じで」
――アルバムの冒頭だから勢いよく始まるものかと思ったらミドルチューンで、別の意味でインパクトもあります。
マオ 「最初にタイトルから広まっていくんだろうなとは思ってたので、それを聴いたときのギャップだったりサプライズが欲しいなと。そこは結構成功してますね。みんなのリアクションから感じてます(笑)」
――あと、こういうポップな曲にあえて違和感のある歌詞を乗せたかったと。
マオ 「今までにないものを作るのってかなり難しいじゃないですか。ただ、そういうテーマの歌詞と、ポップな曲と、どちらもすでにあるものを一緒にすることで新しいものが生まれたらなって。そこは狙いましたね」
――“本当のぼくが 今日も叫ぶ 時代のせいだとしても ぼくらの時代だ”というフレーズが刺さります。
マオ 「自分もそもそも生まれた頃からSNSが当たり前にある世代ではないので、実際のところ分からない部分もあるんですけど、分からないと言ってても始まらないというか。やっぱり仕入れないとね、そういう人たちの気持ちも」
――新しいシドを見せていくという意味では、今回は言葉で、サウンドで、ちゃんと挑戦してますよね。
ここからはちょっとやそっとじゃブレないんじゃないかと思ってます
――『Blood Vessel』(M-2)にはH ZETT Mがピアノで参加していますが、元々つながりはあったんですか?
マオ 「いや、実は全くなくて。デモの段階でピアノが入ってたんですけど、このピアノにもっと目を向けたいなと思ったときに、“本当にピアニストを入れたら楽しいんじゃない?”みたいな話になって、すぐに浮かんだのがH ZETT Mさんで。多分無理だろうなと思いながらオファーしてみたんですけど、快い返事がもらえたので。ただ、すごく上手な方だから、レコーディングを覗きに行った頃にはもう録り終わっていて会えなかったんですよ(笑)」
――それぐらい楽曲を理解してくれたテイクがスムーズに録れたんですね(笑)。
Shinji 「この曲は本当に難しい曲で、それこそ僕もH ZETT Mさんに会えなかったんですけど(笑)、後からピアノを弾いてくださったデータをもらって、音でやりとりする感じが逆に面白いなって。細かいキメとかも元々のデモとはちょっと変わってたりしてたので、僕もH ZETT Mさんに合わせてみたり」
――スリリングな楽曲にSっ気のある歌詞がマッチして、終わり方が往年の刑事ドラマっぽいという(笑)。
マオ 「確かに(笑)。“To be continued…!”みたいな(笑)」
――『手』(M-3)はファンタジックな楽曲ですけど、歌詞に関してはマオさんの幼少期の思い出を描いたと。
マオ 「曲を聴いたときにまず別のイメージが1つ浮かんだんですけど、これじゃないと思って2つ目に浮かんだのがこの歌詞で。入口はそうやって悩んだんですけど、浮かんじゃったらもう情景がバンバン降りてきて。亡くなったおじいちゃんとの思い出だったり、田舎の風景だったり、あの頃の自分はまだ背が小さかったので、おじいちゃんおばあちゃんを見上げるところまで浮かんできて、すごく書きやすかったですね。『ロード』('93)じゃないですけどもうちょっと、第5章ぐらいまでは書きたいなっていうぐらい、すぐに降りてきました(笑)」
――今回のアルバムは全編を通してアコギやピアノみたいなアコースティックな楽器が機能してますけど、かと思えば一転、『デアイ=キセキ』(M-4)は70年代のディスコサウンドを彷彿とさせるポップソングで、クセになります。
マオ 「サビでずーっと同じことを言ってますからね。ライブでもちょっと洗脳に近い感じで(笑)」
――この辺りの曲が共存するところがシドの、今回のアルバムの面白さだと思いましたね。個人的に印象に残っている曲はあったりしますか?
マオ 「『ポジティブの魔法』(M-6)とかは完全にアコースティックなアレンジなので、新しい挑戦でしたね」
――この曲に関してはフラットに、隙間を活かして癖を出さずに歌うことを意識したと。
マオ 「そうですね。昔はもう何でもかんでもビブラートを付けてたので(笑)。今ならできるかなと思って歌ってみたら、すごく気持ちよかったですね」
Shinji 「ビブラートの使い方はすごく変化してきてるなぁと思うし、こういうふうにメリハリを付けて歌うことって誰もができるわけじゃないので、すごいなと思いますね。ただ、個人的に一番苦労したのはこの曲で、ギター1本でリズムを作らなきゃいけないし、起伏も付けなきゃいけないので、そのニュアンスをうまく出すのが難しくて。かと言って、箇所箇所でつぎはぎでは録りたくないなと思って、何回も通しで録って、ニュアンスとリズムが両立できてるテイクが出せるまで苦労しましたね」
――Shinjiさん作曲の『淡い足跡』(M-7)はU2を感じさせるようなスケールの大きい曲ですけど、これだけ間を怖がらずに言葉を置けたのもすごいなと思いました。
マオ 「例えば、『承認欲求』は小説みたいな感じでもっと広げられますけど、『淡い足跡』はもうこの世界で完結してると思いますし、逆にここまで歌詞が短いと、詩に近いような感覚でしたね」
――こういった様々なベクトルの楽曲が集まっていく中で、今までとは違う手応えみたいなものはありました?
マオ 「デモがまとまった時点でかなり手応えがあったので、あとは最新のシドでこれをどうやって表現するのか。録る前にみんなでしっかり話し合えたのがよかったですし、その時間が前より増えた気がします。これまでは自分がどうするかに必死だったと思うんですけど、最近はメンバーがどうするのか知りたい。そういう余裕がちょっとずつ生まれてきた感じですかね。今はシドがいいモードに入った感覚があるので、ここからはちょっとやそっとじゃブレないんじゃないかと思ってます」
“やっぱりシドはライブだよね”って言われるような
エモーショナルな1日1日にしたい
――そして、現在は2年ぶりのホールツアー『SID TOUR 2019 -承認欲求-』の真っ最中ということで。
マオ 「俺たちは元々ライブハウスから始まったバンドなので、最初はホールがちょっと苦手だったんですよ。それを乗り越えて乗り越えて何回もやってきて、今やホールの方が得意と言えるぐらいになったし、ファンも昔はスタンディングのツアーを発表したときの方が盛り上がってたんですけど、やっぱりみんな大人になってきてるので、ホールを発表したときの方が“やった〜!”っていう反応が大きくなってきてる気がする(笑)。だからこそ、ここにきてのホールツアーの意味合いとして、逆にそれだけ期待されてるのでちゃんと締めてやらないとなって思います」
Shinji 「ホールは世界観が出しやすいんですけど、それ以上に、“やっぱりシドはライブだよね”って言われるようなエモーショナルな1日1日にしたいというか。いつも以上にそこを意識して演奏したいなと思ってますね」
マオ 「昔は、“ヴォーカルだから盛り上げなきゃ”とかいう気持ちがやっぱりあったんですけど、スタッフもファンも“みんなでシドだから”と思うようになってからは、どんどん歌に集中できるようになって…その辺を全員に任せられる勇気が生まれたのはありますね。だから今は、グッと集中してステージに出ていくというよりは、割とリラックスした状態で出られる。みんながいてくれるのがちゃんと分かってるから」
――そういう気持ちになれたのは、やっぱり時間なんですかね。
マオ 「そう思いますね。あと、一番はやっぱりずーっとツアーを積み重ねてきたというところで」
Shinji 「ここ数年は本当に、ステージでメンバーと目が合う瞬間がすごく多くて。例えば、ちょっといつもと違った演奏をしたときに、“やったな”みたいなコンタクトが増えてきて、よりバンドっぽくて楽しいですね」
――ここまで音楽をずっとやってきて、いまだに楽しくて、好きでい続けられてるのは幸福ですね。
マオ 「他にやれることがないっていうのも(笑)。シドは音楽以外やれることがないヤツらが集まったバンドなので」
――でも、他にやれることがないヤツらが、こんなにも聴いた人の人生を豊かにするんですから。それでは最後に、ツアーに向けてひと言ずつもらえれば!
Shinji 「世界観が強いアルバムができたので、それをライブでも大事にしつつ、いつもどおりに頑張るんじゃなくて、何かちょっと新しいシドが観せられたらなって。まだ手探りなんですけど、ステージパフォーマンスでもハッとさせるようなライブができたらいいなと思っているので、ぜひ観に来てください!」
マオ 「今、今回のアー写をぼーっと見てて思ったんですけど、こういう状態かな、今の俺たちは。モノクロだったものが、どんどん自分たちの力で、みんなの力で色付いてきて、カラフルになってきて…でも、これでもまだ未完成な感じがしていて、ここから完成に向かうためのすごく大事なツアーですね。もうアルバムも10枚目なんですけど、ある意味スタートに近いような気持ちで俺たちは挑もうとしてるので、ファンのみんなも同じ気持ちで来てくれたら嬉しい。俺たちの想いが今回はいつもよりちょっと重いかもしれないですけど、それぐらいの気持ちでお互いに集まれたら、すごくいいツアーができると思っているので。まずはぜひライブに遊びにきてほしいですね」